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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二章 こうして僕は『特殊な部隊』に流れ着いた

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第2話 落ちこぼれが落ちた『罠』

 地下三階の駐車場は、朝の喧噪と燐光の冷たさだけを抱えていた。直線状に並ぶ蛍光灯が床に淡い帯を作り、車列の隙間を抜ける空気がひんやりと頬を撫でる。その寒さに似合わないほど大きな若者が、穴のように開いた目で辞令を睨んでいた。


 彼の名は神前誠(しんぜんまこと)。これまで同級生や東和宇宙軍で出会った軍人達にも誠以上の身長の人物に誠は出会ったことが無かったほどの長身が特徴で、その鍛え上げられた熱い胸板はまるでプロスポーツ選手を思わせるほどの立派さだった。


 だが、表情は頼りなく、どこか落ち着かない表情は彼にはそう言ったプロスポーツと言う勝負の世界で生きていくことは諦めるべきだと誰にも思わせるほどの内面の弱さを強調していた。


「遼州同盟会議・遼州同盟司法局実働部隊、機動部隊第一小隊に配属する……って、何だこれ?遼州同盟司法局って何?」

 

 誠は舌を噛むように言い、辞令をもう一度目でなぞった。


「遼州同盟司法局……って何?そんなところで僕に何をしろって言うの?僕法律の勉強なんてしたこと無いよ……大学の一般教養課程ではいくつか社会科学系でそう言うのがあったけど選択しなかったし、東和宇宙軍の教育課程でも国際法とか遼州同盟法とか国際戦争法とかの授業はあった……のは事実だけどほとんど教官の言っている意味が分からなかった僕に何を期待しているの?というか僕はパイロットになったはずだよ?それも間違いなの?」


 誠は遼州同盟の加盟国である東和共和国で育ったので遼州同盟機構の本部がこの東和共和国にあることは知っていたが、その一つ一つの組織にまで精通している訳でもない。


 遼州同盟司法局と言う組織があったとしても遼州同盟が誠が生まれた東和共和国や他の元地球人達の作った国が建てた国家が遼州圏の地球圏からの自立を掲げて遼州同盟を設立した以上、それぞれの国の司法捜査機関を統括する組織の一つくらいあってもおかしくないことは理解できないことは無かった。


 しかし、パイロットとしての訓練を受けたはずの自分がなんでそんなところに配属になったのかの理由がまるで思いつかなかった。


「司法局って、名前から察すると……警察とか裁判所のことだよな?……いや、なんでそんなところに僕が行くの?なんでパイロット関係ないんじゃない?それともあれなの?人事課の禿げの大尉は司法局実働部隊は『特殊な部隊』とか言ってたから凶悪犯罪者が銃を持って立てこもったらその立てこもったビルごとシュツルム・パンツァーが人型機動兵器である利点を生かしてその腕で殴って壊せとでも言いたいの?嫌だよ……どう考えてもそれはやりすぎでしょ……」


 元々自分でも向いていないと分かっているパイロットの訓練課程を無理やり消化させられたのに、どうして東和共和国の誇る人型機動兵器であるシュツルム・パンツァーパイロットとしての教育を受けた自分とは無関係に見える部署へ配属されることになるのか?それとも誠の想像通りそんな無茶苦茶をやる組織に自分は押し付けられる運命にあるのか。


 彼の頭の中で、疑問符が幾重にも折り重なった。


 周囲は忙しなく行き交い、東和共和国宇宙軍総本部の職員や一般の来訪者が自動ドアを出入りしている。だが誰一人、誠に気を留めない。彼は重い溜息をひとつ吐いた。胸の内にあるのは恨みでも誇りでもない……ただの行きかう目的をもった人々から取り残されたような困惑と居心地の悪さがあるだけだった。そしてその辞令が意味する望まぬ方向へ無理やり流されることだけは耐えられないことだけは間違いなかった。


 自分が選ばれていないのに『選ばれた』ふりをされることが、じわじわと彼を蝕んでいた。


 事情は彼の胸中だけの問題ではなかった。


 ……誠は訓練初期から致命的な欠点を抱えていた。


 初めての模擬乗機の時だった。機体の取り扱いを教官に促されるや否や、誠の胃はひどく揺れ、吐き気に襲われた。機内で顔色を失い、叫んだあとトイレへ駆け込み、医務室で点滴を受けるというのが最初の顛末である。


