第37話 飛び道具なしの模擬戦
「まあ、色とか狙撃用の望遠照準システムなんてものはぶっちゃけどうでもよくて、アタシはこんな体だからな。直接、コードを通して脳に連結して操縦する方法がとれる。だから必然的にアタシは専用機に乗ることになるわけだ。まあ……だから普通の軍隊には居られないんだけどな……でも、ここならそれが許される。ここでなら、アタシの腕と、この身体の全部を使える……あの忌まわしいアタシの過去もここでは『良い経験』と笑えるんだ……」
かなめの口調が一瞬だけ鋭くなる。
「普通の軍隊には居られない?西園寺さんは何か悪いことでもしたんですか?」
誠の能天気な質問にかなめは頭を抱える。
「オメエは本当に文系要素ゼロの人間なんだな。東和宇宙軍でも国際戦争法の授業ぐらいはあったはずだぞ。サイボーグは最前線勤務が国際ルールで制限される……そんなの知ってて当然だろ?まあ、それが守られているかどうかは別問題……戦争は勝った方が正義でその法を作る……つまりアタシ等が勝ち続けりゃあいいだけの話だ」
その説明を受け、誠の眉が少し寄る。だがかなめは続ける。
「その国際戦争法規でサイボーグは前線勤務が禁止されてるんだ。まあ、戦場が改造人間ばかりになったら人道的にどうかって話なんだろうけどな……」
サイボーグの前線勤務禁止の話題になったとたんにかなめの口調はそれまでの能弁なものからまるで説明を拒むかのように重くなった。
「前線勤務が禁止されてるんですか?じゃあ、うちでも西園寺さんは後方支援とかしかできないんですか?」
誠は法律の話になってからはあまり集中してかなめの話を聞いてはいなかった。
「うちは純粋な意味での『軍隊』じゃねえからな。むしろ『警察』に近い組織だ。いうなれば『武装警察』。サイボーグの警察や治安組織での使用に制限はねえからな。だからうちならアタシは好きに暴れてもいいわけだ」
誠を見つめていたかなめの顔に薄気味悪い笑みが浮かぶ。
「でも……西園寺さんはここに来る前は……そうですよね、後方勤務ですよね。法律で禁止されているんですから」
とりあえずかなめの過去が少し気になっていた誠は笑いかけてくるかなめにそう言った。
誠のかなめに対する安心しきったような表情を見て急にかなめの顔から表情が消えた。
「知りてえか?アタシがここに来る前に何をしていたか……知ったらきっと汚いものを見るような目でアタシを見るようになるぜ……それでもアタシは別にかまわねえけどな」
かなめは笑った。
だがその笑いは、さっきまで機体を語っていた時の笑いとは違った。
誠には、その違いだけは分かった。意味は、分からなかった。
そこで誠はランの『詮索屋は嫌われる』と言う言葉を思い出した。
「いいですよ。言わなくても……西園寺さんが言いたくないなら」
誠がそう言うとかなめはそのまま自分の機体に近づいていった。
「じゃあ言わねえよ。言いたくねえことは言わねえのがアタシの主義だ」
そう言うとかなめは少し寂しげに笑った。誠はその乾いた笑いの意味が分からず彼女をどこか遠い存在に感じている自分だけを認識していた。
誠が不用意に問いを伸ばそうとしたとき、かなめはそっぽを向き、軽口を叩くように話題を変えた。
「そうだ!模擬戦やるか?そのモテそうな面で彼女が生まれてこの方できたことが無いとか抜かしてるのを聞いたらオメエを叩きのめしたくなった!遼州人しか居ねえ東和じゃ当たり前のことだが、元地球人の国のアタシの国の甲武じゃ考えられねえことだ。拒否なんか許さねえからな……上官命令だ!」
そう叫ぶかなめは笑っていた。
少し乾いた笑いだった。
かなめは意識して過去の話を切った。
逃げたのだと、誠でも分かった。
「そうだ……そこの!」
かなめはいいことを思いついたというように倉庫の掃除をしていたつなぎの整備班員に声をかけた。その無精ひげの目立つ整備班員はいかにも面倒くさそうにモップを置いてかなめに歩み寄ってきた。
「島田と中佐を呼んで来い!こいつとシミュレータを使ってタイマン勝負をやる!早くしろ!」
「はっはい!」
