第3話 最終戦争という幻想
嵯峨は自分への反論の機会をうかがう卒業生たちや陸軍大臣を始めとする賓客たちに余裕の視線を投げながら演説を続けた。
「それから先も戦いは続く。海王星、天王星、土星、木星、アステロイドベルト、火星……そして月だ。ここまで着くのにゲルパルトと海軍はどれくらいかかると思ってる?宇宙戦には素人の陸軍の俺でも6か月はかかると見た」
この学校で戦争というものについて学んで来た卒業生たちや聴衆の軍関係者には嵯峨の言う具体的数字はとても奇人の妄想と笑って済ませることのできないリアリティをもって感じられたので、その言葉につい惹きこまれていた。
「この6か月。先制核攻撃で主要都市を失って生産能力が低下した地球圏がその生産能力を回復するには十分な時間だ……その頃には出て来るよ……さっき言った地球圏の飛行戦車が」
相変わらずまるで自分がこの戦争とは無関係の軍事評論家のような調子でタバコをくゆらせながら嵯峨は話を続けた。
「しかも、その6か月でその大量生産ラインを作るなんて言うのは地球圏と『祖国同盟』の国力差を考えると簡単な話なんだ。それにさっきのゲルパルト自慢の三号飛行戦車なんだけど外惑星共和国連邦辺りはもうそれくらいの飛行戦車を開発済みで密かに大量配備してたりして。あそこの諜報網は舐めていると痛い目を見るよ。まあ、あそこは何度もゲルパルトには煮え湯を飲まされてきたんだもん。その辺には抜かりはないさ」
嵯峨の言葉に一同は息を飲んだ。確かに地球圏の国力ならば十分にあり得る話だった。そして、それに対抗し得る戦力が同盟国であるこの甲武国にも同盟国であるゲルパルトにもなく、ましてや開戦すればお荷物になることが確実の遼帝国に無いことは分かり切った話だった。
「それと地球圏にだって太陽圏内で半年も戦いが続けば無傷の『九七式』を地球圏が手に入れる機会も必ずある。そんな機会は間違いなくあるよ。確かに『死して虜囚の辱めを受けず』とこの国のパイロットは教わってるけど、パイロットが死んだ状態で不時着したら確かに壊れやすい九七式でもきっとパイロットが死んだ状態で機体だけ無傷で鹵獲されるだろうね」
厭味ったらしく甲武軍の精神的支柱を口にする嵯峨だが、甲武軍の切り札が完全解剖され理解される日が遠からず来ると言う嵯峨の言葉を聞いてそれを無視できる人間はこの会場には居なかった。
「なにより研究大好きな地球人……当然徹底的に調べ上げてその弱点を見つけ出すだろうねえ……ああ、アンタ等も元地球人だったな。ああ、悪い」
あくまで抜けた調子だが、どれも軍の未来の幹部なら想定の範囲内の事象である。それをこの壇上で冷静にすべてをまとめ上げて演説して見せるところがいかにも嵯峨の『奇才』たるゆえんだった。
「そうなったらもう、奇襲作戦での被害を理由に講和のテーブルに着く理由は地球圏のどの国家にも無いわけだ。『うちは宣戦布告も無しに先制核攻撃を受けた被害者なんです!悪いのは祖国同盟です!だから皆殺しにします!』そう言って笑う地球圏の『超富裕層』の顔が目に浮かぶよ……まあ、先制核攻撃は地球圏の諜報網でバレバレだから食うに困った『市民』がやたら死ぬだけで政治や軍事の中枢を握っている地球圏を支配している『超富裕層』には一人の死者も出ないだろうし、『軍人』の『騎士階層』にも作戦遂行に必要な知識と経験を持った人間は誰一人死人は出ない。つまり、先制核攻撃は40歳に満たずに放射能による身体異常で死ぬ運命にあった『市民』を早く楽にしてやったくらいの意味しかないわけなんだ……ここまで言えば分かるよな?」
