大人のつみと子供のばつ。
「じゃあ、マスターはマリカたんを探してるの?」
「マリカたんはね、私の心の中にいるのさ…。でもそっくりさんとかいらっしゃらないかなぁなんて淡い夢を見るのは自由だよね!」
王城に監禁されて早くも一ヵ月が経とうとしている。なんで時をかっ飛ばしているかって?私が蚊帳の外だからだよぉ!だって大人しくするお約束もしてるし、ここには食事を運びに来るメイドさんと三日に一回くらい来る侵入者のゼロさんと、三日目にやって来たまま居付いているサスラしかいないのだ。お陰で寂しくないぞ!
「じゃぁ僕もマリカたん探すお手伝いするね!」
「ありがとうサスラ!」
三日目に来てくれたサスラをひたすらモフモフした後、みんなが何をしているのか聞いた。エルフにドワーフって…ファンタジーやないか!いやファンタジーだったわ。
「失礼します。お食事をお持ち致しました。」
「ありがとうございます、ララァさん。」
「いえいえ、何かありましたらお呼びくださいね。」
サスラとベッドで戯れていたら、ドアがノックされていつもごはんを運んでくれるメイドさんが現れた。此方のララァさん、サスラたんのあまりの可愛さにこちら側へいらっしゃいませしたお嬢さんです。さすが私のサスラたん無自覚な可愛さが世界を平和にしちゃうぜ!まぁ実際サスラたんがおやつ食べたくて出てきちゃってばれたんだけど。
「ああっ、本日も素晴らしいふわふわですッ」
「んへへぇ~」
「おリボンは何色になさいますか?」
「んんと、えっと、…あおいろ!」
私が自分の準備をしている間にララァさんがサスラをもふもふ(ノ)•ω•(ヾ)しながらブラッシングをして、リボンを着けるのが日課になっております。可愛い×可愛いが仲良しで尊い。でもなんだか、いつもより表情がぎこちないような…?
「…聖女様、こちらを。」
「んん?」
身支度が終わって今日の暇潰しに悩んでいたら、サスラを膝に乗せたララァさんからお手紙着いた。…おお、裏になんかわからんマーク着いてる。誰からだろ?
ざらつく紙には近況報告と簡単な言葉で『迎えにいく。』って書いてあって。それだけでこれがゼロさんからのお手紙だとなんとなくわかった。なんでララァさんが仲間だって知ってるんや?あ、見張りの人ってダズの部下かそういえば。…それにしてもゼロさん字が綺麗だな!比較対象ないけど!新たなる一面発見!
「ん?迎えに?」
迎えってなんぞや。わふわふ気分から一転首かしげなう。迎えとは、相手を自分のもとへむかえる目的で出掛けることである…ってそうじゃないわ。一瞬思考回路が宇宙ねこになった私と、ララァさんの真剣な眼差しが交差した。え、どうしたの?
「聖女様、私は貴女様こそが正当な聖女様であると確信しております。」
「…うん。」
「私ごときが聖女様へ進言など、身の程知らずなことほ十分に理解しています…っ!ですが、ですがどうか…っ!」
鬼気迫るララァさんの声は震えて、ぽろ、と涙がこぼれた瞬間に思わず駆け寄った。び、美人が泣いていらっしゃる!由々しき事態だぞわたし!君に涙は似合わないよ的なイケメンムーブをかますのだ!
