序章1 僕たちの星は地球人に征服された――母が語った終わりの日
『小さなころ、母はよく僕に話してくれた』
『400年くらい前のあの日、僕たちの世界は終わった時があったのだと』
『その日、空から地球人と名乗る宇宙人が宇宙船に乗って突然やってきたという』
『でも、僕たちの星を訪れた地球人たちもまた、正常な世界から来たわけではなかった』
『彼らの故郷である地球は、すでに長い時間をかけて壊れ始めていた』
『彼らは僕たちの世界を初めて見た時どう思ったのだろうかと母に尋ねたが、そんな記録はどこにも残っていないと母は笑って言った』
『焼き畑農業しかしていなかったその頃の僕たちはその舞い降りた宇宙船から見たことも無い『銃』と言う武器を手に次々と降りて来る彼等を黙ってみていることしかできなかったという』
『僕たちはその先祖からの教えにより鉄すら作らなかったので、彼らの武力の前に何もできずに彼等の言うことにすべて従うことしかできなかったという』
『僕たち遼州人はなぜ地球人が『銃』を手に僕たちに向かって来るのか理由が分からなかったらしい』
『その頃の僕たち遼州人には『敵』と言う言葉の意味も分からなかったし、『戦う』ということが理解できなかったからだと母は笑った』
『そして母は僕たちも『銃』で撃たれるのは痛いので、僕たち遼州人は従順に、やって来た地球人たちの言うままに彼らの言うように働いたと語った』
『幼い僕から言わせれば奴隷に近い労働を強いられる僕たち遼州人はかわいそうな人達だと思っていた』
『その地球人のわずか数年の支配の間に僕たち遼州人は言葉も、文化も失いただの奴隷に落ちぶれていったと母は語った』
『そして母が言うにはそんな僕たちのあり様に疑問を持ったのは意外にもその支配する側の地球人達の方だったらしい』
『僕たち遼州人に立ち上がるように訴えた地球を裏切った彼等は言ったという』
『地球人のこの星に来た狙いは、僕たちの星はあまりにありふれた存在である『金』の為だと』
『彼等は続けて地球人からすれば想像を絶する規模の、金鉱山がこの星には有り、そしてその労働力として自分たち遼州人を必要としているのだと』
『僕たちの境遇に僕たちには無い怒りの念に駆られた彼らに率いられて僕たちは彼等の自殺に付き合うような好きでもない独立戦争を始めたという』
『戦うことに意味が見いだせない僕たち遼州人は武器と呼べるモノは石斧と青銅の槍と地球を裏切った元地球人たちの持っていた貧弱な武器しかないので勝てるわけが無いと地球に反旗を翻した地球人達に言い訳した』
『地球を裏切った彼らはこれは無駄な戦いなどはなく地球の支配階層への反抗そのものに意味があるのだと僕たち遼州人を説得して僕たち遼州人を地球からの独立戦争に駆り立てた』
『要するに彼等は地球を支配する支配者たちへの復讐の自殺行為の道連れに僕たちを選んだだけに過ぎなかったのだと母は語った』
『だが、元地球人たちが地球を支配する人間達に対する自殺覚悟の独立戦争は意外な形で幕を閉じた』
『石斧と青銅の槍で戦う僕たちと、自分たちを捨てた地球の政府支配層への怨念で戦う元地球人たちの戦いは、そもそもあり得ない形で遼州人の勝利に終わった』
『母に幼い僕でさえわかるあり得ない勝利の理由を何度尋ねてもその問いに母はただ笑って何も言わなかった』
『もう少し大きくなって小学校の歴史の教科書にも確かに『遼州は地球圏の支配から独立した』と書いてあった』
『そこにはその勝利の理由を『徹底的なゲリラ戦と地球人の多くの協力者の奮闘により独立した』と言う一文だけが躍っていた』
『高校の歴史の教科書には決起した場所や進軍した進路を示す矢印と大きな戦いの起きた場所の名前が記されていた』
