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魔導ギルドのエージェント

 私達が相撲部の部室に向かうと、人懐っこい笑顔が手を振って来る。


「おーい、双葉っち。待ってたし!」


 静川さんは笑顔で寄って来ると、二の腕に手を回してくる。


「さ、お仕事に行こ? 何が起こるかドキドキするし」


 街の命運がかかった大仕事を前に、静川さんは物怖じするどころか楽し気だった。


 多分、昨日の話を全く理解していないか、木場先生の冗談とでも受け取っているんでしょうね。


 でも、今は静川さんの笑顔が救いになったような気がした。おかげで私の緊張は多少はマシになったみたいだ。


「のぞみよ、覚悟はよいかの?」


「うん! それじゃ、おじゃましまーす、ですし!」


 静川さんは雷電丸の腕にしがみつきながら部室のドアを片手で開けた。


 部室内には木場先生と沼野先輩の姿が見えた。木場先生はいつもの白衣姿だったが、沼野先輩は既にまわしをつけていた。長い黒髪が垂れて背中と肩にかかっている。髷はまだ結わないのかな? と少し気になった。


「ほう、感心感心。遅刻せずに来たか」木場先生は煙草をくゆらせながら笑顔を浮かべる。


 木場先生は腕時計を確認すると、私達を見回しながら言葉を続けた。


「時刻は十五時ちょうど。仕事の時間までまだ少々ある。まずは静川君。君に仕事のレクチャーをしておこうか」


「はい! あたし、頑張りますんで、何でも言ってください!」


「まず、君の主な仕事は沼野君と高天君の身の回りの世話になる。と言ってもただの雑用に一億円も支払う程、私もお人好しではない」


 真剣な眼差しで木場先生は説明を続ける。


 静川さんは緊張した面持ちで木場先生の説明に耳を傾けていた。


「君は確か料理が得意だと言っていたね? 一つ目に君に任せたいのは部活後のちゃんこ作りだよ」


「ちゃんこ鍋を作ればいいの?」


「のぞみよ、ちゃんこというのは、力士の食事を言うんじゃ。鍋でもいいが、とにかく精がつく料理なら何でもよいんじゃよ」


「ならOKだし! ついでに多めに作ってお家の御夕飯にもするし!」


「材料は部室隣にある厨房の冷蔵庫にいくらでもある。遠慮せずご家族の分も作って持ち帰っても構わんよ」


「わーい! それなら張り切って作るし!」


「その他にも色々と雑用を頼むことになるのだが、これから最も重要な仕事を教えよう」


 ごくり、と静川さんは唾を飲み込む。その表情は少し強張っていて、やはり彼女も緊張しているのだな、と思った。


「静川君。君には沼野君と高天君の髷を結って貰いたい」


「髷を? 双葉っちを、お相撲さんの髪型にすればいいの?」


「ただ髷を結えばいいのではない。君には魂を込めて髷を結ってもらいたいんだ。これから二人は命を賭した戦いに赴くのだ。勝利と無事を祈って、君の真心を二人に込めてもらいたい。出来るかね?」


