第80話 特殊な部隊のやり方
まるで男に誠を殺させようとしているかなめに、誠は無駄と知りつつ助けを求めるように叫んだ。
『喚くんじゃねえよ!馬鹿野郎!奴は『生きたい』一心でオメエを人質に取ってる。銃器の扱いに詳しいはずのこのレベルのやくざがその作動不良が起きるかもしれねえ扱い方をするってことはもうすでにコイツの理性は飛んでるってことだ』
耳の中でかなめの声が響いて誠は驚いた。
来る時に嵯峨に渡されたコミュニケーションツールからそれは聞こえた。
『気づかれるんじゃねえぞ、今はとにかく喚いて時間を稼げ。それと合図をしたら強引に床に伏せろ。それがアイツの終わりの瞬間だ。もうこいつの人生は詰んでるんだ』
交信はそれだけで切れた。耳の中のかなめの声だけが、妙に人間らしく思えた。
目の前のかなめは笑っている。
人質ごと撃つことすら当然のように語っている。
だが、耳の中の声だけは違った。
『時間を稼げ』
『伏せろ』
その短い指示だけが、誠を必死に生かそうとしていた。
気がついたように誠が見た先には、相変わらずサディスティックな笑みを浮かべたかなめの姿があった。
「西園寺さん!本気なんですか?僕、まだ死にたくないですよ!」
演技など誠には必要なかった。かなめの慰めに近い言葉を聞いても誠の心臓の鼓動は高鳴り、感情は恐怖に支配されたままだった。
ただ口を突いて出る本音を叫べば命乞いの言葉がいくらでも出てくる。
「ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!だとよ姉ちゃん。こいつを見殺しにしたら、寝つき悪くなるんじゃねえのか?それともこんなことは慣れっこだというのか?それこそひどい人生じゃねえか……俺には理解できないねえ」
誠の叫び声に気分を良くした男が荒れた息をしながら声を上げる。
だが、かなめの表情は変わらない。ただ銃を握り直す態度と余裕の笑みだけが変わらず誠の目の前にある。
「こいつが死ぬ?なんでコイツとこの前会ったばかりのアタシがこいつの心配なんかしなきゃなんねえんだ?そんなこと知ったことかよ。そいつだって東和宇宙軍に志願したんだ。新兵の仕事は上官の弾避けとなって名誉の戦死を遂げることが仕事だ。死ぬことくらい覚悟してるんじゃねえの?」
そう言うとかなめはまるでタバコを吸っている時のような大きな息を吐いた。
「それよりオメエだ。オメエは死ぬ覚悟は出来てるか?見てみると……その面はそんな覚悟ができてねえ面だな……じゃあオメエが最初に銃を捨てな。そしたらアタシもオメエを撃たずにいてやる。まあ、下でアタシの仲間が降りてきたオメエをハチの巣にするかもしれねえからその銃弾の雨を抜けてオメエが生きてここを出られる保証はねえが」
「西園寺さん!それって……」
誠は頭の中ではかなめの演技だと信じてはいるが、彼女がこの状況を楽しんでいるように見えて恐怖を覚えた。
「残念だねえ。この姉ちゃん、君を見殺しにするつもりだぜ。まあ、あの世で恨むならあの姉ちゃんにしてくれよ。俺はただ自分の身が守りたいだけだからな!」
緩んでいた男の誠を押さえつける力が再び戻った。
だが、誠はさすがにこれだけ命に関わる状況が続いていると、体も馴染んできたようで軽く両腕に力を入れた。
『これは振りほどけるな』
そんな誠の心の声が聞こえたとでも言うようにかなめが軽くうなずいた。
「おい、チンピラ。そいつの頭が吹っ飛んだら人質はいなくなるんだぜ?そのこと考えたことあるのか?」
かなめのその一言は明らかに男の動揺を誘っていた。
それを見透かすようにかなめは銃口をちらつかせながら後を続けた。
「つまりだ。お前みたいな脳無しでもわかるように説明してやる。その役立たずの頭が吹き飛んだ次の瞬間には、オメエの額に『でかい穴』が開いている仕組みになってるってわけだ?死ぬ前に一つお勉強ができたな……アタシは親切だろ?な?」
ここまでかなめが言った時に男もようやく自分が相手にしている女サイボーグの正体に気付いたようだった。
