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5、にっちもさっちもいかなくなって、俺はやむを得ず魔王討伐に向かうことにした。

 夕飯には、ストックしてあったカップラーメンを食った。

 ちんまいのは、それも「おいしーです!」を連呼しながら平らげた。プリンといい、カップ麺といい、あの体積の食物をそのちんまい身体のどこに納めてるんだ。

 どんなに食べても腹ぺったんこで太らないちんまいのがうらやましい。


 その夜風呂に入った俺は、多少出っ張ってきた腹が気になって、ちんまいのに訊いてみた。

「身体が着る服に合うようにする魔法ですので、元の身体に影響するものではないです」

「痩せたままにするって魔法に変更できない?」

「最初からそうおっしゃっていただければ、そのようにいたしましたのに。わたくしは神様の力を使って、一度だけ勇者様の願いを叶える魔法しか使えないのです。願いを変更となりますと、一度叶えた願いを消して、新たに願いを叶えるという二つの魔法を使わなければなりません。ですが、わたくしが使えるのは、自分の日用品を出したりしまったりするくらいの魔法のみで、勇者様に魔法をかけられるほどの魔法力はないんです」

「てことは、もらった能力をキャンセルできないってこと!?」

 ちんまいのはにっこり笑って言った。

「わたくしには無理でも、神様でしたらできると思います。魔王討伐成功のあかつきには、神様から改めてお礼いただけることになっていますので、その時にお願いしてみてはいかがでしょう?」


 これは何だ? 詐欺師の罠か?

 欲しくもない商品を受け取ったら高額支払いを要求されて、返品しようにも支払いを済ませなければ返品不可だという。

 勘弁してくれよ! 妹が選んだ服を着れるようになったらいいなとは思ったけど、知らない世界に行って命かけなきゃならないなんて代償が高すぎる……!


 床にへたり込む俺に、ちんまいのの弾んだ声が聞こえてきた。

「勇者様! もしかして準備が整ったのですか? そうしましたら早速参りましょう! 魔王討伐へ!」

 ちんまいのは両手を掲げて光を放ち始めた。

 俺は慌てて止める。

「待て! 待て待て待て! 魔王討伐だぞ!? そんな簡単に準備が整ってたまるか!」

 すると、ちんまいのはあっさり両手を下げた。

「そうですよね。それではもうしばらくお待ちいたします。万全の準備が整ったら教えてくださいませ」

 ちんまいのがチョロくて助かった!



 キャンセルできないのなら、この能力を上手く隠して生きていけばいい。

 ──と気持ちを新たにしたのはいいけれど。


 翌日、購入したばかりのスーツを着て出社すると、件の女子社員に眉をひそめられた。

「また痩せてない? そんなにころころ体型が変わって、ホントに大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。体重ももう落ち着いたからさ」


 ところが家に帰って確認したら、新しく購入したスーツは手持ちで一番小さいのよりもう1サイズ小さかった。

 ぼんやりした記憶だけを頼りに買うんじゃなかったと、激しく後悔したのは言うまでもない。



 次の週末、俺は買ったばかりのスーツを持って、別の紳士服の店に行った。

「これと同じサイズのスーツをください。スラックスの丈はこれと同じで。予算は……」

 俺の財布には、解約した定期預金が入っている。将来のために地道に貯めてきた金だが仕方がない。


 それには、のっぴきならない事情がある。

 買ったばかりのスーツを交互に着ようとしたら、例の女子社員に「着回しはもう少し日数を空けて」と指摘されるし、それで仕方なく別のスーツを着れば、取引先にも不審がられた。

「もしかして、あなたは双子ですか? いやね、ウチの従業員たちが別人じゃないかって騒いでるんですよ。こんなにも短期間で目に見えて痩せたり太ったりするのはありえないから、よく似た誰かが時々入れ替わってるんじゃないかって。ホントに入れ替わっていたら信用問題にも関わることですが、前回、前々回の話も普通に通じるし、どう考えたってご本人なんですよね。いや、変なことを言ってすみません。忘れてください」


『信用問題にも関わること』

 ヤバい! 信用なくして営業成績が落ちたら査定に響くじゃねーか!

