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友達

「~♪」


クロマルド邸の一室、かつての子供部屋に二人の少女と一人の女性がいる。

少女の一人はベッドに腰掛け、白く長い髪を後ろで束ね、整った顔に慈しむかのような表情を浮かべながら静かに本を読んでいる。

その傍らでは黒く艶のある髪を流し、可愛らしい顔に薄く笑みを浮かべながらピアノを弾き続ける少女がいる。

5歳を越えたイィリエス・クロマルド(イィリ)とエィリエス・クロマルド(エィリ)の姉妹だ。

2年前の地下室の一件以来音楽に興味を持ったエィリは、4歳には音楽家に弟子入りし、自宅においても練習を欠かさなくなった。

初めの頃こそミスも多く、引き直事も多かったのだが、今では余程早い曲でもない限りは大体弾けるようになってきている。

練習の場合はともかくとして、自室で気ままに弾くときはイィリの趣味も手伝ってややスローペースな曲が多い。今弾いているのもそんな曲だ。

5分程の曲を弾き終えると、エィリはゆっくりイィリに振り替える。


「綺麗な曲でした。いつもありがとうございます。エィリ」


イィリも本を閉じると、目を細め口元に笑みを浮かべながら言う。

この世界では娯楽はとても貴重だ。テレビもラジオも漫画も存在しないので、路上演奏とパフォーマーを除けば、展覧会か劇場でしか娯楽にありつけない。

まして、日中出歩くことのかなわないイィリには貴重な娯楽である。


「そう言ってくれて嬉しい。姉さん」


この双子は、幸か不幸か生れながらに互いの感情を感じ取ってしまうので、口にされずともエィリにはわかっている事だった。

それはおろか、音楽ばかり聞いて読書が出来ていないことまで気づいている。

しかしそうであっても、口にしてもらえるのは嬉しい。

そうしてエィリは更に練習に対するモチベーションを増やしていくのだ。

褒めて伸ばす、古今東西天才とはこうして作られるものである。


「凄いですよ、エィリお嬢様。私ではたとえ暗記していてもお嬢様の様には手を動かせないかと思います」


そう言ったのはお側付のイーニス・イル(ニス)だ。

整った顔立ちだが、可愛いという人は残念ながら少数だろう。

代わりに背も高く、カッコいいと呼べる容姿のメイドだ。

その表情は明るく嬉しそうで、その言が嘘ではないことが良く分かる。


「ありがとう、ニスさん。でもお師様にはまだまだだって言われるわ」

「音楽はそう直ぐ身に付くものではありません。ですがこの前迎えに上がりました時、『覚えるのが早いから直ぐに一人前になる』と仰っていましたよ?」

「その『直ぐ』って何年先なのかしらね?」


ニスの言にすこしおどけるように答える。

エィリもそう易々と一人前になれるとは思ってはいない。単純な照れ隠しだ。


「『日進月歩』ですよエィリ、『できること』はのんびり増やしていけば良いのです」

「できるというと…姉さん、研究の方は何か面白い発見とかあった?」


普通の家庭で聞けば何か違和感を感じそうな言い様でも、この姉妹にはよくある事だ。


「うーん、研究はそう簡単に結果が出る類の物でもないので、私以外にいったら怒られますよエィリ。まぁ、今日はこんなものを用意してみました」


イィリがポケットから3つのアクセサリーを取り出す。

ヘアピン、クリップ、ヘアピックと、どれも髪飾で、イィリの手の中で光を放っている。

エィリは小さく光る青い光点を見つけて、『章術』が埋め込まれていることに気づく。

個々人が持つ『魔力』を紋章に整えることで奇跡を起こす『章術』。

その魔力や流れを直接見る事が出来る『魔法使い』が希少である事から、学問として成立して20数年が経った今でもそう多くの紋章は生まれていない。

たまたま『魔法使い』として生まれついたこの姉妹の特に(イィリ)は、その特異性を利用して章術の研究を行うのを暇つぶしの手段としていた。


