第97話 ファーストミッション――法術師の狼煙
「1億年は大げさとしても、24時間365日3年間戦い続けたのがそんなに自慢……だよね、地球人には絶対不可能な『魔法少女』ならではの武勇伝だから。あれは俺がお前さんを倒すために仕掛けた策だもんね。でもさあ、そん時お前さんの部下は疲れ果てて次々死んでいったよね?まあ、お前さんを丸裸にする為にお前さんは自分に出来ることは部下にもできて当然と考える人間だと分かっていたから俺はそうなるように仕向けて、お前さんはその罠にまんま乗っただけって話だよ。そんな事は一つの自慢にもならないの。それと同じ理屈で神前を潰すのは俺が俺の策に自ら溺れたような話になるから俺としても気分が悪いんだ。そんな事はどうでもいいんだよ。もう過ぎた話なんだから。それより話は変わるというか……こっちの方がランを呼んだ本題でね。『中佐殿』。ちょっと、頼みたいことがある」
嵯峨は雑誌を伏せ、オートレースの予想新聞の下から写真を一枚引き抜く。
机上に滑らせたのは、軍人風の丸刈りの東洋人が写っていた。
襟章、姿勢、目の据わり……『甲武国』の海軍中佐、意志の強そうなその瞳は彼が選ばれた『エリート』だと一目で分かる。写真の下にレタリングで『甲武海軍第六艦隊参謀部所属・近藤貴久中佐』の文字が躍っていた。
「なんだよ……この軍服。甲武国の海軍軍人……それも相当な『エリート』だな。面構えで分かるよ。その野郎をどうしろってんだ……隊長も甲武軍人だからアタシ流の三年間寝ずに戦い続けることができるようにそいつを鍛えろってことか?このガタイじゃあ隊長の言う通り10時間も休みなく走らせたら間違いなく死ぬな」
ランの視線の先で、嵯峨はゆっくり目を閉じる。
「いい加減、その自慢話は止めてくれるかな?しつこく聞こえるから。これは別の意味で命にかかわる話……俺達の本業絡みの話だから。真面目なところ……ちょっと、『殺生』をしてくれ。別に手段は問わないからこいつを『社会的』にこの宇宙から消してくれ。『生物学的』に消すかどうかについては興味がねえから、俺。良いよ、こいつを消す手段にコイツを3年間、24時間連続で走らせてもいい。その結果コイツは間違いなく『生物学的』にこの銀河から消えるけど、それはそれでコイツの部下も誰も死なずに世の中平和で済むんでその方法があれば教えてくれないかな?俺もすぐにその方針であっちこっちに働きかけるつもりだから」
嵯峨は静かな声で、冷たくそう言い放った。その様子にランのこれまでのいかにも自分のタフさを自慢するような明るい雰囲気が一瞬で消えた。
「『殺生』とは穏やかじゃねーな。でも、アタシは『物理的』な『殺生』は得意だが、『社会的』なそれは得意じゃねーぞ……それをアタシに頼む……つまり、アタシに『殺しをやれ』と言いたいわけか……理由を聞こうか?アタシは遼南共和国で散々『殺生』をしてきたがそん時の理由の説明が曖昧だったのが今でもアタシを苦しめているんだ……アタシが気楽に『殺生』が出来る理由を言ってくれれば部下であるアタシに断る権利はねー」
そう言うランの口元にはとてもその見た目の幼さからは想像がつかないような残酷な笑みが浮かんでいた。
「まあな……軍事警察ってのは、どうしてもそういうことをする。嫌になるよ。得意不得意とか仕事は選べないんだ……とりあえず上からはそう言われてる。俺も動くが……場合によってはうちの出番になる。そう言う話……まあ、これじゃあ曖昧過ぎて理解できないって言うんだろ?じゃあちゃんとした理由を言うよ」
嵯峨は短くうなずき、部屋の気配を探るように視線だけを巡らせた。
ランは明らかにうんざりした顔をして肩をすくめる。
「ああ、この話に関心のある地球圏のどこかが仕掛けてそうな盗聴器の件だろ?たぶんある。前の大戦で対峙して、連中の優秀さは嫌ってほど知ってるから。……でも聞きたい奴は聞けばいいさ。そいつらにも、その情報をさらに利用する『ビッグブラザー』にも俺がわざわざ教えてやって、これから俺達が何をするのかの意味を教えてやらないと関心も持てない話だから。たぶんこの『殺生』は地球圏も『ビッグブラザー』も大歓迎だろうから。まあ、俺がこの『特殊な部隊』の隊長になった日からこの瞬間が来ることを知ってる唯一の存在である『ビッグブラザー』からのおこぼれを吸ってる遼州圏の諜報屋には関心ある話かもしれないがね。所詮、連中は『社会的』に人間扱いされてるだけの『有機物』だもん。俺みたいに『脳味噌』が入ってる『糞袋』の言葉なんざ、分からねえよ」
嵯峨は薄ら笑いを浮かべながらランに向けてそう言い放った。
「隊長のその言い草、人を見下しているようで嫌いだね」
ランは嵯峨のいかにも嵯峨らしい言い回しに苦笑した。嵯峨は肩をひとつ落として、熱の抜けた茶を一口含む。
「なあに、見下す見下されるなら、連中だって俺達の事を『特殊な部隊』って見下してるじゃん。ただそこで思考停止している人の『思い込み』のもたらす業ってやつをこいつが消えた瞬間にみんなが思い知ることになるのさ。コイツの『殺生』の際に色々俺達に興味を持ってくるだろう奴……『廃帝』の方は今回は静かだ。いまのところな。『ビッグブラザー』は俺がコイツをどう料理してその過程で何が起きるのか全部承知でガン無視だ。……当然だわな、東和共和国『だけ』の平和って目的とは俺がコイツをどうしようが関係ないから」