 金を惜しんでる場合じゃないと、崩した貯蓄を手にして立ち寄った紳士服の店では、ライバル店で購入したスーツを持ち込んでサイズや裾上げの指定をし試着を頑なに拒む客に、不審の目を隠すことはなかった。

 ……この店も二度と来れねーな。


 その店でも同じセールをやっていたので、スーツを二着買った。

 今年買ったスーツは四着。今までにない散財になったが、これで着回しに困ることはなくなったはずだ。


 ところが、新しく買ったスーツを着て会社に行くと、かの女子社員からまたもや不審げに声をかけられた。

「先週と比べて、なんだかスレンダーな感じになってない?」

「へ?」

「先週も痩せてた時は痩せてたけど、もうちょっと胸板が厚いというか、もっと筋肉質な感じだったように思うのよね。でも今日は何だか筋肉薄いというか……」

「で、デザインが違うから、そんな感じに見えるんじゃないのかなっ」

「デザインの差だけなのかなぁ……顔も先週よりほっそりしたみたいだし……」

 首を傾げる女子社員をその場に残して、俺はすたこら退散した。


 その夜、俺は先週末に買ったスーツと、先々週に買ったスーツを並べて見比べた。

 同じ号数なのに、肩幅が微妙に違う。胸囲も先々週に買ったほうのが少し長い。

 この微妙な違いを見抜くなんてすごいな女子社員! ──じゃなくて! 何で同じサイズなのに長さが違うんだよ!


 と、ふと思い出す。妹に正直にサイズを伝えたのに、妹が買ってきた服が着られなかったことを。

 これはあれか? メーカーによってサイズの基準が微妙に違うってことか? だとしたら同じサイズの服を買ったつもりでも、体型が微妙に違ってしまうってことじゃないか!



 どーすりゃいいんだよ……。

 悩みに悩んだその週の終わりの日、係長が部署全体に聞こえる大声で言った。

「おお~い。今週の土日は慰安旅行だからな~忘れんなよ~」

 一人が手を挙げて質問する。

「行き先どこでしたっけ?」

「例によって例のごとく、温泉宿で宴会だ」

 げ。

 顔をひきつらせる俺の肩に、仲のいい同僚が腕をかけてきた。

「仲良く温泉に浸かって、おまえのここ最近の肉体改造の秘訣を教えてもらおーじゃねーか」

 んなことできるわけねーだろ!


 俺は週末、係長に風邪を引いたと電話をして慰安旅行を欠席した。



 翌週明け、またあの女子社員に声をかけられた。

「風邪引いて寝込んだって聞いたけど、大丈夫なの?」

「あ、ああもうすっかり」

 女子社員はためらいながら言った。

「急激に痩せたり太ったりするから、風邪なんかひくのよ。なんかもーほっとけないから、あたしが体調管理してあげる」

「へ?」

 女子社員は頬を染めながらむっとした。

「だから、付き合ってあげるって言ってるの! 察しなさいよ、このバカ。とりあえずこれ」

 押しつけられた小さな袋を、俺はとっさに受け取る。

「それ、あたし特製のヘルシー弁当。お昼はそれ以外食べるんじゃないわよ」

 言うだけ言って、女子社員はすたすた去っていく。


 俺はきつねにつままれた気分でそれを見送った。

 ──付き合ってあげるって言ってるの!

 ──あたし特製のヘルシー弁当。

 二つの台詞が、頭の中をぐるぐると巡る。

 ──付き合ってあげる。

 ──あたし特製。

 ──付き合ってあげる。

 ──あたし特製。

 ──付き合ってあげる。

 ──あたし特製。

 ……つまり女子社員が俺のカノジョになって、お手製の弁当をくれたってことか?


 人生初のカノジョにカノジョ弁当!

 ブラボ──────!!!


