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四股

 歓迎会を終えて、私達は朝を迎えた。


 遂にこの日が来てしまったのね。


 雷電丸は目覚めると一目散に食卓に向かい、いつものように山の様に用意された朝食を爆食いし始める。

 

「お母さん、今日は部活でちくと遅くなりますので、ごっちゃんです」


「そう言えば、双葉、お前、何の部活に入ったんだ?」お父さんは新聞から顔を持ち上げるとそう訊ねて来る。


「はい、相撲部です、ごっちゃんです」


「相撲部!? お前、まさか力士になるつもりじゃ……」お父さんはアワアワと動揺した様子で新聞を広げたまま立ち上がる。


「馬鹿ね、お父さん。女の子は土俵に上がれないのよ。もしかしてこの間来た友達と一緒にマネージャーでもするの?」お母さんは洗い物をしながらお父さんに笑いかけた。


「はい、実は相撲部の女将をやらせてもらってます」


「女将……? ああ、何だ、ビックリした。やっぱりマネージャーか。そうだよな、そんなわけないよな」お父さんは安堵した笑いを上げながらゆっくりと椅子に座る。


 婿とかの話をしたら、きっとお父さんは卒倒しちゃうわよね。あのことは絶対に秘密にしないと。


 そして、今日行われるのは部活などではない。この街の命運をかけた命のやり取りをしに行くのだ。


 私は昨日行われた歓迎会を思い返していた。


 歓迎会の終盤に、木場先生は私達にこう言っていた。


「詳しい説明は、明日の日曜日、仕事の時にさせてもらおうか」


『そんな、いきなりですか!?』


「穢れ祓いは週に一度、日曜日に執り行うことになっている。というわけで、二人とも、明日は午後の三時に部室まで来るように。一つ言っておくが、遅刻は厳禁だからね」


「遅刻したらどうなるし?」


「ここの料金を全額請求をさせてもらうだし、静川君。ちなみに、君だけで三十万円だ。高天君に関しては……計算するだけでおっかないな」


 その時、私と静川さんは顔を真っ青にすると、絶対に遅刻しないことを固く心に誓った。



 ごっちゃんです! と雷電丸は食事を終えると席を立った。


『考えても始まらないわ。雷電丸、行きましょう』


「クックック、久し振りの穢れ祓いじゃ。心が昂るのう」


 すると、雷電丸はお父さんとお母さんに振り返ると、深々と頭を垂れた。


「お父さん、お母さん、行って参ります。きっと無事に帰って来ますので待っていてくだされ、ごっちゃんです!」


「ははは、何を大袈裟な。まるで戦争にでも行くみたいな言い方だな」


 お父さんはそれを冗談にとったのか、可笑しそうに肩を震わせていた。


 すると、お母さんは何かを感じたのか真剣な眼差しを送って来ながら私に近づいて来る。


「寄り道せずちゃんと帰って来るのよ。今日もご馳走を用意して待っているからね。はい、これはお弁当よ」重箱弁当の入った包みを手渡してくる。


 お母さんはそう言うと、私の身体を抱き寄せ頭を撫でて来る。


 いつもの私なら、もう子供じゃないのよ、と言ってその手を払いのけていただろう。


 でも、今だけはお母さんの優しさと温もりに甘えていたかった。


「それでは行って参ります」


 雷電丸は名残惜しそうに二人を見つめると、改めて深々と頭を頭を垂れた。


 そして、私達は戦いに赴くために家を出た。


 もしかしたら二度と帰って来れないかもしれない。


 思わずそんなことを口にしてしまいそうになったが、私はその言葉を必死に飲み込んだ。


『ところで、約束の時間までまだ大分あるけれども、これからどうするつもりなの?』


 時刻は朝の8時。日曜とあってか、人の姿はまだまばらだ。


「実は行きたい場所がある。そこで精神統一をやっておきたいと思ってな」


 何処に行くんだろう?


 雷電丸が向かった先は近所の小高い丘の上にあるくたびれた神社。百段近い階段の先に崩れかけた社があり、既に廃墟と化していた。


『雷電丸、こんな廃墟になった神社で精神統一なんて出来るの?』


「儂は穢れ祓いをする前は、必ずここで精神統一をしていたんじゃ。あ、前世での話じゃよ」


 雷電丸の前世? そういえば、あまり彼の前世の話を聞いたことがなかったことに気付く。


 昔はただ自分は大昔の横綱で、魂だけ転生してきた、と説明を受けていた。


 そもそも何故、そんな伝説の大横綱の魂が私の身体に転生して来たんだろうか。


 雷電丸の正体をほとんど知らなかったことに気付き、私は愕然となった。


 どうして今まで何も疑問に思わなかったんだろう?


 私は思い切って雷電丸の前世の話を聞いてみようと思った。


 しかし、私は話しかけるのをためらわれた。


 見ると、既に雷電丸は四股を踏み始め精神を集中し始めていた。


 彼の頭に雀が乗るも、それを意に介せず四股を踏み続ける。全身から蒸気のようなオーラが立ち昇っていた。


 雷電丸の邪魔をしてはいけない。そう思い、私は口を閉じた。


 話ならいつでも聞ける。今回のお仕事が終わったら、雷電丸のことを詳しく聞いてみよう。


 結局、雷電丸はお昼を過ぎてもずっと四股を踏み続けていた。


 その日、朝から昼過ぎまで小さな地震が断続的に発生したと騒ぎになっていたが、それが雷電丸の四股によるものかは分からなかった。


 

 精神統一を終えた後、雷電丸は一分とかからずお母さんが持たせてくれたお弁当を平らげた。


 食欲を満たした雷電丸は、いざ鎌倉へ! と吠える様に声を張り上げると、相撲部の部室に向かった。


 その道中、雷電丸は私に話しかけてくる。


「双葉よ、一つだけ言っておきたいことがある」


『何よ、改まっちゃって。それで何?』


「大好きじゃよ、双葉。これからもずっと、ずっと一緒にいような」


 雷電丸の突然の告白に、私は噴き出しそうになる。雷電丸の顔は笑っているが、表情は真剣そのものだった。


 もしかして、私、雷電丸から愛の告白を受けちゃってるわけ?


『ちょっと待ってよ、それは愛の告白? 悪いけれども、貴方は恋愛対象にはなりえませんからね』


「分かっておる。それは儂とてそうじゃ。言うなれば姉妹愛みたいなものかの?」


『姉妹? 雷電丸、貴方が? どっちかって言うと貴方はお兄ちゃんでしょう』


 すると、一瞬だけ雷電丸は驚いた表情を浮かべると、何かを考え込むように唸った。


「そうじゃの。それもありじゃ。双葉よ、これからは儂のことは兄上とか、お兄様とか、お兄ちゃんと呼ぶがいいぞ?」


『あ、それも間に合ってます。雷電丸は雷電丸ですからね。もう、変な事言わないでよ』


 どうしたんだろうか? 雷電丸ってば、いつもと様子がおかしいような?


「ガハハハハ! さて、それでは穢れ祓いに行くかの。久し振りの命のやり取りじゃ。ワクワクが止まらんわい」


 雷電丸は嬉しそうに嗤うと、再び、ガハハハハ! と豪快に笑うのだった。


 私は、その時の雷電丸の真意を計りかねていた。


 今のは他愛のない冗談だろうと軽く受け流してしまった。


 しかし、後に彼の言葉の真意を知った時、私は死ぬまで後悔することになる。


 一つ言えるのは、雷電丸は誰よりも優しく強い人間だったということだ。

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