第35話 紅兎・弱×54
「ああ、オメエはシュツルム・パンツァーパイロットとしてうちに配属になったんだよな?アタシの機械の身体ならできて当たり前の射撃を見るためにうちに来たわけじゃねえんだろ?オメエが射撃が苦手で見るのも嫌だってのは聞いてるよ。アタシが気を使わなくて悪かったな。だったらシュツルム・パンツァーのパイロットらしい対応をするべきかもしれねえな。同じシュツルム・パンツァーのパイロットとして。まあ、その操縦もかなり下手で、そもそも機体に乗ると吐くレベルなのも聞いてるが……どうせ機体に乗らずに出ていくんだ。吐かないで済んでよかったな……役立たず♪」
初めて会った時に比べてかなり機嫌が良さそうなかなめは誠を一瞥して彼を試すような口調でそう言った。
「はあ、一応、シュツルム・パンツァーのパイロットとしての訓練はしてきたのは事実ですけど……でも、今西園寺さんがして見せたような射撃はそもそも東和宇宙軍の一般幹部候補生教育の射撃訓練担当の教官でも不可能なレベルでしたよ。確かにあの人が生身でサイボーグでは無いのは事実ですけど。そもそも東和宇宙軍にサイボーグの人って……パイロット養成課程には一人もいませんでしたし、その養成課程でも一人も会いませんでしたよ。でも西園寺さんは何でサイボーグになったんです?生まれ持って何か身体に問題が……もしかして事故とか?」
先ほどの超人的な射撃を見せつけられた後では誠は自信をもって自分がパイロットだと言うことはできなかった。
それ以前に自分の操縦を一回見れば現役のパイロットなら誰でも誠がパイロット失格と烙印を押すのは間違いないという自覚もあった。
「別にアタシがサイボーグだろうが生身だろうがオメエには一切関係ねえだろうが。オメエはとりあえずはパイロットの予備としてうちに呼ばれたんだ。そうだ。なんなら機体を見ていくか?オメエはパイロットとしてうちに来たんならそれくらいのことは望んで当然のことじゃねえのか?見たいだろ?オメエが乗ることになる機体と同型の機体。あれはたしか東和宇宙軍には無いはずだからたぶん初めて見る機体と言うことになるな……勘違いすんなよ。案内してやってるんじゃねえ。暇つぶしだ。オメエが何を見て、どんな顔をするか見たかっただけだ」
誠が何も言っていないのにかなめは、誠がそう思っていると勝手に決めつけるようにそう断言した。
「オメエも自分がどんな機体に乗ることになるか知らねえで出ていくのは気が引けるんじゃねえのか?まあ、オメエの乗る機体はまだ納入されてねえ……オメエがうちに居付くことが決まったら隣の工場から運ばれてくる手はずになっているらしいんだがな。そこんところはランの姐御にでも聞いてくれ。それより出ていくにしても自分が乗る機体がどんな機体か見て行かなかったなんて言うのは恥でしかねえだろ?男ならそれくらいの度胸はあって当然だよな?」
かなめはそう言うと、倉庫の方へ歩き出す。誠は自然とその後に続いた。倉庫へ向かう階段は、金属の冷たさと長年の擦れで鈍い光を放つ。扉を開け放つと、ロックンロールが作業場に満ち、油の匂い、磨耗した金属の匂い、古いワイヤの匂いが混ざり合う。
どうやらかなめは、パイロットなら知っている射場から倉庫への近道を通ったらしく、小さなくぐり戸のようなものを開けてかなめは倉庫の裏手に入る。その奥には、人型機動兵器……三機シュツルム・パンツァーが並んでいた。
三機。真紅の一体、赤色が目立つ一体、そしてオリーブドラブの東和陸軍の標準色の機体が目に入った。10メートル近いその大きさに誠は息を呑む。
誠が訓練で見た空戦に特化したことが売りの89式教習機や最新鋭で汎用性が持ち味の02式教習機のような前世代シュツルム・パンツァーである教習型改修タイプとはまるで違う、重装甲の気配。足元の油染み、装甲の接合部の溶接跡、各所に残された擦り傷が戦いの記憶を語る。