 以後、機体の説明を聞いただけで彼の顔色は蒼白くなり、整備士に優しく肩を叩かれるほどだった。


「訓練を続ければ慣れるさ」


 しばらくして実機のコックピットに乗ることができるようになった時には教官の乗る後部座席からそんな言葉が必ず投げかけられるのが決まりのようなものだった。

挿絵(By みてみん)

 そしてシュツルム・パンツァーの歩行訓練、走行訓練、陸上格闘戦訓練、射撃訓練、飛行訓練、宇宙での……そんな新しい訓練課程に入るたびに何度となく入院を繰り返す誠に励ます声が誠にはすぐにむなしいものに感じられてきた。そして誠の不調はそんな言葉を口にした教官たちの考える『慣れ』の常識の範囲を遥かに超えていた。


 採用している国の少ない人型機動兵器のパイロットとして選ばれた自覚のある同期のシュツルム・パンツァー訓練を受けるパイロット候補生達からは陰で『もんじゃ焼き製造機』とあだ名され、付き合いで嫌々行った飲み会の席では遠巻きに嘲笑が飛んだ。


 誠はそれを薄目で見返すが、笑いに混じる嫌味の冷たさは胸に刺さった。


 元々乗り物に弱く胃腸も健康なので吐くこと自体に慣れている誠の身体は大丈夫でも、『人型機動兵器を操る』という場面にだけは腰が引ける。胃腸の不調とそれが引き起こす緊張でスロットルを握る手が震えて、ただ機体を歩かせることすら苦労する誠に口の悪い教官の中の一人にはAIに任せたほうがよっぽどいいと本気で言われたこともある。

挿絵(By みてみん)

 彼自身、元々シュツルム・パンツァーパイロット志望を自ら望んだわけではなかった。むしろ『誰かに強制されて始めた』のだ。だが、どういうわけか、彼はパイロットの列に押し込まれてしまった。


 その押し込みの影に、いつもある男の顔がちらつく。嵯峨惟基(さがこれもと)。誠の母、神前薫(しんぜんかおる)が営む剣道場に時折現れる男で、誠が幼いころから親しくしていたらしい。身長はあるが痩身で、一見二枚目の端正な顔立ち。しかしその瞳には光がなく、見る者に不穏な不安を与える。


 誠がその存在に気づいた五歳くらいのころである。


 その時はすでに二十代前半のように見えたことが思い出される。そして、現在もほとんど外見に変化が無い。子どものころ、誠は『大人はみんな同じ顔に見えるからだ』と自分を納得させていた。しかし、それが誠が嵯峨を始めて認識した5歳ぐらいの時から23歳の今まで続いているとなると明らかに異常なことだと誠も嵯峨という人物の不気味さに警戒感を抱いていた。


 若く見えるのに年齢を詐称しているような老練さも漂わせる。嵯峨は、誠の人生のある転機を作った人物だった。


 大学四年の夏、誠は就職の内定が一つも得られず途方に暮れていた。そんなとき、嵯峨がにやりと笑って寄ってきて、彼の手にひらりと東和宇宙軍幹部候補生の応募要項を差し出した。


『幹部候補生だぜ……いずれはこの遼州系の平和を守る守護神と呼ばれる存在になるんだ。いい話だろ?』

挿絵(By みてみん)

 何を考えているか分からないその年齢不詳の男が話しかけてきた言葉に関心を持って募集要項に必要事項を記入して速達で郵便局に持ち込んだことが今の誠の境遇を決定づけた瞬間なのかもしれないと誠は思っていた。


 翌日、一次面接の通知が誠の携帯端末のメールアドレスに届き、言われるがままにこれまで受けた民間企業の内容と大して変わらないような面接を済ませると、その夕方には狙いすましたように二次面接の案内が届いた。


 当時の誠は特に疑問を感じることも無く志願者不足で町中に募集広告を張り出している軍では当たり前なのだろうと受けた二次面接の内容もそれなりに立派な制服を着た人物が一次面接とほぼ変わらない質問を誠にぶつけるだけで誠は滞りなく逸れに回答し二次面接も終わった。そしてこれも当たり前のように内定のメールが到着した。その不自然なほど滑らかに事は進行した。誠は最初、それを人手不足で悩む東和国防軍特有の当たり前の出来事で、自分としては出来過ぎた縁としか受け取らなかった。


 だが、大学卒業一月前に開かれた東和宇宙軍本部で開かれた説明会で配られたマークシートの志望欄に『パイロット』のチェックが既に入っていたとき、彼の頭は冷えた。消しゴムでいくら消しても『消せない』と気づいたときには用紙は回収され、話は先へ進んでいた。