「生き物の神経程ではないですが銀が魔力を通すので、縮小と道具化を試してみました」


身近にあるものに端から魔力を流して実験した結果である。

金属が全般的に魔力を通すが、特に銀との相性が良かったので銀粉を注文していたのだ。

銀の融点はおよそ1000度。平らな石膏を削って型を作り、銀粉と水と薄い接着剤で作った粘土を埋めて焼くだけだ。材料さえそろえばそう難しい作業ではない。


「調子に乗って小さくし過ぎたら、ヘアピンの飾りに乗るほどに小さくなりました。試作品ですがエィリもどうですか?」

「光る髪飾りなんて初めてだわ。姉さんありがとう、使わせてもらうね」


そう言うと、エィリはヘアクリップを受け取る。ニスにもと促すと、ニスも少し戸惑いながらヘアピックを手に取った。

残ったヘアピンを見てイィリが軽く思案すると、自分のポニーテールの結び目に括りつけた。

何かを照らす程ではないが、暗闇の中で主張するくらいの光が出ている。


「明るさが皆同じくらいだけど調整できたの?」


光り方を観察しながらエィリが言う。


「調整したというよりは、その大きさではそれ以上光らせられないというのが正解です。紋章そのものの効率は良くなってる筈ですが、小さ過ぎて魔力が流れないみたいですね」

「私としては嬉しいですね。魔力の容量は無いのですが、これならずっとつけていられます」

「ニスさんにそう言ってもらえる位なら、十分に抑えられたと思っていいですよね。公開したら儲かるかも知れません」


『誰でも使える』は大きな強みだ。

アクセサリ程度ではあるが、紋章のサイズに無関係に目的の効果が発揮できるのであれば応用範囲は広がる。

例えば煙草に火を着けたいだけなら、葉の僅かな範囲を加熱出来ればいい。


「もっとも、実用品レベルのものは私やエィリくらい魔力がないと意味無いですけど…飾りとしては需要がありそうですね」


イィリは章術に価値は低いと見切りを着けている。確かに使えれば便利な事は間違いない。

しかし、大きく進歩させるには数万人に一人の魔法使いの誕生を待たねばならず、しかも個人差が激しい。

どんなに頑張ったところで一部の人間の便利な道具止まりなのだ。

入学を間近に控えたイィリは、入学したら鍛冶系の人脈と、設計手法や技術を覚えようと密かに考えている。


「でもお嬢様。紋章もそうですが、銀で器具が創れるという情報は簡単に流せさない方が良いのでは?」

「確かに…そうなんですよねぇ」


金属加工による器具の作成は、これまで唯一と思われていた動物由来素材の組み合わせで器具を作るよりも遥かに簡単で量産が容易だ。

それは章術がより身近なものになるという点事でもある。扱いやすい材料により、様々な試験が行えるという点や、生産性の向上により、誰でも恩恵に与かれるということだ。

一方で、取り回しが良いということは悪用しやすいということでもある。

無邪気に『できたよー』と出すわけにはいかない。

他にも、紋章の改善ができると言うのは、自分が『魔法使い』であると主張するようなものでもある。

悪い意味での偏見は若い世代ではほぼ払しょくされてはいるが、30歳を過ぎた世代より上では案外そうでもない。

露骨な事はないまでも、良い顔はされないというのは容易に想像がつく。


「そうなんですよね、この件はとりあえずお父様に預けましょう。そんなに目立つ物ではありませんが二人とも紛失には気を付けてください」

「畏まりましたお嬢様」

「うん、気を付けるね…っと」


言い終わらない内にエィリは自分の髪を後ろでまとめ始めた。

一通りまとめ終わると、ヘアクリップでそのまま固定する。


「どうかな?」


するとその場でゆっくり回って見せる。イィリ同様のポニーテールだ。


「よくお似合いですよ、お嬢様」

「ええ、とても可愛いですよ」


そう言われるとエィリは少し照れたような笑みを浮かべる。


「ね、姉さん。…章術で今までに分かったこととか教えてくれると嬉しいな!」


