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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第三章 『特殊な部隊』の『特殊』な面々

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第6話 椅子に座る君と、隣の二人

 黒塗りの高級セダンが、建物前の石段にすうっと止まった。アクセルを抜いたときに残る低い唸りが消えると、蝉の声と湿気だけが一瞬、空気を満たす。誠は携帯の画面を見ていた手を止め、しばらく何が起きたのか分からずに座席の中で汗を拭った。夏の光が南向きの階段を熱く照らしている。


「おい、出来損ない。着いたぞ、降りな。気を利かせてトランクは開けといたかんな。出来た上司だろ?」


 乱暴なランの声は小柄な体に似合わずはっきりしていて、どこかうれしそうだった。後部座席のドアが静かに開き、誠ははっとして立ち上がった。運転席側からランがすばやく下りてきて、誠の前に立つ。背は小さいが、そこにいるだけで場の空気が締まるような存在感がある。

挿絵(By みてみん)

「お世話になりました」


 誠が自然に一礼すると、ランは軽く返礼してさっとトランクに手を伸ばす。誠は慌ててバッグを持ち上げる。


「いいです!僕が持ちます!」


 礼儀正しく手を出すとランはふっと口の端を緩めた。ちっちゃな頭を上げて誠の顔をちらりと見てランは少し笑顔を浮かべた。


「へー、多少は気が利くんだな。そこだけは見直した。じゃあ、車を駐車場に置いてくる。そこで待ってろ……下手に動くと……うちに『どこへでも銃を持っていく女』がいるから……地面に脳漿をぶちまけたくねーだろ?だったらそこから動くな」


 ランはどこか感心したようにそう呟いた。しかし、誠はそんな何気ない一言に含まれた一文の中にあるあまりに異常でありながらランはまったく問題と感じていない言葉に背筋に寒いものが走るのを感じていた。


『なんですか!その人!そんな危ない人が世の中に居るんですか!『特殊』過ぎる……この部隊は『特殊』過ぎる……』

 

 そんな自分の言った言葉に怯えている誠の様子などまったく気にしていないというように運転席に乗り込んだランの運転する黒い高級車はすぐに駐車場の奥へ走り去った。一人取り残された誠は何度も周りに銃口を向けているその『殺人狂』の女の影に怯えつつ、汗をふき取り、階段を見上げる。外はうだるように暑い。それでいて先ほどのランの何気ない言葉が気にかかった。


 しばらく怯えながら物陰をうかがって自分を狙う銃口がこちらに向いているか探していた誠だが、それらしいものが見えないと安心すると目の前にある本部の建物らしいもの……これからの誠の日常が繰り広げられることになる建物に目をやった。


 見た目は外観だけ見ると古い学校か町役場のようだった。余計な飾りはなく、素朴なコンクリートで作られたそれは決して豪華さや見るものを歓迎するような雰囲気は漂わせていない。それでも門番や守衛が厳重に見張るようないかにも『軍の施設』という堅苦しい雰囲気はなく、どこか人間くさい空気が漂っている。


「タオルか何かもっとしっかりとした拭けるものを用意しとくんだったな。まあ、中は空調効いてるからいいかな」


 立っているだけで誠の全身からは流れるような汗が噴き出し、それを拭うハンカチは汗を含んで絞れば水分が取れるほどに濡れてしまった。都内がヒートアイランド現象で暑いのは慣れているがここが郊外だからと言って涼しくなる訳ではないことを誠は思い知った。


「おい!下手っぴ!何ぼんやり見上げてんだ?」


 いつの間にかランが毒舌を吐きながら裏手の駐車場から歩いてくる。彼女に汗を拭く様子はない。まるでこの暑さなど気にしていないかのように平然と笑顔で誠に近づいてくる。

 

「中佐殿、暑くないんですか?汗とかかいてないじゃないですか」


 誠は珍妙な可愛らしい生命体であるランをしみじみ見つめながら尋ねた。ランは誠の顔を見上げた。そしてそのちいさな手にはハンカチが握られていた。

 

「汗はかいてるよ。だからこうして拭いてんだ。アタシはロボットじゃねーんだ。汗もかくし暑いときは熱い。ただ、水ばっか飲んでだらだら汗かいてるテメーとは鍛え方が違うんだよ……その点もアタシがしっかり鍛えてやる。遼南内戦の南部戦線の暑さはこんなもんじゃなかった。気温40度に湿度100%だ。それに比べたらこんなもん楽園のそれだ」