 舞い上がりながらデスクに向かうと、同僚たちから冷やかされた。

「おまえさっき廊下で告白されてたろ」

「痩せたり太ったりするようになってから、おまえツキにツイてるだろ。うらやましかー!」

 いーだろ、いーだろ。もっとうらやましがってくれたまへ。


 テンション上がったところで取引先に向かい、大口の注文を取って意気揚々と会社に戻る。かわいいお弁当袋を持って取引先に行くわけにはいかないから、わざわざ会社に戻ることにしたのだ。

 大口契約が取れたことを上司に報告してデスクに戻ると、みんなからまた賞賛やお祝いの声をかけられる。


 そんな中で、俺は待望の弁当を開いた。

 おー!

 おかずが何種類も入っていて、彩り鮮やかで美しい! 女子力高いな、俺のカノジョ!

 同僚たちに冷やかされながら俺は弁当をほおばった。


「………………」

 この沈黙は味のせいじゃない。どれも旨かった、文句なく。

 だが、量が少ない。おかずは全部一口分しかなくて、白飯に至っては三口で終了してしまった。

 これじゃ男の腹は膨れない。明日からはもっと量を増やしてくれるよう頼んで、今日はコンビニかどこかで足りない分を補うか。


 弁当箱を返すために廊下に出ると、カノジョが廊下でうろうろしていた。俺に気付くと、おずおずと近付いてくる。

 その顔に浮かぶのは、不安と期待が入り交じった表情。

「お弁当、どうだった? 口に合った?」

「旨かったよ。あ……ありがとう」

「よかった! 明日も作ってくるね」

 カノジョのほっとした表情を見たもんだから、俺は足らなかったとは言い出せなかった。



 翌日も、その翌日も、カノジョは手の込んだ弁当を作ってきてくれた。

 俺はそのケナゲさに心打たれて、昼間はカノジョの弁当しか食べなくなった。


 が、その反動で夜に食べる食べる。

 買って帰った弁当だけでは足りず、カップ麺や菓子類、果ては朝食用の食パンまで。

 こんなことしてたら、カノジョの厚意が水の泡だろ!

 心の中で自分を叱咤してみても、抑圧から解放された食欲はとどまるところがない。



 そんな日々を送るうちに、俺はどんどん太っていった。

 ヤバいヤバいと思いながらも不節制に歯止めが利かないのは、スリムな服を着れば簡単に痩せられるからだ。



 寝間着代わりにしていたジャージは能力をもらったあの日以降着ていない。体型が丸々するだけでなく、その見た目通りに身体が重くなるので動くのが大変なのだ。なので、妹が選んで俺が金を出したあの服を部屋着にしてしまっている始末だ。


 ある夜ふと思い出して、俺はクローゼット下のタンスを開けて中を確認した。

 するとあるある。まだ痩せていた頃に、当時のサイズに合わせて買ったジャージがいくつか。緩いサイズのほうが楽だからと思ってでかいサイズのジャージを購入してからは、ずっとしまいっぱなしにしていたものだ。

 物持ちのいい(単に捨てられないだけともいう)自分に感謝しながら、古びたよれよれのジャージを出して着る。

 やっぱり、外出着よりジャージのほうが落ち着くなぁ。

 久々にリラックスした俺は、菓子をつまみつつ、ちんまいのに「これもレベル上げの一環だ」と言い訳しつつ、夜遅くまでゲームを楽しんだ。


 日付が変わる頃、そろそろ寝ようと思って、俺は歯磨きをしに洗面所に行く。

 そこで、信じられないものを目にした。

 痩せてはいるが、くたびれた顔をした自分。

 十歳は老け込んで見えるその顔に、俺は唖然とした。


 俺は痩せたらかっこよくなるんじゃなかったのか?