その場にいる軍関係者の怒りの反応を狙った嵯峨の言葉を聞いても誰も動かなかった。
咳一つ、許されない空気だった。
もうすでに場は嵯峨の独壇場となっていた。話させるだけ話させろ。そんな諦めに似た雰囲気が会場に漂っていた。
「『超富裕層』や作戦を指揮する『騎士階層』が死なないのならそいつ等を殺すためにアンタ等は地球への降下作戦を開始するだろうね。まあ、戦争を始めちゃった以上、他に選択肢はないもんね。ここでようやく俺達陸軍の出番だ。でも、そこまで俺達をどうやって地球圏まで運ぶのよ?そのことを考えたことある?」
相変わらず謎をかけるように嵯峨は笑顔でタバコをふかす。言っている内容の深刻さとその笑顔の乖離にこの場に居る卒業生たちは冷や汗をかいた。
「遼州圏から地球圏まで……一番早い輸送艦でも三週間かかる……一番早い艦でだ」
誰でも分かる嵯峨の言葉だが、その意味の重さに会場は静まり返った。
「そんな長い戦争期間から考えれば一瞬だが戦争遂行者としては十分に理解しなければならないタイムラグである三週間で戦闘状況が急激に変わるなんて言うことはここで習ってるはず……ああ、俺はその人の論文を読んだだけで授業は出てないからもしかしたら言わなかったことかもしれないけど一軍を指揮するならそれくらいは常識だよね?」
その見下すような視線、静まり返る会場。嵯峨の言うことに何一つ間違いがないだけに誰一人としてそれに反論できないでいる。その様子に満足げに嵯峨は演説を続けた。
「その頃にはすでに地球圏はゲルパルトが三号飛行戦車より大火力の支援飛行戦車を主力戦車としたのに対抗できる飛行戦車を生産ラインに乗せてるよ。普通にある地球の飛行戦車に一切通用しない三号飛行戦車の主砲の直撃を食らうと無事じゃ済まない九七式ももはやただの紙の装甲の『お人形』だ。それが分かれば遼州圏内でも反祖国同盟の外惑星共和国連邦や遼北人民共和国や西モスレム首長国連邦が本格的な反転攻勢に転じるはずだ。甲武やゲルパルトは地球圏の戦いで手いっぱい。遼帝国軍は……ああ、あそこはあてにしない方が良いよ。俺と同じ遼州人の国だから俺と似たような考えしか持たずに戦場に来て敵を見たらすぐ降伏するから戦力にならない。そこから本当の『祖国同盟』対反『祖国同盟』の戦争が始まるわけだ」
この辺りまで来ると卒業生の多くは嵯峨を見る事すらできずに俯いた。この戦争には勝ち目は無いのは半分は分かっていた。しかし、現状を打破するには他の方法は無い。足りないものがあれば精神力で補え。前線勤務のある卒業生なら部下の下士官に何度かそんな台詞を吐いたこともあるだろう。
「先制核攻撃をすれば地球圏の国力は七割以下になる?そんなの希望的観測だって。地球圏では核の使用は自由だもん。この遼州圏みたいに核を撃とうもんなら東和共和国の電子戦でその国のインフラや生命維持装置が完全停止するところとはわけが違うんだよ。地球圏の人間は核戦争のプロだ。この前作戦参謀部の若手を問い詰めてみたが、先制核攻撃で地球圏の70億は殺せるつもりでいるらしいや。ゲルパルトや甲武の核ではせいぜい殺せて20億……それでも多すぎるくらいだ。しかもその20億人の中には殺して戦争の帰趨が決まるような人物は一人もいないと来てるんだ」
