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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第十七章 『特殊な部隊』の『特殊』な飲み会

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第45話 宰相令嬢の義体

 夕方の熱気がまだ路面に残っている。月島屋の暖簾は湿った風に小さく揺れ、提灯は一つ玉が切れて、かすれた赤だけが残っていた。七輪がパチパチ鳴るたび、鶏脂とタレの焦げる匂いが鼻腔にまとわりつく。カウンターは長い一枚板で、磨かれた木目に冷えたグラスの輪じみが幾重にも重なっている。


 模擬戦(仮想空間)を終えた身体は、実弾も飛んでいないのに汗だけは本物で、Tシャツの背中がうっすらと張り付いていた。そんな“現実の汗”を拭きながら席に着いた途端だった。


「でも考えてみればこの中で普通の人間て……男子だけなんですね。西園寺さんはサイボーグで、アメリアさん、カウラさん、パーラさん、サラさんは戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』ですから」


 誠がそう言った瞬間、アメリアの手の甲がパシンと俺の後頭部に軽く入った。氷の溶ける音が一瞬止まる。


「何よ!私達が人間じゃないって言いたいわけ?確かに地球の一部の国は私達を非人道的な実験の結果生み出された『繁殖人形』として人間として認めてないところもあるけど、私は人間。意志もあるし、心もある。しかも笑いにはうるさい。寒いアメリカンジョークしか言えない地球圏の外人(がいじん)が人間扱いされてるのになんで私達『ラスト・バタリオン』が人間じゃないって決められてるわけ?変でしょ?笑いが寒い方がよっぽど人間として致命的じゃないの!」

挿絵(By みてみん)

 糸目がにゅっと近づく気迫にたじろぎ、俺は救いを求めるみたいに目の前のししとうを一本つまんで口へ運んだ。誠は怒られているのに、なぜか救われたような気がした。


 当たりだった。舌の両脇が一気に燃え上がり、肺の奥が熱で跳ねる。思わず咳き込み、ビールで流し込むと、冷えた苦味が辛さを余計に広げた。


「アタシ達を機械人形呼ばわりするからそうなるんだ。それにだ。オメエも島田も遼州人だから、地球人の遺伝子は継いでねえんだ。その点、ここにいる女子はみんな地球人の遺伝子を継いでる。ここにいる二人の男は両方地球圏の人間から言わせれば『エーリアン』なんだ。原始的な技術しか持たずに1億年進歩を拒否してた理解不能な宇宙人で、『モテないコンプレックス』に囚われた哀れな生き物なんだよ」


 かなめはラムをちょいと舐め、口角だけで笑う。その横で小夏がさりげなく水を置いていく。辛さで目尻が熱い俺は、救いの神を見た。


「そんなことを言うってことは、西園寺さんのお父さんかお母さんが地球人なんですか?地球人は戦争好きなんで遼州人の僕としては恐怖の対象でしか無いんですが……」


 ようやく辛さが引きかけたタイミングで、訊ねる。七輪の火がふっと落ち、源さんが炭を足す。


「アタシの親父が地球系だな。『甲武国』っていうアタシの生まれた国はほとんどが元地球人だから。そこで政治家をやるには地球人である方が好都合ってわけ。甲武じゃ遼帝国の人間は『前の戦争で同盟してたけど全く役に立たない原始人』と見なしているし、東和共和国は『かつての自分の真似をする事と金を稼ぐことが得意なだけの経済馬鹿』ということで遼州人は軽蔑の対象なんだ。地球圏の人間が違う民族や宗教を見るとなんとか核戦争に持ち込んでそいつを絶滅させようとするのと大差ねえな。そんな貴族が政治と経済を支配して『未開野蛮な遼州人より地球人の方が偉い。その地球人でも地球で身分が高かった方が偉い』ってのがスローガンの国なんだ。当然だろ?」