 俺はどたどたと足音を立ててちゃぶ台の側まで戻って怒鳴った。

「これはどういうことだ!?」


 その瞬間、またもや三方からどんっと文句の音が響く。

 だが、俺はそれどころじゃなかった。

「これってなんですか?」

 タオルの即席ベッドに入りかけたちんまいのが、きょとんとしながら俺を見上げる。

「これだよこれ! 俺の顔がいつもと違ってくたびれてるじゃないか!」


『うるさい! 何時だと思ってるんだ!?』

 今度は怒鳴り声まで聞こえてきて、俺はさすがにおとなしくすることにした。


 そんな俺の事情に頓着する様子もなく、ちんまいのはにこにこしながら答えた。

「くたびれた服を着ればくたびれた顔になるに決まっているではありませんか。どんな服を身につけようと、勇者様がその服に似合う姿形になりますようにと願いながら能力を授けさせていただきましたから」

 俺は口をあんぐり開けた。

 それはあれか? 子供服を着れば子供に、女物の服を着れば女にしか見えない顔になるっていうことか?

 それは極端だとしても、服それぞれに似合う顔に変化するんだとしたら、タイプの違いすぎる服を他人の前で着回せないじゃないか!

 はっ! 取引先で別人に見えるって言われたのはもしかしてそのせいか!?


 なんつーめんどくさい能力を授けてくれたんだ、ちんまいの!



 それからというもの、俺は能力を隠すことに必死になった。

 だって、あれだろ。服によって顔や体型がころころ変わる人間なんて、特殊メイクといったタネがなければ気味悪いに決まってる。謎のちんまいのにそういう能力を授けられたんだと説明しても、誰が信じるだろうか。

 ちんまいのを世間に出せば信じてくれる人も出てくるかもしれないけど、未知の生物として人体実験される危険にさらすのか? 俺の言うことをバカ正直に信じて、気長に待ってくれているちんまいのを?

 俺はそこまで鬼畜じゃない。だとしたら、ひとに不審がられないよう、着る服に気をつけるしかない。



 俺は遠くにまで出掛けて持っている服と同じメーカー、同じ型のスーツを買い足した。それでも色柄で顔立ちが変わるらしく、「この間のスーツと色柄が違うから、印象が変わって見えるだけじゃないですか?」と必死にごまかす。


 にもかかわらず、妹からこんなメールが来た。


『ねえねえお兄(絵文字)

 最近この辺りで、顔や体型がころころ変わる男が出没してるってウワサ知ってる?

 営業マンらしいんだけど、会うたび顔も体型も違うってSNSで拡散してるの(絵文字)

 なんでも、短期間でそこまで変わるかってくらいの変わりようなんだって(絵文字)

 それにきわめつけなのが、紳士服の店でどう見たって着れると思えないサイズのスーツ買った客が、着て帰るって言って試着室で着替えて出てきたら別人のようにかっこよくなって出てきたんだって(顔文字)守秘義務とかあるみたいでどこの紳士服の店のことかわかんないけど、さすがにそこまではありえないよね~(絵文字)

 お兄も営業マンだし、この間会ったとき別人みたくかっこよくなってたけど、お兄のことじゃないよね?

 変なこときいちゃってゴメンネ(絵文字)

 今度一緒に服買いにいこ(絵文字)せっかくイケメンになったのに、お兄のセンスじゃ台無しにしそうで心配(絵文字)

 週末の予定空けておいてね(絵文字)』


 スーツ買い込んで預金すっからかんの俺に、私服を買う余裕なんかねーよ!

 てか、SNSで拡散って何だ!?

 孤独を愛する(単にぼっちとも言う)俺はSNSのことなんてネットニュースでちらっと見るだけだけど、妹がわざわざメールしてくるほど話題になってるのか!?


 とりあえずしらばっくれて、週末はどうしても抜けられない用事があるとごまかした。



 それから少しして、弁当箱を返した時にカノジョにすねられた。

「プレゼントが欲しいとか言わないから、せめてデートには誘ってほしいって思うのよね」

 しまった! うっかりしてたー!

 毎日弁当作ってもらってて、お礼の一つもなしかよ、俺!

 プレゼントなくていいからデートに誘ってって、なんてかわいらしいことを言うんだ、俺のカノジョ!

