序章3 黄金の星と、捨てられた人間たち
『終業後の運航部は、妙に生活感があった』
『端末の横には飲みかけのマックスコーヒーが置かれ、『特殊な部隊』の唯一の運用艦であるローレライ級巡洋艦二番艦『ふさ』の艦長で、運航部部長でもあるアメリア・クラウゼ少佐はなぜか艦内備品とは思えない美少女フィギュアを片手で弄んでいた』
『『で、誠ちゃんはさ。地球人が遼州に来たのは、夢と希望の宇宙開拓だったと思ってるわけ?』そう言うアメリアさんの目はいつもの糸目で、その頬は話の内容の重さの割にいつもの微笑みを浮かべていた』
『『そこまでは言ってません!』僕はまるで馬鹿にするような調子で言ってくるアメリアさんにムキになってそう返した』
『『あら、反論が早い。かわいいのね♪』と言うアメリアはいつもの糸目で僕をまじまじと見つめて来るので『モテない宇宙人』である遼州人の僕はつい目をそらしてしまった』
そんな地球人たちが初めて植民に成功した惑星で、彼らは地球外知的生命体と初めて遭遇した。それは地球人にとっては幸運としか呼べない出会いだった。
自らを『リャオ』と名乗る遅れた文明を持った人々の住むその名から『遼州星系』と呼ばれた太陽系にあまりによく似た星系の第三惑星の最大の大陸である遼大陸には、地球ではあり得ないほど、純金の塊が石ころのように転がっており、『リャオ』たちが遅れた焼き畑農業を行う大地の地下には良質な金鉱山をはじめとする想像を絶する量の資源が眠っていた。
その事実を知った地球の『超富裕層』と『騎士階層』は歓喜した。
すでに地球上での中堅国家を大国が核で滅ぼしてその土地に眠る資源を独占するという土地の争奪合戦が限界に達していた。生き残った大国を飢えと放射能による健康被害で死と隣り合わせの環境に置かれても盲目的に支持する『市民』達の他民族に対する憎悪を駆り立てることにも限界が見えており、生き残った大国同士で核戦争を行えば『超富裕層』すら絶滅するような絶滅戦争しか残されていない状況下にあってこの発見は新たな『市民』の中にまだ残る『超富裕層』に絶対的忠誠を誓わない自分たちにとっては不都合な『市民』を処刑や投獄などというコストのかかることをせずに地球圏から排除するにはちょうどいい機会となった。
両階層にとって、いくらでも自分たちに都合よく設定できるAIの情報に踊る『市民』達は、すでに『お荷物』以外の何物でもなくなりつつあった。
ただ、地球を一瞬で死の星に変えられるだけの核を保有する大国も常に『使い捨ての兵士』として『市民』を必要としていたが、その中には『超富裕層』のばらまく情報を信じない『超富裕層』にとって都合の悪い『市民』も少数ではあるが存在した。
政治や経済を完全支配する『超富裕層』と、彼らに盲目的な忠誠を誓う『騎士階層』は、自分たちにとって不都合な存在である『市民』達をこの星に移住させることで、不要な人間を『捨てる』ことを考えついた。
もはや労働力を必要としなくなった地球の『超富裕層』や『騎士階層』にとって『市民』は『超富裕層』が政治を完全掌握するために行われる選挙において自らの利益を実現するための政策や隣国を侵略するための熱狂を生み出す『民意』という名の狂気を生み出すためだけのマシンであり、彼らの生存が生み出すコストは経済学的な損失でしかないというのが彼らの共通認識だった。
それに従わない『時代遅れの共産主義者』や『再びハーケンクロイツの旗を地球圏で振りかざしたい人間』を地球圏から消し去って自分たちに都合のよい人間だけの居る地球圏を作るというのが彼らの共通認識だった。
『騎士階層』とは、AIには持てない絶対的忠誠心を『超富裕層』に示すことで、飢えと放射能にまみれた『市民』の生活から救われた世襲的な支配階級だった。
自分の置かれた永続する放射能により命を削られ、飢えと放射能による多くの癌を平然と受け入れている『市民』の中で自分たちに不都合な思想を持つ『市民』をこの星に捨てていくら奴隷として過酷な労働に従事しても逆らうことをしない『リャオ』達を監視する役割を与えることは『善行』であり、経済理論的に意味のあることだと考えていた。