つなぎを着た整備班員はかなめの自分勝手さと怖さを分かっているようで、そのまま急ぎ足でシュツルム・パンツァー倉庫を飛び出していった。
その姿を見て、かなめの暴力性がこの部隊でも恐怖の的になっていることは鈍い誠にも分かった。
「隣にシミュレータが置いてあるんだ。そこ行くぞ」
かなめは足早に整備班員が消えていった扉の方へ向かった。
誠は強引なかなめの提案に唖然としながら、かなめに続いて倉庫の出口へと足を向けた。
そこにいかにも役所らしい通路の中でやけに最新鋭の軍の施設にふさわしい自動ドアが見えてきて、その前には島田が頭を掻きながら立っていた。
「なんすか……西園寺さん。シミュレータを使うんですか?あれは結構電力食いますから……管理部の菰田の野郎にぐちぐち嫌味を言われるのは御免ですよ……」
島田はかなめの気まぐれに付き合うのは御免だというような顔で誠達を見つめている。
「電力を食う?そんなの任務遂行には当然のコストだ。整備しか出来ねえオメエの口をはさむことじゃねえんだよ!こいつが下手っていうがどのくらい下手なのか見てやろうってんだよ!万が一残るって時にアタシがどうフォローすればいいか分かるってもんだろ?」
かなめはいかにもいい考えが浮かんだというように胸を張って廊下を進んだ。
運航部の部屋からはピンク色のサラと水色の髪の毛パーラの女性士官が部屋の扉から顔をのぞかせて、物珍しそうに誠達を眺めていた。そしてその後ろからアメリアが黙って歩いてきていつの間にかランの隣に立ち、誠に黙って笑いかけてきた。
「おう、珍しいな。初日から模擬戦か?」
通路の奥からちっちゃなランが笑顔で歩いてくるのが見えた。
「まあ、格闘戦『だけ』は人並みってのの実力を見てやろうと思ったんですけどね。なんでも、こいつの実家は剣道場だって話じゃねえですか。だったら……それなりに楽しめるかと思って」
ランに向かってかなめは自信満々にそう言って笑って見せた。
誠には勝つことが当然というかなめの態度は頭にきたが、自分の操縦技術の未熟を誰よりも知っている誠には何も言うことが出来なかった。
少しばかりこれまでの部屋とは趣が違ったセキュリティーの高そうな扉がランとかなめの前に立ちはだかった。
かなめの前に立ったランはかなめの胸より下までしかない身長で不敵な笑みを浮かべるとかなめの顔を見上げた。
かなめの顔にもランの顔にも勝ち気で、短気で、売られた喧嘩を買わずにいられない女性の顔がそこにはあった。
ただ、その顔に慣れているのは誠から見てもちっちゃなランであることは明らかだった。
だから……古強者であるランは逃げ道を塞ぐ言葉を選んだ。
「おー、そうか。ならオメーも飛び道具無しでやったらどうだ?勝てるからそんなに相手を見下した言い方が出来るんだろ?ならそれなりの土俵を用意してやることぐらいは先輩パイロットとしては当然だわな……それともそんな自信もねーのに人を見下したのか?オメーも常に『戦う女』と各地にしてるがそれは勝てる相手にだけ言う言葉だったと言うわけだ。よく分かった」
ランはその扉の横の生体認証装置にちっちゃな手をかざした。自動ドアが開かれ目の前に東和宇宙軍でもよく見かけたシュツルム・パンツァーの訓練用のシミュレータとよく似た機械が並んでいる光景が誠の目に飛び込んでくる。
「飛び道具無し?なんです?その奇妙なハンデ」
かなめはランの言葉が理解できないと言うようにそう言った。ランの提案は意地悪ではなく、公平さを装うような笑みが見えた。
「だってそんだけ神前を見下してんだろ?勝って当然なんだろ?射撃ド下手相手にハンデぐらいあげてもいーだろーが。勝てるからそこまで神前を使えねー扱いするんだろ?だったらどんなハンデがあっても勝てるということを証明して見せろ!」
ランは激しい口調でかなめに向ってそう言って明らかに強気なかなめを挑発した。
「おい!新入り!」
シミュレータに手をかけながらかなめは誠を指さして叫んだ。
「姐御の提案通り飛び道具無しでやってやるが、勝っても自慢になんねえからな!」