「どうしたの?大丈夫だよ、泣かないで…」
あかん、シミュレーションは完ぺきだった筈なのに気の利いた言葉とかぱっと出てこない。これだからオタク君はっ!内心動揺しながらも噛まずに話せているだけほめてほしい。泣き崩れちゃったララァさんの背中をいいこいいこしながら待っていたら、落ち着いてきたのか大きく息を吸って深く吐くとゆっくり話し出した。
「私は、もともと子爵家の洗濯係でした。いつものように働いていたある日、奥様から登城するように申し付けられました。なぜ私のような下働きが、と疑問に思いながらも破格のお給金の前では些細なことだったのです。」
なにかを懺悔するように両手を組んで震える彼女。
「あっという間でした。下働きから聖女様のお世話係を任されるまで…。いえ、正確には、アイリ様の。」
「…アイリちゃんにあったの?」
「はい。もちろん私は指示を受けてお部屋を整えたりお食事をお運びしたりする、数居るメイドのうちの一人ですが…。アイリ様の周辺で働く者達は何度も配属替えがありました。…アイリ様の機嫌を損ねれば、ベイルート様がお許しになりません。」
言いながら、青ざめてぶるぶる震えるララァさんに違和感を感じる。この世の終わり、そんな思いつめた表情に。
「たとえどんな些細なことであろうと、アイリ様から叱咤を受けた者はみな…処刑されてしまうのです。」
「えっ、」
処刑…?処刑って言った?!思ってもみない単語に驚いて言葉が出ない。いや、正しくは耳が拾った音を脳が処理しきれていないような、初めて聞かされた言葉のような異物感に絶句してしまった。
「すべて本当に些細なことでした。食べる気分ではない食事を作った、柄の気に入らないカップを出してしまった、髪型のセットが気に入らない、そういった一つ一つがアイリ様を軽んじ侮っていると、聖女様に対する扱いではないとベイルート様が処刑を言い渡したのです。」
「…それで、その人たちは、」
「っ直ぐ地下牢へ投獄されます。本来なら行われる裁判も、日に何度も送られる罪人のあまりの多さにベイルート様は即刻死刑と命令されて…翌日には死刑が執り行われます。はじめは危機感から職を辞する者もおりましたが、何も知らない私の様なものが次々に補充され終わりはなく…現状に気が付いても、辞めることなどできません。…私の仕送りがなければ、弟妹は生活ができないのです。同じような境遇の者たちが今は城に残り、なんとか励ましあって仕事をしております。」
その程度のことで処刑なんて…そう思う自分は現代人だからなのだろうか。海外には身分や生まれによる差別が当たり前に存在するという。だからといって処刑に発展することなんてないはずだ。差はあれど同じような、むしろ最近の方が他者に対して思いやりを持つように教育されているだろうアイリちゃんが、自分の発言一つで人の命を奪える立場になったとして果たして軽々と殺めてしまえるものなのか?感じた違和感と呑み込めない話に、思わず零れ落ちる。
「アイリちゃんが、それを命令しているの?」
「…っお願いです、お願いします聖女様、アイリ様を助けてください…!」
ぼろ、とこぼれるララァさんの涙に、続く言葉に眉間にしわが寄る。
「聖龍様が現れる少し前です、アイリ様がメイドに苦言されたときベイルート様もお傍に…その場で、メイドに死刑を宣告され、泣き叫ぶメイドを騎士様が牢屋へ…。アイリ様は、そのショックから部屋に閉じ籠られてしまいました。ベイルート様は、アイリ様がなぜショックを受けているのか理解できていない様子で…、アイリ様はなにも、なにもご存じなかったのです。」
今まで体験したことのない、何もかもを世話され何をしても誰も咎めることなく、むしろ咎めてきた者達はいつの間にかいなくなる独裁者のような生活。止める者がいないそんな空間で、今度はララァさんのような経験が浅く年若い女性が増えたこと。ベイルート君は町で噂になるほどアイリちゃんを大切にしていただろう。大切にされていたのならなおさら、好きな人の周りに自分と変わらない年齢の女の子が増えればいい気はしないよね。八つ当たり、ひがみ、おそらくアイリちゃん本人からすれば軽い牽制のつもりだったのかもしれない。今までと同じように、小言を言ってくる大人を払うように、対象がその子たちに変わっただけ。
そんな自分の態度で、そんな些細なことで、まさか人の命を奪っているなんて思わなかったはずだ。どれほど恐ろしいことをしていたのか、受けとめきれない重さに彼女はいま、何を思っているんだろう。
「いま、アイリちゃんは…?」