照れ隠し6割、好奇心4割な発言。

感情を共有しているイィリには効果が薄いが、ニスには効いたようだ。

『流石お嬢様』と言わんばかりの表情を浮かべている。

が、これ幸いとイィリは口を開いた。ぶっちゃけて言えば話したいのだ。


「そうですね、章術と言うものの本質についてお話しましょうか」

「うん、お願い。姉さん」

「…」


エィリが少しだけ興味を示し、ニスは既に呆れ顔だ。

たかだか5歳の子供が章術という学問の終着点の一つを語るという。もう驚くのも飽きたと言わんばかりで、実に調教されたと言えなくもない。


「ここ1年位の実験で分かった事ですが、魔力は生き物に何等かの影響を与えるという事と、章術とは魔力という力を別の形に変えるものであるという事です」

「別な形?」

「そうです。例えば熱、光、波、物を動かす等です。なぜ紋章を象る必要があるのかについては不明ですね」


何が出来て何ができないのか、それは章術の結論の一つと言える。


「えーと…昔話で魔法使いが死んだ人を呼んだり、雷を落としたりするのは?」


イィリが英才教育をしているとはいえ、流石に分からない。

30年積み上げてきた知識の上に見つけた理屈を、5歳児に分かれと言うのは酷過ぎる。

ニスは『その反応が普通なんです』と頷いてる。


「雷は出来なくないでしょうけど、死者云々は作り話でしょうね」

「やっぱりそうなんだ…生き物の方って?」

「それは…まぁ見せた方が早いですね」


そう言って立ち上がると、ランプの前まで行き、その蓋を持ち上げる。

ランプの中では蝋燭の小さな炎が揺れており、少し風を起こすだけで吹き消えてしまいそうにも見える。


「良く見ていてください」


そう言うとイィリは袖をまくり、何の躊躇もなくその炎で左手小指をあぶり始める。


「姉さん!」

「お嬢様!」


慌てた二人が止めに入り、即座に火は消されるが、既にイィリの指にはすすが付き、皮膚の一部が焼けた為か血が滲んできている。


「ここからです」


イィリがそう言い放って目を閉じる。

が、ニスは構わずドアへ走った。


「直ぐに薬をお持ちします!」

「…」


慌てた様子のニスとは裏腹に、エィリはその指を呆然と見ていた。


「…姉さん?」


指を魔力の膜で包み込むようにすると、火傷の痕がが僅かに光を帯びる。

数秒のうちに垂れようとしていた血はそのまま止まり、固まっていく。

それと同時に、焼けた指先の肌が崩れ始める。エィリはその様子を不思議そうに見ている。


「水と布をお持ちしました!イィリ様!早くこれで冷やしてください!」


慌てて入って来たニスを見てイィリは少し苦笑する。


「少し驚かせすぎましたね。濡れた布だけ頂けますか?」


熱がっても痛がってもいないイィリの姿に虚を突かれたのか、ニスは言われるままに布を水に浸すとイィリに渡す。

濡れた布で小指を簡単にふき取ると、火傷の痕も水ぶくれも、赤くなってさえいない指が姿を見せた。


「一種の治癒です。時間をかければ治る類の物なら多分治るでしょうね」

「…凄い」

「エィリにも出来ますよきっと。他に分かったのは、身体強化、寿命の引き伸ばし、後は魔獣化ですね」

「……お嬢様」


回復は目の前で見せられた。その上で身体強化と言うのであればある意味で納得は出来る。

だが、明らかに見過ごせない単語が二つ混じっている。


「寿命に魔獣と言うのは一体どういう事でしょうか?」


ニスは笑っていない。感情を抑え込んで発した言葉にはかすかに怒気が含まれている。


「先ほどはごめんなさい、ニスさん。今回ほど危ないことはしていませんので、怒らないでください」

「…」


素直に謝ったためか、少々むっとした表情を出しながらも幾分雰囲気は軽くなる。


「ハエを相手に魔力を当て続ける実験を行いました。通常、成虫になってからは4週間ほど生きますが、1日1時間ほど魔力を当てていたところ、7週間生存しました。カエルでも同じ事が起きましたね」

