2ー1 洞窟じゃなくて……
「【空間探知】」
周囲を探索し、これからどこへ向かうべきか思案しようとした優人は、驚愕し、思わず後ずさった。
「なんだよこれ……魔物だらけじゃないか……!」
しかもこの洞窟自体、階層を作るかのように形成されており、まるで地下に埋まった遺跡のようだった。
階段や扉のようなものもいくつか確認でき、優人は困惑した。
「地下都市……?いや、建物は無さそうだな……。街にしてはかなり中途半端だ」
優人は思い出す。
明日迷宮に向かうというジェラルドの言葉を。
「まさかこれが迷宮……」
本物の迷宮に行ったことがないため定かではないが、探知で得た情報を踏まえると、迷宮と考えるのが妥当だろう。
となるとここからの行動は二通りある。
奥に向かって進み、レベルアップするか、それとも地上に上がって身の安全を優先するか。
優人にとっては考えるまでもない。
「前者だな。自分だけ身の安全優先してたら蓮斗に顔向けできない」
洞窟は暗く、視覚はほとんど頼りにならない。
だが、【空間探知】はその不便を完全に解消していた。
優人はスキルを頼りに、慎重に道を進み始めた。
「今は夜。確か、階層の最奥にいるボスを倒して、ボスの部屋で休めば安全に休めるとジェラルドが言っていたはず」
そう呟く優人のスキル範囲に2体の魔物が映る。
「スキルはやめた方がいいな……」
戦闘で魔力を使ってしまい、【空間探知】を維持できなくなれば詰む。
魔力節約のため優人は熾星終晶刀を引き抜いた。
……犬っぽい見た目……この見た目の魔物はいくつかいるから絞れないな。
「まあ、斬れば分かるか」
刀を斜めに構え、敵を待ち受ける。
岩を蹴る音が大きくなり、優人は深呼吸をして集中力を高めた。
……今だ!!
僅かに刃を持ち上げ、直後に振り下ろす。
刃は魔力を帯びて加速し、敵の首を一撃で断ち切った。
降り注ぐ血の雨。
それを全身に被りながら大きく踏み込み、さらに斬り上げた。
「……当たらないか」
優人は数歩下がって呼吸を整える。
心臓が強く脈打っていた。
刀を構え直した優人は短く息を吐き出し、前に踏み込む。
「い゛っ……!」
その時、足首に鋭い痛みが走った。
弾かれたように視線を向ける。
足首に、首だけの狼が噛み付いていた。
「まだ生きて……!」
正面にいた狼が飛びかかる。
その爪の攻撃を背を逸らして躱し、崩れた姿勢のまま追撃を警戒して横に一閃。
狼が下がったのを見て、急いで足に噛みついている首に刃を突き刺した。
しかし尚も食らいつく首。
優人は執拗に切り刻んでどうにか首を足から離した。
しばらくすると首はビクリと大きく跳ね、そのまま動かなくなった。
レベルアップの通知を聞いて、ようやく優人は警戒を解いた。
「イモータルウルフだったか?急所がないとかいう面白い狼」
多分、ヘッドショットが存在しないようなもんだろう。
視線が残ったイモータルウルフに固定された。
邪魔が入らないのなら負けることはない。
「来いよ」
怪我した左足に負担がかかりすぎないよう、重心を右に寄せ、腰を落として優人は居合の構えを見せた。
しばらく距離を保ったまま睨み合う両者。
しかし静寂ののち、イモータルウルフが痺れをきらす。
「ガウッ!!」
跳躍により、距離は一瞬で縮まる。
優人は冷静に彼我の距離を測った。
頭を一瞬で噛み切るかのように開かれた大きな顎から鋭い牙がのぞく。
「終わりだ」
鯉口を切る。
その勢いのまま全身で振るわれた刀は、容易に肉を切り裂いた。
頭を斬り裂かれたイモータルウルフは尚も鋭い爪を伸ばす。
しかし攻撃が届くことはなく、その心臓に無情な刃が突き立てられた。
「確かめておきたいんだ」
心臓を貫いて地面に刺さった刀はイモータルウルフの体を地に縫い付けた。
「さて、お前は傷が仇となって死ぬか?それとも失血では死なないか?悪いが観察させてもらう」
そう言って優人は冷たい視線を突きつけた。
***
その後しばらく待ったが、イモータルウルフが失血で死ぬことはなく、優人はトドメを刺して奥へと進んだ。
「またお前か……」
断崖絶壁の危険地帯を抜けた先に、またしてもイモータルウルフが待ち構えているのを見つけ、優人はうんざりとした表情を浮かべた。
どうしても刀では倒すのに時間がかかるため、体力の消耗が激しい。
かといってスキルを使えば楽なのかというと、そうでもない。
一撃で死なないため、【空間転移】を使った不意打ちも意味がないのだ。
「いや……まだこの狼としか出会ってない。もしかするとこの階層がイモータルウルフだけの階層っていう可能性もあるのか……?」
となるとボスもイモータルウルフの可能性が高い。
ボスと言われるくらいだから、他よりレベルが高かったりするんだろう。
そんな想定をして、優人は冷や汗が流れるのを感じた。
「体力が持つか……?」
回復薬は傷を治せても体力は戻せない。
普通の個体でも手間取るのに、これ以上体力が多い個体は削り切れるかどうか分からない。
失血死しないため、傷を負わせて逃げ回るようなこともできない。
優人はマジックバックに手を入れ、回復薬を探した。
残る回復薬は4本。
「薬で魔力は回復する……。ここからはスキルを使うべきかもな」
空間探知ではこの先に大きな扉がある。
おそらくこの扉の奥にボスがいるんだろう。