 その説明会も終了後に開かれた現役の東和宇宙軍の兵士達との交流会も、すべてが誠の『意志』を踏みにじる前提で進んだ。現役のパイロットたちは満面の笑みで彼を迎え、誠の体格だけを見ていくら誠には乗り物を見ただけで吐くという癖があると説明しても『君は才能がある』と親指を立てた。


 『みんな最初は吐くんだよ』『訓練すれば慣れる』とパイロット達はまるで誰かに指示されてでもいるように陽気に判で押したように同じことを言う。


 自分の乗り物酔いは彼等一般人のそうぞの及ぶところでは無いのだ。そう何度説明しても分かってくれない態度が誠にどこかで誰かが目の前で誠に笑いかける原液パイロット達を操っているのではないのかと誠は疑いを持つほどのものだった。


 そして大学卒業後、一般企業の入社式の開かれる日にあった入隊式と同じ夜、誠が目を覚ますと既に寮には荷物が運び込まれ、ベッドは一回り大きなものに替えられていた。机の上には『新兵歓迎パーティー』の案内……色とりどりの紙片。スピーカーからは軽快な曲が流れる。彼は恐る恐る扉の方へ歩み、取っ手に手をかけた。だが電子ロックのパネルには文字が浮かんでいるだけだった。


《新兵歓迎プログラム実行中 23:00まで施錠》


 誠は力なくベッドに腰を下ろす。逃げられない……それが現実の突きつける冷たさだ。ただ自分は誰かが仕組んだ運命に流されるだけで彼には、いまここにいることを自分で選んだ記憶がない。すべてはいつの間にか用意され、整えられていた。制服のサイズもピタリと合い、軍靴も磨かれて放り込まれていた。誰かが彼のために選び、整え、押し込んだのだ。


 誠は窓の外、東都の街灯がぼんやりと並ぶ景色を見つめながら、静かに自問する。……これが僕の道なのか?誰も答えをくれない。ただ蛍光灯の微かな震えと、遠くで聞こえる歓談の断片だけが空気を満たす。


 夜が更けていく。歓迎プログラムの音楽は耳に心地よく、ドアの外では笑い声が跳ねている。電子ロックのライトが淡く点滅する。誠は薄い毛布を胸まで引き寄せ、枕越しに天井のシミを数えた。いつか自分で選べる日が来るのか……そんな単純な祈りが、彼の胸に小さく灯る。外の世界は大きく、動いている。だが誠は、小さな足場に根を下ろして、ゆっくりと呼吸を整える。


 その夜、彼の夢に嵯峨が現れるかもしれない。あるいは剣道場での母の笑顔が現れるかもしれない。いずれにせよ、彼の物語はまだ始まったばかりだ。誠……落ちこぼれと呼ばれる青年は、知らず知らずに罠の中心へと引き込まれてゆく。


 誰とも話さずただ一人バイキング料理を腹いっぱい食べたことで満足した入隊式の夜の歓迎プログラムの翌朝、訓練場から戻ると誠の携帯端末には嵯峨からの短い着信記録が残っていた。着信の時間はいつも妙に都合がよく、重要でないはずの瞬間にだけ現れる。誠は画面を見て、無意識に指が震えるのを感じた。母の剣道場で遊んでいたころのことがふと蘇る。竹の打ち込み音、薪を割る音、母の笑い声。嵯峨はいつも、その風景の周縁に立って煙草の煙を吐いていた。幼い誠は嵯峨の目に光がないのを不思議に思ったが、母はただ『惟基君には可愛いところもあるのよ……誠があの人を信用していないだけよ』と笑っていた。

 

 嵯峨が誠を誘ったとき、誠は偶然の縁と受け取った。が、どうしても腑に落ちない点は残った。説明会でのあの回収された用紙、同期の笑い声、そして配属通知に書かれた『司法局実働部隊』という見慣れぬ文字列。司法局とは何を司るのか。警察や裁判所、法務を連想するが、実働部隊と名付けられれば話は別だ。現場で何をするのかは不明瞭だが、少なくともシュツルム・パンツァーなどと言う戦場で20年前の戦争では地球軍の戦闘機の貧弱な火力やミサイルを無効化し戦場を支配した驚異の人型兵器を操る仕事ではなさそうだ。