「それって生き物全部でそうなの?」

「人間に効果があるのかは断言できません。ネズミで実験してみたいですが、すぐには分からないでしょうね」

「お嬢様、魔獣については?」


先を促すニスの声にはやや感情がこもってる。

ニスはどちらかと言えばこちらの方が問題視している。

幼少の頃、小動物程度の魔獣に襲われ、当時仲の良かった友人が怪我をしたのだ。

それを『守る』と奮起したニスは、気づけば男勝りで男性が寄り付かなくなってしまった。ある意味人生を狂わされたと言っていい。


「卵に対して魔力を与え続けた結果、何匹か魔力に反応して飛ぶ様になりました。章術を使ってくる類の個体は出ませんでしたが、何世代かしたら章術を使うようになったかもしれません」


そこで一旦区切ると、イィリは視線をエィリに向ける。

厳密にはエィリではなく、その体から垂れ流されている魔力の方を見ている。

魔力は体の中で作られるが、余った分は出ていくしかないのだ。


「つまり、生まれる前から魔力を受け続けた子供は魔法使いになる可能性があります」

「「…」」


押し黙る側付と次女。

黙るという反応は一緒だが、その表情は対照的だ。


「…コル様も魔法使いかも知れない…」

「コルも見えるかも知れないのね!」


この『コル』が魔法使いだったら、顔すればいいんだという表情の側付と、仲間が増えたと喜ぶ妹。

コルオル・クロマルド(コル)は2年程前に生まれた現在1歳の長男で、イィリ&エィリの弟だ。流石にイィリの様に喋り出す気配はない。

旧子供部屋は暗いので、現在は日当りのいい新子供部屋で別の側付と一緒に生活している。


「まぁ、常にそうなった訳ではないですし、物心付くまで保留ですね」

「そうね、楽しみだわ!」


楽しそうな笑顔でいうエィリ。

ニスはその裏で、『シィ(コルの側付)に教えておくべきでしょうか…』と頭を抱えている。

知ってどうにかなるものではないから無駄ではとイィリは思うが敢えて突っ込まない。


「姉さん。そこまで分かったなら、紋章はもう自由自在?」

「勿論です。後で良ければ全部教えますよ」

「やった!お願い!そしたら私も姉さんに歌を教えてあげるわ!」

「それはそれで楽しそうですね是非お願いします」

「うん!今度は私がコルに教えるんだ!」


((頭と言葉遣い以外はやはり子供なんですよね))


