突撃隣のダンジョン。
「道中、あれやこれやがあると思うじゃろ?」
ないんじゃよ。誰ともなく呟いた私、INダンジョン。教会からオサラバして二日くらいかな?ジジ君を休ませつつ国境にあるダンジョンに移動したんだけれど、まあ何もなかったよね。なんでかって?
「ゼロさんがはちゃめちゃに強いっぽいからですね。」
うむ。ちなみに今私、荷物番という名のお留守番です。つまり独り言を話しているというわ・け☆。うん…。ダンジョンの中にセーフポイントと呼ばれる場所があって、モンスターが入ってこないんだってさ。だからご飯作ってる。日付と時間感覚狂いやすいんだけれど、たぶん今お昼。
「早く帰ってこないかなぁ。」
寂しい。なんだか教会からオサラバしてからずっと考え事してるんだよね。ゼロさんが。でも魔物発見機かい?センサー搭載してんのかな。ってくらい正確に察知して、魔物と遭遇する前にフラッと消えて、帰ってくると倒した後だったりするんだよね。ビビる。どういうことなの。
あ、消える前に一声かけてくれるんだけれどね。…おいて行かれるんじゃよ。おかげでまだ魔物もモンスターにも遭遇してない。強いっぽいって言うのは、剝ぎ取られた魔物の一部しか見れてないからだよ。戦ってるところはおろか、その場にすらいないから、わからないんだ。がっでむ。
「悪い、戻った。」
「あ、ゼロさんおかえり。」
うっすら汗をかいて、心なしかすっきりした顔のゼロさんが戻ってきた。その革袋はなんだね?お肉?やったぜ。でも思い出したら腹が立ってきた。
こちとら安全第一ではありますが、モンスターとか魔物とか、そういうの見てみたいんじゃよ。異世界の醍醐味やぞ。お手数おかけしますけどね?わかってはいるけどね?好奇心には勝てないからな、私は!
「ゼロさんゼロさん、私もモンスターみたいんだが。」
「ダメだ。危ないだろう。」
これである。間髪入れずに即答。イラっと来るよね。なんだか過保護に磨きがかかっていないかい?窘める様に言われるのが余計にムカッチーン☆ってなるよね。
「そんなことはわかっているけどね?じゃあ何しにダンジョン来たんだいって話よ。」
「そ、…れは、そうだが。」
「浄化はするよ。全自動だからね。でもせっかくだから見てみたいし、自分でいう事ではないけど、好奇心で一人で行くより、ゼロさんと一緒の方が安全では?後顧の為にも、今のうちに慣れといた方がいいと思います。」
「…わかった。」
渋々、不承不承。そんな雰囲気で頷かれ、ため息を吐かれるとさ、もおおおおおおってならない?なるよね。でも大人だから言わないよ。大人だからね!顔には出ちゃうけど。ご愛敬ってことで許して。
「フーンだ。手間をかけて、お仕事増やしてすみませんね。」
あ、いっちゃった。言わないといったな。あれは嘘だ。…だって!ゼロさんばっかり悩んでると思うなよ!ここ一週間ずっと、よくわからない感じに声をかけられては、何でもない…。とか、すまん。とか言われてるんだよ?ス・ト・レ・ス!
作ったスープとサンドウィッチに罪はないから、普通に渡すけどね。頬っぺたはそりゃあもう膨らむよ。三十路なのに子供っぽいとか、あざといとかそういうレベルじゃないからね。もうね、勝てる事なら拳で語り合いたかったよ。気持ちだけは常に勝つ気でいるけれどね。
「…っ、すまん、そう言う心算では、」
「次私に謝ったら、解雇します。」
「はっ?!」
「言いましたからね。」
絶句しているゼロさんから顔をそらして、サンドウィッチを食べることに集中する。…折角作ったのに、味がわからない。ゼロさんの所為だ!