「今もまだ部屋に籠っておられます、お呼びしても扉へ物が投げつけられる音がするばかりで…。ベイルート様のお声がけにも叫び声が聞こえるだけで、中には…宰相様が…、宰相様が自分に任せるように、と。」
「サスラ。」
「はぁい!」
ララァさんの話と、サウィンの話。アイリちゃんの現状。…憶測だけで勝手に行動するのは怒られるってわかってますからね。と、いうことで。元気百万点なサスラたんにお使いです。
「宰相が人間じゃない可能性があるんだ。アイリちゃんを保護したいってゼロさんに連絡して。ダン、補助してあげてね。」
「まかせてぇ!」『お任せください。』
ララァさんの膝から飛び出したのと同時にサスラの姿が掻き消えた。ダンの魔法だろう。喋る蛇に一瞬あっけにとられたララァさんに笑う。そういえばダンのこととか言ってなかったね。まぁいっか。
「っ聖女様、アイリ様を、助けてくださるのですか…?」
「ん…、もっと詳しく調べないとわからないけれど。アイリちゃんのこと、教えてくれる?」
「あ、ありがとうございます、ありがとうございますッ!」
背中を撫でていた手を取られて、拝むように泣くララァさん。それだけで、ああ、きっとアイリちゃんは普通の女の子なんだな。ってわかった。それでも絶対に助けるなんて言えない。絶対の対価が私になったとき、私はもう、私を手放すことはできないから。それが申し訳なくて、後ろめたくて、ただジッとララァさんに包まれている右手を見つめていた。
涙が落ち着くころ、ララァさんがこの部屋に長時間いるのはまずいから、一度お茶を入れに行ってくれた。その間に扉の外にいる見張り(ダズの部下)さんに声をかけてみたら、変装が得意な人が代わりにララァさんの仕事を受け持ってくれた。見張りのおっさんが魔法が解けてセクシー美女になった時の衝撃よ。セクシー美女は魔法でほっとするような可愛いメイドさん…ララァさんに変身して、入れ替わりに別の見張りさんが来てくれた。
「頼っていただけて、うれしいです。」
ララァさんに変身した美女さんと、見張さん二人に掛けられた言葉に、なんて返せばいいのかわからなかった。迷惑をかけてしまっているのに、嬉しそうな三人に、私はちゃんと笑えていただろうか。
「私は初めて登城した日に迷子になってしまったんです。入り組んだ城内と緊張から、茫然と立ち尽くしてしまって…。そこに、たまたまアイリ様が通りがかって…」
ララァさんとアイリちゃんは、まるで乙女ゲームのような出会いを繰り返していた。迷子のララァさんに、ちょっと女王様気味なアイリちゃんがたまたま出会い、助けてもらって。次に出会ったときにはアイリちゃんがお茶をしていて、そこに通りがかったララァさんがお茶に誘われて。また次は本の整理をしているララァさんをアイリちゃんが見つけて声をかけてきて。
「働いていくうちに、今王城で何が起こっているのかを知りました。もちろん、恐怖がなかったといえば嘘になります。それでも、私に接してくださるアイリ様は少し意地っ張りな優しい女の子で…。アイリ様が置かれているお立場も、わかっているつもりでした。」
大人達から向けられる品定めの視線。勝手な期待。押し付けられる善性。アルヘイラの話では、アイリちゃんはこの世界に来たことを乙女ゲームか何かだと思っている風だった。乙女ゲームはよくわからないが、恋愛がメインのゲームでヒーローと主人公のやり取りが主なのだから、設定上には存在するだろう迫害や差別の文字列を生身で受けてやっと、思っていたものと違う、と気が付いたのかもしれない。
「アイリ様は何度も、こんなはずじゃなかった、と、零されていたことがあって…、それでも、ベイルート様のために頑張りたいと、逃げたくないとおっしゃって…、」
「アイリちゃんはベイルート君が好きなんだね。」
「はい、それはもう、とても仲睦まじくいらっしゃいます。」
思いつめて苦しそうに話していたララァさんの顔がほころんで、柔らかく笑う。うんうん、きっかけは何にせよ、ベイルート君とアイリちゃんは良好な関係を築けていたんだね。おばちゃん安心しました。
「ベイルート様もアイリ様を大切に…いえ、だから、かもしれません。アイリ様の聖女様としてのお力について、声が上がった際にはその者を強く叱責なさって、」
「排除していった?」
「…はい。言えば、良かったのです。この城で何が起きているのか…アイリ様の優しさを知っている私だけでも、アイリ様を信じて、告げればよかったのです…ッ!それを私は、我が身可愛さに何もできず…ッ!」
「なるほどな。」
「うひょぉあ!!」
突然背後から聞こえた声に方がはねた。振り返ったらゼロさんの肩にサスラが乗っていて若干ファンシーだけども!びっくりしたでそ!!