微笑ましさを感じながらイィリとニスはエィリを眺めていた。


――――イーニス・イル(ニス)――――


「…以上がお嬢様からの報告になります」

「ああ、お疲れ様だ」

「では私は失礼させていただきます」


旦那様のため息に見送られて私は執務室を後にした。

お嬢様は今日までに発見した成果を、書類として纏めていたので、私がそれを旦那様に届けた。

書類は私も見たが、書いていることが専門的すぎるからか一部分からない。

旦那様は初めこそ淡々と読んでいたが、途中から驚く表情となり、最後は無表情化した。

少し同情する。

旦那様の様子も気にならなくないが、まずはお嬢様たちの元へ行こうと思う。もう直ぐ日が落ちるからだ。

イィリお嬢様は日中出歩くことができないのだが、運動不足は良くないとと進言し、ここ1年程は日の沈んだ町を走る様になった。

お嬢様は『ジョギング』と呼んでいたが、私には聞き覚えがない。多分何かしらの本に書いていたのだろう。

いくらこの領が他の町より安全であるとはいえ、お嬢様一人で走らせるわけにもいかず、私も同行する。私もいくらか武道には心得があるのだ。


「あっ、シィ」

「先輩?」


着替えを取りに洗濯場まで行くと、後輩のシィリィ・イリが先客として居た。

この子はコル様が乳離れして直ぐ雇われた側付兼教育係だ。

年齢にして12歳、優秀で慢心もしない努力家な人柄を買われて跡継ぎの側付という立場を与えられた。もっとも不測の事態に対応出来ない所が珠に傷ではある。

ふと見ると、そこには幼児用の服が握られている。丁度着替えを取りに来たか何かだろう。


「シィ、今忙しいですか?」

「…えっと…いえ、少しくらいなら大丈夫ですよ?」


どうしたのかと首を傾げるシィ。

これからいう事は絶対に不測の事態である。シィが慌てふためくのはほぼ確定するが、心の準備の為にも言っておくべきなのは間違いない。


「シィ。驚くのは構いませんが、大きな声を出さないでください。

 これからいう事は『もしかしたら』の話です。覚悟だけしておいてください」

「…はい」


まだ特に焦るような兆候は無い、むしろ焦っているのは私の方かも知れない。

私は目を閉じて言った。


「コル様は『魔法使い』かもしれません」

「…」


意を決して言うが、シィの反応はない。

少し変な気がして目を開けると、シィは固まっていた。目の前で手を振っても反応がない。

次第に目元には薄く涙を浮かべ始め、小声で『コルちゃん置いてかないで』と口走っている。

私たちの立場で『ちゃん』付けはどうかとも思うが、心情は理解できた。多分この子もコル様を『弟』の様に感じてるのかも知れない。

偏見こそ大分薄れたが、『魔法使い』として普通の事とは違う事も沢山学ぶのだろう。そうして雲の上の人になるのではと恐れているように思う。


「シィ、気負いすぎです。お嬢様達は魔女ですがずっと一緒にいます」

「…は…い…」


そう漏らすとシィは服を持ってトボトボと歩き始める。

色々と罪悪感があるが、シィも考え過ぎである。


(とりあえず私はお嬢様達の着替えを持って行きましょうか)