「は、はい! あたし、頑張ります!」


「しばらくは私が二人の髷を結う。君は頑張って一刻も早くやり方を覚えてもらいたい」そう言って木場先生は沼野先輩を手招きする。


 沼野先輩は木場先生の手招きに素直に応じると、ドカッと地面に座り込んだ。


 すると、木場アザミは手慣れた手つきで沼野先輩の髷を結い始める。


「静川君、よく見ているんだ。全ての工程に魂を込めたまえ。君の想いが強ければ強い程、不思議な力が宿ることだろう」


「一生懸命やればいいってことですか?」


「それに付け加えて、頑張れ! と心の中で応援しながらやれば完璧だよ」優し気に微笑む。「さあ、出来た」


 髷が結い終わると沼野先輩は立ち上がった。


 沼野先輩の全身から、神々しいオーラが立ち昇っていて後光が差しているように見えた。


 私が感嘆の声を洩らすと、続くように静川さんも声を洩らした。


『私にも分かる。髷を結った途端、沼野先輩から神々しいオーラが立ち昇るのを感じるわ』


「さあ、次は高天君だ。こちらに来たまえ」


 木場先生が雷電丸に手招きをすると、静川さんが突然声を上げる。


「待って下さいし! 双葉っちのはあたしにやらせてください!」


「いや、君にはまだ早いと思うが……」


 木場先生が眉根を寄せて唸ると、雷電丸が木場先生に声をかけた。


「木場先生、ワシは構いません。いや、むしろのぞみにお願いしたい。友の想いを背負った方が、儂も力が出るからの」


 木場アザミは、分かった、と言って微笑すると、静かに頷いて見せた。


 静川さんは雷電丸を見つめながら破顔すると、頬を染めながらガッツポーズをして見せた。


「双葉っち、ありがとう! あたし、頑張るし!」


 ━━十分後。

 

 見よう見まねで、木場先生に指導を受けながら、静川さんは雷電丸の髷を結い終えた。


 完成度は惨憺たるもの。辛うじて髷に見えなくもない状態だった。


「うーん、流石にこれは、私がやり直した方がいいかな?」困った様に眉をひそめる。


 雷電丸は手鏡で自分の髷の状態を確認していた。


 私が見ても髪はボロボロで、髷と言うよりは乱雑に髪が束ねられているように見えた。


 髷の完成度を前に、静川さんはしょんぼりと俯いていて相当落ち込んだ様子だった。


「下手糞でごめんね、双葉っち。今、木場先生にやり直してもらうから」


「いいや、これでよい。中々男前になったではないか。ありがとうよ、のぞみ!」


 雷電丸は静川さんの頭を撫でながら豪快に笑って見せた。


「ありがとう、双葉っち! 次はもっと上手にやれるように、あたし頑張るからね!」


 えへへ、と静川さんは上目遣いで雷電丸を見上げながら嬉しそうにはにかんだ。


「さて、それでは、今度は高天君の番だな。仕事の詳細を教えよう。それと準備も」


「穢れどもと相撲をとればいいんじゃろ? じゃが、準備とはなんじゃ?」


「まさか、制服姿で土俵に上がるわけにもいかんだろう?」


『もしかして……まわしをつけろとは言わないわよね?』


「もちろん、まわしをつけてもらおうか」にやり、とほくそ笑む。


『嫌ああぁぁぁぁ!!? それだけは勘弁してください! ほぼ裸になっちゃうじゃない⁉』


「儂はかまわんが?」


『私が、かまうのよ!!!』私は大口を開けながら、シャアアア! と雷電丸を威嚇するように叫んだ。


「安心したまえよ。流石に乙女の柔肌を曝け出せとは言わん。ほら、これを着用しなさい」そう言って、下に置いてあった黒い鞄から何かを取り出す。


 木場先生は鞄の中から白いものを取り出した。一瞬、白いワンピースかと思った。


『それは何? ボディスーツの様だけれども?』


 それは何かの紋様が施された白色のボディスーツだった。


「これは、私の組織で開発された魔法のボディスーツだ。魔法耐性や呪詛耐性にも優れ、ありとあらゆる呪いから君を守ってくれるだろう。まわしはこの上からつけたまえ」


「面倒じゃのう。ワシは素肌にまわしだけでよいのじゃが?」


『雷電丸!? もしそんなことをしたら、一生許さないからね⁉」


「仕方ないのう。なら、着替えるとするか」そう言って雷電丸は制服を脱ぎ始める。


 うぎゃあああああ⁉ 雷電丸、あんた、何しくさってるんですか⁉


 私は声にもならない絶叫を発した。


 沼野錦は慌てて後ろを振り返り、静川さんは何故か頬を染めながらこちらを凝視してくる。静川さんの目が血走っているのは何故? と思ったが、今はそれどころではない。早く雷電丸を止めないと、私は瞬く間に全裸を皆に披露してしまうことになるだろう。