「マスタぁただいまぁ!」
「お帰りサスラ。ありがとうね。」
「えへへ、どういたしまして!」
胸に飛び込んできたサスラをよすよすして、そのまま抱える。うむ。いいモフモフである。バクバクな心臓が落ち着いてきたぜ。
「すまん、驚かせたか?」
サスラたんのモフ毛に鼻を埋めてクンカクンカして一息ついたら、ニヤニヤ悪い顔のゼロさんが笑ってた。貴様、わざとだな?
「謝るならもう少しお顔取り繕おうね!」
「ハハッ、悪かった」
私とゼロさんのやり取りに、硬直していたララァさんが再起動なう。ごめんね驚かせて。多分ダンくんの魔法で透過してきたんでしょ?
「あの、聖女様、」
「驚かせてごめんね。この手紙くれた人だよ~」
ひらひらと振った封筒をみた途端に、ララァさんの顔色が悪くなる。ララァさんが私に運んでくれたお手紙は、ダズがララァさんの立ち位置を判断するために渡したものだ。たぶん。だってサインはあったけど封蝋がなくて中が読めるようになってたし。中身は大した内容じゃなくて、でも『迎えに行く』って書いてある手紙が監禁されてる人間に届けられたら、監禁側の人間からすると拙いことだよね。で、これも多分だけれど、ララァさんはお手紙を読んだんだ。ダズが思っていた方向とは違う動機が、彼女にはあった。だから今朝の雰囲気がぎこちなくて、突然アイリちゃんのことを話した。もう、今日を逃せば私と話す機会なんてないかもしれないから。
「っ、申し訳ありません!私…っ」
「大丈夫だよ。」
「…ですがっ、」
「だいじょうぶ。ね?」
なんにも困ったことなんて起こっていない。ララァさんは、私を見ていたんだろう。サスラのことは偶々だけれど、それを切っ掛けにどんな人間なのか、アイリちゃんを切り捨てるのか助けるのか、判断したかったのだと思う。そして、ゼロさんがここに来たことで、自分の命の場所がどこにあったのか知ってしまった。だから、まぁこれくらいは仕方ないということで。怖いことはなにもないから、泣かなくていいよ。
「お手紙を、読んでしまって申し訳ありませんでした。」
「うん。次はだめだぞ!」
言いたいことを飲み込んで、泣き笑いで謝罪するララァさんに茶化して見せた。
「ゼロさんが怖くて泣いちゃったんだよね。大丈夫、噛みついてこないからね。」
私が許さなければゼロさんに殺されていたかも。なんて思考になっているだろうララァさんにお~よしよし、なんて言いながらゼロさんを笑ったら、けろっとした顔をしていて。
「お前以外にはな。」
「…き、君さぁッ!なんだか最近そんな感じだよね!なんで?!」
思わず自分の身体を抱きしめちゃったのは防御本能です。コヤツ本当に噛んで痕つけて来るんですけど、お口痒いんか?歯形めじゃないんだぞ私は!三日前につけられた治りかけの跡が痒いし、回復魔法で治すとバレて増やされるし、ほんと何なんだ!