窓の外では日が沈むのが見えた。

私は運動着に素早く着替え、愛用のナイフとお嬢様達の運動着、水筒を持つと、お嬢様達の部屋へ向かう。


「そろそろそんな頃だと思ってたわ」

「あ、もうそんな時間でしたか…」

「相変わらず姉さんは時間の感覚がないね」

「仕方ないとはいえあまりからかわないで下さい」


部屋に入るとエィリお嬢様がイィリお嬢様にじゃれついている。

普段は大人びているが、こうしているときのエィリお嬢様は歳相応でどこか安心する。

逆にイィリお嬢様はほほえましそうに『かまってあげている』様に見える。

初めの頃は『歳の離れた姉妹なら…』とも思ったが、もう特に思う所はない。


「うん、早く着替えて行こう!」


エィリお嬢様が離れて着替え始めると、イィリお嬢様も着替え始めた。

イィリお嬢様は自分のお腹と、着替え中のエィリ様のお腹を見て、安心したようなため息をついている。

子供にしては綺麗に引き締まったお腹だと思う。


「うん、まだ割れてない」


そう簡単に筋肉が割れるとは思えないが、お嬢様はそこまで筋肉質にはなりたくないらしい。

どうにも男性は自分より強いとか、自分より優秀な女性を避けたがるらしい。

そういった意味では、力は無くとも、魔法使いで文字通りの天才なお嬢様は普通に敬遠されやすいだろう。

まぁ剣と体術で婚期を逃した私がどうこう言えないのだが…。


「行きましょうお嬢様、エィリお嬢様がお待ちですよ?」

「…あ、はい!」


そうして私たちは屋敷の前に移動する。

初めこそ屋敷の回りだったが、今は町を抜けて外門(往復約5km)まで走る様になった。


「ではお二人は好きに走ってください、私は後ろから付いて行きますので」

「はい、お願いしますね」


私は基本的に二人の後ろだ。

護衛という事もあるし、二人とは歩幅が違いすぎる。


「じゃぁ行きましょうエィリ!」

「うん!」


子供はこういう時に面白がって全力疾走を行うものだが、イィリお嬢様は初めから心得ていたようだった。

その為、イィリお嬢様がペースを作り、エィリお嬢様が追従する。

ペース配分は心配だが、幸い一度として私が運んで帰るような事態にはなっていない。

それでも片道が終わる頃には肩で息をし、疲れて座り込む事も多い。結構ギリギリのラインを見極めているのかも知れない。


「こんばんはっ!」

「ああ、こんばんはお嬢ちゃん」


エィリお嬢様がすれ違い様に店の店員に声を掛ける。毎日走るので、見知った顔も多いのだ。

首都に近い事もあり治安が良く、日が落ちても大通りではランプを灯すので、まだまだ出歩く人は多い。

そんな中を、門に向って走り続ける。


「…?」


走り続けていると、お嬢様が急にその足を止めると、路地のくらがりに目を向ける。

エィリお嬢様も足を止め、路地に視線を埋めると顔をしかめた。


「…!」

「…!」


路地の方からは時折声がしている。


「ニスさん、水稲をお借りしても?」

「?…ええ、どうぞ」


エィリお嬢様が水筒を手に取ると、路地に向かって歩みを進める。

街の明かりと喧噪が僅かに届く為か、私にもそれを見る事が出来た。


「子供達ですか?」


お嬢様達とそう変わらない子供達の姿がそこにあった。

その数は4人。ほほえましいような状況ではないのは一目見て気付いた。


「…私、虐めって初めてみた」


エィリお嬢様は不快そうに私の裾をつかむ。

一人の女の子を少年二人と少女が一人囲んでおり、その手には路地の砂や土が握られていた。

その一人が砂を大きく振りかぶった瞬間、


バシャッ


3人は水筒の水を頭から被ることになった。

驚いて、砂や土を落とした子供たちは、振り返る。


「「なにすんだ(のよ)!」」

「すみませんね、あまりに見るに堪えないから思わず手が滑りました」

「てめえ!」


すぐさま地面から砂を掴んで振りかぶるが、イィリお嬢様は身動き一つしない。

私は思わず後を追って路地裏に入ろうとしていたが、その動きは裾を掴んだエィリお嬢様に止められた。


「大丈夫だと思う。姉さん紋章だしてるから…あんなに怒った姉さん初めて見る」

「え?」


振りかぶった砂が投げられ、そのままお嬢様にかかるかもと思ったその時だ。

路地裏に強いつむじ風が起こる。

投げた砂を巻き込み、地面の砂も巻き込んだそれは、三人を飲み込んだ。

風は僅かに2-3秒で止まり、中からは水を吸った服に沢山の砂を付けた子供達が現れた。

砂が口の中に入ったのか、気持ち悪そうに唾を吐いている。


「うん、ニスさんお願い」


エィリお嬢様はそういうと、私の裾を手放す。


「てめえ!」


先に復活した少年が拳を振り上げるが、その拳は私の手のひらで止められる。


「少年、女性に手を上げるものではありませんよ」


そう言うと、私は少年を取り押さえる。多少大人げないかもしれないが、お嬢様に手を上げるなら話は別だ。

残った少年と少女はそれを見ると直ぐに逃げ出したが、まぁ一人いれば事情は分かるだろう。