「ああ、この機体はそれこそミリオタでもない限り知らねえ機体だからな。ちゃんと説明してやるから安心しな」
かなめはそう言うと真紅のひときわ目立つ色彩と額の辺りに白い模様と肩に将棋の角が成った時の馬将のエンブレムのある機体の前に誠を引っ張っていった。
「これがラン姐御の機体だ。05式特戦先行試作型。姐御は『紅兎・弱×54』って呼んでる」
見上げる真紅の機体をまるで自分の機体かのような嬉しそうな笑みを浮かべながらかなめはそう言った。
「弱……ですか?」
誠は思わず機体を見上げた。
どこが弱いのか分からなかった。
装甲は厚く、脚部は太く、肩の張り出しは訓練機とはまるで違う。
むしろ、鈍重な獣がうずくまっているように見える。
「そう、『弱×54』ってつけねえと姐御は怒るんだよ。姐御基準だと弱いんだとよ。普通の人間なら動かすだけで精一杯の操縦桿を、あの人はへし折る。微調整のつもりで、整備班の想定を超える。つまり機体の方が姐御についていけねえ」
かなめはランの怪力に呆れたようにそうつぶやいた。誠もそもそもパイロットが操縦かんを握ると折れるなどと言う話を聞いたことが無かったので唖然とした。
あんぐりと口を開けて真紅の機体を見上げている誠の心理を読んだようにかなめは言葉を続けた。
「姐御は……自分の乗る機体は三国時代のランの姐御が並び評された呂布奉先の愛馬『赤兎馬』にあやかりたいんだと。かつては三国時代最強の武将とされる呂布奉先が愛馬として後に義の将である関羽雲長が運命を共にした馬の名前からとってるんだそうだ。そのうち関羽みたいにそろばんでも開発するんじゃねえのか?」
かなめが言葉の端に苦みを混ぜる。ランの名はこの場では神格のように扱われる。小柄な姿から想像できぬ戦績と、機体に刻まれた歴史。誠は肩越しに機体を見上げ、その頭部に描かれた兎の意匠をじっと見つめる。紅い面は、遠目にも深い色合いを放ち、光を吸っていた。
「あのーなんでわざわざ自分の機体に『弱×54』なんてつけるんですか?そもそも自分の機体に『弱い』っていうこと自体が僕には理解できないんですけど……さっき確かにクバルカ中佐の遼南内戦の戦績がネットに出てたんでそれを見たらあまりに驚異的だったんでそんな人にここまで連れてきてもらったことは光栄なんですけど……あの人なんかおかしい趣味でもあるんですか?確かに言うこととあの人が出来ると言うことがどうも僕には理解不能なのは事実で、かなり言っていることは頭が残念な女の子みたいなのは事実なんですけど。それともクバルカ中佐はこの機体に何か恨みがあってそんな珍妙な名前で呼んでいるんですか?……どうなんです?」
確かにその紅い機体には他の二機には無いオーラのようなものがパイロット失格と言われ続けてきた誠にも、それは感じられた。誠の呟きに、かなめは苦笑を浮かべる。
「まあ、それはアタシも少し疑問に思ってたんだが……姐御が言うには自分が本気を出すと機体が壊れるほど弱い機体だからだそうだ。姐御は演習で機体を動かすたびに動きが悪いって隣を飛んでるアタシ等に当たり散らすんだ。自分の思う通りに動かない機体は『弱い』としか言えねえってのが姐御の主張だ。かつて無敵を誇ってそれにふさわしい機体に乗ってた姐御にはあんな機体は似合わないんだとさ。そんなのアタシ等じゃなくてこいつを設計した技術屋に言えよ。あの人は操縦が独特だし、力むと本当にパワステならぬ重ステのあの普通の人間じゃびくともしねえ操縦桿を平気でへし折るからな。細かい微調整もするんだが普通の人間のパワーバランスだと姐御には真面目にやってるのかと怒鳴られる。整備班長の島田もいい迷惑だ。そんなこんなで島田に気に入らないことがあるたびにランの姐御は一々指示してあちこちいじってある。それでも遼南内戦の時に乗ってた専用機には及びもつかねえらしいや。その辺が『弱』って姐御がつけた由来らしいや」