 かなめは平気な顔で、無造作にししとうを齧る。当たりを引かない女だ。


「お父さんが政治家……もしかして、西園寺さんも貴族なんですか?あそこの政治家は全員貴族って聞いてるんで……あそこは未だに貴族と士族と平民できっちりとした身分制度が出来ている国だって社会常識のない僕でも知ってるんで……」


 平然と政治家の娘と言ってのけるかなめのあまりの自然な様子に誠は恐る恐る残りのししとうに箸を伸ばす。小夏が苦笑いでマヨを横に置いた。優しさが心に染みた。


「神前。貴様の現代社会に対する社会常識の無さは致命的だな。西園寺の父親は元は貴族の頂点である関白太政大臣で甲武国宰相、西園寺義基(さいおんじよしもと)。こいつは宰相令嬢ってわけだ。西園寺家は貴族制国家甲武国の最上位の貴族である『四大公家』の筆頭に当たる家だ。つまりその甲武一の貴族である西園寺家の現当主である西園寺は甲武国で一番のお姫様……いや、あの国では人間で一番偉いとされる人間は他に居ないから西園寺以上に身分の高い人間は甲武には存在しないんだ」


 カウラは当たりを引いたらしく、ほんの少し眉間を寄せる。それでも淡々とグラスの氷を回し、話だけは寸分違えない。

挿絵(By みてみん)

「宰相令嬢? お姫様?国で一番偉い人? でも、なんでそんな偉い人が、うちみたいな『特殊な部隊』で女ガンマンなんてやってるんですか?お姫様だったらそんな危険なことさせられないでしょ?普通……それに最上位の貴族の頂点に立つ人が……なんでです?聞いた限りじゃ何かがあった時はかなりうちって命の危険のあるような仕事をさせられるみたいじゃないですか?そんなところに偉い人を置く甲武って国の人の神経は変じゃないですか?東和だって大統領や総理大臣の周りには常に銃を持ったSPが居て守ってくれていますよ……甲武ではそれが普通じゃないんですか?」


 思わず声が上ずる。春子さんがカウンター越しに『声、大きい』と小さく口パクで合図した。


 先日の『仮想』とはいえ命の消えた表示が何度も点灯する画面を見たばかりだ。あの速度で、実戦に近い判断が求められる。そこへ宰相令嬢が……想像が追いつかない。


「神前……てめえは所詮、典型的なこの身分制度とは無縁の東和共和国の遼州人の庶民だな。高貴でその国を代表する身分にある血筋の人間……だからこそ……自分の娘だからこそ死地(しち)に置かなきゃいけねえ。貴族の頂点に立つものだからこそ国民の思いもつかない危険な戦場に立たなきゃならねえ。それが『貴族主義国家』の『貴族精神』って奴だ。それにアタシはどうもお上品なのが苦手でね……陸軍省勤務の貴族出身武官のお高く留まったのとは距離を置きたいの!貴族の位に頼って本国で安全な座り心地のいい椅子に腰かけてるのは性に合わねえんだ。アタシは最前線にあってこそアタシなんだ。アタシはあくまでも戦う女なんだよ」


 かなめの指には、高そうな葉巻。火をつける仕草はやけにこなれていて、ふっと吐く煙がライトにかかり薄く青い層になる。宰相令嬢に見える要素は、その所作と、躊躇の無さくらいだ。


「あのー西園寺さん。本当に偉い人の娘なんですか?でもそれならなんでサイボーグなんですか?サイボーグ化してまで戦いたいなんてそんな危険地帯で金を稼いだ傭兵の発想にしか見えませんけど……」


 空気が一瞬だけ引き締まる。源さんが焼き台の火加減を落とし、近くの席の笑い声が遠のく。

挿絵(By みてみん)