 そう自分の従軍経験を自慢するように語ってランは本部の玄関に向かった。


「これからは楽しくなるぜ……特にオメーは気が弱そうだから連中のパワハラにどこまで耐えられるか……見ものだな。さっき言った『銃を常に持ち歩く女』はオメーの正面の席に座ることになる……勤務中も額を撃ち抜かれないように注意しろよ」


 ランは振り返ってそう言って笑う。その幼いながらも迫力のある眼光に少し怯みながら誠は本部の入り口の階段を上るランについっていった。ただ、誠にはランの脅しはある意味誇張が入っていると理解するようになったのでただ愛想笑いを浮かべてそれをいなす技術を配属初日に手にすることができていた。


 そのまま古びた自動ドアをくぐると、中はひんやりと空調が効いていた。だが廊下の電気は落とされていて、日中でも薄暗い。受付のカウンターには誰もおらず、そこに何やら小さな紙片がテーブルの上に置かれている。ランはそれを手に取り、ペンを走らせた。紙の端を指でなぞる仕草は雑だが、無駄がない。


「うちは予算が厳しいからな。廊下の電気を昼は消すって、管理部が言ってた。逆らえねーよ」


 ランは苦々しげにそう言うとポケットからシャチハタを取り出して紙切れにシャチハタを押した。


「そうなんですか……でもなんですか?その紙」


 誠の問いにランは静かに笑いながら振り返る。


「オメー、本当に何にも知らねーんだな。これは来客記録表って言うんだ。来客記録票ってのは、どこの役所にもあるもんだ。これがそいつ。あとでこれを管理部のおばちゃんに渡すと、うちの『駄目隊長』のシャチハタ押して、綴じるところに綴じて完成。分かったか?管理部の連中もこれを毎月管理してうちに変な人間が来ていないかどうかチェックするんだ……まあ、規則で決まってるんだから仕方ねーだろ」


 ランはそう言うとそのまま歩き出した。


「なんで東和共和国にはハンコ制度って残ってるんですかね……地球圏みたいに来客の管理なんて全部電子化しても良いじゃないですか?まあ、地球圏は営業も物流も全部AI管理のロボットがやってるんだからロボットに判子を推せというのは無理なのは分かりますけど」


 速足で歩くランに誠は急いでついていく。


「そんなのアタシが知るか!無くなると困る人がいるんだろ……きっと。それに地球圏の話はアタシの前ではするな!アタシは地球人が嫌いなんだ!うちの地球人の血を引いている女共の異常行動でアタシは散々迷惑してるんだ!遼州人の男にも一人問題児が居るが奴の問題行動は予想可能だから地球人の血を引いてる女共のアレ具合に比べたらかわいーもんだ」


 苦々し気にそう言うとランはちらりと誠を見て、わずかに眉を上げると先へ進んだ。階段を上がると、長い廊下といくつもの扉が続く。ランは迷いなくある扉の前に立ち、手にしていたハンカチをポケットに押し込むと、誠に向かって小さく促した。


「これからアタシが直接隊長やってる机の置いてある機動部隊の詰め所に行くんだ。オメーはシュツルム・パンツァーのパイロットとしてここに来たんだ。だからまず、オメーの先輩の二人のパイロットにあいさつする。それが世の中の道ってもんだろ?でもまあ、そこの女士官二人はかなり『ヤバい』からな。気を付けろ……しかも二人とも地球人の血を引いてる……地球人の残忍な血を引いた冷酷非情な女共のパワハラの餌食になるのがオメーの運命だ。同情するぜ」


 それだけ言うとランはまっすぐ前を向いて歩き出した。


「ヤバいって何がヤバいんですか!地球人は確かにしょっちゅう『民族浄化』とか言って隣の国に核ミサイルをあるだけ打ち込む危ない人達ですけど、遼州圏では東和宇宙軍の電子戦で核は使えないんでしょ?でも……地球人だからな……何をされるか分からないかも……」


 置き去りにはされたくないので、誠はランに続いて階段を昇った。そして東和共和国の国民の九割九分を占める純血の遼州人である誠にとって、かつてこの遼州を侵略し非道の限りを尽くした地球人は『教科書の怪物』みたいな存在だった。

 

 母星の地球では年がら年中隣国に核ミサイルを撃ち込んで皆殺しにしてその国民たちは大喜びしている……そんな地球人の血を引く上司が目の前にいるのは、ランが言う通り『恐怖』を呼び起こすには十分すぎた。


「連中は地球人の血を引いている。だからとにかく『ヤバい』の。一人は見た目で明らかに地球人ぽくて『ヤバい』って分かるけど、もう一人は見た目じゃ分からねーがなにせあの殺戮上等の地球人の遺伝子で作られた存在だからな。とにかく『ヤバい』んだよ」