かなめは肩をすくめ、腕組みをする。周囲の整備士たちは作業に戻りつつも、ちらりと二人を見守る。誠は静かに機体の爪先に手を伸ばす。金属は冷たく、表面に残る凹みが光を反射していた。ここには、人の汗と機械の冷たさが同居している。それが軍隊という場所の匂いだった。
自分の操縦の下手さに悩んでいる自分と、自分の強さを持て余して自分に与えられた機体を『弱い』と呼ぶ人間。その差に、誠はめまいにも似た距離感を覚えた。
かなめはそんな思い悩む誠を一瞥し、少しだけ声を柔らげる。
「まあ、オメエのパイロット教習課程の実績もさっき調べたが。そもそもあの姐御に勝とうなんて考えるなよ……オメエじゃそれ以前に地球圏の『市民』のこれまで『超富裕層』のおかげで無料で遊べた飛行戦車のシミュレータしか使ったことがねえ連中の相手すらほぼ不可能に近いな。いや、地球人にはそもそもランの姐御に勝てるパイロットなんてこれまでも居なかったし、今後も現れねえんじゃねえかな?こんな機械の身体で反射神経が生身の比じゃないアタシでもあの『汗血馬の騎手』と呼ばれた姐御にはシミュレータで本気の一戦をした瞬間にそんなことは諦めてるんだ。オメエじゃ絶対無理!時間の無駄!オメエはまず自分の実力を知れ!オメエはパイロットとしては間違いなく落ちこぼれだ!それだけは間違いねえ!地上戦での物陰に隠れて至近距離まで接近してからの格闘戦以外に能がねえパイロットなんて世の中が必要としていると思うか?そんなの隠れる場所のねえ宇宙空間での作戦の時はどうするんだよ……アタシ等の後ろに隠れて震えてるのか?『戦場で怖いのは強い敵より無能な味方だ』っていう戦場での鉄則があるが、オメエは典型的な無能な味方だな」
誠もかなめに言われるまでもなく最初からそんな考えを持つつもりは端から無かった。誠のパイロットとしての唯一の生命線は至近距離での格闘戦闘しかない。その光明が逆に誠に奇妙な戦闘スタイルを強制する運命となった。
「この世界じゃ、武器も人も同じくらいに手入れが必要だ。怠れば、どっちも壊れる。お前がここに残るなら、まずはそこを覚えろ」
かなめは紅い機体を見上げ、鼻で笑った。
「まあ、ランの姐御は参考にするな。アレは人類の例外だ。なんと言っても『人外魔法少女』だからな」
誠と同じく時に物理法則を超えたことに対して『出来ないのはもやし』と言い切るランにはうんざりしているようだった。
『……いや、本人は『変身が出来ねーからアタシは魔法少女失格だ』というが、あんな戦績を見せられたらあのちっちゃい生き物を『魔法少女』と呼ばずにどう呼ぶんだよ。あの人にアタシが知ってるフィクションのヒーローやヒロインがやったことが出来るかと聞くと、大概あのちっちゃい身体で力強く『出来る』と言い切るんだ。アタシもそれをやっているところを見た訳じゃねえから本当にできるかどうかまでは確認したわけじゃねえけどな。実際、姐御が言うことが本当なら笑うしかねえな。まあ、あの単純で嘘が付けねえ姐御に嘘をつく想像力があるとは思えねえから……たぶんできるんじゃねえの?本当にお笑いだよ」
誠は一瞬、かなめの言葉のどこを笑えばいいのか分からなかった。
これまで自分は、ランを勝手に『人外魔法少女』扱いしていた。
現実逃避の冗談のつもりだった。
だが、かなめは冗談としてではなく、実戦経験者の判断としてそれを口にしている。
つまり、あの小さな副隊長は本当に、現場の人間から見ても『そういうもの』なのだ。
誠はこの世界には実際に『魔法少女』は存在することを再確認した。そしてその『魔法少女』と同じ部屋でこれから仕事をする生活にどう振舞えばいいのか困惑していた。
倉庫の奥で、かなめは袖をめくり、ホルスターから抜いた銃の弾倉を点検する。手の動きは厳しく、正確だ。訓練場の風が倉庫の戸を通り抜け、塵が渦を作る。誠はそれを見つめ、深く息を吸った。銃声と機体の重みの間に、彼の新しい日常が音もなく落ちていくのを感じた。




