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代償 其の二

 それから私達はしばらくの間、食事を楽しんでいた。


 雷電丸はどんぶり飯を片手に、次々と霜降り肉をご飯と共に口の中にかき込んでいた。


 一方の静川さんは、霜降り肉を一枚ずつ口の中に運んでは瞳をキラキラと輝かせ、恍惚な笑みを浮かべていた。


「超美味いし! 死ぬほど美味しいし! 家族のお土産にタッパーに詰めていくし!」


「静川君。当店が誇るステーキ用肉のリブロースを、ちゃんとお土産にご家族分用意しているから、心配せずに食べたまえ」


「まじ!? わーい、やっただし! ところで、リブロースってなに?」


「めっちゃ高級な牛肉のことだし、静川君」


 何やら静川さんはすぐに木場先生と打ち解けてしまっていた。誰とでもすぐに仲良くなれる適応力の強さが私には羨ましく感じられた。


 木場先生はあまりお肉は食べずにもっぱら飲む方に集中しているようだ。既に彼女の前には五本もの空になったワインボトルが転がっていた。それでも全然酔った様子は見受けられず、六本目のワインのお代わりを近くにいたイケメン店員さんにお願いしていた。


 その隣でただ黙々と焼いたお肉を食べている沼野先輩の姿が目に入って来る。何故か彼は不機嫌そうな様子だった。まるで誰かに苛ついている様な空気が漂っていた。


「高天君も堪能しているかね?」


「牛は牛鍋しか食ったことがなかったが、焼いた牛も美味いのう! 口に入れた瞬間に溶けて無くなるようじゃわい」美味し! と雷電丸の表情は歓喜に満ち溢れていた。


『私は見ているだけで、もうお腹いっぱいよ……何だか胃がもたれてきたみたいだわ』


「百人前と言わず、二百人前でも食べたまえよ。何せ、これから頑張って働いてもらうのだからね。これくらいはお安いものさ」


 働くってどういうこと? 私は木場先生の言葉に違和感を覚えた。


『お仕事、ですって? それは何?』


 突然、卓を叩く音が響き渡る。


 私達が一斉に音の方角に振り向くと、そこには沼野先輩が苛立ちの表情を露わにしながら立ち上がっている姿が見えた。


「木場先生!? まさか、この二人も《《神事》》に参加させるおつもりですか⁉」


「無論、そのつもりだが?」


「高天はともかく、そっちの女に何が出来るっていうんですか⁉」


 沼野先輩はそう言って、私と静川さんを睨みつけて来た。


「沼野先輩、怖いし」


 静川さんはすぐに私の後ろに隠れると、ボソッとそう呟いた。


「高天君には沼野君同様『穢れ祓い』を頼もうと思っている。静川君はサポートに回ってもらうつもりだ」


「高天に『穢れ祓い』を……正気ですか、木場先生!?」沼野先輩は狼狽した表情を浮かべると身体をわなわなと震わせた。


「正気? 君には私が狂っている様に見えるのかね?」


「当然です! そもそも、女があの門をくぐったらどうなるか、身をもって証明されたはずでは!?」


『沼野先輩は何をそんなに狼狽えているの?』


「そこは心配はないよ。何故なら、彼女は『特別』だからだ」


 すると、沼野先輩は一瞬顔を強張らせると、吐きかけた言葉を呑み込み深く嘆息した。


「なら、自分から申し上げることは何もありません!」


 沼野先輩は私を、正確には雷電丸を睨みつけると、すぐに視線を戻して席に着いた。


『沼野先輩は、何をそんなに怒っているの?』


 怒っているというよりは苛立っているように見えた。今、雷電丸を睨みつけた時の彼の表情はどちらかと言えば悔しさに塗れているようだった。


 しかし、そんな状況でも雷電丸はお構いなしに焼肉に舌鼓を打っていた。


『雷電丸! あんたってひとは……食べてばかりいないで、少しは会話に参加しなさいよ!』


「案ずるな、双葉よ。だいたい理解したからの」


『理解したって……何が?』


「この焼肉の代償が、じゃよ。双葉よ、覚えておけ。タダより高いものはない、とな」更に焼肉を頬張る。


『嫌な予感しかしないわ』ごくり、と私は唾を呑み込んだ。


「さて、それでは本題に入ろうか。食べながら聞いてもらいたい。特に高天君」


 木場先生に声をかけられ、ようやく雷電丸は箸を置いた。口の中に詰め込むだけご飯と肉をもしゃもしゃと咀嚼しながら彼女を真剣な眼差しで見つめた。


「実は、私は見所のある部員には、とあるアルバイトを依頼しているのだよ。この歓迎会は、その為の接待と思ってくれて構わない」ワイングラスをあおる。「酒が入らないと、口には出せないこともあるのでね」


 アルバイト? ああ、だから働いてもらうって言っていたのね? まあ、色々と欲しいものがあるから、アルバイトはこちらとしても望むところだけれども……?


 私は何か釈然としないものを感じ取った。嫌な予感しかしなかった。


「アルバイト? 時給次第でOKだし、木場先生」静川さんは顔をキラキラと輝かせながら言う。


「時給ではなく、一年間の契約金を支払おう」


「契約金? それっておいくらだし?」


 木場先生は不敵にほくそ笑むと、指を一本上げて見せた。


「十万円!?」


「まさか。ゼロが三つ足りんよ」


「ひゃ、百万円も!?」


『違うわ。一億よ、静川さん……!』


「一億? それって凄いのかの?」


『サラリーマンの生涯年収の半分くらいよ。凄いなんてものじゃないわ!』


 ふーん、と、雷電丸は興味なさげに唸るだけだった。


 ちょっと待って。ただの女子高校生に一億円も支払うって、どんなお仕事なの⁉


「あたしやります! でも、何をすればいいの?」


「静川君にはサポートを頼みたい。沼野君と高天君のお手伝い要員だと思ってくれて構わないよ」


「あんまし難しいことは出来ないけど、簡単なお手伝いなら大丈夫だし。あたし、頑張る!」


「それで、高天君にお願いしたいのは……」


「よいぞ。ワシもやろう。その、あるばいと、とやらをな」


 雷電丸が即答すると、木場先生は少し驚いた表情を浮かべた。


「話を聞く前から安請け合いをしていいのかね?」


「穢れ祓いをすればよいんじゃろ? それなら話は簡単じゃ。いつも通り、相撲をとればよいんじゃからな」


 聞き慣れない言葉がまた出て来たわ。そもそもその《《穢れ祓い》》って何なのかしら?


 木場先生は目を見開くと、嬉しそうに目を細めた。


「ほう、もしかして経験者かね?」


「それがワシら(力士)の本業じゃからな」


『雷電丸、それはどういうこと?』


「木場先生。お主がワシらにやらせたいこと。それとは『国譲りの儀』なんじゃろ?」


 穢れ祓いの次は国譲りの儀。またもや新しい単語が出て来て、私の困惑は更に深さを増していくのだった。

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