自分達が信じていた緒戦の勝利が何の意味も無いと言い切る嵯峨の言葉に数人が、無意識に一歩引いた。
嵯峨の言っていることは陸軍の戦争研究所の出した結論と何一つ違っていないことにそれをこの会場で聞くことができる立場にあった来賓の陸軍大臣とその側近はざわめいた。嵯峨の言っていることは、すべて正しい。それでも戦争における非確実性に賭けて戦争に踏み切る判断を下した自分を嵯峨は責めているのだと陸軍大臣はうなだれた。
嵯峨は冷たくそう言い放つとタバコを一度揉み消して二本目のタバコに火をつけて鋭い目つきで前列の陸軍大学校の卒業生を一人一人見つめていった。
「この戦争の俺のシミュレーション。間違ってるかな?たぶん陸海軍合同本部のシミュレーションと一部の違いも無いと思うよ。それでも戦争を始めたいなら、まずアンタらが死ね。 戦争で死ぬのは、軍人だけじゃねえ。第一撃の地球への先制核攻撃で片がつかないことは説明済みだ」
誰もがこの時点でこの男は狂っていると思った。しかし、その言葉には一つの間違いも無い。その『奇才』と呼ばれた男の脳髄にはその地球降下作戦後の果てしなく続く撤退戦、そして、遼州圏内の反祖国同盟との共同作戦でゲルパルトや甲武に襲い掛かるまだ見ぬ地球軍の最新鋭飛行戦車の影が見えていた。
「アンタ等の賢い頭なら何度も言わずともわかるだろ?いずれは国力に勝る地球圏がこの甲武に嫌でも攻めてくる。そうなりゃ、テラフォーミングのおかげでそれなりに生命維持に関する施設を攻撃されても平気なゲルパルトやそもそもそんなものが必要が無い大気の下で生きている遼帝国と違って、この生命維持の施設が無いと数分と生きていられない甲武の人々が真っ先に死んでいくことになるという事実……その責任……アンタ等は取れるのか?」
嵯峨の視線は一人の眼鏡の中佐に集中した。その30代と思われる中佐はその迫力を帯びた嵯峨の眼光に負けて思わず目を逸らした。
その無責任に逸らされた目を見てようやく嵯峨は目に怒りの色を染めながら拳を握る音が、やけに大きく響いた。
「別にアンタには聞いてないよ。恐らくアンタじゃ答えられないだろうがな。そん時に死ぬ人間の命の保護をアンタ等は出来るのか?確かに今の平民達は奇襲攻撃で地球圏が再起不能と思えるほどのダメージを受ければ、一斉に旗を振って大賛成するだろうとアンタ等は思ってこんだけ世論を開戦一辺倒に導いたんだ……でもそんな奇襲攻撃の効果なんてもんは一時的なもんだ。祖国同盟と地球圏の国力差。そんなもんで埋められるほど甘いもんじゃねえ。アンタ等も陸軍大学校で地球圏と『祖国同盟』の戦力差を理解してるんだろ?そうなったらどうなるか……理解できないほど馬鹿じゃねえはずだ。そうなれば被害を受けるのは誰か……平民も、女も、子供も、全部だ」
腰の刀を抜く。
嵯峨はそこで黙った。
煙草の灰が、床に落ちた。
次の瞬間、刀身が鞘を離れた。
嵯峨の愛刀『粟田口国綱』の刀身がきらりと光った。
「そんな想像力のかけらもない馬鹿は俺が殺してやるよ。そうすりゃ戦争は起きねえ。あえてこの戦争で俺がやりたい役目としては督戦隊の隊長だな。地球に先制核攻撃するなら外惑星の小惑星の一つにでも乗り込んでアンタ等が銃剣突撃でもすりゃあいい。あそこは戦争は日常茶飯事だからアンタ等の自殺行為ぐらい大使が一枚わび状書けば済むことだ。俺の督戦隊は本気だ。戦う覚悟もねえ奴は、俺が後ろから撃ち殺す。それが俺の戦争だ。そんなものは勝てる戦争じゃねえ?そんなもんはね、徴兵された素人のするもんじゃねえの。戦争は戦争のプロのするもの。陸軍大学校出てるんだったら職業軍人と徴兵された臨時兵士の戦力としての価値がどっちがあるかなんて知ってて当然だろ?アンタ等は戦争のプロだ。それなりの戦果を期待してるよ」
