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第四章 キャンス王国と邪龍棲まう祠 13話

 キヨの任務は順調だった。キャンス王国にある広場前で座り込み、男に声をかけ、絵を描こうと提案する。座り込む場所には過去に書いた絵の中でも渾身の出来の物を飾る。これを見た者たちは興味を持ち、彼女に話しかける。

「はい、なんでも描きますよー」

 リクエストされた絵を木版に描く。自分を書いてくれという人もいれば、過去に描いた絵を見て「この絵をくれ」という者もあった。

 キヨは少し渋った後「今ここで同じ絵を描いてはいけませんか?」と提案すると、相手はそれを承諾してくれた。

 このようなことを続けていくうちに金銭は溜まっていく確かにこの国にいる者は金遣いが少し荒いように思える。しかし、それはキヨにとっては好都合であった。

「ふぅー」

 客足が落ち着いてキヨは小さく溜息をつく。人のために絵を描くと失敗は許されないし、待っている人がいるからスピードも求められる。いつも描いている風景絵と違って人を書くことも思いのほか時間がかかり、疲労がたまる。

 キヨは右腕につけている腕輪を撫でる。

 腕輪は、こうして外で絵を描くことを願っていた少女の誇りそのものである。それを撫でると、不思議とまたやる気が満ちてくる。

「よし!」

 キヨは気合いを入れ直して立ち上がる。

「すみませーん! 絵、一枚いかがですかー!」

 大きな声で呼び込みをする。最初の方は不安しかなかったが、少しずつ利用者が出てきて、すっかりその不安は消え去っていた。

 人のために絵を描く大変さと、喜びをかみしめて、キヨは満面の笑みで仕事をしていた。

「キヨ。順調なようだね」

 そんなキヨに洞窟から戻ってきたアステリオスが声をかける。

「うん。なんとか。どう? これで足りそう?」

 キヨは金銭を入れていた箱をアステリオスに差し出す。中を確認するとアステリオスが想像していたよりも多くの金額が入っており、目を輝かせた。

「流石キヨ。凄いよ!」

「ありがと。アステリオスの頼みだもん。張り切ったわ」

「後はコブラだね」

「コブラなら、先に宿に戻ったって。買った材料はバタラさんに預けてあるってさ」

「流石コブラ、仕事が早いね」

 キヨはアステリオスと共に宿に戻るために帰り支度をする。

「キヨ、もしこの国で描きたい絵があるならば、ゆっくり描くといいよ」

 宿に向かう帰り道でアステリオスが言った言葉にキヨは首を傾げた。

「いいの?」

「うん。この『星巡り』は僕一人で達成するよ」

 アステリオスの言葉にキヨは驚く。否定しようと思ったが、アステリオスの目を見て、彼が本気なのを理解し、出そうになった言葉を飲み込んだ。

「そう。ありがと。じゃ、金稼ぎついでに色々観光させてもらおうかな」

「ありがとう。コブラにも伝えておいて」

「アステリオスはこの後どうするの?」

「ちょっとミノタウロスが出来るまで、バタラさんに借りるつもりの倉庫に籠るよ。三日はかからないと思うんだけど……」

 アステリオスは今すぐにでも作業に取り掛かりたいほどであった。

 いまだに昂ぶった感情を抑えることが出来ていない。

「わかった。コブラの奴、ゆっくり眠れるって聞いたら喜ぶでしょうね」

「うん。材料とか、またお金とか頼むことがあるかもしれないとだけ伝えといて」

「えぇ、貴方が一人で何かを成そうと言うなら、私とアステリオスは全力でサポートするわ」

「ありがとう」

 そしてアステリオスは倉庫に籠り、作業を始めた。ロロンと喧嘩をするのだ。しっかりと、頑丈で、強くて、自分の意志を伝えることが出来る『ミノタウロス』を。ウラノスを倒すために一生懸命作った『ミノタウロス』それよりもさらに強い。そして彼女の全てを受け止めることが出来るような頑丈なミノタウロスを。ジェミ共和国で出会った。強くて優しい理想の『ミノタウロス』を――。


 一人で倉庫に籠って作業に没頭するのはいつぶりだろうか。タウラスを出てからは、コブラたちに見られ、少しずつ進めるしかなかった。ジェミ王国ではミノタウロスさんに手伝ってもらっていた。