「馬鹿だなあオメエは。別にアタシは好きでサイボーグになったわけじゃねえんだよ。人をどんな戦闘狂だと思ってたんだ?オメエは。この身体になったのは大けがして生身の身体が使い物にならなくなったからだよ。この東和共和国だってそれなりの数の大けがを負ってサイボーグ化した人間が暮らしてるじゃねか。そのくらい分れよ。この東和共和国でもサイボーグ化しないと一命にかかわる事故を負うと保険で民生用の義体を支給されるけど、甲武国では人口が増えるから、そんな制度ねえんだよ。この身体はアタシの身銭を切って用意したの。まあ、東和の保険適応の量産型の顔と体なんかじゃなくてアタシの遺伝子を分析して25歳のアタシがなる姿で再現されてる特注品なんだ……まあ、見ての通りの誰からも見ても美人でどこかの小隊長さん違って胸があることには優越感しか感じねえけどな」


 かなめは灰皿にそっと葉巻を置いてカウラに目をやってにんまりと笑った。誠は驚異の反射神経と圧倒的な力を持つサイボーグが羨ましい、なんて一瞬でも考えた自分が恥ずかしくなっていた。


「それは金持ち自慢のついでに私を(けな)して楽しもうというのか?貴様が甲武一の貴族であるのは事実だが、それ以前に人間性に問題があるという認識も認めざるを得ないな」


 カウラは自分の平らな胸を触りながら鋭い視線をかなめに向けた。


 一方、二人の漫才じみたやり取りよりも誠には甲武の残酷な医療システムが気になっていた。


「え!じゃあ、庶民が事故に逢ったらどうするんですか!甲武だってサイボーグ化が必要な怪我を負うような事故はたくさんあるんでしょ?それに20年前までは戦争してて街が爆撃されたとか聞いてますし、8年前だって内戦が起きてそれで巻き添えを食らって多数の市民が死傷したとか言うニュースをやってましたけど……その時、サイボーグ化しないと助からないような怪我をした人達はどうするんですか?」


 思わず声が漏れた。シミュレータの“死亡表示”は電源を落とせば消えるが、現実の命は戻らない。


「金持ってねえと死ぬしかねえの!あの国は!地球圏だって、保険で義体が出るのは一部の超エリートだけの特権なんだ。どんな世界でも東和共和国みたいに健康保険でどんな高度な医療も無料ってわけじゃねえんだよ。アタシがサイボーグなのはアタシが金持ちの貴族だからに決まってんだろ?アタシの身体は、最上位の貴族クラスでもなければ手に入らない、高級品質の軍用義体なんだ。それを私費で出してる。それはアタシが甲武国の貴族の頂点に君臨することの証だ!それともテメエはそんなにアタシが下品だと言いてえのか?隊長と言うことでアタシが顔を立ててやってるカウラがアタシをどうこう言うのは軍の秩序として我慢できるが、オメエのその発言は完全に上官を侮辱している発言だぞ!反省するか?それともこの場で死ぬか?」


 右手がスプリングフィールドXDM40へすっと降りる。小夏が反射的にカウンターの下で非常ベルに触れかけ、春子さんが首を振って止める……店の連携は、実戦並み。要するにかなめが銃に手をかけるなどと言うことはここでは日常茶飯事の出来事だと意味していた。


「違いますよ!でもそんなにVIPだったら怪我なんてしないんじゃないですか?国一番の貴族なら周りに護衛が一杯いる生活を送っていたんでしょうし……」


 言いかけたところで、かなめの手はまた葉巻へ戻る。撃たない選択。息を吐き、語りへ。


「貴族だから周りに護衛が一杯いる?そんなのファンタジー世界の中世ヨーロッパをモデルにしたアニメの見過ぎだ。貴族が珍しいもんじゃねえ甲武じゃ普通に貴族も一人で歩き回ってんぞ。それにうちはな。代々有力政治家の家なんだよ……西園寺家は甲武を建国するときに多大な貢献をした名門だ。だから、甲武建国後も何十人となく宰相を輩出してきた家なんだ。アタシも軍人にならなかったら政治家になってた……親父はいまでもそうなることを望んでるがな」