…私の所為かな。ううむ、なんとかせねばとは、思うんだけどさ。原因がよくわからない。なんかやったっけ?身に覚えなさ過ぎて忘れちゃったかな。とりあえず謝ってみる?それは一番やっちゃいけないよねぇ。
「っ、シンジョウ、は、モンスターが見られればいいのか?」
「うん?そうだなぁ…。スライムとかゴブリンとか、定番のモンスターっている?そういうのが見てみたいです。」
焦ったようなゼロさんの声に、そういえば漠然とし過ぎてよく考えていなかったな。と思い直す。もっとしっかりしたモンスター、例えばラミアとかアラクネだと、分からな過ぎて反応に困る。あと、怖そう。恐怖遊戯静岡みたいなビジュアルだったら泣くかもしれない。
うんうん悩みながら告げると、なぜかほっとしたように微笑まれた。…うん、わかんないからもう思考放棄しよう。わからないものは、悩んでもわからんのだ。
「そうか。問題なさそうなら三階まで下がろう。ここから三階までは、駆け出しの冒険者が相手にするレベル帯が出るからな。」
「了解しました隊長!」
やったー!ついにモンスターと初対面だぞ!楽しみ過ぎてサンドウィッチも美味しく感じられる。うむうむ。やっぱりメンタル安定には美味しいご飯ですな。
ゼロさんの、簡単ダンジョン講座!
ダンジョンが出来る理由は不明。たぶん魔物の墓場とかが凝ってるんじゃね?っていうのが今のところ有力だそう。そこから突然ダンジョンが現れるんだけど、昨日までは何もなかったのに振り返ったら出来てた!とかもあるらしい。何それテレサかな。
ダンジョンは色んな型があるそう。上から下に下っていくか、逆に登っていくか。横に広がっていたり、どこかに飛ばされたり。今回は典型的なタワー型で、上から下へ進んでいくタイプだった。
一階から下に行くほどモンスターは強くなって、今は魔力が多いからか10階くらいになっているらしい。少ないと階層が変わるなら、私がここにいるだけでダンジョン君の商売あがったりになるな。THE立ち退き屋の誕生である。
モンスターにはレベルが割り当てられている。一階のモンスターをレベル1として、感覚的に人間…というか、冒険者協会で設定しているんだって。定期的にレベル帯が変わっていないか、出現するモンスターの種類に変化がないか調査もするそう。ほほーん。もし変わってるとスタンピートっていうのになる可能性が高いのか。怖いね。
「街だけではなく、大きいものだと国も飲み込んでいくからな。」
「そっか。ううん、ゆくゆくは移動の乗り物を検討しないとなぁ。」
急ぎで浄化一丁!というご要望にお応えできるように、何か考えなければ。でも、この世界バイクとか車はないからな。生き物になるのか。うむむ、それは後々考えよう。
「魔物にはレベルがないの?」
「ダンジョンのモンスターを基準にして、近しい物を同レベルと定めているな。」
「ああ、なるほど。」
さては考えた人、天才だな?なんて、お片づけをしつつ、ダンジョンの基本情報を教えて貰ったし、さて、それではいざゆかん!
「隊長!めっちゃ怖いので手を借りたいです!」
気持ちだけは、やる気満々なんですよ。気持ちだけは。まって、投石は止めて。話し合えば私達分かり合えるはずよ。だってさ、暴力とは無縁の世界で生きてきたんだよ。これから始まる命のやり取りなんて、ゲームの話ならいざ知らず。一般人には縁が無いよう…っ!
あとね、単純にダンジョンがお化け屋敷。鍾乳洞とか、旅行で行った人ならわかるかもしれないんだけれど、薄暗くじっとりした空気が身体に纏わりついて、しかもたまに生臭い匂いとかが、生暖かい空気と共に漂ってくる。四方の壁からの圧迫感とか、外の光がないって、結構な恐怖だよ。うん。怖い。
「大丈夫か?」
「ゼロさんいるからだいじょうぶ…がんばる…っ。」
あんな啖呵を切っておいて、それ見たことか。と言ってこないゼロさん優しい。好き。うぐぐ、そうだよ。ゼロさんという名の最強の盾(多分)で最強の矛(恐らく)がいるのだから、私が悲鳴を上げようが泣こうが命は助かるのだ。深呼吸して、気を取りなおしていざゆかん。あ、手は繋いだままでお願いします、泣きそうなので。
「…ッ、んん゛。あー、スライムは透明で大体人の頭ほどのサイズだ。中心にある核以外は透明で、種類が多い。基本は皆同じだが、黒と紫は危険だから近寄るなよ。」
「黒と紫…。」
「黒は酸を吐いてきて、紫は毒液を出すんだ。肌に触れれば焼けただれるか溶け落ちる。」
「ヒェッ」
誰だスライムが雑魚とか言った奴!とんでもねぇ個性をお持ちじゃないか。今度からスライム様とお呼びしても差し支えないのでは?私より確実に強いぞ。戦慄している私に困ったように眉根を下げて、ゼロさんが優しく教えてくれるけど…内容が恐ろしすぎるわい。
「このダンジョンには出ない。ここは…ああ、あそこにいるな。」
「えっ?!」
い、いるの?!危険なスライムの話を聞いてすぐに言われたから、思わず垂直に身体が跳ねた。ついでに、ゼロさんをそれとなく盾にしてしまう。手を繋いでたから、引っ張ったら本体が付いてきただけだよ。ほんとほんと!腕にしがみ付いてるのはバイタルチェックしてるからだよ!やり方知らんけど!