 入隊式の翌日から始まった寮の生活もまた、誠にとって馴染めない要素を含んでいた。食堂では弾む会話が交わされており、仲間たちは訓練の疲れを笑いで流していた。だが誠の心はいつもどこか外側をさまよっていた。彼は誰かと距離を置きながら、席の片隅で飯をかき込むだけの日々が続いた。そうして続いた半年の軍人としてのパイロット教育との平行訓練とその後の1年のシュツルム・パンツァーの専門訓練の日々も、誠は寮でほとんど一人で暮らす日々を過ごした。

挿絵(By みてみん)

 本来ならばその1年半にわたる正規教育が終わる時点、六月に誠を含めたパイロット候補生の配属は決まるのだが、そもそも貴重なシュツルム・パンツァーのパイロットである。教育課程の半年を過ぎたあたりから、見どころのある候補生は各地方部隊に次々と引き抜かれていく。一人、一人と減ってゆき、課程修了時点では全志望者の半数が引き抜きで消えていく。それが普通なら六月の出来事である。


 残った数人の教官からの評価の低いパイロット達もそこで全員の配属先が決まる。それ以前に東和宇宙軍の人事の各種手続きの都合上、その時点ですでに配属先は決まっていて、個別の内示などがあるのが普通である。実際、誠の同期も全員が教育課程修了後、各部隊へと散っていった。しかし、誠に声をかけて来る教官も人事担当者も地方基地の関係者も一人もいなかった。


 誠は5名だけ残ったパイロット候補生がもうすでに内示を受けているので見る必要は無いのだが一葉目を通した配属辞令の紙を手に取った。


 そこには5名の配属先とその一番下に以下の文章があるのを見つけた。


『神前誠……自宅待機』


 誠は唖然とした。これまでの訓練は何だったのかと絶望に囚われた。機体を見ては吐き、コックピットに乗っては吐き、機体を動かしては吐いた。その日々はこの『自宅待機』の一分の為だけに存在したのだろうか。


 そんな思いにとらわれた誠だが、気の弱い誠には何一つ不満をぶつける手段も思いつかず、そんな相手も居なかった。ただ、ため息をついて紙をテーブルに戻すとこれまでの自分の訓練課程での成果を考えれば当然のことかもしれないと考えて、誠は寮の荷物をまとめてそのまま寮を出て実家に帰った。


 そんな誠のところに東和宇宙軍の本部の人事課から連絡があったのは、誠が実家に帰ってから一月過ぎた時だった。


 ようやく誠の配属先が決まったと人事課の女性事務員はそれだけ言って電話を切った。


 自宅待機中は給料が出ない。そのくせ、社会保険料はきっちり差し引かれるということでその電話が来る前に誠は銀行で社会保険料の振り込みを済ませた後のことだったので、とりあえずこう言ったほとんどニートに近い状況だった。


 この身分は軍人生活はニートの境遇から脱出できるということで、誠は胸を躍らせて一週間後の木曜日の指定された時間通りに東和宇宙軍の本部にやってきて、その人事課で今手に持っている辞令を手渡されて追い出されるようにこの地下駐車場まで行くように命じられた。時間通りに出頭した誠を迎えたのはなんでこの時期にパイロットの徽章を付けた人物が管理部門しか入っていないフロアーをウロチョロしているのかと誰もが不審そうな視線だけだった。


 そして、今こうして誠は赤レンガの建物で知られた東和宇宙軍総本部の地下駐車場で呆然と立ち尽くしている。


「東和共和国宇宙軍総本部の人事課まで、出てこいって言われて来たのに。辞令を渡されて地下三階の駐車場入り口で女の人が迎えに来るから待ってろって言われても……」


 誠は先ほどの東和宇宙軍の総本部の人事課の中での出来事を思い出しながら独り言を続けた。


 そんな視線を浴び続けるくらいならこうして自分に無関心な軍関係者の行きかう地下駐車場で一人で立っている方がよっぽどマシだと誠は自分自身に言い聞かせていた。


「それに、人事の担当者の司法局実働部隊は『特殊な部隊』だって説明……なんだよ、それ。『特殊な部隊』って」


 そんな誠の愚痴は続いた。


「『特殊部隊ですか?』って聞いたら『特殊部隊じゃなくて、『特殊な部隊』だよ』って……なんで、『な』が入るんだよ……エロゲか?嫌いじゃないけど。僕はパイロットじゃなくて、絵がうまいからキャラデザインで呼ばれたのか?あのスダレ禿の眼鏡の人事課長の大尉……木刀があったら、ぼこぼこにしてやったのに……」


 誠はそう言って大きくため息をついた。



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