「さぁな?」
「ぐぬぬ…ッ!」
勝ち誇り顔なゼロさんに悔しみが増していく。後で覚えておれ!忘れたころに倍返ししてやるからな!
「…聖女様と騎士様は、仲がよろしいんですね。」
「あっ。」
ぷんすこしてて忘れてたけど、ララァさんの前だった。直接的に言っていないだけで、人前でなんて会話をしてるんだ私は。急激に上がった体温に、顔が熱くて涙がにじむ。ひぇええは、恥ずかしい…、
「ふ、」
「うぐぐ、笑うな!ゼロさんのバカッ!」
羞恥に居た堪れなくて死にそう。爆発四散五秒前やぞなに笑ろてんねん。やめてくださいララァさん微笑まし気に見ないで。
「ロックス、ますたぁいじめちゃダメ!」
「ああ、すまん。」
笑ってるゼロさんを窘めるサスラ。お?なんだか珍しいというか、初めてだね。でも二人とも慣れてる感があるんですが、私が離れている間に関係性の変化でもあったのかい?抱きしめてるサスラたんから若干の親離れな気配を感じて、ちょっと寂しくなる。うぐぬ。
「…ベイルート様だが」
「ん?」
「おそらく修道女アイリと自分を重ねているんだろう。…努力は必ず実るわけではない。実るまで努力を続けられる者は一握りだ。周りからの期待や重圧に押しつぶされず、腐らずにいることは才能といっても過言ではない。」
険しい顔で話すゼロさんは、ベイルート君を思い出しているのか表情が硬く曇っている。
「優しい、方だった。よく笑う悪戯が好きな子供で…、しかしいつしか何も聞き入れず、受け付けないようになってしまった。」
比較されること、結果が出ないこと。どんな人でも大なり小なり経験することだ。大切なのはそれを相談できる相手がいるか、護ってくれる大人がいるのか。彼の立場は特殊だ。アイリちゃんと同じように。それは大の大人だって怯んで泣いてしまう程重い。
「…子供の成長に一番大切なのは環境だそうだよ。誰か、彼の傷を抉り付けて不安を煽った奴がいる。」
恐らくそいつは周りからの声を面白おかしく、時には貴方の為だと親切を装って彼に聞かせたんだ。尊ばれるべき王族の身分、先王と比較され、努力は評価されず、まだ足りない、もっと、もっとと煽り続けて。…本来護られるべき立場の子供達を、自分の為に利用しようとしているクソ野郎が。
「それが、宰相だと。」
「うん。多分だけどね。位置的に子供のころからっていうと、その人かなって。…それに、アイリちゃんが閉じこもってる部屋に、宰相だけが入室を許されてるとか可笑しすぎるでしょ。」
これが一番ありえないんだけど、言語化が難しすぎてなんて言えばいいかわからぬ。
「一番しっくりくるのは『女のカン』」
「聖女じゃなくか…。」
「こういう時の女の勘はそれより高性能だよ。世界の常識じゃ。」
いくら好きな男が恐怖政治を敷いてたって、それまでの信頼関係があったなら話し合いするでしょ。最悪自分は愛されてる自覚があるんだから。それをヴルムが来る前からだから一か月以上閉じこもってるとか、恋人に見せられない状況になってるって考えたほうがしっくりくる。主語が大きいけど、女って生まれて死ぬまで女であることを自覚してんだよ。この世界の程度はわからないけれど、現代人な女の子は小さい頃から自衛必須だよ?それが自分の寝室におっさんなんて入れるわけない。現役女子高生なアイリちゃんなら、通常恐らく彼女の父親だって入れないでしょう。天秤に掛けて入れざるを得ないような余程のことがない限り、ね。
「そ、そうか。」
思わずつらつら喋っちゃったけれど、私の話にララァさんがうんうん頷いていて、やっぱりそうだよねぇ。なんて分かり合った。ゼロさんは少しひいてる。なんでや。
「…ともかく、こちらもお前からサウィンの話を受けて城中を隈なく調べた結果、宰相であるブルーガもしくは黄の教皇ゴルドラ・G・ドールではないか。という結果になった。少し手間取ったが、大方裏も取れている。」
「あ、あの!」
またお前か黄色いの!と言おうとしたらララァさんが焦りだした。どうしたん?