「ど、どこ?」
きょろきょろ辺りを見回しても、それらしいものが見当たらずに首を傾げる。おんや?透明って本当に見えないレベルなの?困ってもう一度見渡していると、頭上からゼロさんの噴き出した声がして。
思わず呆然と見上げたら、悪い顔で笑っているのを、手で隠しているゼロさんと目が合って。すぐにわかった。
揶揄われた。
じわじわと、顔に熱が上がってくるのが自分でもわかる。恥ずかしくて手が震えるし、何なら涙も出てきた。うぐぐぐぐ、…優しくなかった。ゼロさんからすればスライム如きにビビり散らかして、その癖モンスターが見たいなんて、わがままを言ったから。ゼロさんから離れて手で顔に触れたら、まあそうだろうな。とわかるくらい顔が熱い。
なにか、言わないと。そう思うけど、声が震えて上手く出ない。わかってる、これは八つ当たりだ。それでも悔しくて涙が出て、恥ずかしくて喉が渇く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ッ、きらい。」
小さく、細く吐き出された呟きに、血の気が引く音がする。羞恥で顔を赤くさせたシンジョウは、口を引き結んで、零れる涙を手で拭っては瞳を潤ませて。その様子に、いまさら罪悪感が襲ってきた。ま、拙い、やりすぎた。
「シンジョウ、す」
すまん、と言おうとして、先ほど次に謝罪したら解雇だ。と宣言されたことを思い出し、咄嗟に口を噤む。…いや、だからといって、どうすればいんだ?!謝罪することは許されず、かといってそのままにできるわけがない。
年甲斐もなく悪戯に驚かせて、揶揄ったのだ。しかも、…八つ当たりだった。最悪だ。こんな子供の様な、嫌われて当然のことをしていた。それでも、この場所を、誰か他の人間になど、渡したくない。
「っもうしない、泣かないでくれ。頼む…。」
謝罪以外で、どうすれば伝わる?すべて話せば、また笑ってくれるのか?泣き止むだろうか。お前が聖女として立った事で、今の何もない俺では、不釣り合いな気がして。教皇や教会の者がいなければ、聖女ではなくシンジョウとして、いられるのでは、などと。そんな女々しいことを、いつまでも悩んで。
そもそも、俺自身が『大聖女の騎士』だからこそ、シンジョウの隣にいることを許されているというのに。
好きだと、一方的な思いが大きくなり過ぎて。少しでも傷を負わせたくなくて、楽しみにしていたのを知っていながら、安全な場所で待たせていた。そんなことを、シンジョウは望んでいないとわかっていて。結局、俺自身がシンジョウに傷を付けているのだから、救いようがない。
「シンジョウ。」
離れてしまった距離を、ゆっくり埋めて、俯くシンジョウに合わせ膝を付き、零れる涙に触れる。
「…なんですか。私が滑稽で面白かったですか。」
「いや、すぐに後悔した…、やらなければよかった。」
パシ、と軽い音を残して叩かれた手を、そのまま握りしめて、本音を飲み込む。まだ赤い眦に、涙の溜まる瞳が、むくれている様が可愛い。と思っているなんて、どの口で言うのだ。
そもそも弱々しく怯えているシンジョウが可愛くて、調子に乗ったというか、怖がるほど抱き着いて来る所為で、箍が外れたというか。本当にどうしようもないな俺は。
「…じゃあ反省してください。私も反省します。」
「わかった。」
喧嘩両成敗じゃ。と言いながら提案され、すぐに頷いた。よかった、一先ず泣かずに居てくれれば。そんなことを考えているうちに、先ほど叩き落とされた手を取られ、
「ごめんね?」
小さな手に指を絡められて、はにかむように微笑んで、爪先に口付けられた。どっと、心臓が早鐘を打って息が詰まる。唇の柔らかさに、つい視線が攫われて。あの教皇への苛立ちに任せて口付けた事を、思い出していた。
「んん゛っ、…大丈夫だ。」
…本当に俺は、救いようがないな。熱の集まる顔に手を当てて、自分の欲を押しやった。
「仲直り!良きかな。良きかな。」