 春子さんがタイミングを見計らって盛り合わせを差し出す。串の影が、カウンターに等間隔の条線を作った。


「それは、25年前の第二次遼州戦争の最中のことだ。アタシの爺さん西園寺重基(さいおんじしげもと)は戦争反対の論陣を張る前宰相……つまり政府の目の上のたんこぶだったんだ……当時は爺さんは貴族の最高位の関白太政大臣の地位を親父に譲っ太閤という地位にあったんだが、この地位を利用すればいつでも自軍に戦闘停止命令を書面上は出すことができる権限があった……まあ、甲武が戦闘を停止しても敵が攻撃をやめる事なんてあり得ないから爺さんもそんな無茶な命令は出さずに当時の内閣や軍人の悪口を自分の周りの中央政界から追われた上級貴族や軍人達に『俺が政権を握っていればこんな状況にはならなかった』とひとくさりやるわけだから、政府も軍も良い顔をしねえが何しろ甲武一の貴族の『太閤殿下』に手を出す訳にもいかねえから政府や軍のお偉方は苦笑いをしていた訳だ……レバーやるわ」


 俺の皿にレバーが滑り込む。鉄の匂い。かなめは続ける。


「その朝、爺さんとアタシ、それに叔父貴のかみさんとその娘はそれなりに伝統のある洋食店で戦時中の庶民には想像がつかないようないい店で朝食を食ってたんだ。まあ、戦時中にそんな贅沢していること自体あまり褒められたもんじゃねえが……爺さんも負け戦をひた隠しにしてばかりの軍部に対する嫌味のつもりでそんな暮らしを続けてたんだろうな……戦争なんて下らねえって言うことを軍部の連中に見せつけるために」


 七輪の火が一段高くなった瞬間、店の外でバイクのエンジン音。かなめの視線は揺れない。


「そこで軍部の元々うちの家にうらみのある好戦的な連中が仕掛けた爆弾がドカン。それで終了だ。アタシは脳と脊髄以外の体の大半を失い、叔父貴のかみさんは……自分の娘とアタシをかばって死んだ。別にアタシはかばってくれなんて頼んじゃいなかった。こんな身体になってまで生き続けたいとは思ってはいなかったのによ……アタシはそんなことは一度も頼んだ覚えはねえ……そんなことは……」


 葉巻の煙だけが、その時だけ少し曲がった。誰も箸を動かさない数秒。パーラが遠い席で、軽く胸に手を当てた。


「隊長がバツイチって……」


 俺がようやく声を乗せると、かなめはネギまを齧り、わずかに口角を上げた。


「そう、叔父貴がバツイチなのは死別だ。叔父貴は軽蔑されるのも馬鹿にされるのも平気だが同情されるのが何より嫌いな人間だから絶対そんなことは自分からは口にはしねえがな。まあ、その時、実は叔父貴のかみさんに間男(まおとこ)がいたってのが救いだがな。まあ、死んだ人間をこういうのもなんだが、叔父貴のかみさんは相当男癖が悪かったらしい……まあ、似た者夫婦か。ああ、オメエが叔父貴にかみさんに死なれた話をするときには必ずその時間男が居た話をセットでした方がいい、叔父貴は寝取られた間抜け男ということで叔父貴好みの逃げ道が出来るわけだからな。アタシも叔父貴のその話題を持ち出す時にはその方法を使ってる……結構気を使ってるんだぜ……偉いだろ」


 ラム酒がグラスの内側で円を描く。軽口で、場に空気を戻すのがこの女の流儀だ。


「それ……全然救いになってないですよ……間男って……まあ、あの人は『駄目人間』であることに妙にこだわりがあるみたいなんでそう言う自分がみじめであることで笑いにして『駄目人間』というところを強調しないと気が済まない質なんでしょうけど……」