「すみません私気が付かなくて、席を外します…!」
あわあわしているララァさんカワユス。もうすでに仲間感覚だったしゼロさんも普通に会話するからOKだと思ってたや。聞かれたらまずいのん?
「そうか。この後の話だが、いま城の中にいる中立派の者達は全員退職金を貰い下城している。貴女も荷物を纏め次第実家に帰ることになる。」
「ええっ?!」
「安心してくれ、外にいる見張りが貴女の安全は確保する。そのまま実家まで送り届ける手はずだ。」
淡々と爆弾を投下し続けるゼロさんにララァさんのおめめがグルグルしだした。
「明日、この城に各国からの要人が来る。その時城に残っているのは宰相の手の者達と黄の教皇の駒だけだ。」
「だ、ダメですいけません!」
わっと叫ぶララァさんがハッとして慌てて口を押えてるけれど、多分この部屋防音されてるから大丈夫だよ!ゼロさんの着けてる指輪が光ってるもん。
「アイリ様は、アイリ様はどうなるのですか!」
「…彼女は、明日行われる聖女審判に立つことになる。それが終わるまで、この城から出ることはできない。リン、お前も。」
「ふぁい。」
そうかなって思ってたぜ!サスラをもちりつつゆるゆるにお返事したら、ゼロさんにちら見されたでござる。聖女審判を知ってるのか?みたいな顔してる。知ってるよぉ真剣〇ミでやったもん。うなずいたら、視線がララァさんに帰っていった。
「ベイルート様も、修道女アイリも、何も咎めなく在ることは許されない。たとえ、それが我々大人の責任だったとしても。」
「そんな…!」
まだ彼らが幼い子供であれば罪などなかったけれど…、彼らは自分で考え行動できる程に成長している。その過程で、道徳も倫理観も少なからず学んでいるはずで。
「いま必要なのは、自覚させることだ。自分達がなにをしたのか。」
選び取った甘く優しい道のために、犠牲にした者を目を背けずに見なければいけない。…アイリちゃんは、今まさに直面しているだろう。
「…一つだけ、教えられることがある。」
迷っているのか、しばらく難しい顔をしていたゼロさんと目が合った。ん?なんだね?
「死刑囚はみな生きている。」
「ふぁっ?!」
な、なんて?!思うさま驚いている私に満足げなゼロさん。ララァさんもぽかん顔だ。
「いやいやいや、まってそれでアイリちゃんのメンタルバーストの原因やぞ!」
「俺がいたころからベイルート様は気に入らない者を投獄させていた。処刑したと報告し逃がしていたのも俺だ。それを、城に残っていた者が代わりに行っていたんだ。」
「や、宰相に見つかったら不味いんじゃないのかい?」
「ああ。だがその拙いことは起こらなかった。城内の維持が最優先だったのか、反旗が上がる心配など必要ないと確信しているのか。」
おおん…?なんでかわからんな?後ろから刺される心配をしない悪者って、魔王ぐらい強いかよっぽどの阿呆の二択じゃないかい?