そして地球の『超富裕層』と『騎士階層』はネットやメディアでこの新たなフロンティアの無限に存在するようにも見える資源を喧伝することでこの星を『黄金の星』であると宣伝した。政治や世論をAIの利用と最低限の資金投入により自由自在に操作できることを理解した『超富裕層』は、放射能にまみれて40年の寿命を得る者すら稀で『福祉は社会的コストにしか過ぎない』との理念の下、医療すら与えるに値しないと言ってネットやメディアを通じての洗脳を続けてもそれに同意しない自分たちに不都合な『捨てられた人間』達を『遼州星系』に『捨てた』。
『『でも、捨てられた人たちだって、地球では被害者だったんですよね?』僕がそう言うと、アメリアさんはフィギュアを机に置き、少しだけ目を細めた』
『そう。そこが嫌なところなの。被害者だった人間が、別の場所で支配者になる。しかも、自分がされたことを、もっと弱い相手にやる』僕は言い返そうとして、言葉を失った』
『糸目で相変わらずフィギュアを眺めてこちらを見ようとしないアメリアさんが今、その捨てられた人々についてどう思っているのかは今の僕にはわからない』
『捨てられた人間』達も『超富裕層』や『騎士階層』の監視が不完全で自由に発言できる環境を求めてその提案に乗り、自ら望んでその『追放刑』に近い環境に甘んじることになった。
しかし、彼ら『捨てられた』元地球人と現地で捕獲した『リャオ』達により金鉱山の開発が進むに従い、そこはまさに『大航海時代』にヨーロッパ文明が目指した『ジパング』そのものだという事実が明らかになっていった。その規模は、地球圏を支配する『超富裕層』や、彼らに従う軍人・高級官僚から成る『騎士階層』の予想をはるかに超えていた。
そこには、まるで砂鉄や石ころのように金や銀やプラチナの塊が転がっており、遼大陸の北部の無人地帯には数多くの南アフリカにあるようなダイヤモンド鉱山の特徴であるキンバライト地層が多数存在し、最低限の投資と人材の投入により地球では考えられない量のダイヤモンドの掘削が可能であることが判明した。
地球圏を支配する『超富裕層』に『捨てられた人間』はフィジカルAIでの掘削が一般的な地球とは違い、ただマンパワーで掘り続けるという人的資源が無限だということを前提とした環境により、そもそも優良な鉱山がある以前に普通に転がっている金やレアメタルがもたらす富を手に入れることになった。
自分たちが『超富裕層』にとって不都合な『捨てられた人間』だと理解していた市民たちはその事実に狂喜乱舞した。この遼州星系には『超富裕層』のAIを利用したネット監視や『騎士階層』の秘密警察による密告社会のような自由を束縛する要素は何もなかった。そして何よりも地球の放射能に汚染された大気ではなくこの遼州には全く汚染されていない大気と自らに悪意を持たずに接して来る『リャオ』達の存在があった。
地球では放射能まみれの大気の中でフィジカルAIや自動運転のトラックや鉄道の清掃の仕事を臨時的に与えられるだけで常に飢えと隣り合わせの生活にいた時には考えられない豊かな生活を手に入れ自らの幸運を神に感謝した……その感謝は地球の神に対して向けられたものであり、自分たちの代わりに泥まみれになって地球ならロボットがやるような仕事も黙って引き受ける『リャオ』達に対するものでは無かった。
『アメリアさんは机の上に広げていた薄い同人誌をぱらぱらとめくりながら、まるで昼休みの雑談みたいな声で続けた』
『『地球人にとって遼州はね、誠ちゃん。新天地じゃなくて、資源置き場。ついでに面倒な市民の廃棄場所。さらに現地人は文句を言わない労働力。もう最低最悪の三点セット。本当に便利でお買い得よね』まるでアニメフェスタの終了寸前に売れ残りのフィギュアをなんとか売り切ろうとするブースでよく見かけるような光景に例えるアメリアさんの神経は未だに僕には理解できない』
『『その言い方が悪すぎませんか』あまりにもひどい例えに僕はそうつぶやいた』
『『事実の方がもっと悪いわよ……事実は小説より奇なりってね……そんな事実がこの星にあったの……まあ、今の誠ちゃんには関係ないみたいだからこんなことも知らなかったわけなんだけどね』そんな時々毒のある口調になることもあるアメリアさんに僕は返す言葉が無かった』