「つまり、オメエはどう転んでも何も出来ずにここでくたばる運命なんだよ!それ以外にオメエの死ぬパターンは数百パターンとアタシの電子の脳には刻まれてるんだ?ヒントはやったぜ……あとはオメエ次第だ」
男の腕の力が再び緩んだ。
誠はかなめの合図を待ったがまだかなめは何も合図をよこさない。
「うるせえ!そんなのハッタリだ!テメエにこいつを見捨てるようなことが出来るはずがねえ!正規の司法執行機関でそんなことをやったら隊長の責任問題だ!役人の偉い人が責任を取る事なんかあり得るわけがねえ!」
既に完全にかなめのペースに乗せられている男は叫びながら拳銃のハンマーが上がっていることを確認したり、視線をかなめから離して階段の方を見つめたりと落ち着かなくなった。
完全に男はかなめの術中にはまっていた。
「やっぱりオメエは馬鹿だ。アタシ等『特殊な部隊』に喧嘩売ろうって言うならもう少し勉強しとけ。オメエに指示した組織も完全に人選ミスだな。オメエじゃアタシ等をどうにかできる実力はねえ」
かなめはそう言うと、死刑宣告をする死神を思わせる笑みを浮かべた。
「良いことを教えてやる。その図体だけはデカいアタシの後輩をうちに引き抜いた嵯峨と名乗ってるアタシの『叔父貴』……オメエの言うアタシ等の上司である『特殊な部隊』の隊長が、どれだけ味方を囮に使って『諜報活動』や『治安維持活動』をしてきたかくらい、少し『諜報戦』と言うものを学んだ、『情報通の人間』ならみんな知ってるはずだぜ?オメエはそんな闇の世界の常識も知らねえみたいだな……銃を持つにはオメエは場数が少なすぎる。あと何度か死んで戦闘レベルを上げることだな……まあ、現実はテレビゲームみたいに死んでも復活なんて便利な機能はないわけだが……残念だったな」
誠は初めて知るかなめが語る嵯峨の過去に動揺が隠せなかった。
「まあそう言うのはプロの諜報部員的な初級の教科書の記載事項だったな。オメエみたいな駆け出しのチンピラには無縁な話か。まあ、こうしてお話している間もテメエの死の時は刻一刻と近づいてきてるんだがな……最期の瞬間が近づいている気持ちはどんな感じなんだ?アタシも死を覚悟するような作戦は何度もやって来たがそん時との違いを知りたくなった。話してみ?聞いてやるから」
余裕を持ってかなめはそう言った。
その口調に、誠は自分は助かるという確信を持つに至った。
そして機械の体のかなめが、あの『駄目人間』の嵯峨を『叔父貴』と呼んだことに誠は気づいていた。男にはすでにかなめの言葉を理解する余裕はなかった。誠に銃を突き付けてその引き金を引けば自分は助かる。そんな信念だけで男はそこに立っているだけだった。
「なんだよ、黙りこんで。神にでも祈ってるのか?この世に神なんて居ねえよ?宗教は戦争を起こす理由の為だけに存在するってのは地球を見ていればよく分かってる事だろ?まったく人の話の一つも聞けねえのか?どんな状況でも常に冷静であれ。市街地での戦闘の訓練を受けた兵隊なら当たり前の常識だぜ?まあ、上部組織が払う金とそのリスクを見比べるしか能のねえ自分の頭でものを考えたことのないオメエみたいなチンピラの……関知することじゃあねえだろうがな……使い捨ての駒は使い捨ての駒の死に方がある……まもなくオメエにもそれが訪れる」
かなめはそう言うと銃のグリップを握り直した。
「それだけの話だ。今その瞬間に近づいたが……運が良かったなアンタの寿命が5秒伸びた。まあそれもそんなに長くは無いかな……」
死の恐怖に震える男の手が震えている。
誠は銃を突き付けられながらそのことに気づいた。
楽しそうに二人の運命をもてあそぶかなめの言葉に、二人の男の心臓の鼓動が次第に早くなっていく。
「うるせえ!撃つぞ!ホントに撃つぞ!」
理性を失った男に比べて誠はかなめの長話が続くたびにはっきりと理性を回復していく。かなめの狙いはそこにあったのだと悟った誠はそれが戦闘に慣れたかなめなりの心遣いなのだと理解した。
「だから、さっきから言ってるだろ?撃てるもんなら撃ってみろって。撃てねえだろ?撃てねえよな?所詮アマチュアだもんな……まもなくオメエは地上から消える。運が悪かったな」
その言葉に男はようやく決心がついたようで、ガチリと誠のこめかみに銃口をあわせた。