喧嘩するの向いてないんじゃ。とシンジョウは俺の手を握ったまま楽しそうに振っている。可愛い…いや、学習しろ俺。というか、俺はこんなに女に弱かっただろうか?…そもそも好意を寄せたり、恋人として付き合っていたことがないな。人として好ましく思う事はある…ぞ。うむ。しかし、言い寄られることはあったが、打算や思惑あっての事であったし、仕事以外に興味が持てなかったからな…。
「あ、」
「うん?どうしたんだい?」
「っ、いや、行こう。」
首を傾げているシンジョウから目をそらす。よく考えなくとも、そういった感情を向けたことがないのだから、対処方法などわかるわけがない。幼い時はヴォイスとダズが共に居たし、その後は教会と騎士団だ。部下から色恋の話を聞くことはあっても、経験したわけではないのだ。振り回されて当たり前だが…、それこそ、子供の恋愛レベルなのか。
『うちの弟、気を引きたくて好きな子をいじめるンすよ。』『ああー、子供あるあるだね。』『はぁ~、オレの純粋さどこに行ったんだ?』
可愛らしいな。と、その当時は微笑ましく聞いていた部下の話を、自分が起こすことになるとは。恥で暑くなってきた。いかん、今はダンジョンに居るのだから、昔を思い出すのは止めよう。…自分の為にも。
「お、行き止まり?迷路みたいだね。」
「ああ、ここから階下に降りるんだ。階段か転移陣の二択だな。」
「へぇー…、うん?転移?!転移陣って魔法?!」
驚愕しながらも、きらきらした目で見上げてくるシンジョウに、思わず笑いが漏れる。魔法がない世界というのは、想像がつかないが…。こういった可愛い反応が見れるのは、悪くないな。
「陣の上に乗った者の魔力に反応して動くんだ。」
「え、それって私動かせなくないかい?魔力ないよ?」
「神聖力でも動くんじゃないか?」
階層を移動するためのこの場所は、セーフポイントと同じでモンスターは入ってこない。一人で試させても問題がないだろう。そういうと、何度か陣と俺を見たあと意を決したように、そっと陣の上に乗った。
陣の中心から光が走り、転移陣が浮かび上がるように光ると、シンジョウが消えた。…いままでなんとも思わずに使ってきたが、こうしてみると不安になってくるな。すぐに転移陣を踏み、階下へ降りると感動しているのか、震えたまま右往左往しては悶えているシンジョウがいた。
「ふ、面白かったのか?」
「それはもう!それはもう!…っもう一回やりたい!」
わぁわぁとはしゃいでいるシンジョウには悪いが、未踏破の場合、一階層ずつ先へ移動することはできても、戻ることはできない。
「そっか…あれ?ここ十階まであるんだよね?」
「ああ、俺は何度か最下層まで降りているから、階下に降りる際に入り口に戻るか選べるんだ。」
「便利機能ェ…。」
歯に物が挟まったような複雑そうな顔のシンジョウに、笑ってしまう。なにか思う所でもあったのだろうか。
「二階からはスライム・ゴブリン・コボルトが出るが…わかるか?」
「軟体生物と、小さい人間モドキ、二息歩行の犬?」
「まぁ、間違ってはいない。一番近い物だと、角を曲がったところにスライムがいる。」
随分とざっくりとした表現だが、想像は出来ているのか。しかし、本物を見たことはないようだな。そわそわと落ち着きなく、示した方と俺を見て。
「えっなんでわかるの?」
「今さっき横切っていったからな。」
「…うそ?」
「…っ、嘘ではないから、気になるなら見てみるといい。」
疑うようにじっと見上げられて、罪悪感で血の気が引く。…あまりからかうのは止めよう。痛む心臓を抑えている俺に、首を傾げながら、そろそろとセーフポイントの角まで歩いて行くと、ゆっくり顔を出して、止まった。
「シンジョウ?」
「ぜ、ゼロさんゼロさん…!アレって標準的なスライムですか?!」
興奮気味に、それでも小声なのは気を遣っているからだろう。シンジョウの隣から同じように覗き込めば、先程横切って行ったスライムと、もう一匹。二匹のスライムが蠢いていた。
「そうだな。特筆するところは無いが。」