「ひとまず、修道女アイリの精神を落ち着かせることはできるはずだ。」
言い切ったゼロさんと、へなへなと座り込んでしまったララァさん。そこへ控えめにノックの音が響いてドアが開いた。
「失礼します…、団長。そろそろ時間です。」
「ああ。…もう団長ではないと言っているだろう。」
腕を組んでため息をつくゼロさんと、はじめましてなお兄さんは誰だろ?話的に同僚さんかな?
「こんにちは!」
「はい、こんにちは…っとと、すみません聖女様。初めまして。お噂はかねがね。」
歌のお兄さん的爽やか好青年からのあいさつに首が傾くなう。
「噂?」
「団長が幼気な少女を誑かして手籠めにしたそうですよ?」
「ぜ、ゼロさんそんなことしたの?!」
YESロリータ!NOタッチ!は世界の不文律やぞ!?なんて悪乗りしたらゼロさんの手が好青年の笑顔を鷲掴みにした。
「…、」
「いたたたたたすみませんでした助けてください聖女様!」
「えええ助けたら次私の番じゃんヤダッ!」
無言でギリギリ締め上げだしたゼロさんに二人で慄く。ひいいい!片手で成人男性(大)浮かせてる!つま先立ちになってる!ごめんて!テンプレ展開過ぎて許されるかと思ったんだって!
「ストップゼロさん!ロープロープ!」
好青年のお顔が潰れたおまんじゅうになっちゃう!ゼロさんを青年から引き離そうと抱き着いたら、パッと手が離れてほっとしたのもつかの間、今度は私が捕まった。ぎゃあ!殺される!
「ごごごごめっ、んぅッ?!」
同じように鷲掴みにされるかと思って身構えたら、目の前に青。…てぃ、てぃーぴーおーうぅうう!!
「んむぅう゛ッ!!!」
口を塞がれて逃げ出そうにもガッツリ腰と顎を抑えられて、バシバシ強く肩を叩いたらやっと解放された。
「ッ人前でなんてことするんじゃ!!」
「次同じことをしたら舌を入れるからな。」
「ヒェッ!殺す気かッ!?」
淡々と告げられて言い返したけど目が本気だった。怖いよぉッ!熊に睨まれた鮭の気持ちッ!止めるんだ勝ち誇り顔で笑うんじゃない酸欠だから!酸欠で顔が赤くなっただけだから!
「いやぁ、本当に団長に春が来てるんですねぇ。安心しました。結婚式には呼んでください。」
さっきまでつぶれ饅頭になりそうだった好青年がしゃがみこんだままニッコニコでこっち見てた。貴様を助けようとしてこうなったんやぞ?いや半分私のせいだし八つ当たりなのは重々承知の助ですが、綺麗な顔にアイアンクローの跡ついてるよ?暢気か。
「じゃ、そろそろお姉さんの準備しないとなので。失礼しますね。」
サクッと立ち上がるとララァさんを促して。タフだね。促されたララァさんも、ゼロさんから告げられた皆生きてる発言の衝撃から立ち直ったのかじっと私を見つめて、はくはくと何か口にしようとして。
「…聖女様、ありがとうございました。」
「うん。」
飲み込んで笑って、頭を下げるとララァさんは出て行った。アイリちゃんのことを、お願いしますって頼まれるかと思っていた。彼女の思いを託されることはなかった。当たり前か。あらゆる人の重みで、潰れそうなアイリちゃんとベイルート君。甘い言葉で操る大人。そんな話の後で、私に頼むなんて、できるわけがない。それが、その選択をさせてしまったことが何故か、悪いことをしてしまったみたいで、息が苦しい。
「…大丈夫か。」
「ますたぁ、だいじょうぶ?」
「うん。」
さっきまでとは打って変わって、心配してるって顔に思い切り出てるゼロさんとサスラにのぞき込まれた。心配性だなぁ。無茶はしないしおとなしくするよ。大丈夫。笑い返したけれど、下手くそだったかも。助けてって泣いていたララァさんがフラッシュバックして、アイリちゃんの事を思うと、胸の奥がざわざわする。