 これはあらゆる情報を入手して完璧なデートに誘わなくては──と思ったところで、さぁっと血の気が引く。


 デートにビジネススーツは着ていけない。

 だが、ビジネススーツ以外の服を着れば、間違いなく顔が変わる。


 妹が選んだ服を着た顔とスーツ顔が明らかに違うことは確認済みだ。はっきり別人と言い切れるほど違う。

 だから別の私服を用意しなくてはならないが、スーツ顔と変わらない私服ってどんなだ!?


 内心冷や汗をだらだらかいてると、カノジョは泣きそうに表情を歪めながらうつむいた。

「あたしとデートって迷惑? もしかして他に好きな人がいるの? お弁当おいしいって言ってくれるのに、ウチに来て作ってほしいって言ってくれないし」

 いやいやいや、恋愛初心者の俺にその発想はハードル高すぎ! ──なんて軽口を叩けるわけもなく、必死に別の言葉を探す。


 言い訳の一つも出てこないうちに、カノジョはぽろっと涙をこぼした。

「カノジョになってあげるなんて図々しいこと言ってごめんね。もう迷惑かけないから。短い間だったけど、カノジョでいられて嬉しかった。さよなら……っ」

 そう言って、カノジョは廊下を走って行ってしまう。



 俺がふがいないせいで、カノジョを傷つけてしまった。

 俺に何ができただろう。

 カノジョにだけは、正直にちまいのからもらった能力のことを打ち明ければよかったのか? ……ちんまいのに会わせて、事情を説明して?

 ──────って、ちんまいのとしばらく同居してることも打ち明けなきゃならなくないか!? それはダメだろう! いくら小さくても、出るとこ出た(親指の付け根が確認済み)妙齢の女性だ。同じ部屋に寝泊まりさせてたと聞けば気を悪くすんじゃないのか?


 やっぱりちんまいのも能力も隠し通すしかない。

 でも隠し通せるのか?

 会社ならともかく、カノジョが新しくできて、デーとして。仲良くなっていけばお泊まりデートだってあるだろう。その時にカノジョに見せられるか? 服を脱ぐとぶよんと膨らむ俺の身体を? それはダメだろう! 服で身体を締め付けてたなんて言い訳は通用しないだろうから、急に太った俺に幻滅して気味悪がられるに決まってる。

 服をずっと脱がないというのも不自然だ。結婚すればなおさら。


 一生結婚せず、カノジョも作らず生きるのか? それもアリだが、会社の慰安旅行は? 何らかの事情で他人の前で服を着替えざるを得ないこともあるだろう。そういえば、今の季節は暑くないから背広を脱ぐことはないが、背広姿とワイシャツ姿で顔は一緒だったか? もし事故や病気で意識不明になった時、治療目的で服を脱がされることもあるんじゃないのか? その際に身体が膨らんだら、治療に当たってくれる人たちが驚いて逃げて放置されておだぶつだ。そうならないために痩せなくては。どんなダイエットをしても痩せられなかった俺が痩せられるのか? スリムな服を着れば痩せられることに味をしめて不摂生を戒められない自分が?



 心配事が一気に襲ってきて、その日の午後は仕事にならなかった。

 帰り道も、夕飯を買うのも忘れてひたすら考えた。

 部屋の鍵を開けて中に入り、ワンルームのアパートの居間兼寝室の電気をつける。

「お帰りなさいませ!」

 いつものように、元気に挨拶してくるちんまいのを、俺は途方に暮れた目で見つめた。


 見ず知らずの世界のために命を懸けるのは嫌だ。

 だがこの能力を持ったまま、日本で平穏無事に生きていける気がしない。

 何より、考えることに疲れ切ってしまっていた。


 この苦行から解放されたい。


 俺はとうとう屈した。

「……異世界に行って魔王を倒すよ」

 ちんまいのはぱあっと表情を明るくして言った。

「ようやく準備が整ったのですね! では早速参りましょう!」

「ちょっと待って。もうちょっと準備したいことがあるから……」

 ホントは今から準備をするのだと、正直なことを言えない俺だった。

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