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鬼門 

「さて、ここまでで何か質問はないかね?」木場先生は顎に手をやりながら私達を見回す。


 いえ、分からないことだらけで何を質問していいのか分からないわ。


 聞きたいことは山とある。


 何故、何処かの秘密組織に所属している木場先生が私達の学校にいるのか?


 何故、そんな大それた陰謀の阻止に、この学校の相撲部が選ばれたのか? 普通、世界を裏で守っている木場先生の組織の人達がなんとかするもので、一介の学生に背負わせてよいものではないはずだ。


 すると、木場先生は私の心の声が聞えたのか、人差し指をこめかみに当てながら頭の中に直接話しかけて来た。


『これは本当は隠しておきたかったのだが、現状、この世界は数多の危機に晒されているのだよ。私の組織も慢性的に人手不足でね、地方都市の危機まで手が回らないんだ。だから、この街を救うために私が派遣されてきたのだ』


 私は背筋がぞくりとした。それってつまり、世界はいつ滅んでもおかしくないってことなのかしら?


『二つ目の疑問。何故、一介の高校生である相撲部の子供達にこんな過酷な運命を背負わせることになったのか。これは単に苦肉の策でしかない。私が戦えれば良かったのだが、女性の身では土俵に上がることは叶わない。故に、戦力の現地調達に相撲部の子供達を選ばずを得なかったのだ』


 本当に何処かで見たような少年漫画の王道展開だな、と思った。それなら、もっと力のあるプロの力士を各部屋から派遣してもらう方法もあるのではないか、と普通に思った。


『耳が痛い話だが……角界の相撲部屋はもちろん、大学生相撲部、他にも色々なアマチュアの力士達。既に彼等は君達同様に国譲りの儀に参加していて、私達の街まで戦力を回している余裕がないのだよ』


 あ、そうなのか。ちょっと考えてみれば分かる話だった。国譲りの儀が全国各地で行われているのであれば、他の街だって脅威に晒されていると考えるのが普通だった。


 何故、自分の街だけが特別なんだと私は思ってしまったんだろうか?


 となると、やっぱり全国で国譲りの儀は現在進行形で行われていているのね。その内、『東京』という都市では国譲りの儀に敗北して存在そのものを悪神に奪われてしまったということなのか。


 私は思わず身震いした。かつては私達も『東京』という都市を認識していたはずなのに、穢れとの相撲勝負に敗北して存在ごと全てを奪われてしまった途端、記憶が無くなってしまうだなんて。今頃、東京に住んでいた人達はどのような状況にあるのか、考えるだけで背筋が冷たくなった。


「他に質問も無いようだから、仕事の説明に入るとしようか」


「穢れどもと相撲をとって勝てばよいんじゃろ? 実に簡単なお仕事じゃ」


 待ちかねたように、雷電丸は顔を綻ばせながらウキウキと言う。


「その通り。詳細はこうだ。週に一度、日曜日の大禍時に行われる国譲りの儀に参加し、勝利してもらうことが大まかな内容だ。これは前述したが、負けても世界が滅びるのではなく、この街が悪神の支配下に置かれてしまうことになる。しかし、それはきっと、死よりも苦痛を伴う地獄を味わうことになるだろう」