「ま、まじか。…4つくっつけたら消えるビジュアルしてる…。」
竜探求するような顔かと思った。もしくは水饅頭。と唸っているかと思えば、いやよく見ると気持ち悪いな…?と腕をさすっている。
「大丈夫か?」
「思ったより…。クラゲに目玉を…いや、水に漬けると膨らむビーズに眼球が浮いてる…?」
「アレは眼球に似ているが、スライムの核だ。」
覗き見ているシンジョウを置いて、スライムを一匹掴む。もう一匹も捕まえて戻ると、腰の引けているシンジョウがこちらを見ていた。
「え、それ素手でいけるの?」
「これは緑だからな。」
即答すれば、おおん…。と、謎の声を上げている。複雑そうな心境は伝わるけどな?なんとも形容しがたい。そんな顔になっていて面白い。
「水色は緩くて粘性が強い。獲物の器官に入って窒息死させる。水に強いため撥水材として使われるな。緑は触れられる程度に弾力がある。体当たりしてくるが、まぁ当たり所が悪ければ痣になる、程度だな。加工されて生活用品に並んでいるぞ。」
「若干恐ろしい単語がちらリズムしてるんだが…。わかりました。」
俺に捕まれている所為で逃げられないスライムを、シンジョウの前に差し出す。それにおそるおそる手を近づけて、指先で突いている。…そこまで緊張するものか?
「うわぁ、なんだこれ…。低反発?ぷにぷにしてる。」
二・三度突くと、慣れてきたのか手の平で撫で、両手で握ったりと、瞳を輝かせている。
「も、持っても大丈夫ですか?」
「一定の距離があると体当たりをしてくるが、動きが鈍いから平気だろう。他は特に害はない。」
「えええ、どんくさ可愛い…。」
抱える様に受け取ったスライムを、優しく撫で、頬を寄せて頬擦りをしては感嘆の声を上げている。それに対し、スライムが心なしかシンジョウの胸にすり寄っていて。
「おおお?!す、スライムくんっ?!どうしたのゼロさん!」
ぐしゃ、と音を立てて。思わずもう一匹を握り潰してしまった。…いや、別にイラついてなどいないぞ。ぼたぼたと核が潰れた所為で形を保てなくなった体液が、地面を汚していく。
「力加減を間違えた。」
「ええ…、スライムくんカワイソス…。ん、なにこれ?」
つい、じっとりとシンジョウに抱かれているもう一匹を見つめる。シンジョウが飽きたらすぐに潰そう。そんなことを考えていると、スライムの体液が染み込んだ場所に、核が転がっていた。
「それが、モンスターを倒したときに出てくる素材だ。スライムだと、『金』『体液』『核』のどれかだな。」
「そっか。うう、私も素材初ゲットしたいけど…。すでにスライムくんが可愛くて殺せぬ…。」
うんうんと唸りながら悩んでいるが、情が移るのが早いな。
「これから先も出てくるぞ。その後でもいいんじゃないか?」
「うぐぐ…。でも、なんとなくこの子がいい…。うん、次見つけたら殺ろう!」
この子はキープです!と言いながら、頬を摺り寄せていて。スライムに意志が通じるのかはわからないが、大人しくされるがままになっている。…テイマー職でないと、モンスターをダンジョンから連れ出すことは出来ないのだが、今言うべきだろうか。
いや、わかってもギリギリまで連れて行くといわれると、握り潰したくなってしまうな。
それなら出口で置いていく方が、まだ我慢できる…気がする。シンジョウは落ち込むかもしれないが、そんなものはいなくてもいい。何があるかわからないからな。危険だから、万が一のためだ。そう、言い訳を並べたてながら、機嫌よくスライムを抱えるシンジョウと、離れてしまった手に溜息をついて先へ進むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だんご、だんご、だんご、だんご、だんご、ふんふふふーん。」
団子じゃなくて見た目は水饅頭って感じだけどね!常温で、ゴム風船に砂を詰めたような、癖になる感触なのだ。重さは二㎏無いくらい?あと、全然逃げようとしない。寧ろちょっと擦り寄ってくれて、可愛い。
胸キュンしちゃうぜ!
