第86話 斬らない人斬り
「舐めんじゃねえぞ糞餓鬼。なにが『ファミリー』だ!東和警察がテメエの配下の下部組織を4つ潰して台所が火の車だってことは分かってるんだよ!どうせこのまま行ったら次の旦那衆の会合次第で、そこに飾ってある家族ともども地球の地中海で魚の餌になる予定なんだろ?今のテメエなら金の為なら何でもすることくらいお見通しだよ。お前さんは言ったじゃないか……俺は家族すら平気で手をかける人でなしだって……なめるなよ?俺はお前さんが思うよりよっぽど人の道を踏み外した男なんだよ。そこんところ分かった上でお話をしな?俺の言葉の意味……分かる?分かったら返事をしてね?」
嵯峨の言葉は深い重みをもっていた。表情を変えずにそれを聞くカルヴィーノの肩がかすかに震えていた。嵯峨にとって『矜恃』とは、他人に見せるためのものではなく、自分が勝手に決めたルールを破らない、ただそれだけの話だった。
カルヴィーノは静かに乱れた金色の前髪を血にぬれた手で撫で付けている。それを見ると冷たい笑みを浮かべた嵯峨が言葉を続けた。
「俺の人格批評なんかどうでもいいんだよ。そんな事よりアンタは自分の心配をしなさいよ。俺がちょっと調べた範囲でも最近は肝心の薬のルートの密輸の失敗が続いてるそうじゃない?肝心のそっちがどうにもならなきゃしょうがない……とは俺の立場では言えないんだよね。その一発大儲けの薬で稼ぐ道を閉ざされてケチな地球圏からの東和政府が見て見ぬふりをしている密輸稼業じゃ本国のお偉いさん達への上納金なんてとても納められないよねえ……この東和共和国や隣の遼大陸と言う金がごろごろ転がってる大陸の存在する遼州系はそれなりに金の生る星系と地球圏では認識されているみたいだから……高いんでしょ?上納金?まったく同情するしかないねえ……」
そう言いながら嵯峨はテーブルにあるシャンパンの瓶を手に取ってじっくりと眺めた。
「それにこの東和じゃ地球人の違法活動には厳しい。空港を出た途端に一人の地球人に公安調査庁の調査官の尾行が三名はつくのは当たり前。そして、その連絡を受けた各地の地方警察は頻繁に連絡を取り合ってその動向を厳しく監視してるんだもん。そんな官憲の目が常に付いててすぐに金になる薬は失敗続き。女絡みは地元組織に負ける。密輸品の宝飾店では上納金に届かない。だからお前さんは『法術師』という特大の札に飛びついたわけだ。俺から地球圏の親分衆に助言してやろうか?遼州圏で商売をするってことは地球で考えているほど甘いもんじゃないって」
嵯峨はそのままシャンパンのラベルの字を読みながらそう言った。
「地の利のある遼州人の暴力団との競争に勝てないとなると必然的にこの店みたいに東和でも普通にやってる商業活動しかできないわけだが……そんなのマフィアの金の稼ぎ方とは言えねえわな。それに親分衆をお前さんをごく普通の宝石屋の経営者にするためにこの星に派遣したわけじゃないし」
そう言うとそれまで読んでいたシャンパンの瓶のラベルから目を離した嵯峨は瓶を静かにテーブルに置いた。
「まあ、この店の商売じゃ違法のネット取引業者レベルの小銭ばかりと言うことで金に困ったお前さんは、東和の政府機関が手を出す可能性が少ない上に手っ取り早く金になりそうな博打に出たわけだ。東和共和国以外の金持ちの地球政府関係者が探している俺達『法術師』を捕まえて売れば、当然、相当な金になる。東和の政府機関は『法術師』の危険性を熟知してるからあのお前さんにとって一番目障りな人達も見て見ぬふりをするだろうから、それが『闇から闇』ということで終わる可能性が高い。そもそもあの人達もこれまで隠し通してきた『法術師』の存在は表ざたにならないわけだからお前さんの行動を黙認するだろうからね。まだ自覚のないうちの神前はそんな覚醒間近の『法術師』ということでその中でも一番安全パイだったって訳だが……アイツは一応俺の部下なんでね。一番の安全パイと思ったカモが実はアンタにとっては最悪の地雷だったというわけだ。俺は部下を見捨てないことを売りにしてるんでね。その『法術師』が俺の部下じゃなけりゃ、俺もわざわざここまで来てないんだ。アンタの選択は最悪の選択だった……そう言うことだ」