 そのままランは階段を昇って消えていく。誠はただ、不安に支配されるだけだった。可愛らしい雰囲気のランは、迷わず階段を昇りきった。その背中に続いて階段を昇りきった誠が見たのは、ごく普通の学校のような廊下が続いている様を見ることになった。


「こっちだ!餓鬼じゃねーんだからちょろちょろあっちこっち見てねーで早くこっち来い!いい加減覚悟を決めろ!ここまでオメーは来ちまったんだ!いい加減諦めろ!」


 見た目の割にはすばしっこいランはよそ見をしていた誠の前から消えてもうすでに一つの扉の前で待っていた。


 そしてそのまま小さな手に入れていたハンカチを、タイトスカートのポケットに入れているのが見える。


「普通の扉ですね」


 誠は正直な感想を言った。


 誠がランを見下ろすと、少し憐れむような視線がそこにあった。


「覚悟しろよ。結構、『ヤバい』二人だから。さっき言ったように相手は地球人だと思え……つまり遼州人であるオメーは瞬時にその快楽のために殺されて当然の存在だ」

挿絵(By みてみん)

 そう言ってランはニヤリと笑う。


「そうですか……地球人……確かに地球人は怖くて関わり合いにはなりたくないですけど……その中佐の口調……それ以上の何か問題でもあるんですか?地球人だって小学校の教科書で習ったように年がら年中殺し合いをしてたら全宇宙で140億人なんて数になる前に殺し合いで絶滅するでしょ」


 誠の冷や汗をかきながらの言葉を無視して、ランは扉を開けた。開かれた扉の向こう、室内に入った誠が見たのは不思議な光景だった。すべての机が手前の扉に寄っていた。空いている空間が広すぎた。奥には大きな机があり、ランは迷うことなくそこに向かった。


 確かにランはこの部屋の主だった。


 扉の向こうは詰め所のような執務スペースで、大きな机とモニターがいくつも並んでいる。奥の机の前に二人の女性士官が座っていた。エメラルドグリーンのポニーテールの女性が一度だけ顔を上げた。


 その遼州人に比べてはっきりとした顔立ちと鮮やかなエメラルドグリーンの髪は誠の心に強く印象を残した。


『緑色の髪?地球人の髪は金色と茶色と黒って聞いてるけど……クバルカ中佐の言う通り本当にこの人地球人の血を引いてるの?」


 その目鼻立ちのはっきりしたエメラルドグリーンの髪のポニーテールの士官はキーボードの手を止めずに言った。


「新入りか。どうせ一週間で消えるだろ。挨拶はいい」


 その言葉は冷たく突き放すようだった。誠は咄嗟に敬礼をしようとしたが、相手はすでに画面に集中している。部屋の空気は一瞬張り詰める。ポニーテールの女は仕事中、真面目そのもので、目は常にモニターに向いている。それでもいきなり『殺されはしなかった』という事実だけが、誠の背中をそっと押していた。


 地球人は全員遼州人を見ると殺そうとすると思い込んでいた誠は彼女にとりあえず自分に対する殺意が見えないことに安どの息を吐いた。


「早く扉閉めろよ。廊下は空調が強いんだ」


 もう一人の黒いおかっぱの女が淡々と言った。机の上には分解された拳銃の部品が整然と並び、彼女は慣れた手つきで組み上げている。誠が近づくと彼女は自分の仕事をやりながら名乗った。


『この人がクバルカ中佐が言ってた『射殺女』か……今は銃は撃てない状態だ……その間は安心だな』


 誠はそのおかっぱの士官の様子を観察しながらそんなことを考えていた。そんな誠の心を読んだようにたれ目が一度明らかに殺意のこもった目で誠をにらんだ。


 その黒髪のおかっぱの士官が顔も上げずに言った。


「西園寺かなめ。階級は中尉だ。上官だぞ……敬礼はどうした?」

挿絵(By みてみん)

 銃のスライドを上手にセットし、完成した銃をホルスターに差し込んだ。


 誠は慌てて敬礼をするとそんな彼女が作業をしている間に彼女の半そでから見える腕に筋が入っているのに気付いた。


 かなめは立ち上がって誠を見つめた。誠は何時でも逃げられる覚悟を決めながらかなめと向き合って立った。


「気付いたみてえだなアタシはサイボーグだ。子どもの頃にテロでやられてね……脳以外がだめになってな。そっからこうなった。それだけの話……オメエにそれ以上言う必要はねえ」