ランのハンデの提案に動揺している様子のかなめだが、そのたれ目の奥に、わずかな不安が誠に自信を与えることは無かった。
「多分勝てないですよ……僕本当に操縦が下手なんで」
かなめの隣の筐体に体を沈めながら誠はそう返した。誠にもその程度のハンデが百戦錬磨のサイボーグ相手には何の意味もないことくらいは理解していた。
『相手はサイボーグ。確かに格闘戦には人並だって自信はあるけど……そんなの生身の身体の反応速度で勝てるわけがないじゃないか……』
弱気が顔に出ている誠を見てかなめはそんな誠を軽蔑するように笑ってからうなずく。格闘特化の模擬戦なら、サイボーグの反応速度がモノを言うはずだ。しかしランとアメリアが静かにうなずき合うとき、空気の色が変わる。
誠には、それが伝わってきた。
空気が変わった。
遊びではない。
試されている。
……ここで逃げたら終わる。
この部隊に居られる場所も、
05式を語る資格も、
全部失う気がした。
そんな思いが、いま誠を座らせた。
シミュレータの筐体に身を沈めると、全天周囲モニターが瞬時に宇宙の暗がりを映し出す。ランはカードを差し、電源を入れ、機械の金属音が低くうなりを上げる。
誠はベルトを締め直す。胸の内にあるのは、妙な落ち着きだった。勝つことを諦めて無様な負けを晒さない事だけを考えると誠の気分は軽くなっていた。ランが微笑むのは、単に勝敗以上に、誠がここで『居続けられる』かを試したいからだろう。
全天周囲モニターが光り始めて、周りが宇宙空間であることが分かってきた。多少デブリが有って隠れるところはあるが、誠がまともに得意の格闘戦闘が出来る地上とはまるで違った。
「宇宙戦は苦手なんだよな……無重力になると吐くし」
『東和宇宙軍出身者が宇宙戦が苦手なの?じゃあどこが得意なのよ』
モニターの端に長い紺色の髪の女性が映し出された。
運航部部長、アメリア・クラウゼ少佐の姿に誠は当惑しながら目を向けた。
少し離れた場所では、カウラが腕を組んで立っていた。面白がっているわけではない。小隊長として、かなめがどこまで新入りを追い詰めるかを見届ける目だった。
「あの……お二人とも……いつの間に?」
誠はそう言いながらシュツルム・パンツァーの搭乗手順に基づいてベルトを締め、精神感応式オペレーションシステムの主電源を入れた。
『私達はランちゃんにつれられてきたからさっきから居たわけなんだけど……私って大きいから目立つのに誠ちゃんは気づかないなんて観察力が無いのね。それにあんだけ島田君の整備班の人達がいきなり誠ちゃんがあのかなめちゃんに喧嘩を売ったなんて大騒ぎしてたら誰でも気づくわよ。まあ、一応私が運用艦『ふさ』の艦長だから、ナビゲーションくらいは手伝ってあげようかと思って』
「そうですか……ありがとうございます」
誠はアメリアの言葉を片耳で聞きながら起動動作を続けていた。
いかにも楽しそうにモニター越しに見つめて来るアメリアの糸目と笑顔。
アメリアの笑みは、応援ではなかった。
観察だ。
誠が勝つか負けるかではない。
……誠がかなめに負ける瞬間、何を見せるか。
それだけを楽しみにしている顔だった。
そして自分の模擬戦になぜランやアメリアが入れ込むのか理解できずにいた。
そんな後ろでカウラは相変わらずの感情の読めない顔で誠のモニターの隅で立っているだけだった。
恐らく誠は負ける。
そしてこれまでの隊員達と同じようにこの『特殊な部隊』を去っていく。
それを今ならば止めようと思えば止められる。
だがカウラは動かなかった。
これは訓練ではない。
選別だ。
新入りが、この部隊に残れるかどうかの。
誠が残るにはここでかなめに勝つしかないとカウラは考えていた。
かなめの瞳が薄く光る。最初の合図とともに、二人の意識は鋭く交差する。機体を模したハプティックの触覚が手のひらに伝わり、誠の心拍は不思議と落ち着いた。外の世界の騒音は遠のき、倉庫の冷たい匂いが一層濃厚になる。
ここで逃げたら、05式を語る権利も、この部隊に残る資格も全部手放す気がした。
戦いは、もう始まっていた。
勝敗ではない。
……誠がここに居続ける資格があるかどうかの。




