第四章 キャンス王国と邪龍棲まう祠 14話
「おーい起きろ。起きろって」
アステリオスは自分の頬をべしべしと叩かれているのに気づき目を覚ます。寝転がっている彼を見下ろしていたのは倉庫に入ってきたコブラであった。
「大丈夫か? 倒れていたぞ」
「あぁ、うん。これが完成した安心感で思わず」
アステリオスは充足感に満ちた笑みを浮かべながら目の前のミノタウロスを見る。コブラもそれを見るが、コブラは首を傾げた。
「なんか、寸胴じゃね?」
コブラが思うのももっともである。一度ミノタウロスに負けたコブラから見れば、このミノタウロスは少々弱そうに見えた。身体は太く、腕が短く、足も短い。
イメージとしてはとてもデカい盾である。確かに頑丈そうには見えるが、これではドラゴンの元へ行くのも一苦労しそうなほど、機動力が足りていない。
「うん。コブラの言う通りだよ。このミノタウロスは防御に特化させた。あのドラゴンの攻撃を、全て受けきれるようにね」
「明らかに俺が買いこんだ材料以外の物もあるが?」
「うん。それはバタラさんに買ってきてもらった」
「金の方は?」
「キヨが一生懸命集めてくれたからね」
「へぇ、すげえなそりゃ」
コブラはミノタウロスの周りをグルグルと周り、その全体像を見て心を躍らせる。
「そうだ。アステリオス」
「なんだい?」
「いや、聞いて良いのかわかんねぇけどよ。言っていただろ? 大事な話はあの日の後だって、何があった?」
コブラはアステリオスの真正面にどっしりと座った。アステリオスは少々悩んだが話すことにした。
「コブラ、実は僕、この国に入る前に一人の女性と出会ったんだ――」
その女性の名をロロンと言うこと。なぜかそれを二人には伏せたかったこと。初めてドラゴンを見た時、美しいと思ったこと。この国でロロンと出会った時にドラゴンに放った花火と同じ匂いがしたこと。ロロンがドラゴンの正体であったこと。この国には守護竜として乙女を一人竜に転生させること。そしてその守護竜を利用してキャンス王国の王クラブはこの国の金稼ぎのシステムを行っていること。洞窟に一人で行った時に何があったかを話した。コブラは色々頷きながらその話を聞く。
「あの王様、やっぱり気に食わねえと思っていたけれど、そういうわけだったか」
コブラはクラブの行っている方法に舌打ちをしている。
「なぁ、アステリオス」
「なんだい?」
「どうしてそのロロンって女との関係を俺達に隠したかったんだ?」
「わからない。なんとなく、彼女との思い出を胸にしまっておきたかったんだ」
「じゃあもう一つ。なんでお前はそんなに怒っている。ロロンはドラゴンとしての使命も、今のクラブに利用されている現状も受け入れている。赤の他人であるお前が怒りを向ける理由はなんだ? 確かに俺も使命だとかなんだとかいう頭の固い奴は嫌いだが、お前はそうじゃなかっただろう」
「ヤマトとかみたいなね」
「うっせぇ。今はヤマトのことは関係ない田ろ。話を逸らすな。どうしてだ?」
コブラは勝手に出ていったヤマトを思い出したからか、気持ち悪そうに下を出して機嫌を損ねた。
その間、アステリオスはコブラの言葉に対して熟考する。
「そうだね。僕は、彼女が苦しそうに、無理やり受け入れているのが、許せないんだ。彼女は、こんな目に合うような女性ではない。人のために身体を張れる勇気ある人だ。こんな扱いは不当だと僕は思う」
「そうか……」
アステリオスの言葉を聞いてコブラは胡坐を掻いて腕を組み、うんうんと唸る。
「なぁ、アステリオス」
「なんだい?」
「ロロンを旅に連れていけると聞いたら、どうする?」
アステリオスはコブラの言葉を聞いて頭の中で思い浮かべる。
いつもの食事に彼女がいる。みんなで燥いでいる時に、彼女がいる。ふといいカラクリが出来たときに、話しかけるところに彼女がいる。その想像を浮かべた時、思わず口角が緩む。
「なるほどな」
コブラは納得した様子で立ち上がり、アステリオスの後ろに回って、彼の肩に手を置く。
「アステリオス。お前、そのロロンって女に惚れてんだろう」
コブラの言葉にアステリオスは首を傾げたが、なぜだか気恥ずかしくなり、頬を紅潮させるが、その後すぐ、すっと身体にあった主にが外れたようなすがすがしい気分になった。
「……そうだね。コブラの言う通りだ。僕は彼女に、ロロンさんに恋をしているんだね」
「あぁ、まぁ俺もオフィックスにいた頃の女連中から聞いた受け売りだけどな。かっかっか」
コブラは何が嬉しいのか豪快に笑ってアステリオスの肩に腕を回す。アステリオスもなんだかおかしくなって笑ってしまう。
「だったらそれはモノにしねぇとな! しっかし流石俺を負かせた男だ! 器がでかいねぇ。ドラゴンに惚れるなんてよう」
「そうだね。これが恋なら。うん。強さを見せてこそのタウラスの男だ!」
アステリオスはいつもそばに置いているジェミ共和国でもらった重石を手に取り、持ち上げる。まだまだ上に上げ続けるには重たい。けれど、力が漲ってくるのがわかる。
「ありがとう。なんだか、答えが出そうで出なかったものがすーっと軽くなったよ」
「なら、良かった。しかし、お前のその闘いのために、俺らもやるべきことがあんだろ」