『しかし、どう考えても勝ち目のない戦いがなぜ遼州人の勝利に終わったのかを僕に理解させてくれる人にも書物にも出会うことはなく僕は大人になった』
『そして、僕は軍人になった。なりたくもない形で』
『そこでの教育課程で戦争というものを理解していくほど、元地球人からもたらされる旧式のゲリラ戦の技術だけで、なぜどう考えても勝ち目のない独立戦争に勝てたのかの疑問は深まるばかりだった』
『そんな時、『あの人達が戦ったからだ』と語る母の笑顔が頭をよぎった』
『母がまるで自分が見てきたように語る地球人がやってきてから僕たちが自由になるまでの日々の理由は、あのときの僕にはわからなかった』
『だが今は、はっきりとわかる。そもそも地球人にはいくら技術の差があろうが遼州人を支配することなど不可能なのだと』
『むしろ、そのことに逆上した遼州人達が独立戦争を扇動した元地球人達の言う通り地球のあらゆる国家や組織を破滅に導かなかったことは甘すぎるという言葉も今の僕には理解できる』
『僕自身が『力』に目覚めてしまった今となっては……あの時そのまま地球を滅ぼしてしまえば今の仕事の半分はしなくていいことばかりだったように感じている』
『そもそも地球人はこの星と出会うべきでは無かった』
『地球人は、自分たちが誇る科学技術が通用する宇宙人だけをそのお得意の『民族浄化』で絶滅させてその頂点に立てばよかったのかもしれない。でもその科学技術は遼州人には通用しない』
『ただ、僕は地球人達がこれから歩むであろう破滅への道のりに自分が加担する責任感に押しつぶされそうになるのをなんとか耐えているのが今の日常だ……』
『まあ、それ以前に周りの僕を狙う地球人の血を引く女子達の要求に応えることを拒否するだけで精いっぱいの日常だけど』
『そんな僕の今の日常をこの話を最初にした時の母は予見していたのだろうか?』
『今となっては地球圏が滅亡することよりもそちらの方が心配な日常が続いている……』
遼州同盟司法局実働部隊機動部隊第一小隊三番機担当 神前 誠
21世紀末に『相対性理論』の矛盾が指摘されてから長い年月が経とうとしていた。
地球人類の移動速度は新たに開発された移動手段『亜空間跳躍』により光速の壁を越え、その活動圏は広く外宇宙へと広がっていった。
しかし、それはただ地球だけに押し込められていた『地獄』が地球から宇宙に広がったというだけの事実が再確認されたというだけのことに過ぎなかった。
異星系への移民。
そんな夢のような話は相対性理論の崩壊と光の速度を超えた移動手段『亜空間跳躍』の獲得と同時に地球人類に強制的に訪れることになった。
当時の地球にはかつての中世暗黒時代を思わせる固定された身分制度が『自由と民主主義』の名で正当化される世界になっていた。
AI技術の開発により21世紀中盤にはまずホワイトカラーがAIの出現後数十年も経たない間に絶滅した。そして、フィジカルAIの活用によりそれに遅れること20年ほどでブルーカラーも絶滅し、『労働者階級』と呼ばれる存在そのものが絶滅した。
『その記述を読んだ時、僕は最初、意味が分からなかった』
『今の地球は働かなくていい世界ではなく、働くことすら許されない世界だと軍の地球に関する歴史資料は述べている』
『それが地球人が本当に望んだことなのかは僕にはわからなかったが、地球はこの国とはまるで違う考えで動いている世界なのだと言うことだけは理解できた』
また、AI技術の進歩により経営陣や大手企業の利益を実現するために存在する政治家そのものが判断そのものすらAIが行う時代においては不要の長物と化した。彼らも『労働者階級』の絶滅の後を追うようにして絶滅した。
資本主義は、『市場の無限の拡大』を前提にしていた。
だが、その限界はすでに見え始めていた。