 思ったことが口を突いた。アメリアが「そこ拾うの好きね」と肩で笑う。


「叔父貴のかみさんは『社交界の華』とか呼ばれててな。叔父貴が結婚した時も5人の男とそう言う関係にあって、その結果として出来た子供の遺伝子検査をしたら叔父貴の子供だったから叔父貴と結婚したんだ。結婚して、子供を産んでからもそんな華やかな場所から離れられないどうしようもない男好きで旦那の叔父貴が出征したことを良いことに毎日のように違う男を引っ張り込んで……あれを典型的な『悪女』って言うのかね。そう言えばアタシの好きな女の歌手の代表曲にも『悪女』って曲があったな。アタシはギターで弾けるから今度歌ってやるよ」


 店の隅の色あせたギター(常連の置きっぱなし)が、今夜はやけに存在感を持つ。春子さんが『11時過ぎなら』と眉で合図した。


「まあ、旦那さんがあんな『駄目人間』だから似た者同士だったんですね。それにそんな事情があったにしても西園寺さんは助かったんでしょ?それはそれでよかったじゃないですか」


 落ちのない悲劇を、どうにか会話に戻すためのつっこみ。俺はレバーを、覚悟して噛む。鉄の重みが喉へ沈む。


「まあ、甲武、別名『大正ロマンの国』の政治家の最期なんてみんなそんなもんさ。アタシの家、西園寺家の当主も5人もテロで殺されてる。オメエは日本史苦手だから知らねえだろうけど、日本の『大正時代』もテロと騒乱事件の歴史なんだぜ。あの15年しかなかった時代に何人首相が暗殺されたと思ってんだ。戦争中に現職の首相が暗殺されなかっただけましだろうが。それにこんな機械の身体を押し付けられる運命を押し付けられた身にもなって見ろ……まあ、生身のオメエには無理か」


 言葉は強いが、最後の一拍だけ力が抜ける。七輪の火が静かに落ち、扇風機の首振りがカチ、カチと店内の音を取り戻す。


「結局アタシは親父が大枚叩いてこんな体になった。だからアタシは三歳の時から見た目はおんなじで大人の姿なんだ。運命とは言え当時のアタシにはあまりに残酷過ぎた運命だ。三歳のアタシが病院から帰ってきたら鏡の中だけは二十代の女だった。それを三歳の感情で理解しろって言うのか?受け入れろって言うのか?そんなことオメエは出来るのか?」


 かなめの言うあまりに残酷な自分に起きた変化。確かに誠もかなめと同じ運命に巡り合えがそれを受け入れることはできないと思っていた。


「それでアタシは親父と距離を置くようになった。こんな身体をアタシに押し付けて平然としている親父やお袋の神経を疑うようになった。そして親父がなれって言う政治家になるのを諦めさせるために軍に入ろうと義体を軍用にしたのは良いが……軍の前線任務はサイボーグは不可なんだと……ったくつまらねえ人生だよ。まあ、普通グレルわな。こんな無茶な体を押し付けられたら……まあ、うちにその鬱憤を晴らすのにぴったりの妹が一人いたからそいつをおもちゃにして憂さ晴らしはしてたがな」

挿絵(By みてみん)

「今でもグレてますね。銃を抜き身で持ち歩いてるし……それとその妹さんも災難ですね……というかそう言うのをドメスティックバイオレンスって言うんですよ。僕に平気で銃口を向けて来る西園寺さんの憂さ晴らしの虐めって……何をしたんですか……ああ、今の僕の言葉は無かったことにしてくださいね。たぶんとんでもないことを聞かされそうな予感がするんで」


 誠はツッコんでは見た物のかなめのこれまでの行動から見て妹を使っての憂さ晴らしが洒落では済まない壮絶なものだったのだろうと想像がついたので黙り込んだ。かなめは、口元に薄ら笑いを浮かべて放っておいても妹に自分がした悪行を話しかねない雰囲気だったので誠はそれを聞きたくない一心でグラスが空になりかけていたかなめのラムを注いだ。