そう言いながら嵯峨は怯えるカルヴィーノを無視して今度は壁に掛けられた絵に視線を飛ばす。
「アンタの目の付け所はその対象がこの俺の部下ということ以外は俺としては十分合格点だとは思うよ。俺達『法術師』の中でも飛び切り攻撃的な『素質』を持った存在を、生きたまま捕獲する。そりゃあとんでもない金がオメエの懐に転がり込んでこれまでの赤字ギリギリのこの組織は地球圏でも一気にトップの上納金を収める優良組織と成りあがることができるからね。そうすれば、アンタはその功績を買われて旦那衆から土下座されて『ファミリー』でもひとかどの男と呼ばれて地球に戻されることになる。そうお前さんは考えたが……だが、相手は俺だ。『銀河で最も危険な男』とか俺を言ってる連中がいるらしいや。そんな二つ名、俺は気にしたことも無いがね。もしお前さんに次があるなら今度はちゃんと相手を選んで喧嘩をしな。神前は俺がそれなりの苦労をして俺の部下にした『法術師』なんだ。俺は自分のした苦労をただでくれてやるほど間抜けじゃないんだ。ああ、俺を間抜け扱いしてもいいよ。その分お前さんがより間抜けだと言うことの証明にしかならないけど」
嵯峨はそう言い終わると、胸ポケットから軍用タバコ『錦糸』を取り出した。
「この部屋は禁煙ですよ……人を率いる身なら世の中のマナーぐらいを守る精神は持っておいた方がいい。それはマフィア云々ではなく人間としての常識です」
青ざめた顔をしながらも、東都の地球系マフィアを統べるボスとしてのプライドから、カルヴィーノは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。
「俺が人間失格?そんなことはさんざん言われてるから俺は気にしないよ。さっき言ったじゃん、俺はプライドゼロなんだって。聞いてるぜオメエはタバコはやらねえらしいな。そこに立ってるさっきまでお前さんの腹心で本当は甲武国陸軍の諜報員だったお方からその奇癖は俺には完全にお見通しなわけ。まったく『この業界』で禁煙主義なんてつまんねえ人生送ったな。情報を売り買いして金に換える飼い主は民間人と国と言う立場を超えた『同業者』としては理解不能だ」
嵯峨はカルヴィーノの言葉を無視してタバコに火をつける。カルヴィーノは肩を落として嵯峨の姿をただ見つめていた。
もう交渉では勝てない。
そう理解してなお、カルヴィーノは口を閉ざすしかなかった。
「その俺をにらむ覚悟の決まった面。どうせこれから俺達の手から東和の警察、そして検事や弁護士の前でも何も話すつもりは無いんだろ?地球系マフィアのその忠誠心はいつも感心させられるよ。遼州系の暴力団連中にも講習会でも開いて教えてやってくれよ、その『美徳』を。かなめの奴が工作員として参加した東都戦争じゃこの国のヤクザ共は裏切りに次ぐ裏切りを続けてたそうだ。連中は既に国の約束事である法を犯してるんだからいまさら仲間を売るなんて当然だって考えてるらしいんだ。たとえ無法者にはルールがあるというお前さんの美徳があれば、東和政府の鎮圧作戦は失敗して東都戦争は今でも続いてたかもしれないねえ。まあそうするとかなめ坊がまだ戦争参加中でうちに引き込めなかったからそれはそれで俺としては困るんだがね」
そんな嵯峨の皮肉にピクリとカルヴィーノはこめかみを動かした。
「まあ、ここでテメエを斬ってやってもいいんだが……」
嵯峨はそう言って再び『粟田口国綱』を握りしめた。その様子に覚悟を決めたような笑みがカルヴィーノに浮かぶ。
「『人斬り新三』で売ってる貴方が私を斬らないのですか?東和の警察の尋問方法がどんなものかは聞いていますが私は何も話しませんよ。そんな時間の無駄をするなんてあなたの二つ名に傷が付くんじゃ無いですか?」
苦々しげに呟くカルヴィーノに嵯峨は不敵な笑みで応える。
「うん、斬らない。お前さんは生かしといた方が俺にとっても面白いからな。当局にお前さんの身柄がある限りお前さんの家族の安全はどうなるかわからない……そうなればパレルモの旦那達はお前さんの家族に何をするか……ああ、それは言わない約束だったな。俺としても地球人の弱点である『家族愛』に付け込むなんて……お前さんも俺を酷い奴だと思うだろ?いいよ、そう言っても。俺は別に気にしないから」