かなめの長話で既に完全に混乱状態から脱した誠には、かなめが自分を助けてくれるという確信があった。
『伏せろ!』
嵯峨の補聴器から響くかなめの合図と同時に、誠は男の手を振りほどいて地面に体を叩きつけた。
轟音が響き、コンクリートが砕ける音と肉のちぎれる音が、誠の頭上で同時に響いた。
誠が振り向くと、壁の破片と一緒に男の上半身が吹き飛ばされ、踊り場の方に飛んでいった最中だった。
階段下の男の手下はそれを誠達と勘違いして、サブマシンガンでの掃射を浴びせかけ、男の上半身は、人体という形を一瞬で失った。
誠はそのかつて人間だったものから目を反らして後ろの壁を見た。
そこには、人の頭ほどの大きさの弾丸が貫通した跡が残り、コンクリートの破片が散乱していた。
床に散った破片の陰で、かなめは短く息を吐き、無言で誠の手を取って立ち上がらせた。
廃墟の隅からは小型ドローンのプロペラ音がかすかに戻ってくる。
彼女が遠隔で操作した装置が先ほどの一撃を可能にしたのだ。
誠の耳には嵯峨の機転とかなめの計算がまだ反芻されている。
命の綱が、ぎりぎりのプロフェッショナリズムによって結び直された瞬間だった。
嵯峨がこの部隊にばらまいておいた通信機と装備、そしてかなめの計算が、先ほどの一撃を可能にしたのだ。
「神前、なに驚いてんだよ。これがアタシ等『特殊な部隊』のやり方だ。人質を取られた?なら、人質ごと撃てる位置に敵を誘導する。オメエが伏せれば済む。シンプルだろ?」
かなめの冷徹な一言で、誠は今起きた出来事を把握した。
かなめは誠を抱える仕草をするでもなく、ただ淡々と彼の袖を掴んで歩き出す。
外の廊下には頼りない足音と、遠くで瓦礫を踏む別働隊の靴音が混じっていた。
誠の中で先ほどまでの震えは消えていなかった。
ただ、その震えの意味だけが変わり始めていた。
それは怯えだけではない。
生き延びた実感。
作戦の一部として使われた現実。
そして、自分がもう後戻りできない場所へ踏み込んだという理解。
それらが混ざり合い、胸の奥で熱を帯び始めていた。
誠は自分が今、何か大きな装置の一部になったような錯覚を覚える……それが、この『特殊な部隊』のやり方であり、彼らが選ばれし者の論理でもあるのだと。
かなめが男を挑発していたのは、かなめが設置した壁をぶち破るほどの威力の対物ライフルの射線に男を追い込むためだったのだと。
誠が正気を取り戻してかなめの指示に間違いなく従う状況になり、男の腕を振りほどけば、もうかなめがその『砲』を撃たない理由は無い。
そして、かなめの『電子の脳』による遠隔操作で男はコンクリートの壁ごと撃ち抜かれて肉片となった。
肉片と化した男の残骸の前に座り込む誠にかなめは手を伸ばす。
かなめはサイボーグ用の光学迷彩の戦闘服に愛銃『スプリングフィールドXDM40』を右手に持っているだけだった。
よく見れば、かなめの戦闘服の隙間から覗く二の腕には、人工皮膚の継ぎ目のラインが見えた。
かなめは歩きながら、ふと誠の顔を見下ろした。微かな光が彼の頬を照らし、埃の粒がまるで星屑のように見える。彼女は短くつぶやいた。
「覚悟しろ。オメエのこれからの毎日はこういうのが日常になる……うちは『特殊な部隊』とか呼ばれてるが……本当の意味で『特殊部隊』なんだ。東和宇宙軍の平和なパイロット生活なんか諦めろ。オメエの毎日はこんな血塗られたものが続くことになる」
その言葉は残酷でありながらも、どこか救いに満ちていた。
誠は答えを返す余裕すらなかったが、胸の奥に小さな決意が生まれた。
助かった。
その事実に安堵するより先に、誠は自分が『助けられた』のではなく、『作戦の一部として使われた』のだと理解してしまった。
それは恐怖に対する反発であり、生き延びたいという純粋な欲求だった。
それでも誠は、自分がもう引き返せないところまで来ていることだけは、はっきりと分かっていた。
これがかなめのやり方なのだろう。
だが……。
この血塗られた『特殊な部隊』のやり方について行けるのか。
その答えだけは、まだ誠には分からなかった。