 かなめの言い方は淡々としている。隠すでもなく、誇るでもなく、ただ事実として告げる。そこまで言い切るかなめの声音には、哀れみを拒む硬さと、どこかそれを許す緩さが同居していた。誠は一瞬たじろいだが、彼女の目には無駄な感情がなく、むしろそれが信頼の基準になっているのだと感じた。


 二人を見てわかったことは誠が教わってきたように地球人の血を引いているからと言っていきなり遼州人を殺す訳ではない。その事だけが今のところの誠の収穫だった。


「この緑のがカウラ・ベルガー。階級は大尉。小隊長だと。シュツルム・パンツァーの乗りが三人で、ランの姐御がその隊長。オメエは今のパイロットでは唯一の野郎ってことだが……期待してねえよ。これまで来た奴もみんな野郎だが一週間と持たずに出て行った。オメエもどうせその口なんだろ?別に気にしてねけど」


 かなめは肩の力を抜いて言うと、完成した銃を丁寧にホルスターに収めた。誠は彼女の腕にある機械的な継ぎ目や、程よく鍛えられた筋肉を見て、畏敬にも似た感覚を持った。カウラは静かに誠を見てから、ゆっくりと顔を戻して仕事に戻る。


 かなめは不意に立ち上がると銃を何度か叩いた後、誠を避けて扉へと向かった。


「西園寺中尉!」


 かなめの背中を追った誠に、かなめはドアに伸ばした手を止めた。


「タバコだよ。二十歳(はたち)過ぎてんだからいいだろ」


 それだけ言うとかなめは出て行った。


 誠はただ立ち尽くすだけだった。


 しかし、不思議なことに気分が悪くはならなかった。地球人がそれほど危険な存在ではないということを二人が示したこと以上の何かが誠の心の中にあるのを感じていた。


 その感覚は自分でも説明できないが、なぜか彼女達に暖かいものを感じていた。地球人の血を引く人間に遼州人の自分が何かこれまで感じたことのない説明できない感情を抱いている。誠は不思議に思いつつもその結論が『笑顔』で終わるということに驚きと安心の念を抱いていた。


 かなめがドアを開けて出ていくのを、誠はただ見送ることしかできなかった。


 ランがそっと誠の隣に寄り添い、低い声で言った。


「大丈夫か?アイツの身勝手は地球人とか遼州人とかそう言う問題じゃねー」


 ランのフォローに誠はランに向けて素直に自分の思ったことを伝えることに決めた。ここではそれが許される。そんな気がしていた。


「ちょっと怒らせちゃったみたいで……僕が悪いんですかね」


 ランは首を振って笑った。


「ちげーよ。気にすんな。まだオメーに心を許してねーだけだ。いつもはもっと能天気で、下ネタが好きなやつらだ。時間かけて慣れさせるさ。アイツは地球人と遼州人のハーフだ。どっちかというと遼州人の血が強いというが……あの攻撃性はまさに地球人と言うところだな」


 ランの言葉は荒っぽいがどこか温かい。小さな体に反して、面倒見がよく、相手を守る気概が滲んでいる。誠は心の中でほっと息をついた。


「地球人とか遼州人とか関係なく西園寺が人見知りなのは認めるよ。いろんな人間がいるんだから、そんな人間もいる。けど、そういう風に信頼を築いて、心を開かせる。それが人を理解するという事だと思うが……アタシの考え、間違ってるかな」

挿絵(By みてみん)

 これまではちんちくりんで毒舌しか話さない、奇妙な生命体だと思っていたランから立派な言葉が発せられたので誠は言葉を紡ぐことができなかった。


「ああ、信頼されてからじゃないと……本当のその人は理解できないですよね」


 誠はそう言うと頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。誠は、一瞬だけ、自分の母の道場で聞いた言葉を思い出した気がした。


「分かってくれたか。だから信頼もされていない相手の過去を知ろうとする詮索屋は嫌われるんだ、じゃあついてこい」


 そう言うとランは扉のドアノブに手をかけた。


「どこに行くんですか?」


 立ち尽くす誠を見てランは大きなため息をついた。


「決まってんだろ?オメー本当にスカタンだな。『脳ピンク』……じゃなかった、隊長室につれてってやる。隊長がオメーを嵌めた張本人だ。気に入らなかったら『俺の人生を無茶苦茶にしやがって!』って叫んでぶん殴る権利、オメーにやるわ。アタシもあの『駄目人間』のせいで苦労しているから、そん時は加勢する」


 ランはそう言って誠を避けてドアを開けて廊下に出た。


「分かりました」


 そう言って誠はランの小さな背中についていくことにした。誠は、まだ自分の席すら知らないこの職場で、最初にぶん殴るべき相手だけははっきりしているのだと苦笑しながら、ランの小さな背中についていくことにした。


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