「ああ、気が利くな……アタシが妹に何をしたのかは……」


「それは良いです。聞きたくないです」


 かなめが得意げに自分の妹にした悪行をべらべらしゃべりだしそうな雰囲気をなんとか誠は止めようとした。


「なんだよ、本人も喜んでたんだから問題ねえ平和な話だぞ……まあ、結果として真正のマゾの露出狂で『男を自分に快楽を与えるおいしい汁が出る棒』と考えて月に一度は何十人と男をその棒を基準に選んで三日三晩不眠不休でそれで遊ぶような不良になったのは困ったもんだがな……でもなんだかお袋が『良い棒』を見つけたからそれ以外使うなと脅したらそれ以来やめているらしいな……アタシが神前の話をした辺りでそんな話をお袋をしてきたんだが……なんでだろ?」


 きっちり自分の悪行が一人の痴女を作り上げたと自慢気に語るかなめに誠は開いた口がふさがらなかった。


「まあ、あのアタシのペット以下の存在の妹の話なんてどうでもいいんだ。こんな平和なだけが自慢の東和共和国の庶民にはアタシの気持ちなんてわかんねえよ。妹が変態のマゾに育ったくらいで済んで平和だと思える程度にな。いつ、オヤジの政敵である貴族主義の連中が首を取りにくるかわかんねえんだぞ。年中そんな環境に置かれてみろ……オメエにその環境が耐えられるか?だからアタシは銃が手放せねえの。つまりこいつは護身用……まあ、マガジン入ってねえからいいだろ?」

挿絵(By みてみん)

「よくないですよ。銃は銃です」


 俺の常識に、かなめはスプリングフィールドXDM40のグリップエンドを指で叩き、『ほら、空』と見せる。


「それと西園寺の場合、銃は一種の精神安定剤だ。それと甲武国は士族以上の身分のものには帯刀や銃の携行が許されている。その特権を見せびらかしたいんだろう……まあ、ここが銃規制の厳しい東和共和国であるということを本気で理解しているかどうかは疑わしいが」


 カウラはネギまを器用に外しながら淡々と述べる。合理の声。


「アタシは公家だ!刀無しには生きていけねえ武家なんかと一緒にするな!公家が刀を振り回すのは叔父貴一人で沢山だ!」


 かなめの語尾が少しだけ子どもっぽく跳ねる。アメリアがそこで蓋をするみたいに、ストローを指で弾いた。


「でも、帯刀は士族の『権利』でしょ?同盟機構の部長会議で甲武国の士族出身の人に会う機会もあるから知ってるけどかなめちゃんみたいに常に銃を持ち歩いてるのは甲武国でも異例だって聞いてるわよ」


 これまで珍しく黙ってかなめの独白を聞いていたアメリアはそう静かに言った。かなめは反論の言葉を失い、ラムを一口、喉へまっすぐ落とした。グラスがカウンターに触れるコツという音だけが、彼女の体温を伝えた。


 ……シミュレータの中では、誠たち機動部隊のパイロットは何度でも死ねる。

 

 けれど、このカウンターで語られるのは、一度きりの話ばかりだ。

 

 葉巻の煙、レバーの鉄、氷の当たる澄んだ音。どの現実も、画面のリセットでは消えない。


 源さんが最後につくねを置き、春子さんは伝票の端に『西園寺 レモン×1/2』と小さく書いた。小夏は俺の前に水をもう一杯運んで来た。


 誠がアメリアの言葉に合わせて口に放り込んだシシトウもまた激辛の当たりだった。


 思わず顔をしかめる誠を見てアメリアがニヤリと笑う。


「誠ちゃん、また当たり?今日は当たり多いわね」


 その言葉に誠はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 外は、群青から夜へ。提灯の切れた玉が、風にまた小さく揺れた。

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