その隙間に入り込んだのが、地球人類100億人のうち、わずか五千家族に過ぎない特権資産家階級だった。
彼らは経済を通じて政治を握り、ネットを通じて倫理を支配した。
彼ら『超富裕層』と呼ばれた人々は富と権力を独占する存在として地球国家の頂点に君臨し、新たな富の収奪手段とそれに不満を持ち始めた市民に偽りの希望を与えることを思いつくに至った。
彼らは『自由と民主主義こそが絶対的正義である』と唱え続けた。
だが、22世紀初頭の地球世界に生まれたのは、飢餓と貧困が蔓延する分断された悪夢の牢獄だった。
それは『資本の王』たちが支配する、完成された資本主義社会だった。
AIの進歩により投資や所有する企業経営判断に割く時間がすべて政治活動に使えることと、『政治』を直接行い彼等の理想とする『自由競争』により効率的に富の収奪が行えるようになることを理解して職業政治家を地上から放逐した。
そんな富のすべてを握る支配階級にとっては自分の富の恩恵を受けてそれなしには生きていけない大衆の支持を背景に、自分を批判するメディアを財力で支配し、それに従わないフリージャーナリストや学者を『国家の敵』の一言を発することで彼らがその追い詰められ餓死寸前の自分に縋ることでしか生きることが許されない『市民』達の怒りを喚起できることを利用して社会から追放することに成功した。
『福祉は社会に余裕がある時にやればいい最高の贅沢』というある日本の政治家の言葉に従うように医療制度は富を独占する者とそれに忠誠を誓うものの独占特権と化した。年金制度も『その恩恵を受けるに値する人間がそもそもわが国には居ない』という理由で廃止され、『超富裕層』の『超富裕層』による『超富裕層』のための政治が実現した。
そのAIが驚異的な発展を遂げた21世紀は『絶望の世紀』と呼ばれた。その絶望の原因はAIの進歩だけが原因では無かった。2030年代の中東での核戦争をきっかけに『核戦争』による敵対国家の国民を根絶やしにする『民族浄化』が戦争というものの主流となった。
それ以前にそれまで『市民』が賃金を得ることで支えてきた『民間市場』が消滅したこの時代にあっては『官需』こそが経済の支配者たちの生活を支える原資であり、その最たるものは『軍需』であり、彼らは絶え間ない戦争と、時に敵対『超富裕層』から富を収奪するための『民族浄化』を伴う『核戦争』さえも地球の支配者たちが『市民』から『強い指導者』として絶対的権力を握るための当然の手段として認識されることになった。
戦争はその勝利よりも後の統治行動にコストがかかるものだというのが常識である。
それならば、戦争により敵国民を絶滅させてしまえば統治コストも存在せず、放射能対策装備をした兵士でその国の資源を全面的に手に入れれば何一つコストがかからないということに核を持つ多くの21世紀の核保有国は気づいた。
結果、戦争はより多くの敵国民を効果的に絶滅させるための有効な核弾頭搬送手段としての核ミサイルの高性能化とそれを確実に目標に到達させる航空戦力こそが国防の鍵であるとして他の兵器は衰退していった。
一方で、戦争を引き起こす理由も変質していった。自分を称える人間に多額のインセンティブを与える制度を導入して多くの実際には存在しない国家の忠実な代弁者であるインフルエンサーが多く現れ、データセンターのコンピュータルームの清掃やフィジカルAIの修繕業務などの『ロボットの補助的業務』ではとても賄えない食費を確保するために過激な発言を繰り返しすべての経済の独占者が運営するコンテンツからの収入を得て糊口をしのぐようになっていった。
