第56話 髪の色の理由
「ラビロフ中尉。この部隊って……確かにどう考えてもおかしな部隊だとは思っていたんですけど……これって司法局では普通なんじゃないんですか?確かに東和宇宙軍とはノリがかなり違うなあとは思っていたんですけれど」
誠はこの中で唯一話の通じそうなパーラを選んで声をかけた。
「そんなに気を使わなくてもいいわよ、『パーラさん』で。うちでは階級にうるさいのはクバルカ中佐くらいだから。まあ、あの人の前ではそれなりに気を使ってくれれば問題ないわよ。それに、あの人は見た目はちっちゃくて目つきが悪くて実際怖いんだけど、それなりに話の通じる人だから。その点では誠君の周囲では一番マシな人物だと私は思っているわよ……というか、他の二人がひどすぎるだけなんだけどね」
パーラは曖昧な苦笑を浮かべ、やや躊躇いながらも話し始める。その口調は平静を保っているが、情報の重さを隠すことはできない。誠は自分の中で準備をする。知ることは時に重荷だが、知らないままでいるより確実に楽になる。
誠はシャワーを浴びる前にこの『特殊な部隊』の真実を目の前にいる部隊で数少ない常識人から聞き出すことを決めた。
「その顔は聞きたいことは山ほどあるって顔ね。でも、その前に私達の髪の色、変でしょ?たぶん隊長も、当事者であるアメリアもそんな事を口にするなんてことを考えるようなタイプじゃないから……というか、あの紺色の髪と顔つきがヨーロッパ系なこと以外どう見ても普通の東和の遼州人にしか見えないものね、アメリアは。まあ、アメリアはこの国での生活が長いからどっぷりと遼州人に囲まれた生活に慣れ切っているからああなった……違うわね、アメリアの浸かった世界は私の知ってる常識の世界とはかなりかけ離れているから。それを言うなら東和でロールアウトした私やサラがこの東和から出るとどこの国も外国に見えるわりにアメリアは何処の国でもその現地の元地球人と妙に馴染んでいるという時点でアメリアは特別製なのよ」
落ち着いたパーラの言葉に誠はどういう反応を返せばいいか迷っていた。
水色とピンクの髪。髪を染めることが厳禁の軍の関連部隊であるこの『特殊な部隊』にはその自由が認められているのかと誠は思った。
「そう言えば皆さん染めてるんですか?それにしては実に見事ですね。東和宇宙軍は髪を染めるのは厳禁でしたから」
誠の素朴な疑問にパーラは一瞬のためらいを見せる。軍の規律と『特殊』であることの境界線。それはしばしば曖昧で、境界を越えた者たちだけがその実態を知る。
誠は戸惑いつつパーラに尋ねた。
「順番に言うわね。まず一つ目。私たちの髪は染めているわけじゃない。遺伝子操作の結果よ。二つ目。私たちは『ラスト・バタリオン』と呼ばれている。 三つ目。これは『ゲルパルト第四帝国』が敗戦直前に作った、戦闘用バイオロイドの総称。つまり、戦うために設計された人工人間よ」
さらりと『ラスト・バタリオン』などと言うSFアニメに出てきそうな言葉や『戦闘用バイオロイド』という言葉を明るく口にするパーラがそう言う存在であると誠はその瞬間には理解できなかった。
「簡単に言えば、私たちは兵器として作られた。でも、今は司法局の隊員として生きている。それだけは分けて考えてね、あの国は『白人至上主義』を掲げ、人種政策の名の下にユダヤ人や外惑星のスラブ系住民を大虐殺した国でしょ?だから私達と普通に生まれたアーリア人女性と区別をつけるために髪の毛の色が変な訳。戦闘用とあの国が目指した『ある目的』で『ラスト・バタリオン』は女性しか作られなかったけどね。だからアメリアの部下……私はその副官をしているから私の部下でもあるんだけど、運航部には女子しかいないし、全員が地球人にはありえない髪の色をしている訳」
まるで誠が知っていて当たり前という風に語るパーラの表情を見て彼女もすでに『特殊な部隊』にどっぷりと浸かっている人間なんだなあと思いながら誠はパーラの話を聞いていた。
「その女性型の『ラスト・バタリオン』の知能面では『全人類の頂点に立つ優秀なるアーリア人の母となる存在』として平均のIQは200前後、身体能力は男性のアスリートのそれを軽く凌駕する力があるように作られ、その因子がその子供に遺伝するように作られた……まあそんなことを言っても誠君には分からないでしょうね……どうせこの前来た5人も結局は理解できないみたいだったし。ああ、そこで島田君と一緒に笑ってるサラは例外。『ラスト・バタリオン』の量産技術にも欠点があって、そもそも先祖返りみたいに見た目は『ラスト・バタリオン』にしか見えないけど能力は人並みって言う個体も稀に存在するのよ。サラもそんな一人ってわけ」
パーラの口からそれが自然に出ると、部屋の温度が一度だけ下がった気がした。誠はその言葉の意味を飲み込もうとした。遺伝子操作、戦闘用バイオロイド、女性型のみという設計……どれも現実味があるには重すぎる概念だ。