取り押さえられた少年の横をイィリお嬢様はわれ関せずと通り過ぎると、路地の奥で怯えたように蹲る女の子に近寄っていく。

お嬢様が手を伸ばすと


「ヒッ!」


短い悲鳴を上げて頭まで抱え込む。


「一体どれだけ虐めがあったのか…」


イィリお嬢様は蔑むような視線を少年に送ると、しゃがみ込んで目の前の少女を包んだ。

少女はふと顔を上げ、お嬢様を見上げると、次第に目元に涙を浮かべた。


「…ック…ああ…ああああ!」


少女はそのまま泣き出す。

私は私でどうしてこうなったのか少年から聞き出そうかと思う。


「エィリお嬢様、申し訳ございませんが、今日の所は戻りましょうか」

「…そうね、このままって訳にもいかないしね」


――――エィリエス・クロマルド(エィリ)――――


結局いじめっ子を取り押さえた私たちは、騒ぎを聞いて駆け付けた衛兵さんに状況を説明すると、詰所へ向かった。

私の名前を聞くと衛兵さんたちは緊張し、それを見た虐めっ子は急に大人しくなった。


「エィリはこっちでこの子をお風呂に入れるの手伝ってもらえますか?」

「うん」


私は姉さんに連れられて、この子を一緒にお風呂に入れる事にした。

お風呂に行く途中、虐めっこの方はと聞いたら一瞬ビクッとしてた。

この様子を見た姉さんが少しだけ心配そうな気持ちを浮かべた。


「あちらは見ていて楽しいものではありませんよ」

「姉さんが言うならきっとそうね…」

「…」


女の子はずっと俯いてる。

髪には泥や土が付き、手足も砂だらけだ。

きっと擦り傷とかもあるだろう。

虐められる気持ちは分からないけど、こうなるのはきっと惨めで悔しいと思う。


「ん…暗いね」

「まぁそんなものでしょう」

「ねぇ、自分で服脱げる?」

「うん」


手早く服を脱ぐと、浴室のドアを開ける。

熱を逃がさない為に閉め切ってるのか、浴室は真っ暗で、明かり一つない。

天井近くに窓はあるが、夜では日差しも期待できない。

湿度が高く、カンテラ等も持ち込めないことから、どうしたものかと悩んでしまう。


「流石にこれでは転びそうですね…私が明かりを出します」


姉さんがそういうと、途端に明るい光が周囲を照らし始めた。

生まれて初めて使った魔法なので、良く覚えている。


「それ…」


明かりを見て驚いたような声を上げる。


「ん?『章術』です。普通は道具を使うものですが…まぁ話は後ですね」

「うん、とりあえず洗っちゃおう、姉さん」


この子の言葉が少ないのは、どうしていいか分からないだけかもしれない。

とりあえず髪についていた砂と土を洗い流そう。

そう思って桶を取り、湯船に手を入れた。


「寒っ!」

「まぁこんな時間にお風呂に入る人は普通居ませんしね…」

「笑い事じゃないわ!ちょっと温めるわよ?」


そうして自分の体の中から魔力を取り出す。

お風呂もそこそこ大きいから結構な魔力が必要そうだ。

それを水の中で紋章に変える。


「えっ!?」


女の子が私の方を見て声を上げる。


「?」


良く分からないが私は水面に視線を戻す。

少しづつ湯気が立ち上り、水面が揺れる。

試しに手を入れてみると、少し熱めだが入れるくらいにはなった。


「目をつむってね」


それを桶に汲むと、頭から少しづつかけた。

砂と土を全部洗い流すと、膝、肘、手のひら、あちこち擦りむいた痕が見えた。


「どうしよう?」

「直すしかないでしょうね」


姉さんはそう言うと、魔力を手のひらに集めた。


「…それって…」


女の子が怯えるように膝を抱き、右手で姉さんの手を指さす。


「貴女も見えるんですね?」

「ホントっ!?」


私と姉さん以外では初めてだけど、この子も魔法使いかも知れない!


「それって…なん…ですか?」

「魔力と呼ばれるものです。大丈夫ですよ、薬みたいなものですから」

「?」


女の子は分かってなさそうだが、薬と言われて緊張が解けたらしい。

私も対面から順に治していく。


「さて、貴方が誰か聞いてもいいですか?」


怪我を直し終わり、皆で湯船に入ると、開口一番に姉さんが質問した。


「うん…たすけてくれてどうもありがとうございます。わたしは孤児院のエリスって言います」

「宜しくね!私はエィリエス・クロマルド!長いからみんな『エィリ』って言うわ」

「そういえば名乗ってませんでしたね。私はイィリエス・クロマルド。イィリと呼んでください」

「あ…うん!」


気持ちを大分持ち直したように見える。


「それでそれで!エリスは魔力が見えるの?」

「えっと…うん…」

「じゃぁ魔法は?使えるの!?」

「ええと…?」

「エィリ。少し抑えてください」


姉さんに怒られる。

言葉こそ穏やかだったけど、内心苛立ってる。

見ればエリスは水面を見て思いつめたような表情をしていた。

ごめんなさい。

反省していると、姉さんの気持ちも落ち着いていった。


「見えたことで何かあったのですね?」

「…はい。皆お前は普通じゃないんだって、きっと目が黒いせいだって、呪われてるんだって…!