『富』と『権力』を独占する『超富裕層』に完全に支配されたネットと労働市場と同じく、メディアや芸術もAIのタレントと俳優と評論家が自らの権威を絶対化することだけを目的として彼らの思惑通りに踊る有権者の権威への絶対服従を願う地球人の本能の目覚めとともに民主主義と言う脆い均衡が自壊した。国家間の国際法の支配が崩壊した世界で『強い指導者』であり、『絶対的富の支配者』であること自体が一切の富を持たない『市民』には従うべき『絶対者』として刷り込まれた。
彼等は地球人が農耕化する際に身に着けた集団帰属意識を絶対とするもののみが生き延びるという人類の進化のシステムを利用して『民族間の憎悪の為ならば滅びを選ぶ』という指導者の登場を待ち望んだ『市民』の支持を得た東アジア国家群の思惑に極東に領土的野心を持つアメリカ、ロシア、インドにまず利用された。
日本での反中国的世論によって生み出された指導者たちの言動は日本の宗主国ともいえるアメリカにある野望を達成するヒントを与えた。日本の指導者を煽り、扇動することで日本は再び無謀とも思える対中戦争を開始した。両国の市民はこれが『漁夫の利』を狙うアメリカ・ロシア・インドが仕組んだ罠だと言うことには誰一人として気付かなかった。憎悪に燃える中国もこれに対抗して中国は日本への核戦争に踏み切った。それを理由にアメリカは中国本土に核戦争を仕掛け、東アジアの9割の人口は蒸発した。これこそがアメリカの『効率的な戦争により最大の敵と経済的競争相手を絶滅させてその富をすべて奪い取る』という『超富裕層』の支配構造の模範的行動とそれに関わらなかった地球のすべての国家指導者は認識した。
さらに中国の弱体化で中国を利用可能だが絶対的な敵対国家と見なしているロシアとインドはアメリカに東アジアの分割統治を提案した。
二度目の三国による東アジア地域への核攻撃によりアメリカ・ロシア・インドの三国は無抵抗のまま東アジア地域を東アジア地域を分割統治するようになった。
東アジアでのアメリカ・ロシア・インドのやり方を参考としてキリスト教原理主義が台頭しつつあったヨーロッパは極東の二の舞を舞うまいとネオナチ扇動家への監視を強めつつ域内や北アフリカや中東の独裁国家への絶滅戦争を開始した。
特に、急激に国力を傾注して核装備を充実させたイタリアは『ローマの復活』を掲げてスペインや北アフリカ諸国に容赦のない核攻撃によって住民を絶滅させることでこの地域を完全に勢力下に収め、まさに『新たなるローマ帝国』はその版図を広げつつあった。
中東では増え続ける国民の入植地拡大のためにイスラエルが近隣諸国へのアメリカの支援の下、積極的な核攻撃により隣国に核戦争で居住民を絶滅させることで入植地を拡大した。また増え続ける中央アフリカの最貧国からの移民に苦悩した南アフリカは再核軍備を宣言し、これらの移民の供給源である中央アフリカ地域の人間を根絶やしにする為の絶滅戦争としての何度とない核戦争が起こった。
結果、21世紀から22世紀初頭までに、核の炎に焼かれることで人類は50億もの命を失い、多くの国が地図から消えた。
こうして21世紀半ばには民主主義の倫理的な意味での自壊は、国家の富を独占したもの同士の潰しあいにより生まれた、より強大で国家の枠を超えた絶対権力を志向する『超富裕層』の富の独占を行うためならばいかなる手段をも選ばないという立て続けの核戦争による混乱の中で進行した。
『ここまで僕が軍の地球圏での21世紀から遼州圏侵略にまで至る年表を見た時、最初に感じたのは怒りではなかった』
『ただ、気味が悪かった』
『人間が人間を絶滅させることを、これほど淡々と制度にできるのかと思った』
『そして地球人の血を引く人間がほとんど住んでいない今の自分の暮らす国に生まれて僕は本当に幸せなんだと思った』
『地球人はどう考えてもおかしい……近づきたくない……それが僕の正直な感想のすべてだった』