『雷電丸! 着替えは更衣室でする! 早く、行って!!!』


 私が鬼の形相で抗議すると、雷電丸は面倒くさそうに顔をしかめた。


「分かった。そんなに怒るでない。面倒な奴じゃのう」


 雷電丸はブツブツ呟きながら、更衣室に向かって歩き出した。


 ━━数分後。

 

 雷電丸は与えられた白のボディスーツを着て皆の前に現れた。


 身体のラインがハッキリと分かり、少し艶めかしい雰囲気を醸し出している。


 まるで何かのアニメキャラのコスプレ衣装にしか見えないけれども、これは本当に着ても大丈夫なやつだろうか、と私は不安になった。あまりにも恥ずかし過ぎて顔から湯気が出そうになっていた。


『流石にこれはボディラインがハッキリと見えすぎじゃないかしら?』


「ならば脱ぐかの?」雷電丸は、ニシシ、と悪戯小僧のような笑みを浮かべて目を細めた。


『それだけは断固として拒否します! 仕方ない。これで妥協しますか……』


 ここは妥協するしかないわね。もし拒否しようものなら、きっと雷電丸は全裸になってまわしをつけることだろう。


「似合っているじゃないか。では、お次はこちらだ。特別仕様のまわしだよ」


 木場先生はそう言って、黒色のまわしを雷電丸に見せる。


「儂は関取でもないのに、黒を纏っても良いのかの?」


 一般的に、十両以下の力士が身に着けるまわしの色は白色と定められている。黒色のまわしは関取以上の力士しか使えないのだ。


「君以外に誰が黒を纏えると言うのかね? それに、この黒色のまわしは伊達ではない。色々な魔術を施していて、きっと君を守ってくれるだろう」


 木場先生はそう言いながら手慣れた手つきで雷電丸にまわしを締め始める。


 まわしを締め終わると、突然、雷電丸の全身から先程の沼野先輩によく似た神々しいオーラが立ち昇った。一つ違うのは、その放出量だ。部室内を眩い光りで覆い尽くす程のオーラが放たれていた。

 