扉までにいる狼は7体。
優人はステータスを確認した。
「原獣種の900……ほぼ1000か。そろそろあれが通用するか……?」
【空間探知】で見つけた敵に向かって、優人は詠唱する。
「【空間固定】」
その途端、それまでしっかりとした足取りで歩いていたイモータルウルフが、まるで金縛りにあったかのようにぴたりと止まった。
「っ……いけるな!」
優人は岩陰から出て、その動かない身体に向けて慎重に刀を突き出した。
その瞬間、狼の体躯がブルリと震え、喉から低い唸り声が漏れた。
しかしそれ以上動くことは叶わない。
「【空間固定】は格下を固定できるらしいけど……このくらいのレベル差でギリギリ止めれるみたいだな」
イモータルウルフのレベルは平均で原獣種の600レベル程度と言っていたはず。
このレベル差でギリギリではなかなか使えそうにないが、今回のような無駄に防御力が高い的には本領を発揮できるだろう。
それに、これは応用が効く。
「魔物自体を固定してるわけじゃないな。魔物の周りの空気を固定してるみたいだな」
熟練度が高まれば口周りだけ解除して尋問とかもできそうだ。
他には、空気の固形化とかもできそうだ。
さっさと拘束中の敵を殺して安全を確保し、優人は瞼を閉じて集中した。
やり方は【空間固定】と同じだ。
空気を固定し、鋭く磨くんだ。
大きさはいらない。
細く、鋭く。
「【固形大気】」
魔力が剣の形を作り、優人の周りに浮かぶ。
本物の剣のサイズ。
空気でできているため、目視不能。
ゆったりとした動きには迫力があり、纏うだけで勝てそうなほどの力強さが感じられた。
しかし優人はそれを崩す。
「違う。そうじゃない」
剣が溶けるようにして崩れ、魔力の残滓を残して消える。
剣は不要なものが多すぎる。
持ち手なんかいらない。
長さも不要。
必要なのは瞬間火力と数。
それを両立する兵器を僕は知っている。
「【弾丸】」
魔力が鋭い弾丸を象るのを感じた。
優人はさらに形を削り、形を整えていく。
その間にも数は増え、瞼を上げる頃には二十近くの弾丸が、暴力的な殺意を纏って優人の周囲を浮遊していた。
その瞬間、優人は目眩を感じた。
睡魔と疲労により意識が途切れそうになり、咄嗟に頬を殴って意識を繋ぎ止める。
その勢いで身体が岩壁に衝突し、鈍い痛みが全身に走った。
「まだだ……急げ。今寝たら食い殺される……!」
すでにボス部屋の扉は探知の範囲内にある。
残る魔物は6体。
急げ。
殺せ。
「【固形大気】……【弾丸】」
一瞬脳が軋み、優人は思わず頭を抑えてうずくまった。
しかし術式は止めない。
……止めるな。撃て!!こんな痛みで逃げるな!!
手を伸ばす。
角を曲がった先の敵影に気付き、弾丸の行く先を指定する。
「行けっ!!」
一斉に飛び立つ弾丸。
それは刹那のうちに魔物の体躯に突き刺さり、あっという間に命を奪った。
「そうだ。これでいい」
再び魔力をかき集め、不可視の弾丸を構築する。
途中で一度回復薬を仰ぎ、さらに多くの魔力を溜めた。
そして再び発射。
一斉に飛び立つ弾丸。
しかし今回、その攻撃が止むことはない。
……作れ……!撃つたびに弾を作るんだ。攻撃の手を緩めるな!
全神経が指先に集まる。
目は血走り、腕の血管も大きく浮き上がる。
一歩、前に足を踏み出す。
脳に、細い針が刺さったかのような鋭い痛みが走った。
小さな呻き声をあげて、片目を強く瞑った。
しかしすんでのところで、手で頭を抑えることは堪えた。
膨大な魔力の奔流を掌で制御している今、その姿勢が崩れたら弾丸の制御がどうなるか分からない。
そのままもう一歩踏み出す。
さらに強い痛みが走り、鼻血がつうと垂れた。
優人はそれすら堪えて、己を叱咤する。
「止まるな……!走れ!立ち止まって使えるほど敵は、甘くない……!それが出来ないなら……いっそ死ね!!」
爪が肌に食い込む。
その痛みが、脳の軋みを忘れさせてくれる気がした。
一歩、また一歩と足を進める。
次第に速度は上がり、弾丸を放つたびに脳がその痛みに慣れ、痛みが和らいだ気がした。
弾丸の豪雨が止むことはない。
降り注ぐ殺意の雨は、残っていた6匹の魔物をあっという間に駆逐した。
優人は口元の血を拭い、回復薬を飲み干す。
脳の痛みがスッと消え、同時に枯渇した魔力が漲る感覚があった。
視線を上げる。
目の前には扉がある。
黒縁で、高さは10メートル近くに及んでいるような巨大な扉。
装飾はなく、金属製の無骨な表面は力強さと共に、恐怖の象徴として優人の心臓を鷲掴みにした。
扉を越えればボスがいる。
後に引き返すことはできない。
もはや疲労は限界を超えており、それでも刀を握りしめる優人を止めようと必死に抗う。
バチン、という痛々しい音が洞窟の空気を揺らした。
「っう───!」
頬に強い痛みが走る。
唇が切れて、ほんのわずかに血が流れる。
しかしその代わりに、優人の意識は再び鋭く研ぎ澄まされた。
長くは持たない力尽くでの意識の継続。
己の命がどれほど危うい橋の上にあるかを理解している。
それでもなお、休むことはできない。
少なくとも、ボスを倒すまでは。
親友に恩を返せなかった自分に、死んで詫びることなど許されない。
「始めるよ、蓮斗。どうか無様な戦いを眺めてくれ」
優人は扉に手をかけた。




