第1話 婚約破棄、そして追放
「――無能は要らない」
クリーナ王国の大広間。
祝宴のはずだった場で、第一王子ジョージアルはわざとらしく声を張り上げた。
「――セレスティア、お前との婚約は、ここで破棄する」
冷たい笑み。いや――愉しんでいる。
ざわめきが広がる。
視線が、嘲りを含んで一斉にこちらへ突き刺さる。
「理由は分かるな?」
「お前は“無能”だからだ」
くすり、と誰かが吹き出した。
隠そうともしない嘲笑が、あちこちで連鎖する。
「魔法もまともに扱えない出来損ないを、王家に迎えるわけにはいかない」
「せめて飾りくらいにはなると思っていたが……期待外れもいいところだ」
わざと聞こえるように。
言葉を選ぶ気すらない声音。
(……無能)
その一言だけが、何度も、何度も頭の中で反響する。
「まあ安心しろ」
ジョージアルは肩をすくめた。
「代わりはもう決まっている」
ジョージアルは、聖女ダリアンを抱き寄せながら冷たい目で言った。
ダリアンは柔らかな微笑みを浮かべながら、こちらを見ている。
勝者の位置から。
「彼女こそが、この国に相応しい存在だ」
ぱちぱちと拍手が起こる。
祝福の音が、自分を切り捨てる音にしか聞こえない。
(……ああ、そういうこと)
最初から、決まっていたのだ。
「よって――」
宣告は、あまりにも軽く。
「お前を追放する。お前の家人には王都とモップノ伯爵領からの追放の了解は得ている」
息が、止まる。
婚約破棄だけじゃない。
家も、立場も、何もかも。
「無能にくれてやるものなどないからな」
――完全な切り捨て。
(……全部、終わった)
その、時だった。
ふわり、と。
誰にも触れられていない花瓶の花が――揺れた。
しおれかけていた花弁が、まるで時を巻き戻すように。
色を取り戻し、瑞々しく蘇る。
(……え?)
ありえない。
一瞬。ほんの一瞬だけ、
“枯れかけた命が、完全に戻った”。
だが――
次の瞬間には、何事もなかったかのように色を失う。
誰も気づかない。
ざわめきに紛れて、奇跡は跡形もなく消えた。
(今のは……私?)
理解が追いつかない。
「異論は?」
冷え切った声が降ってくる。
「……ありません」
絞り出すように、それだけを答える。
ここで取り乱せば、それこそ“無能”の証明になる。
「そうか」
興味を失ったように、王子は視線を外した。
――その時。
「……無能、ですか」
ぽつりと。
聖女ダリアンが、小さく呟いた。
穏やかな声音。けれど――どこか底知れない冷たさ。
「本当に?」
誰にも聞こえないほどの声。
その視線が、まっすぐこちらを射抜く。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
(……何を、知っているの?)
だが問いかける間もなく、彼女は微笑みに戻った。
まるで、何もなかったかのように。
(……終わった)
家も、立場も、未来も。
すべてを失った。
――そう、思ったのに。
ーーー
「そなたの気性にふさわしき良縁を、こちらで整えておいた」
玉座の間に呼び出された俺は、国王自らの言葉を黙って聞いていた。
その内容は――伯爵令嬢との婚約の勧め。
事実上の王命だ。
「ありがたきことにございます」
父、辺境伯バッハヘルム・シャワードは、感情を押し殺したまま恭しく応じる。
「異存はないな、ヴァルカス」
国王の言葉、拒否権はない。
こうして――俺は、追放された令嬢を押し付けられることになった。
ーーー
婚約相手の名は、セレスティア・モップノ。
モップノ伯爵家の長女であり、第一王子ジョージアル殿下の元婚約者。
だがその婚約は破棄された。
理由は――「無能」。
だが裏では、素行不良とも噂されている。
どちらが本当かはわからない。
ただひとつ確かなのは――
厄介ごとを俺に押し付けた、ということだ。
だが。
もしもあの時、玉座の間でほんの一瞬だけ見えた“違和感”の正体に気づいていれば――
俺は、もう少しだけ違う覚悟を持てていたのかもしれない。
なにせ彼女は、“無能”などでは決してなかったのだから。
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