「そうだね。僕が今からやろうとしていることはこの国のシステムを壊すことだ」
「なら、やるべきことを俺はやっといてやるよ。お前も好きに暴れてこい」
「ありがとう」
コブラはアステリオスの頭をわしわしと撫でた後、倉庫から出ていこうとする。
「ねぇ、コブラ」
去ってゆくコブラをアステリオスは呼び止める。
「なんだ?」
「コブラには……いたの? その好きだった人」
アステリオスは単純な興味で問いかけてみた。
アステリオスはタウラスの頃から一緒にいるが、いまだにコブラのそういった部分は知ることが出来なかった。故に興味が湧いたのだ。
「あぁ、いたよ。いわゆる初恋ってやつだな。その人との思い出を独り占めにしたいから誰にも教えてやんねぇ」
コブラはアステリオスの方を見てべーっと舌を出して笑った。アステリオスはその顔を見てさらに笑った。
「さて、その事実すらキヨには話すなよ。恥ずかしいからな。男だけの内緒だ」
そういってコブラは去っていった。
アステリオスはそのコブラを見た後、新しく完成したミノタウロスを持って祠で待つ彼女の元へ向かった――。
アステリオスは重たいミノタウロスを台車に乗せて祠のある洞窟まで向かってゆく。
道行く人はそんなアステリオスを奇怪な目で見つめる。
「なんだ? あのガキ」
「なんかでっけえ鎧持っているなぁ」
「重そうだな。手伝おうか?」
ドラゴン討伐に来た戦士たちがアステリオスに話しかけてゆく
「ううん。大丈夫。これは僕一人で運ぶんだ」
「へぇ、どこまで運ぶんだい?」
「ドラゴンのいる祠さ。これは一度来てしまえば移動に時間がかかるからね」
男たちはアステリオスの真剣な眼差しに何かを感じ、笑みを浮かべる。
「お前。それでドラゴンを倒す算段を付けたのか?」
一人の男がアステリオスに問い詰める。アステリオスはどう答えたものか思案した。
男の下卑た笑みに彼の意図を読み取れたからだ。
「俺たちも一緒にドラゴン征伐手伝ってやろうか?」
「いや、結構だよ。手柄を山分けなんか言われたら仕方ないしね」
その言葉に男は舌打ちをした。どうやら図星らしかった。
「そうかい。悪いことをしたな。頑張れよ」
男たちは小馬鹿にしたような口調でアステリオスを応援して去ってゆく。アステリオスは去った彼らをしばらく見つめた後、さらに歩みを進める。
「聞いたわよ。アステリオス」
歩いていると、国の扉近くでキヨが待っていた。
「キヨ。どうだい? 絵の売り上げは」
「大変よ。おかげで染料が足りなくて、国の衣服屋とかに協力してもらってなんとかねぇ。けど、おかげでかなり集まったから当分は旅のお金は困らないわよ」
自慢気に笑みを浮かべるキヨにアステリオスもつられて笑みを浮かべる。
「アステリオス」
「なんだい?」
「コブラから聞いた。今からあのドラゴンと闘いに行くんでしょう? コブラはやることがあるって行ってどっか行っちゃった。私にも出来ることはないかなぁって思ったんだけど……」
キヨは少し申し訳なさそうに俯いた。彼女は自分が何をすべきかまだ決めあぐねているのだろう。彼女が自分のために頭を悩ませてくれている事実にアステリオスは頬が緩む。
「ありがとうキヨ。じゃあ、一つお願いを聞いてもらおうかな」
「何?」
「今から僕はあのドラゴンと一対一の喧嘩をする。キヨ、その洞窟に誰も入れないで欲しいんだ。さっき、戦士たちに声をかけられた。きっと僕が作ったこのミノタウロスにドラゴンに勝てる勝機を見いだしたんだろう。もしかしたら僕がドラゴンと闘っている時に邪魔をするかもしれない。頼まれてくれるかい?」
キヨは嬉しそうに何度も頷いた。
「任せて! アステリオスのお願いだもの。何人たりとも洞窟には入れない」
そして二人は国を出て、洞窟の前まで共に歩き、キヨはその場にとどまり、アステリオスはミノタウロスの中に入り、ロロンのために作った究極のカラクリを起動させる。
「じゃあ、行ってきます」
「えぇ、いってらっしゃい」
アステリオスの言う通り、寸胴型の鎧であるミノタウロスの一歩一歩はゆっくりとしていて、姿が見えなくなるまで時間がかかった。
キヨはアステリオスの姿が見えなくなるのを確認すると、弓を構えてすぐに振り返る。
「既につけてきている人もいるみたいね」
キヨは矢を放ち、牽制する。
「今日のドラゴン征伐は私の友、アステリオスが一任する! 何人たりともこの洞窟には入らせないわよ!」
キヨは威嚇するように吠えた。物陰に隠れていた男は思わずにやけた。
あの少年が持つ鎧は、きっと物凄い力を持っているに違いない。だから彼らは宝を独り占めするためにこのような作戦をとっているのだ。
ドラゴンが倒れる瞬間に自分が立ちあえないことなど許されない。ここまで頑張ってきたのだ。一攫千金。キャンス王国の宝を少しでも自分の手に渡らなければ納得がいかない。
男はキヨに背を向けて逃げた。しかし、諦めたのではない。
広めに行ったのだ。今日こそがドラゴンが沈む日としよう。何かを掴んだ少年を起爆剤に、皆で結束すればあのドラゴンを倒せる。
そうすれば山分けだ。みんなも見たはずだ。あの少年の鎧を。あれがあれば勝てると思うはずだ。みなが集まる――。