パーラがとんでもないSFアニメのありがち設定をさらりと言っている間も、その髪の色から判断すると同じ運命を背負っているはずのサラは島田と馬鹿話をして大笑いをしている。
「『戦闘用人工人間』なんですか?お二人とも。僕には普通の『人間』にしか見えませんが……」
顔を引きつらせながら誠はそう言った。
誠が横を見た。
そこには島田とサラは何故か窓の外を指さして立っていた。
お互い誠にとっては意味不明な言葉をしゃべって、感涙にむせび泣いている。少なくとも果てしの無い馬鹿の島田と同レベルで笑いあえるサラがIQ200の天才にはとても見えなかった。
とりあえず誠はこいつ等は無視することにした。
「他にもいるわよ。運航部は私とサラを含め全員女子で、全員『ラスト・バタリオン』。あと、機動部隊の部屋の誠ちゃんの前に座ってる娘。あの子も視力は8.0。普通じゃあり得ないでしょ?でも『ラスト・バタリオン』としては普通かな……まあ、アメリアは特別製の先行起動型だからもっと上かも知れないけど」
パーラは機動部隊の女子三人の中に悲劇の『戦闘用人造人間』の運命を背負った悲劇のヒロインがいると言った。
誠の脳内では、かなめが『戦闘用人造人間』の札を首から下げて立っていた。
義体、銃、暴力、短気。
条件だけ見れば満点だった。
言葉にされると事実はより強くなる。
誠は頭の中で『ラスト・バタリオン』という単語を何度か反芻し、その音の重さに慄く。
彼は自分がただの補助ではない可能性をちらりと感じるが、それが何かはまだはっきりしていない。
「あ、たぶん誠君の想像の逆。誠君が戦闘用人造人間という運命にふさわしいと考えていそうなかなめちゃんは貴族制国家で身分一つで簡単に命を失うことになる国である『甲武国』で一番偉いのお姫様だったりする人だけど、本人が『それを知った人間は全員殺す』と言ってるから知らない方が良いわよ……あの人これまで隊員を殺したことは無いけど実際に発砲するのは日常茶飯事だから」
かなめではないことはパーラの人の良さそうな言葉から分かった。同時に、『かなめに確実に殺される』方法を知ってしまった誠は青ざめた。
「神前君!顔色が青い!面白い!」
誠を見たサラが大爆笑している。誠には何度見てもサラのIQが200を超えているようには見えなかった。
そもそも誠が見ている間能天気な笑顔しか浮かべていないこの女に『戦闘用人工人間の悲劇』と言う過去があるとは信じられない。
そこで誠は改めて彼女を『無視』することに決めた。
『戦闘用人工人間の悲劇』と言うと……誠はひたすら考えた。
そうなると、当然誠の脳裏には『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐の萌え萌えフェイスが浮かび上がる。
きっとクバルカ・ラン中佐だ。そうあってくれ。その方が安心して『萌え』られる。
なにしろ相手は『人外』の『魔法少女』である。三年で地球を滅ぼせると真顔で言う幼女なのだ。
古典とされるバトル系魔法少女アニメにも魔法を使うために身体を調整された人工人間の少女がヒロインの作品があったことを思い出していた。
そんな記憶を掘り起こしながら誠はパーラを期待の目で見つめた。
「これも私の予想だけどこちらも誠君の期待には添えそうにないわね。クバルカ中佐はどこまで行っても神前君と同じ遼州人。だから『遼南共和国』の元エースなのよ。ゲルパルトで製造された私達『ラスト・バタリオン』とは無関係よ。でもこれって逆に神前君にはショックかもね……あんな人類を超越した化け物に自分も変貌して『魔法少女』と呼ばれてしまう運命が待っていたら……私だったらそのままその運命を拒否して海に身を投げるわね」
誠は驚くと同時にパーラにある種の危険な匂いを感じて少し身構えた。
二つの可能性が消えた結果、に誠は驚愕した。
残りは……どう考えてもあの第一小隊小隊長、カウラ・ベルガー大尉しか残らない。
思えば彼女の髪の色が緑な時点で気づくべきだった。
自然には有り得ないエメラルドグリーンの髪の色はまさに『ラスト・バタリオン』の条件を満たしていた。
「カウラさんは確かにどこか人工的なところがありますからね……言われてみれば納得できますけど……僕はさすがに強くはなりたいですけど『人外』認定もされたくないですし、少女じゃないんで『魔法少女』にもなりたくないです」
誠の言葉にパーラの表情が曇った。その表情を見た瞬間誠は反射的に口を手で覆ったが遅すぎたように感じた。
自分が使った『人工的』という言葉が彼女を傷つけたことに気が付いて誠はハッとした。
「大丈夫。そう見えるように作られているのは事実だから」
言葉は刃にもなり、絆にもなる。誠は即座に反省し、表情を和らげる。遼州人として、余計な争いを生まないようにと自分を抑えるのが彼の常だ。
誠の不用意な言葉に意外にもパーラは傷ついていないようだった。
パーラはそんな誠の心情を悟ったように、にこやかにほほ笑むとそのまま話を続けた。




