「黒い穴」伝説
昔々、今から3000年前くらいのこと。ある村があった。その村の人たちは、獣を狩ることが得意だった。狩った獣の肉は大事に食べた。余った肉も、干し肉にして保存しておく技術を持っていた。こうして彼らは、たとえ狩りが上手くいかない日であっても、豊かに過ごすことができた。
しかし、その豊かさは誰かの恨みを買うこともある。その豊かさを奪おうとする村が現れたのだ。ある者は村から干し肉を盗み、またある者は狩りをしている村人を殺して肉を奪い去った。たくさんの人が集まって村へと争いをしかけることもあり、血が流れる日々が続いた。
生きるための肉を求めて、たくさんの村人が死んだ。これに嘆き悲しんだ村の長老は、祈りの儀式を始めた。神様神様、どうか村を守ってください、と。来る日も来る日も、その祈りは続いた。
するとある日、不思議なことが起きた。村の近くに大きな黒い穴が現れたのだ。夜の闇よりずっと暗い、真っ黒な穴だった。ある人が石をその穴に投げてみたところ、何の音もしなかった。覗いてみても、ずっと闇が広がっているだけだった。誤ってその穴に落ちた者がいたというが、帰って来ることは無かった。
村の長老は、これを神様からの贈り物だと村全体に伝えた。そして提案する、この穴に敵を呼び寄せて落としてしまえばよいと。
さっそく村人たちは黒い穴を使った作戦を立てた。まず敵が襲ってくる。こちらが劣勢になったら、穴に向かって一目散に逃げる。そして穴にかけておいた橋を渡り、敵軍が来た瞬間に橋ごと落としてしまえばよいのだ。もしうろたえて逃げた敵がいたとしても、隠れている村人が討ち取ればよい。
この作戦は大成功だった。負け戦になったとしてもこの作戦で幾度も勝利を挙げることができた。この穴は大層崇められ、いつしか「黒い穴」と呼ばれるようになった。そして周囲の村からは、「逃げる軍を追った兵士たちが立ち所に姿を消す」と恐れられ、いつしか「ウーハ国」と呼ばれるようになった。
しかし、この国も長くは続かなかった……。
「はい、今日はここまで。また明日続きを話そう」
他の子どもたちは教科書とペンを持って、次の教室へと向かった。しかし、ネオはその場から離れることができなかった。「黒い穴」という言葉が頭から離れない。人を消してしまう底なし穴があまりにも不気味で、しかしそれが故に惹き付けられるものを感じていた。幼い語彙では表すことができない、奇妙な感情に心を鷲掴みにされていた。
「どうしたんだい、授業は終わったぞ」
教師の言葉にハッとして、ネオは慌てて次の教室への準備をした。しかし、何度もペンや教科書を落としてしまい、もたついた。教師の訝しげな目を無視して、ネオはなんとか次の教室へと向かった。




