第17話 魔法少女と終わった工場
「まあ……生物の常識とか、物理法則とか、その辺はもう中佐には通用しないってことでいいです」
誠はまだ半分寝ぼけた頭でそう言った。
「それより……クバルカ中佐。ここ、どこですか?」
間抜けな挨拶をする誠を、ランは呆れたように見た。
「オメーも遼州人らしく科学と宗教が決めたことがすべての地球人の常識がアタシには全く通用しねーって言う事実を受け入れてくれたんだな?そりゃー見どころがあるが……オメーは所詮そこまででまったく観察眼のねー奴だな。寝ぼけてんのか?ここは東和共和国千要県豊川市!アタシやオメーが行ってみたいと思ってる『魔法世界』じゃねえ!『現実』見つめろ!そのどこかを知りたいのか?そんなの周り見ろ!窓の外見りゃここがどんな場所かわかるだろ!察しろ!」
強い調子でランに言われて周りを見回す。
灰色の巨大な建物群……工場地帯の風景が広がっていた。
「でもあの世界はこんなにモノクロの世界じゃなかったような気がするんですけど……もっとフリフリフリル付きのカラフルな可愛い少女たちが魔物たちと魔法で戦ってたような気がするんですけど……」
誠の口答えに、ランは冷ややかな目を向けた。
「オメーみてーな深夜アニメオタクには、世界はカラフルに見えるんだろーな!魔法なんざ、使える奴がいて初めて意味があるもんだって、その深夜アニメで学ばなかったのか?アタシが知ってる限り、魔法少女モノの物語には、魔法を使えねー無能がいっぱいいて、魔法に感心する場面が出てくるのがお約束だぞ。違うか?ちなみにアタシは……ああ、あの『駄目人間』隊長からその件については他言無用って言われてた。さっき言ったことは忘れろ!」
ランが妙に詳細なアニメ知識を披露してきた。将棋が趣味のちっちゃい敗戦国の英雄に誰がコアな人気を誇るバトル系魔法少女アニメを勧めたのか不思議に思いながらハンドルを握るランの背中を誠は見つめていた。
「まあ……一般人がいないと、魔法少女のすごさも伝わりませんからね……まあ、そういうキャラは出てきますけど……でも詳しいんですね?好きな作品は何なんですか?僕は魔法少女アニメにはちょっとうるさいんで……色々お話しできますよ?」
誠はとりあえず色々ツッコミどころがありそうな上官と仲良くしたいと思ってそんなことを言ってみた。
「アタシは魔法少女の変身以外の出来ることは全部できるって言っただろ?あの『駄目人間』隊長はアタシが戦争に負けて捕虜になってた時に『地球の記録映画だ』と言って勧めてきたんだ。当時は地球人すげーって思ったが東和に来て調べてみたらアレはアニメじゃねーか。フィクションじゃねーか。地球には実在の魔法少女は居ねーらしーな。要するに地球人は何にもできねー雑魚だってことじゃねーか」
誠はここで『東和共和国のアニメの魔法少女もフィクションです』と言いたかったが、明らかに誠を振り向く様子の無いランの態度にツッコミを入れる機会を失った。
「じゃー魔法少女に劣るところは変身が出来ねーだけでそれ以外はすべて凌駕しているアタシの方が地球人より上だ。ただ、地球人があんなものを考えるということは……実は軍で養成している可能性はあるな……地球人は油断ならねー。地球人は密かに魔法少女を軍事転用してるに違いねー……」
誠は、突っ込むべき箇所が多すぎて、逆に黙った。
魔法少女。
軍事投入。
極秘育成。
その三つの単語が、誠の頭の中で一列に並ぶことを拒否していた。
それでも自分の言葉に本気なランは言葉を続けた。
「下手なエースならアタシでも瞬殺だが、魔法少女となるとなかなか……うまく行かねーもんだ……あの卑怯な地球人なら極秘裏に魔法少女の一人や二人を戦場に用意していても不思議はねー」
突然リアルに魔法少女が実在すると思い始めたどう見ても魔法少女アニメに詳しい誠から見ても、ランは十分に魔法少女認定される存在だった。誠の様子をうかがうわけでもなくただ真っすぐ続く工場内の連絡道路に車を走らせた。
「そんな作り話の話はどーでもいーんだ。改めて言うぞ、ここは魔法世界じゃなくて菱川重工豊川工場だ……普通の工場。どこまでもリアルな世界だ。これがオメーの現実だ」
ようやく振り返ったランは妙に得意げな表情を浮かべていた。
工場内の連絡道路はいつまでも続く。もう10分は真っすぐの道が延々と続いている。
「……ここが工場ですか?でかいですね」
ちょうど一台のトレーラーが通り過ぎる。
