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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第十三章 『特殊な部隊』を抜けられない

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第95話 責任の翌朝

 誠が逃げ出すことをやめて『特殊な部隊』に残ることを決めた翌日もランの狂気のトレーニングは止むことは無かった。


「やってるな!神前が自発的に走るようになったのはいー傾向だ!今日も神前は走ってる!その事実が大事なんだ!」

挿絵(By みてみん)

 竹刀の先が、誠の背中を指した。


「オメーには走る必要がある!だから走る!それ以外の必要性なんかアタシは認めねー!」


 いつもの理不尽な幼女の罵声が誠に浴びせられる。


 しかし、ここに残ることを決めた誠にはそれは罵声ではなく要するにランなりの励ましなのだと受け取るだけの余裕が生まれていた。


 昨日、自分は責任を背負うと決めた。


 それなのに、今日の自分は炎天下を走らされているだけで、心の底から不満を抱いている。


 その事実が、誠には何より情けなかった。


 暴論を展開する『ちっちゃくて偉大なる中佐殿』……クバルカ・ラン中佐は、いつものように彼女のちっちゃい身長に合わせて短くした竹刀を肩に乗せて広すぎる訓練グラウンドの端に立ち、夏の陽炎を愉快そうに目で追っていた。今日のランの鬼のトレーニングのターゲットも誠ただ一人であることだけは明らかだった。

 

 正午前の陽は高く、白く、容赦がない。真新しいトラックの白線が照り返し、熱で空がわずかに揺れて見える。


 今日も神前誠曹長の一日は、ランニングで始まる。


 機動部隊の詰め所で報告書を作成していると、機動部隊長席のランが竹刀片手に誠の動きを監視している。


 そして誠が席を立った瞬間、そのままグラウンド送りになる。

 

 ランの監視の対象外の完全にやる気が無いジャージ姿の隊員たちが、日よけ帽を片手に、遠巻きにその様子を眺める。実際に並走して汗を流すのは……この『特殊な部隊』で唯一『真人間枠』と噂される、パーラ・ラビロフ中尉くらいのものだった。

 

 他の隊員たちはというと、例によって、疾走する二人の遥か後方を……歩いている。まるで遠足の解散直前の列みたいに、ばらけて、ゆるく。


 このだらしなさは、もはや『特殊な部隊』の日常風景である。隊の体力強化を担当しているランにとってやる気の無い隊員達のダレた行動など関心の外の出来事に過ぎなかった。

挿絵(By みてみん)

「まじめだねえ……よくもまあ毎日毎日走りに走って……本当に好きなんだねえ……もしかしてマゾなのか?アタシはそういう虐められることに快感を見出すマゾをいじめるのがなにより好きでねえ……妹にはそんな素質があったからその才能を開花させてやった。確かに多少はた迷惑なまでに徹底的に開発し尽くされたマゾになったが、アタシにそのことを感謝して言葉が無いそうだ。オメエもそんなマゾになるか?そうすればうまく行けば『彼女いない歴=年齢の境遇』から抜け出せるかもしれねえぞ。世の中ドSで奴隷を欲しがってる女は意外といるけど積極的に虐められたい男が絶対的に不足しているからな。まあ、その時はご主人様がいるという境遇になるわけで、当然アタシがそのご主人様になるわけだが……」


 走る誠をあの銃撃戦の最中の時よりも残忍な目で見つめる西園寺かなめ中尉は、そもそもジャージに着替えすらしていない。射撃訓練以外はまるでやる気が無いのが売りのかなめは今日もまた誠が体力の限界に近づいて喘ぐ様をおもしろおかしい見世物でも見るように嗤いながら見つめていた。彼女が暇を持て余しているのは予算の都合でかなめの好きな射撃訓練をしようにも弾の予算が確保できないことがその理由だった。

 

 制服のシャツの袖を肘まで捲り、アイスキャンディーを咥え、木陰からのんびり眺めていた。氷の棒から溶けた甘い滴が、指先を光らせる。ランが居るので禁煙区画のグラウンドでタバコもくわえていないし、島田のように酒を飲んだりしていないのがそれが、かなめなりの『上司への配慮』の限界だった。


「あー、暑いなぁ。オメエあんだけランの姐御のしごきにあっても平気なマゾなんだろ?だったら『女王様』であるアタシに敬意を表して何かしてくれても良いんじゃねえのか……あ?」


 誠が折り返しで近づくタイミング、わざわざ聞こえる声量でぼやく。

 

 すれ違いざま、誠は息を切らせながら、嫌味をひとつ。


「西園寺さんは……サイボーグだから走らなくてよくていいですね。それとさっきから僕をマゾ扱いしてますけど僕はマゾじゃないです!西園寺さんの妹さんがどんな人かは知りませんがそんな誰もが自分の思う通りにマゾに開花するなんて勝手に決めつけないでください!迷惑なんです!」


 かなめは、まばたき一回ぶんの間を置いて、涼しい顔で返した。


「いや、オメエは自分では気づいていないだけで間違いなくマゾだ。アタシの『女王様』としての勘がそう言っている。これだけのマゾはあの妹をおもちゃにして完成されたマゾに仕立て上げる時に感じた時の感覚に似てるんだ。だからオメエは間違いなくマゾだ。それにアタシがサボってるって?何度も言ってるが体力消耗は生体パーツの寿命を縮めるんだよ。つまりアタシは動かない方が金がかからねえの。……それとも何か?神前がアタシの義体の予備パーツの金を出してくれるのか?アタシの腕一本でオメエの年収なんて軽く吹き飛ぶぞ」


 鈍感力、圧倒的。嫌味は逆効果だ。

 

「払えません……うちは普通の一般家庭なんで」


 誠は何かというと金の話で誠を追い詰めて来るかなめを上目遣いに見つめながらそう返すしかない自分が情けなかった。

 