嵯峨は机上のスルメをまた一切れくわえた。
「この写真の下級士族の出身で何の得にもならないと言うのに意地でも『身分制が生み出す甲武国の伝統ある体制の美しさ』にこだわってるこの中佐を『社会的に抹殺』する中で、神前が『廃帝』対策のための『法術師』として『素質』を開花させる……それが俺の本当の目的。そしてこの宇宙の隅々まで『法術師』と言うこれまで存在しないとされていた存在があることを知らしめる。この中佐本人がどうなろうが、正直どうでもいい。『廃帝』と『ビッグブラザー』相手の戦いの『狼煙』くらいの意味しかないから……神前を『法術師』として覚醒させる必要性はお前さんも常々俺に言ってきてたじゃないの……その機会にこいつを殺すというタイミングに決めた。それだけの話。それならお前さんの『殺生』をする理由としては十分な理由になるんじゃないかな……どう?」
乾いた沈黙が降りる。
扇風機のブレードが、一定のリズムで空気を刻む。
「なあに、ぶっちゃけていうとこいつが『エリート』過ぎて……甲武の貴族至上主義過激派……『官派』を焚きつけて、海軍内部から『クーデター』の導火線を作ろうとしている。そういう話。ただ、この男……近藤貴久本人の思想なんざ、俺にとってはどうでもいい。使える位置に立った。だから使う。邪魔な位置に立った。だから消す。それだけ。むしろ、その前準備としてそれに対応して出てくる可能性のある俺達の情報を……特に神前の野郎の情報に、関心を持つ連中の中でも一番質の悪い奴が食いついたらしいという情報を掴んだ方が折れには気になる。馬鹿だよねえ……あんなのに食いつくなんて……他の『法術』の基礎を学んでるどの国の組織も食いつかなかった最低の情報に食いつくとはお先が知れてるよ。そんな馬鹿が自分の力を過信して暴れだす前にまずそいつが情報収集に利用したこの男に面倒だから消えてほしい。……遼州同盟の偉い人の多数決の結果、そう決めたんだ。でもちょうどいいじゃん。神前の機体もこいつをどうこうする前にはここに届く。『法術師』の何たるかを神前の『力』で全宇宙の人達にお知らせするいい機会だ……ここまで説明すればお前さんがコイツを消すのを断る理由はないよね?分かった?」
『大正ロマンの国』と東和の旅雑誌が持ち上げる大正時代そのままの風俗文化で知られる国、『甲武国』。
しかし、その足元では、貴族や士族出身の軍部・官僚を中核にした『官派』と、現政権を支える平民達の民意に押されている『民派』が、互いに相手の喉を狙っている。
「確かにな、隊長の流した神前の情報の『松・竹・梅』の『梅』に食いつく馬鹿は死んで当然だな。それにしても甲武海軍は『民派』の砦だろ?そこで仲間外れにされた挙句に『クーデター』か……『廃帝』のお気に入りの甲武陸軍の『官派』は動かねーのか?」
ランが写真を持ち上げる。
「今回は陸軍の『官派』は置き去り。俺のところに話がきた段階ではな。……が、コイツが動けば呼応するのは目に見えてる。……つまんねえ話だろ?もう少し経って覚悟が決まったら『海軍で我々『官派』は孤立しています!助けてください!』とか泣きつくかもしれないけど……俺も甲武の陸軍に軍籍があるから。甲武の陸軍の『官派』は俺を敵に回す怖さを知ってるからそんな泣き言を言って縋り付いても見殺しにされるだけ……哀れな奴だね」
嵯峨は大きく伸びをして、椅子の背をきしませる。
「耳障りな話で悪いな、『中佐殿』。『甲武国』は俺の育った国だ。俺一人で処理できりゃ文句はないよね。今は無き『遼南共和国』出身の『中佐殿』の手を煩わせるのも筋違いだとは俺も思うよ。……いずれこの男が事を起こしたら、この司法局実働部隊にも正式指示が出る。命令書の『書式』は知らないけど……志士を気どるこの男が実はその決起がただの俺がそう仕組んだ俺達『法術師』が世に出る為の『公開処刑』だなんて、たぶん死ぬ瞬間まで理解できないんじゃないかな?」
タバコをふかしなおし、通俗雑誌に再び手を伸ばす。
「……以上。お話は終了。ご拝聴ありがとう!自称『善人』の『人間以下の糞虫』さん!」
わざとらしく響く声量。だが視線は、終始グラビアに張り付いたままだった。
「隊長も好きだねー。そんなに盗み聞きしてる出来の悪い諜報屋を虐めて楽しーのか?」
ランは心底あきれた溜息を落とした。
部屋の隅の時計が、針を一つ進める。
扇風機の風が、机の端の弁護士バッジをかすかに回した。
嵯峨はそれを見て、何かを『確認した』みたいに小さくうなずいた。ランは嵯峨の横顔を見つめながら、目の前には居ない誠のことを考えていた。
『……ファーストミッション、か。走らせるのは足だけじゃない。思考も、選択も、責任も。最初に動くのは、いつだって『誰かの意志』だ……神前よ……アタシが鍛えた成果を見せる時が来たぜ……オメーが知りたがっていた『力』。ちゃんとどんなものなのか教えてその使い方をアタシが指導してやる……なあに、簡単なことなんだ……アタシ等遼州人ならばな……』
ランはとても見た目の8歳幼女には似つかわしくない悪い笑みを浮かべた。
グラウンドではまだ、誠とパーラが周回を刻んでいる。
照り返しの向こう、二人の影は薄く、しかし長く、伸びていた。