積んでいるのは、まるでトイレットペーパーのように巻かれた巨大な金属の円柱だった。
「ここが東都から三十五キロ東にある菱川重工豊川工場だ。デカい?そんなもん都心から離れてて地価が安いんだから当たり前だろ?」
ランは特に感情も無いというようにそう言った。
「『菱川重工豊川』?」
誠はぼんやりとつぶやく。
「まったく……寝ぼけやがって……知ってんだろ?中央総州内陸工業地帯の最大の工場って言ったらここだ。オメーは……東都の中学だったな。なら知らなくとも当然か。千要の中学なら嫌でも習うぞ」
ランの面倒くさそうな口調にようやく誠は理解する。
東和共和国の有力財閥『菱川ホールディングス』の重要企業、その中でも『豊川工場』は、東和共和国が地球圏から独立した時まで歴史をさかのぼる、伝統ある工場だった。
「でもな、ここはアタシみたいに世間を知ってる人間から言わせれば『もう終わった工場』なんだ」
その言葉だけ、ランの毒が少し薄かった。
代わりに、妙な寂しさが混じっていた。
「終わった工場……それってどんな意味ですか?」
ある意味では残酷なランの評価に、誠は首をひねった。
「オメーは寝てたから分かんねーかもしれねーがこの5年でこの周りの都市化が急激に進んだ。都市化が進む……つまり住宅が増えて車が増える……つまりトラック輸送なんて渋滞だらけで時間もコストも読めなくなるって意味だ。そんな工場に臨機応変に最新鋭の大型機械の発注をする?そんなの誰がするよ。この工場が出来た当初は何にもない畑の中の道を渋滞無しでひっきりなしに資材を運べたが今じゃそんなことは不可能だ。いつ着くか分からない材料を待ってその度に生産ラインを止めるのか?金の無駄だろうが。今は……ここの工場のメインの仕事はこの工場でしかできない金属の表面処理とか特殊な付加価値の高い工程なんだと。でかい機械も作ってるが、多くの部品が必要になるそんな仕事は臨海部やより郊外の安定して陸送が可能な工場でやってるからそっちはあくまでついでだな。それにデカい機械なら出荷の際に大きさの制限のない船が使える海沿いの新しい工場で作った方が輸送コスト面で安くつくかんな……当然と言えば当然か」
誠はランの言葉につられ、外の工場群を眺めた。
「つまりだ、コンテナに載せるってことは、当然大きさに制限があるわけだ。そうなればデカいものを作ればそれなりのコストがかかる。コスト至上主義の昨今。そんな無駄なことをする企業があると思うか?」
まるで当たり前のように語るランの口調が少し悲しげになる。
「さっき言ったよーに、『工場』としてはここは『終わって』るんだ……400年前、ただひたすら工業化にひた走っていた頃のこの国ならどーか知らねーが、今は稼げる工場が企業では一番大事にされる。稼げない工場は終わる。それが必然だ」
ランはハンドルを握りながらそう言った。
「終わってる?こんな立派な工場が?」
誠はその言葉の意味が分からず、聞き返した。
「そんなもん、メーカーなんて作れて稼げてなんぼだ。稼げねえ工場に存在意義はねー。花形の大型重機やらの最終製品の製造・出荷なんて諦めた、ただのでっかい金属の表面加工が専門の部品工場でしかねーんだ。その表面加工に使う特殊な原料も系列の化学系素材企業から買うしかないから、素材の値段すら決められねえ。でっかい町工場。それがここの今の本当の姿だ。その最後の賭けも……見事玉砕。オメーも軍人なんだから5年前に東和陸軍で次期主力シュツルム・パンツァー選定コンペがあったことは知ってんだろ?そん時もこの工場の機体は負けた……アタシはテストパイロットをしていたが……アタシとしては別にひいき目では無しにここの工場の機体が上だと思ったんだがな」
東和陸軍の次期主力シュツルム・パンツァー選定コンペの噂については誠も知っていた。
そのコンペでは二機の機体が最終テストまで残ったという。結局そのうち機動性重視の設計思想が東和陸軍幹部の好感を得た07式と言うシュツルム・パンツァーが採用されたということは知っていた。
その最終選考にまで残った機体を作ったのがこの工場。最後の賭けで東和陸軍の制式シュツルム・パンツァー採用コンペにも見事に負けたことでここはまさに終わった工場と言えるのかもしれない。その雰囲気が車内にいる誠にも皮膚感覚で伝わって来た。
『もうここは詰んでるんだ……僕の行く『特殊な部隊』も……』