『『つまりね、誠ちゃん。地球で捨てられた人間が、遼州では支配者になっちゃったわけ。被害者が、場所を変えた途端に加害者になったのよ。そうなると人間は二つに分かれるわね、単純に支配者になれたことに満足してまるでかなめちゃんみたいにふんぞり返って偉ぶる人と、被害者だった時を思い出して『リャオ』に同情する人間に。誠ちゃんはどっちが好み?当然、後者の私よね♪』アメリアさんはそう言って重い話を、僕にも理解しやすくしていることに満足しているようだった』
『ただ、僕はここでアメリアさんに同意したりしたら、どうせこの様子を録画して西園寺さんに見せて自分が選ばれたと西園寺さんに喧嘩を売るのが目に見えていたので、ただ愛想笑いでその場をごまかすことに決めた』
開発が5年も進むと、『捨てられた人間』達を管理しながら遼州の資産価値を調査していた『超富裕層』と『騎士階層』は独自に資源調査を行い、それが進むにつれてその惑星の金やレアメタルの含有量は驚異的で、それは南米を征服したスペイン人が新大陸に数々存在した王朝を滅ぼし、財宝を奪った歴史を思わせるほどのものだった。
『超富裕層』達は自分にとって邪魔な存在でしかない『捨てられた人間』達にそれを教えてその事実に驚愕すると同時に次第に地球への帰還の気持ちを失っていった。
彼らには地球圏のAIや『騎士階層』の支配による密告社会の息苦しさはもはや耐えがたい苦痛でしかなかった。ただ、その事で自分たちに不都合な人間達を完全に『捨てる』ことに成功したことに『超富裕層』は地球にいながらにして不要な人間を地球圏から追い出すことと彼らの生み出す富を独占できるものだと信じてほくそ笑んだ。
地球の支配者である五千家族は、国家間や国家内部で、時には核や特殊部隊の急襲によってライバルを消し去るほど過激な競争を続けていた。
しかし、地球ではAIやロボットの掃除をする仕事しか与えられていなかった『社会から不要とされていた時代遅れの人権思想に染まった市民』達がわずか数か月遼州星系に滞在したというだけで『現体制に感謝してそれを支える有益な人物』として莫大な利益を得る事実を地球の『市民』たちに『宇宙開発の成功者』としてより大きな富を得るための手段として歓迎していた。
成功者と呼ばれた『市民』の中にはこの星で得た富を上納することで自ら遼州での自由な生活を捨てて『超富裕層』に絶対的忠誠を誓って取り入ることにより次の階層である『騎士階層』に成り上がって地球圏に帰還することも珍しくなくなっていった。
他の惑星は居住自体にコストがかかり宇宙開発そのものに疑問を持っていた経済的効率のみを追求する『超富裕層』はこの遼州の成功を挙げて宇宙開拓が『固定化された資産配分を新たな段階に進める手段である』と喧伝したが、『超富裕層』も『騎士階層』も自らの支配体制に不満を持つ『捨てられた人間』を自らに絶対的忠誠を誓う『騎士階層』に押し上げる手段としてのみ遼州への移民を認め、『超富裕層』を賛美し、絶対的忠誠を誓う市民たちは国家間の戦争の駒として必要なため地球に留め置き遼州支配を『捨てられた人間』を転向させる手段として利用することに決めた。
誰一人として反抗や反乱などは行わず素直に奴隷化され、使い潰されて殺されていく『リャオ』に同情する地球人の『超富裕層』や『騎士階層』の人間は地球圏には現れなかった。
彼らにとっては命よりも経済理論が重視され、ほとんどコストのかからない資源確保が可能という現状は好ましいもので、予想外の結果として『リャオ』の監視のために『捨てられた人間』が自らに対して絶対的忠誠を誓うようになる様を歓迎する出来事と考えていた。
多少の自警団的な『捨てられた人間』である『元地球人』を軍人に仕立て上げ、時にその生み出す富に目がくらんで『超富裕層』に一矢報いることができるのではないかと思いあがって暴徒と化す『元地球人』に備えるだけで十分と考え、時に暴動を起こす『元地球人』に比べれば一切抵抗することなく奴隷の境遇を受け入れている『リャオ』は理想的な労働力だった。
『『リャオ達は抵抗しなかった。地球人はそれを優しさじゃなくて、都合の良さとして見てたわけよ。『こんな便利な奴隷は他にいない』ってね』アメリアさんは笑っていた』
『けれど、その笑い方はいつもの悪ふざけとは少し違っていた』
『『誠ちゃん。善意の無い文明に、無抵抗な人間を渡すとどうなると思う?』僕は答えられなかった』
『僕はその時代に生きている訳ではない。だから分からない。分からないことが正解なのか不正解なのかも僕には分からなかった』