「死ぬより辛いって、どういうことだし?」静川さんは眉をしかめながら恐る恐る木場先生に問い掛ける。


「悪神は好んで人間を喰らう存在だ。つまり、悪神に支配された土地の人間は……皆まで言わなくても分かるね?」


 要は悪神や穢れとかの食料にされちゃうってことね。だから、生贄って表現を木場先生はしたんだ。


 私と静川さんは怯えた様に顔を青ざめさせた。


『でも、一回でも負けたらダメなの?』


「一度の黒星では敗北にはならない。本場所である大祓までに合計して勝ち越せば良いのだ。今日、沼野君と高天君が二連敗しても、最後に勝ち越せばいいんだ」


『そうなの。私、てっきり一度でも負けたら終わりかと思っちゃったわ』


「安心は出来んよ。負け越して大祓を迎えると、この街は悪神に奪われてしまうからの」


 雷電丸は呆れたような口調で、私に小声で話しかけて来る。


『あ、そうだった!? 意外とシビアな条件かもしれないわね』


「一勝でも勝ち越せれば問題はない。しかし、高天君にはもっと上を目指してもらいたいと思っている」


 すると、木場先生の言葉を聞いていた沼野先輩が狼狽したような表情を浮かべた。眼がカッと見開き、方がわなわなと震えているのが見えた。


「木場先生、まさか、高天を大祓に出すおつもりですか⁉ 流石にそれは無謀です!」


「東京が失われた現在、我々は圧倒的に戦力が不足しているのが現状だ。もしかしたら、今年の大祓は人類が敗北するやもしれんのだよ。戦力の確保は急務だとは思わんかね?」


「しかし!」沼野先輩は怒り、というよりは苛立ち不満げな表情を浮かべながら木場先生を睨んだ。


「彼女が結果を出せばいいんだろう? 安心したまえ、沼野君。きっと高天君は我々の想像以上の戦果を上げてくれるだろうと、私は確信しているよ」


「木場先生がそこまでおっしゃるならば、オレからは何も言うことはありません」沼野先輩は苛立ちに両拳を握り締め、自分の足元に目線を落とす。


 一瞬、沼野先輩は雷電丸を睨みつけたが、すぐにそっぽをむいて準備運動を始めた。


 沼野先輩ってば、何をそんなに苛ついているのかしら?


 その苛立ちの矛先が、実は雷電丸の身を案じてのことだということを、私は後に知ることになる。


「ところで、アザミ、お主はやらんのか?」


「私が? 馬鹿なことを言うな。土俵は女人禁制だろう?」


「でも、双葉っちも女の子だよ? それはいいの?」


「その疑問は最もだ。でもね、そこは大丈夫。何故なら、高天君は特別だから問題がないのだよ」


「特別? そっか、なら大丈夫だし!」と、静川さんは納得した様に笑顔を浮かべた。


『……何が大丈夫なのかしら?』と能天気に笑う静川さんのことが羨ましく感じた。


「本来ならば、私が出張れれば何の問題もなかったのだがね。百聞は一見に如かずだ」


 すると、木場先生は鬼門の前まで歩いて行く。


 鬼門は開かれた状態で、中は暗闇に包まれている。


 木場先生ってば、何をするつもりなのかしら?


「見たまえ。これが理由だよ」そう言って、木場先生は右手を鬼門の中に差し入れた。


 グシャアアアアアアア! 突然、肉と骨が引き裂かれ砕ける音が響き渡った。 


 突然、門が鬼の顔に変貌すると、木場先生の右腕を噛み千切ったのだ。


 木場先生の右腕は肘から上が綺麗に無くなり、そこから鮮血が噴水のように噴き出していた。たちまち周囲は血に塗れた。


「こういう理由で、女性は鬼門を通ることが出来ないのだ。通れば一瞬で鬼門の餌食になってしまうからね」木場先生はにこやかに微笑みながら、無くなった右手を私達に見せて来た。


「ぎゃあああああああああ!?」と、静川さんは絶叫した後、口から泡を吹いて背中から後ろに倒れた。


 間一髪、雷電丸が静川さんを抱きとめるが、彼女は完全に目を剥いて意識を失っていた。まあ、あんな衝撃的な光景を見せられたのだ。本来なら、私だって絶叫して意識を失っていただろう。それが出来ないのは、現在、私の身体を雷電丸が支配していたからだ。


『うぎゃあああああああ!!! 手が、木場先生の手があああああ!!?』もちろん、私も精神世界で絶叫した。


「というわけで、静川君は絶対に鬼門に近づかないように。あれ? 静川君、何故寝ているのかね?」


「木場先生!? 早く傷を治療してください!」沼野先輩は狼狽、というよりは泣きそうな顔で木場先生に駆け寄った。


「うん? ああ、そうか、これを見て気絶したのか。失敬。よく考えたら、滅茶苦茶痛いな」


 木場先生は自分の傷痕を見ながら、他人事の様に笑って見せた。


「おいおい!? それは流石の儂もドン引きじゃぞ⁉ 大丈夫なのか⁉」流石の雷電丸も顔を歪ませてドン引きしていた。一応、彼にも常識はあったのね、とちょっと安心してしまったのは内緒だ。