「さっきのちゅうの方が大丈夫じゃない。」
「そうか、」
「ん、」
冗談のつもりだったけれど、今度は優しくキスされて。ゼロさんから離れていくまで、このままでも良いかなって思う程度には、どうやらダメージがあったみたい。
「ぼくも!僕もますたぁにちゅうするよぉ!」
サスラの不満気な訴えに笑いながら離れたゼロさんと入れ替わりでサスラにもちゅうされて、元気が回復してきたでござる。我ながらチョロイなぁ。
「明日の、聖女審判だが…。」
「聖女召喚をやっていた時代のやつだよね。」
暇つぶしに読んでいた、『世界の大全集その①世界の成り立ちと大陸』様。こちらに内容がばっちり載っていたからね。予習済みです。
「…相手の出方が見えない以上、最悪の場合お前を連れて逃げる。」
「わぁ。逃げるところあるの?」
「人間以外には聖女であることはすぐわかるそうだ。獣王国と魔法協会から打診が来ている…が、魔法協会は何をされるかわからんからな。行くなら獣王国ルーカだろう。」
「実体験?」
「…まぁな。」
いったい何されたんだいゼロさん。魔法ってことはヴォイスさん関係かな?サスラたんモフモフしながら聞いていたら、ひょいっと持ち上げられて胡坐の合間に座らされた。おん?
「帰らないの?」
「帰ってほしいのか?」
いや、そんなことはないですが。苦しいですごめんなさい締め上げないで。
「明日、各国からの要人が来るといっただろう。その知らせを今日受け取ったんだ。国としての体裁を守る為に準備をしようにも、慣れたものはほとんどいなくなってしまっているからな。今は城中騒ぎになっているぞ。」
「そうなの?ぜんぜん五月蠅くないよ?」
いわれて耳を澄ませてみるけれど、特に変わった様子もない。盛大に蚊帳の外ですね。
「お前に対する監視は増えたが、全員潜り込ませたダズの部下だ。万が一のため、ダンがこの部屋に防音と結界を張っている。お前かダンの許可がなければ中には入れんからな。俺がここにいても何の問題もない。」
「なるほど。ありがとうダン君!」
『いえ、マスターの安眠より優先されるべきことはありません。』
聞こえないわけだ。安定の過保護だねぇ。蛇なのに胸を張ってドヤ顔になってるのかわいい。私にもふもふもちもちされていたサスラたんがクリっと身体をひねって見上げてきた。あざとい角度ですねもちろんサスラたんも可愛いよ!
「ますたぁが安眠するには、僕が必要でしょ?ふふふ、」
「んんん゛とう゛とい゛…ッ!」
突然のドヤ顔にクリティカルヒット喰らわせられて思わず呻いちゃった。自己肯定感バリ高すぎて可愛すぎませんか鼻から吐血するかと思ったわ。ぼふっと変化音を残して獅子のサイズに戻ったサスラの頭が膝の上に乗ってきてゴロゴロ喉を鳴らす。ご機嫌だね。
そのままお泊りになったゼロさんと抱き枕に志願してきたサスラにサンドウィッチにされて、眠くなるまで他愛もない話をした。好青年くんはゼロさんの部隊じゃないのに懐いてくれてる子で、アルト君と仲が良いとか、他にも似た感じで慕ってくれてる子がいて嬉しいねってお話なんかを。ざわつく胸を抑え込んで、気が付かないように撫でて…そうやって夜は更けていった。
シリアスするとおもち苦手だから更新速度が死ぬのに、なぜ話をそちらへもっていってしまうんだい?
それはね、学習機能が先に死んでいるからよ。
お久しぶりです生きています。おもちです。
いつも感想やブックマークなどありがとうございます結婚しよ。
ゼロさんの愛情表現がナチュラル攻撃的なのはおもちがキュートアグレッションだからだよごめんねリン…。あきらめて…。愛しかないから許してほしい。