そう言って嵯峨は憐れむような笑みをカルヴィーノに投げかける。一刀で終わらせてやるほど、嵯峨は甘い男ではない。
それが嵯峨なりの、部下を『商品』扱いされたことへの『釣り合い』だった。
カルヴィーノは否定しようとした。
だが、どの言葉を選んでも、嵯峨が先にその逃げ道を塞いでいる。
密輸。上納金。薬物ルート。家族。
どれも、今の自分の急所だった。
カルヴィーノはムキになったように嵯峨の手を振りほどいた。
「言うな!家族愛こそがこんな非道を生きるやくざ者の俺の矜持だ!それを笑う貴様が遼州人だと言うのはよく分かるな!異教徒は呪われろと神はおっしゃるが、貴様は異教徒どころか異星人だからな!家族愛も神の愛も貴様には理解できまい!それとなんだその目は!そんなに家族を思う人間が不思議に見えるか!」
感情にかられたカルヴィーノの叫びがシャンデリアの吊り下げられた部屋に響いた。嵯峨の手から解放されたカルヴィーノは、思いつめたような表情を浮かべてネクタイを締めなおす。
「だから、俺をいくら悪く言っても無駄だって何度言ったらわかるのかな?事実はお前さんの思惑は全部外れた。それだけは認めて。そして俺の望み通りお前さんはこれから東和の警察官に連れていかれる。目で見た物だけがリアル。いい加減夢なんて見るのをやめて現実を認めなよ。まあ、落ちた『極道の行先』は地球圏も遼州圏も同じで『地獄』って決まってるんだ。完全黙秘で刑期を終えりゃあ女房の葬式には間に合うだろ……営利目的誘拐……しかもその指示を出していた人間が地球人だとなればこの国の裁判所は情状酌量で減刑なんてことは絶対にしないからな。きっちり最高刑期を刑務所の中で過ごすことになるわけだ……おそらくファミリーは放射能除去装置のある奇麗な環境からお前さん達の家族を地球の一般市民が暮らしてるような放射能だらけの環境に追放する。そうすりゃあ……皮膚ガンって地球人の死亡率では第5位らしいね。まあ、1位が自殺で2位が餓死ってのがいかにも格差社会の地球らしいや」
嵯峨がそこまで言った時、アメリア麾下の運航部の女性隊員達がそれぞれ小銃を手に部屋になだれ込んでくる。
「動くな!」
長身のアメリアが手にした彼女がいつも使っている狙撃銃のMSGー90ではなく愛銃P7M13を素早く構えてカルヴィーノの額を狙う。
「おお、ご苦労さん。まあ、これから完全黙秘を貫こうとする『アウトロー世界の勇者』のご出立だ。丁寧に扱ってくれよ!しかもカミさんも娘もあと5年で放射能によるガンで死ぬという悲しい運命を背負ってるんだ。その悲劇のヒーローにはそれなりの丁寧な扱いが必要になるってことくらいお前さん達にも分かるよね?」
嵯峨の言葉を聞くとアメリアの部下達はカルヴィーノを引き立てて部屋を出ていく。
「一件落着ってことか……いや、これからが問題か……」
嵯峨はそう言うとゆっくりと刀を鞘に収めた。
部下達が傷ついたカルヴィーノを強引に部屋から連れ出すのをアメリアはいつもの糸目で見守っていた。
「アメリア、一応、これで東都警察はこの密輸店を『黙認』できなくなるだろうからな。今頃、丸の外署ではマル暴の特殊部隊が出動準備の最中だろう。連中との折衝はお前さんがやってくれ。俺はこのまま豊川に帰るわ……ちょっと隊長室でランと今後の対策について……色々とね」
嵯峨はそれだけ言うと敬礼するアメリアに背を向けて扉に向った。
「了解しました」
紺色の髪に青いベレー帽をかぶった指揮官らしい姿のアメリアが応える。
嵯峨はタバコを咥えたままこの店の『真の主』がいた部屋を後にした。
「さあて……これはこれで一件落着。神前は結局俺の手持ちのカードからはこぼれなかったわけだ。こちらのカードは順調に良い手になるように集まってる……さあ、俺と勝負をしている旦那衆よ。そっちのカードの手は何だろうな……今度はアンタ等が手札を晒す番だよ……どんな手が出て来るか楽しみだな」
そうつぶやくと嵯峨は豪華なカルヴィーノの執務室からくたびれた雑居ビルのような廊下に出て煙草の煙を天井に向けて吐いた。