 沼野先輩は驚きに目を見開いていた。そして、雷電丸を睨みつけると歯噛みする。握った両拳が震えていた。まるで悔しさに打ち震えているようだった。


「準備は整ったな」そう言って木場先生は部室の窓に目を向ける。


 外は沈みかけの夕陽が辺りを禍々しい赤色に焼き焦がし、静かに酉の刻を告げていた。


「時刻もちょうど大禍時(おおまがとき)だ。それでは、行くとするか」


『仕事の説明がまだよ?』私は思わず木場先生に問い掛ける。


「説明は現地でするとしよう」そう言って木場先生は部室内にある土俵まで近寄ると膝をつく。


 そして、木場先生は土俵に手を押し当てると、静かに「開門」と呟いた。


 その瞬間、土俵が眩い光りに包まれると、ゴゴゴゴゴと唸り声を上げながら二つに割れた。


 見ると、割れた土俵には下に降りる階段が見えた。


 私と静川さんが唖然としていると、木場先生は腰に手を当てながら私達に振り返った。


「さあ、行こう」


 木場先生は指で合図をすると、先に階段を降りて行く。


 その後に悠然と沼野先輩が続いて階段を降りて行った。


「ねえ、双葉っち。もしかしてあたし達、とんでもないことに巻き込まれちゃってたりするのかな?」


 静川さんは少し不安げに唾を呑み込んだ。


「お相撲に負けたら街が滅んじゃうとかって話、もしかしてガチだったりする?」


 静川さんは心配そうに雷電丸の顔を覗き込んで来る。どうやらようやく状況を理解し始めたらしい。


「安心せよ、のぞみ。儂は絶対に負けん。じゃから、お前も、この街も大丈夫じゃよ」


「いや、そうじゃなくて。双葉っちが心配なの!」


 静川さんはぷう、と怒ったように頬を膨らませた。


 私は呆気にとられる。まさか自分のことより雷電丸の心配をしてくれただなんて。


 だが、嬉しい気持ちになると同時に、私は胸に痛みを感じた。


 そこに私は含まれていないんだろうな、と思ってしまったからだ。


「ありがとうよ、のぞみ。お前のその気持ち、しかと受け取った。おかげで百人力、いや、百万人力の力を得たも同然じゃ!」


 ガハハハハ! と雷電丸は豪快に笑って見せた。


 静川さんは嬉しそうに口元を緩めると、雷電丸の二の腕に腕を回してくる。


「さ、あたし達も行こうだし!」


 そうして、私達も地下に続く階段を降りて行った。


 階段を降りると、そこは大広間だった。奥には祭壇があり、その中央には門があった。


 周囲はまるで鍾乳洞の様な空間が広がっていた。何か禍々しい空気が漂っているような気がする。


 木場先生は私達に振り返ると、腰に手を置きながら嬉しそうに言った。


「ようこそ、地獄へ。正確にはその一歩手前の煉獄と呼ばれる場所だがね」


「相撲部の地下にこんな所があっただなんて、めっちゃ驚きだし」


『木場先生、この場所は何なんですか?』


 私は正直、何に驚いていいか分からなくなっていた。


「現世と幽世を結ぶ中継地点だよ。あの祭壇にある門━━鬼門というのだが、そこを通り抜けると、妖の世界に行くことが出来るのだ」


『妖? まさか、穢れって妖怪のこと!?』


「厳密に言うと穢れと妖は似て非なる存在だ。その辺のところは深く考えないでも大丈夫だよ」


「木場先生……いや、ここはアザミと呼ばせてもらおう。そろそろ色々と話してもらってもいい頃合いではないかの?」


「ふむ。確かにそうだな。こちらの正体を明かさないのに、命をかけろと言っても説得力がないからね。ならば、仕事の説明の前に私の正体を明かしておこうか」


 遂に木場先生の正体が明かされる時が来たのね。


 私は息を呑んで木場先生の言葉を待つ。


 木場先生はビシッと片手を垂直に上げると、白衣を翻しながら言葉を続けた。


「千鶴高校の噂の美人保健師は仮の姿。その正体は魔導ギルド所属オリハルコン級(S級)魔導捜査官(エージェント)の木場アザミだったのだ」そう言い放つと、木場先生は腰に両手を置きながら誇らしげに胸を張って見せる。


 私はポカンと、目を丸めながら木場先生を凝視する。


 雷電丸も顔をしかめながら首を傾げていた。どうやら彼も木場先生の告白内容を微塵も理解していないみたいだった。


 魔導ギルド? エージェント? 何処の漫画やアニメの設定ですかね? と私は唖然となった。


 私達が反応に困って黙りこくっていると、木場先生は不思議そうに目を丸めて首を傾げた。


「おりょ? リアクションが薄いね? 普通ここは、なんだって!? とかって驚くところでは?」


 沼野先輩は呆れた様に片手で顔を覆うと、嘆息しながら木場先生に声をかけた。


「木場先生。一般人に魔導ギルドの名を出しても分かるわけがないでしょう。秘密組織なんですから」


「ああ、そうだった。これはうっかりだ」テヘペロする。「要は秘密裏に世界を守っている組織のエージェントだと思ってくれてかまわないよ」


 すると、木場先生はこめかみに人差し指を当てながら、私に念話で話しかけて来る。


『こうやって念話で双葉君と話せるのも、私が魔法使いだからだよ。納得出来たかね?』


 納得するもなにも、何一つ理解出来なかったとは口に出せなかった。


 でも、これだけは理解していた。


 これから起こる出来事は、きっと今まで以上に非現実的な経験になるだろうと。

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