誠は改めて窓の外を見た。そこに自分が『押し込まれた』という事実だけが、やけに現実味を帯びて胸に沈んでいく。
確かに工場の建物は古びている。中には朽ち果てた建物すらあった。
「おー見えてきたぞ。オメーの配属になる部隊だ」
誠は窓の外を眺める。左右に視界が続く限り、果てしなく壁が広がっていた。それは使い道が無くなったということで半分廃墟となっている工場内の長く使用された形跡の無い倉庫の群れを遥かに超えて見えなくなるまで続いていた。
「広いんですね、本当に」
そのあまりの大きさに誠は圧倒されていた。
「当たり前だ。『特殊な部隊』の活動拠点だから広くて当然だ。オメー本当に当たり前のことしか言えねーんだな。『特殊な部隊』の活動拠点だから広くて当然だ。それこそアタシが今でも兼務している裾野の東和陸軍の教導隊の基地に比べたら『猫の額』程度のもんだぞ。まーあそこは射爆場とか併設施設が一杯あるからデカくて当然なんだけどな」
東和陸軍の基地は確かに大きいのは誠も知っていた。そのトップエースであるランの率いる教導隊基地のある裾野基地はシュツルム・パンツァーのロングレンジレールガンの射撃訓練も行われる巨大施設でそこで年に一度総合火力演習が行われることで知られた巨大施設として知られており、そもそもそれと比べる方がどうかしていると誠は苦笑いを浮かべた。
「まーこの基地が部隊の規模に比べて異様にデカいのには理由があるんだ。今時、大型ジェット機を飛ばす訳じゃねーんだけどな。うちの所有で『運用艦』ってのがあるんだがそいつを最大三隻置ける土地を確保しようとしたんだと。どこの間抜けがそんなこと言いだしたかは知らねーけどさ」
ランは頭を掻きながらそう言った。
「運用艦ですか?専用の船があるなんて……凄いですね」
誠の言葉にランは再び頭を掻く。そして、しばらく考えた後、口を開いた。
「んなの、凄かねーよ。そんでもって巡洋艦クラスのデカさの『運用艦』なんてモノを東都近郊の密集した住宅街の上空を飛ばそうとしたから大問題になったわけだ。最終的にこの土地を菱川重工から譲ってもらう契約を結ぶ条件に『運用艦』はよそに配備するって条文が加わって、その計画は結局ボツになった。アタシ等の機体も、その他の使い慣れた機材も、『運用艦』のある港まで、えっちらおっちらトレーラーやコンテナや貨物列車で運ぶんだ……」
そう言うとランは車を左折させる。そこにあるゲートの前で車を一時停止させて、運転席の窓を開けた。近づいてくる延々と続く駐屯地の壁に感心しながら誠は窓の外を眺めていた。
「それにこの隊の設立時には地域住民の反対運動があってな……正直、豊川市役所もアタシ等にはあんまりいー顔はしてくれちゃいねーんだ。まー、隊長好みの『落ちこぼれ』や『社会不適合者』を集めた『特殊な部隊』だからな」
ランの言葉はよく刺さる。
だが、そこに悪意だけがあるわけではないことを、誠もようやく分かり始めていた。
「でもな、そういう場所だから、うちにはちょうど良かったんだ」
ランの声が、ほんの少しだけ低くなった。
「新品の場所には、新品の人間しか置きたがらねー。傷物や、行き場のねー奴や、他所じゃ使い道がねーって烙印を押された奴は、こういう終わりかけた場所に流れてくる。……アタシは、そういう奴らが嫌いじゃねー。そんな中にたまたまオメーがいた。ただその辺の話……今のところの理解はそんなもんでいーんじゃねーのか?」
バックミラー越しに見えるランの目はどこか優しい小さなものを見守る目だったが、ラン自体がすでにどう見ても小さいので誠にはその言葉の意味がまだよく分からなかった。
「僕はそんな傷物なんですか……それに『落ちこぼれ』……『社会不適合者』……?」
悪意がランに無い分、その言葉は客観的な事実なのだと誠の心に突き刺さった。
それでもランは『落ちこぼれ』と言いながら、その言葉で切り捨てる側の顔はしていなかった。
「そーだ。オメーは立派な『高学歴の理系馬鹿』兼『社会不適合者』!ちゃんと該当してるじゃねーか!」
ランの満面の笑みに、誠は胃の奥から込み上げる嫌な感覚を覚えた。
「……はあ」
そして、ランはトドメの一言を付け加えた。
「それと、オメーの機体にはちゃんと『エチケット袋』を用意させるつもりだ! 安心しろ!」
誠は本当の意味で、『特殊な部隊』へと配属されてしまったらしい。誠は、笑うべきか怒るべきか分からず、ただ曖昧に口をへの字に曲げた。