「シンジョウ、近くにゴブリンがいる。」
「ヒエッ」
スライムくんとのイチャイチャに、終止符、うたれる。すぐさまゼロさんの一歩後ろにさがって、通路の先をみる。…?あ、確かに何か動いてるような?薄暗くてよくわからないんですが、え、ゼロさんあれ見えるの?
「マサイ人なの…。」
「?」
「暗いところも見えるのかい?」
「ああ、慣れだな。」
当たり前のように言うのね。んん、元騎士団長でしたねそういえば。兄のような保護者のような感覚が強すぎる上、Bランク冒険者だとおもってたから。忘れてた。
「流石にゴブリンを撫でるのは無理だ。シンジョウは女だから尚更な。」
「ああ~…、なんとなく理解してるので。ゴブリンと致すのはちょっと。」
やっぱりゴブリンとかオークってそういう生き物なのか。ごめんなぁ、くっ殺女騎士じゃなくて。まぁエロ同人以外では死んじゃうから、御免被るんだが。来世は小鬼絶対殺すマンさんの世界線に生まれないようにだけ祈ってる。
「…では、此処で待つように。」
「了解しました、隊長!」
思考を飛ばして、返事だけは元気に返したけれど、ああ、わかっていた。生き物を殺すということ。
濁った緑色の肌を持つ、尖った耳の子供。見た目はそれが一番近い。顔は険のある鋭い老人。目は澱んだ黄色の白目を、充血させて。開いている瞳孔は、ただ虚空を見つめて。だらりと舌を垂らす口には鋭い歯が並び、赤黒い血が滴っていた。
ゼロさんに、胸を一突きにされたゴブリンの死体は、まるで特殊メイク。リアルな作り物で。何処か遠い映像のようなそれを、でも、生臭い空気が、生暖かい血の匂いが、それが本物であることを証明している。
「シンジョウ、無理をするな。」
迫り上がってくる胃液を、気合いだけで押し返していた。嗚咽が零れないように、きつく唇を噛んだ。震える指先を誤魔化すように、スライムくんを抱き締めて。それでも、青ざめる顔はどうしようも無くて。
「っ、大丈夫。この世界で生きるから、慣れないと。」
少しずつでも慣れていかなければ、私はいざという時に、何の役にも立たなくなってしまう。いつ来るかわからない、来て欲しくない日のために、私は備えなければいけない。
そっと、ゴブリンの死体に手を伸ばす。ざらりとした乾燥した肌。熱の抜けた、冷えた蝋のような身体。ふるりと、腕の中のスライムが震えた。
「君達は、ダンジョンに作られたのか。それとも、囚われたのか。誰を傷付けて、誰を殺したんだろうか。まだ、何も成さずに死んだのか。もしそうなら。…次は、明るい日の下に生まれてくれ。こんな所よりは、きっと幸せに生きられるはずだ。」
魔物は、魔力から生まれ出た後、生き物としての繁殖も、生もある。
でも、ダンジョンは違う。
何度も生まれて何度も殺して、何度も殺される。それだけを繰り返し、繰り返し、繰り返し。もし君達に、意志があるなら。
…ダンジョンなんて、まるで地獄だ。
ゴブリンの死体に、自分が重なって見えた。ちっぽけで弱い私は、強い者の手によって、紙屑のように、簡単に死んでしまう。
この世界に呼ばれて、向こうの私が死んだように。
しゅうしゅうと音を立てて、ゴブリンの死体が溶けるように消えた。遺ったのは、小さな石。
「ゴブリンの核だ。…先に、進むか?」
拾い上げた石を、壁につけられている松明に梳かすと、濁った緑色をしていた。ゴブリンにそっくりなその色に少し笑って、
「進む。」
いずれ、殺す側にまわる、覚悟をつけるために。
先ずはここから。
シンジョウはゼロさんを、自分よりしっかりした余裕のある大人だと認識しているので、自分が相手にされているとはあんまり思ってないよ。窘められたり諭されたり、揶揄われてると勘違いする方が多い。愛情表現は割と男前だよ。
ゼロさんは乙女心担当なので悪しからず。お分かりと思いますが余裕もなく振り回されてます。