 こうして一日かけて作業をしていたのは、タウロスにいた頃、まだミノタウロスが完成していなかった頃である。

 アステリオスの母は身体が弱く、父は山にこもって修行中に命を落とした。

 アステリオスが生まれて数年後に母も無くし、アステリオスは親戚に預けられていた。

 身体の弱い母の影響か、アステリオスはいつまでも身体が発達しなかった。同年代の人間たちよりも身長が小さく、生きづらさを感じていた。

 己の力を持て余した子どもほど暴力的なものはない。彼らは小さな身体のアステリオスに対して己の力を誇示した。

 そして弱いアステリオスを叱責した。背が小さくても鍛えて強くなった男もいる。しかし、アステリオスは体力もなかった。

 周りに居場所のないアステリオスは、優しくしたお爺さんから頂いた『ヘラクロスの冒険』にのめり込んだ。

 親戚から姿を隠すために、物入れに活用されていた元両親の家に籠ってその本を読んだ。

 その中に出てくる圧倒的な力を持つヘラクロスよりも、彼の横にいる超常現象を起こす奇術師カガクの存在であった。

 カガクの真似をしようとアステリオスは必死に鉄くずを弄った。鉱物を探して試した。草花を絞ったり、茹でたり様々なことを試した。

 カガクについてわかるようになってきた時に、アステリオスはまた叱責をくらった。

 奇怪な行為をしている者を恐れるのは当然だ。ヘラクロスの冒険内でもカガクは人里離れた山奥で住んでいた。奇術師が迫害されるのはカガクも、アステリオスも同じだったのだ。

 アステリオスは悔しかった。カガクが編み出した奇術は覚えれば誰にも出来る夢の力だ。

 彼はそれをわかってもらいたかった。そのためにアステリオスは『ヘラクロス』を作ることを始めた。

 自分が中に入ることの出来る人形。鉄屑を溶かして形作り、空洞を作り、中から自由に手足を操縦できるように何度も何度も試行錯誤を繰り返した。アステリオスに友はいなかった。故に皆が友と語らい、切磋琢磨している頃、アステリオスは物語の中の人物、カガクの力を用いて、物語の中の人物ヘラクロスとなるために試行錯誤を繰り返した。

 そうして生まれたのが『ミノタウロス』であった。作り上げた時に舞い上がったアステリオスは、喧嘩祭りでもないのに、タウラス民国最強の男ウラノスに野良試合を挑んだ。

 結果はボロ負けであった。プロトタイプでは何も出来なかった。

 カラクリであることをバレてしまうのではないかと恐れたが、ウラノスは何も言わなかった。

 彼はただ倒れるミノタウロスに対していった。

「力の手に入れ方はなんでも良い。それで大切な物を守れるならな。お前はお前のやり方で精進しろ」

 ウラノスはきっと知っていたのだ。アステリオスはウラノスに羨望の眼差しを送った。

 彼に勝ちたい。正式な場で。そしてみんなにカガクの編み出した奇術と、その技術で作ったカラクリを認めてもらうために――。

 あの時はウラノスのことばかり考えて作り上げたのが完成版ミノタウロスであった。


 ウラノスを倒すためにミノタウロス。ジェミ共和国で出会った自分の理想のミノタウロス。その全てを頭に巡らせ、そして何より。

「ロロンさんに勝たないと」

 彼女、ロロンのことを考えながら物を作る。

 最高の存在ドラゴン。それを超える力を作らないといけない。圧倒的な力を持つ『ミノタウロス』――。

 構想を練るのにも時間がかかった。最初の一日なんかはコブラに買いだしてもらった材料を睨み、ロロンのことを考えながら唸っているだけであった。

 二日目、ロロンのことを考え続けて、まだはっきりとした答えは見えなかったが少しずつ制作を始めて、素体を作る。けれど、まだ自信を持てない。

 三日目。アステリオスはなんだか楽しくなってきた。ここまで一人の人間だけのことを考えたのはいつぶりだろうか。ウラノスに勝ちたいとミノタウロスを作っていた時は最強のカラクリを作ろうとしただけでウラノス本人について考え続けたことはなかった。

 アステリオスはこの楽しさの正体を過去に感じていないか考える。

 足腰の弱くなったお爺さんに車輪を取り付けた椅子を作ろうと考案していた時だ。

 お爺さんは、アステリオスに本をくれた恩人であった。彼のために何かできないかと考えていた時、アステリオスは不思議と笑っていたのを思い出す。

「よし、少し見えてきた」

 アステリオスは気づく。誰かのことを考えて物を作ることはこれほど楽しいことなのだと。

 タウラスの時は、金儲けと自分の趣味で色々な料理を作っていた。けれど、今はコブラたちのためにご飯を作っている。あの頃よりも、今の方がとても楽しい。コブラはキノコの類をあまり好まなかったり、キヨは肉に塩を入れて食うのを好んでいる。

 そういうところに気づいていくと不思議と頬が緩む。

 ロロンは、何が好きなのだろうか。

 それを知るためにも、このミノタウロスを完成させなければならない。

 このミノタウロスを使って、ロロンとわかりあうのだ。

 自分のこと、ロロンのこと、タウラス民国のこと、キャンス王国のこと。さまざまなことを考えてながら手を動かす。

 ふと、自分がウラノスに負けた時のことを思い出す。

「よし、見えてきた」

 そして四日目の朝、ミノタウロスが完成して、アステリオスはその達成感で気絶するように眠った――。




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