「ああ、大丈夫。私の力の一端を見せておこうと思ってね。これはわざとやったんだよ」


 そう言うと、木場先生は残った左手を傷口にかざした。


「ヒール」と木場先生が呟くと、たちまち柑子色の暖かい光りが左手から放出される。


 柑子色の光に包まれた右腕は、ほぼ一瞬で右腕を元の状態に再生させた。


 あまりの出来事を前に、私達は驚くことすら忘れて呆然と奇跡の光景に見入っていた。


「ほう、アザミ、お主はそんなことまで出来るのか?」


「ただの治癒魔法(ヒール)だよ。これで私が魔法使いだという話を信じてくれたかね?」と木場先生は悪戯な笑みを浮かべた。


『治癒魔法!? そんなものが実在するだなんて!?』


「というわけで、手足が千切れようとも、死にさえしなければ私が責任をもって治癒してあげよう。もし相撲に負けた時は大急ぎで逃げ帰ってきたまえよ」


 相撲をして手足が引き千切られる状況って、ちょっと想像したくないわ。どんだけ激しい取り組みになるっていうの?


「問題はない。何故なら、ワシが負けることは天地がひっくり返っても有り得ぬからの!」ガハハハハ! と豪快に笑って見せる。


「では、覚悟が出来たら門を通ってもらおうか。武運を祈っているよ」


「覚悟なんぞとっくに出来ているわい。さあ、戦じゃ戦じゃ。穢れなんぞ、儂が全て祓ってやるわい!」


 そう言って、雷電丸は鬼門に向かって歩き始めた。


 私は鬼門を見て、正直恐怖で身体が震えた。


 さっきの木場先生の惨状を目の当たりにして、怖がるなというのが無理な話なのだろう。


 何だか流されちゃったけれども、私は一応女の子なのよ? なら、あの鬼門とやらは完璧に私に反応するじゃない!?


『本当に鬼門を通っても大丈夫なの!? 私も一応、女の子なのよ。やっぱり食べられちゃうんじゃないの!?』


 すると、木場先生の声が頭に響いて来る。また念話で私に話しかけてきたようだ。


『鬼門を通るのに必要な証は肉体ではなく、魂だよ。今、双葉君の肉体を支配しているのは正真正銘猛き(おのこ)なのだろう?』


 ああ、やっぱり木場先生は雷電丸の正体に気付いているのね? そりゃそうか。念話で私の魂に直接話しかけられるのに、もう一つの魂の存在に気付かないわけがないのだ。


『木場先生、もうとっくに気付いていらっしゃると思いますので、帰ったら改めて雷電丸をご紹介しますね』


『彼の名は雷電丸というのか。ならば、彼の話を聞けるのを楽しみに待っているよ』


『でも、雷電丸については私達の秘密にしておいてください。お願いしますね』


『理由は分からないが、君がそう望むのなら約束しよう。だから、二人とも、絶対に無事に帰ってくるんだよ』


 私は、はい、と言って鬼門に振り返る。


 まあ、雷電丸がいるし、何とかなるわよね。


 私が息を呑み込み覚悟を決めた瞬間、雷電丸は鬼門の中に入って行った。


 鬼門の口は閉じられなかった。私達は受け入れられたのだ。


 助かった! やりましたよ、木場先生! と私が振り返ると、木場先生は何故かホッと安堵の息を吐いた後、こう呟いているのが聞えた。


「ホッ、何とかなったか」と言いながら多量に噴き出す額の汗を腕で拭っていたのだった。


 それってどういう意味!? 木場先生、もしかして私達が無事に鬼門を通り抜けられる確証はなかったんですか⁉ と私は心の中で絶叫するのだった。

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