「だったら黙って走れ!アタシの機嫌を損ねるようなことは言うな!部下として当然の配慮だ!アタシもオメエが疲労困憊して苦しむ様を見るのが最高の快感なんだ。そんな快感をアタシに与えられる幸福を感じながら走れるなんてマゾであるオメエには最高の幸せだろ?」


 かなめから理不尽のシャワーを浴びつつ、誠は前を向く。熱気で遠くの倉庫が歪む。


「貴様がマゾかどうかの話は別として、うちの草野球チームのエースになるんだ。体力は大事だろ?なら貴様は走ればいい。私から言えることはそれだけだ。私は走るつもりはないがな。こんな暑い季節に走るなど、どうかしている」


 第一小隊小隊長、誠とはもう10周遅れのゆっくりとした高齢者の足腰を維持するためのランニングペースで走っていたカウラ・ベルガー大尉が、ジャージ姿のまま仏頂面で的確な一言を誠に抜かれる瞬間にはなった。口調は乾いていても、横目に宿る『見ている』気配は確かだ。


「神前君!まだ走るの?神前君は午前中に20キロは走ってるんだからそんなに走ったらマラソンでもしてるみたいじゃないの!うちは何時から『陸上競技部』になったわけ?」

挿絵(By みてみん)

 背後で必死になって誠の後ろを走ってきていた青息吐息のパーラの声が背後から跳ねてくる。彼女は戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』……一般女性とは比べ物にならない体力を持つはずなのに、誠のペースにはやや眉を寄せ気味だ。

 

「僕、体力だけが取り柄なんで。大学の陸上部のハーフマラソンにも助っ人で呼ばれたことありましたし」


 そう言われて自分が今日走った距離を知った誠はまだ走れる自分に自信をもってそう答えた。

 

「……ああ、そうなの。……すごいわね……もしかして神前君て生まれる時に地球の陸上のオリンピック選手みたいに遺伝子操作でも受けたのかしら?」


 誠はパイロットとして三流以下……それが皆の共通認識だ。だが、かつて『都立の星』と呼ばれた左腕、野球で鍛えた身体能力は紛れもない本物だった。そして、ランにこの二週間の無茶に等しいランニングを強制されることで高校時代に鍛えた足腰が復活した誠にはこれくらいのランニングだけで仕事が済むのなら苦手な射撃訓練よりもよっぽど楽な仕事と言えた。

 

 そんないつまでたっても平気で同じペースで走り続ける誠を歩いている隊員達は不思議そうに見つめていた。


 体力は超一流と呼んでいいレベル。反射神経も人並み外れている。そして誠の何よりの売りの剣道場の跡取りとして仕込まれた護身術も、素手ではそれなりにやれる。


 ……なのに、どうして操縦だけはあれほど壊滅的なのか。周囲の七不思議の一つであった。

挿絵(By みてみん)

「そうだ!まずは体力!次に気配り!そして根性!それがあればあとはどうにでもなる!操縦技術?そんなもん知るか!経験を積めばどうにかなる!この『人類最強の魔法少女』であるアタシが言うんだから間違いねー!」


 竹刀を手にして誠だけがサボらないかどうかにらみつけていた指導教官のランは、8歳女児の外見で、体育会系の地獄の説法を高らかに宣言した。

 

 彼女の『新人教育』の矛先が誠に集中しているおかげで、他の隊員は見事にサボれている。だからランの誰がどう考えても無茶苦茶なランニングメニューの強制や誠にだけ浴びせられる罵声を誰も止めない。むしろ拍手を送る勢いだ。


「じゃあ、あと少し走りますんで……どうせ終業後30分休んだ後は筋トレをするんですよね?大丈夫です!頑張ります!」


 誠は釈然としないまま、駆け足に戻る。


 昨日、自分は責任の道を選んだはずだった。


 だがその責任が、まず炎天下のランニングと筋トレという形で来るとは思っていなかった。

 

『僕は本当にここに残ってよかったのかな……というか世の社会人の人ってこんな生活をしているの?中佐の言う通りのことを普通の人がしたら僕以外は死ぬような……ああ、だから世間で『過労死』が問題になるんだ……』

 

 内心ぼやきながら、腕を振る。汗が目に入り、塩辛い。


「神前!良い走りだな!まだまだ行けるぞ!そうだ!今日も筋トレをしっかりやる!死ぬまで走れ!あのギリシャでマラソンを最初にやった人間も走り終わったら死んでるぞ!仕事が終われば死んで当然!それが社会人だ!」


 ランは満面の笑み。褒め言葉が、なぜか『追加命令』のニュアンスで飛んでくる。

 

「いや、普通に考えてパイロットの訓練ってこういうもんじゃないよな?こんなに走るのって……こんなに筋トレをさせて……この『魔法少女』は僕をどうしたいんだ?」

 

 誠の疑問は、夏空へ散った。


 誠には未だに理解できなかった。


 なぜ誰も、この状況を『おかしい』と言わないのか。


 そして同時に、それを『おかしい』と思っているのが、自分だけになり始めていることも。

挿絵(By みてみん)

「じゃあパーラ。アタシは隊長に呼ばれてっから。神前がサボろうとしたらどつけ。いや、殴っても蹴ってもいいぞ!」


 8歳女児にしか見えない幼女の口から出る単語に、パーラは青ざめる。

 

「私は嫌ですよ!パワハラなんて!それに終業まで神前君を走らせた後4時間筋トレをさせるんですか?本当に神前君が死んじゃいますよ!」

 

 水色の髪をかき上げ、ひきつり笑い。パーラは『ラスト・バタリオン』である以前に、きちんとした『現代の社会人』でもあった。グラウンドは今日も平和で、不穏だ。


  



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