会場に、凍てつくような沈黙。
そもそも彼がこの場に立っていること自体『異例』だった。
嵯峨は士官学校を経ていない。
最上流貴族子弟の予科校……『甲武国高等予科学校』を満点で卒業した、百年に一人の天才。
そんな彼には、権威も、制度も、信仰も興味がなかった。
ただ自分が強くなりたいがために軍人を目指し、その頂点を極めた結果、この国がいかに弱いかを知った。ただ嵯峨の今の心境はそれだけだった。
「その帽子をかぶる以外に使いようのない頭蓋骨の中に脳味噌の代わりに糞が詰まった連中には、戦争しか残らねえ。そんなに戦争がしたいの?奇襲攻撃すれば本気で勝てると思ってる?勝てないってことは俺がさっき証明して見せた。大体、奇襲なんてするのは国力に劣る負ける軍隊のする事だ。今回の戦争も負ける戦争……そんなことも知らずにこの場にいるなんて……アンタ等馬鹿か?」
その言葉を最後に、嵯峨惟基中佐は彼に渡されるべき配属辞令を会場に呆然と立つ式典担当の将官から取り上げた。
そう言って、嵯峨は戸惑う式典担当の将官から辞令を取り上げた。
そしてマイクを握り直し、その内容を読み上げた。
「へー、『甲武国』陸軍作戦総本部の諜報局長補佐……どうせあれだろ?戦争を始めたい殿上貴族出身の何にもできない政治家連中に、暗号文の読み方教える『連絡係』だろ?そんな『お手紙当番』は興味ねえや、やなこった。どうしても俺にその仕事をさせたけりゃ義姉貴を連れてきな……俺もあの人には逆らえないからね。まあ、その旦那を勤務先の外務省に出仕禁止にして年中憲兵の監視の下に置いてるアンタ等には無理な話だろうがね」
全ての自分の言いたいことを言い切ったというように嵯峨は笑っていた。
嵯峨はそう言うとマイクを捨てて、手にした日本刀を構えて議場をにらみつける。
「だから!アンタ等が死ねば。『近代兵器』を使った戦争は起きねーんだ!俺、嵯峨惟基、甲武国陸軍中佐は『全権督戦隊長』以外への任官は全て拒否する!アンタ等は俺の督戦隊の機関砲を避けながら敵陣に向けて全力突撃しか許さねえからな……振り向いたりひるんだりしたら、容赦なく俺が撃ち殺すから。戦争の勝敗だ?そんなの知るか!」
嵯峨惟基中佐は『甲武国』陸軍大学校の卒業式の壇上から降りた。
破れた証書の欠片だけが、講堂に残る。
降りきって会場を出る時、嵯峨は静かに振り返って式場の嵯峨を注視する視線を見つけてため息をついた。
「俺はね、アンタ等が憎いんじゃないよ、戦争そのものが嫌いなら俺は軍人なんかになっちゃいない。勝ち目のない戦争を、素人と民衆の血で埋めようとする、『脳味噌の代わりに糞が詰まった』今の宰相とその取り巻き。俺の親父を引きずり降ろして招いた結果がこれだよ。じゃあ、あの連中は何がしたくて親父を宰相の位から引きずり下ろしたんだ?そんなに権力が欲しいのか?気を付けなよ、アンタ等も。権力は時に人を狂わせるものだ……俺はアンタ等が憎いんじゃない。憎いほど期待してない。嫌いなのは、勝てない戦争を民衆の血で埋めようとする、その鈍さだ」
嵯峨はそれだけ言うとくわえていたほとんど火の消えかけた吸い殻を投げ捨てて立ち去った。