 それで来年から学校だって言ったら、お前みたいな気持ちの悪い奴は来るなって!…それで…」

「なるほどそれが原因でしたか…」

「そんなのおかしい!」


聞いた瞬間に怒りがこみ上げて来た。

だってそれなら私どころか姉さんは?


「プッ…アハハハ!」

「イィリ…さん?」

「姉…さん?」

「いえ、笑ってしまってすみません。たかが魔力が見えて目が黒いだけって大したこと無いじゃないですか」


姉さんが自分の白い髪を持ち上げてエリスを見ると赤い目でウィンクしてみせる。

顔は笑っている物の、心は笑ってない。

怒ってるようでもないけど、ちょっと良く分からない。


「私も魔力は見えますし、エィリもそうです。大した事無いですね」

「え…えっ?」

「その程度の事で気味が悪いというなら、私の名前を出してもらっていいですよ。

 『領主の娘に喧嘩を売っても同じことが言えるの?』って」

「そうね、それでも来るなら私が相手になっても良いわ」


私も同調する。

姉さんを馬鹿にすることはとても許せるものじゃない。


「あ…あのっ!」

「?」

「それだけじゃ…ないんです」


エリスがそう言うと、髪をかき分けて自分の耳を見せる。


「「…?」」


長い髪に隠されていた耳の形状は、上部に少しだけ長く、三角形の角のような形をしていた。

変わった形だと思うが、それがどうしたのか私には分からない。

でも姉さんからはとても楽しそうな気持ちが伝わってくる。


「もしかしてご両親は海外の方ですか?」

「お母さんだけ、海の外から来たって言ってました」

「…すみません、辛いことを聞いてしまいましたね」


そう言うと姉さんは立ち上がってエリスの頭を抱きしめた。

お母様が居たのに孤児院に居るという事に何か事情があるのかも知れない。


「エリス。エリスの耳だって『その程度』だと思わ」


そういうとエリスはまた少し泣いた。


――――イィリエス・クロマルド(イィリ)――――


「なるほど、それは監督責任の追及をしても良いかも知れませんね」


風呂から上がると直ぐ側にニスさんが待機していたので、情報交換をしていました。

こちらは『魔女素質のあるハーフエルフ(長耳)』がおそらく虐めの原因だろうということ、

ニスさんからは、少年も同じ孤児院の出身である事、孤児院の運営者達が揃って子供に無関心である事と、日も沈み切ったこの時間になっても迷子の捜索が行われていない事を聞きました。

あと、少年はどうにも言い訳ばかりで、怒りを抑えるのに随分苦労したとのこと。


「お疲れ様です、ニスさん」

「いえ…ええ、正直疲れました」


本音を少しづつ出すようになってくれたのは良いことでしょう。


「教育的指導はしました?」

「しない訳に行かないでしょう?」


ですよね。まともな理由があるならまだしも今回は完全に言いがかりですから。


「少年は?」

「先ほど衛兵が送り届けました」


ニスさんを怒らせた事こそないですが、さぞ恐ろしい事でしょう。

今回の言いがかりによれば、私も対象となることを考えれば容赦は出来ないと思います。


「しかし、そんな状況ではエリスを帰すには不安が残りますね」

「そうですね、今日の所は客室に来ていただきましょうか?」

「それではかえって恐縮してしまうでしょう。私たちの部屋で良いのでは?」

「それは…その、お嬢様の言を疑うわけではありませんが大丈夫なのですか?」


ニスさんが心配そうに見つめてきます。

本当に愛されているのが実感できますね。


「心配してくれてありがとうございます。大丈夫です。少し引っ込み思案なお友達だと思っていただければ」

「分かりました、孤児院の方は私から旦那様に相談してみます。まともに運営されていないなら監査を入れて3日位で人が入れ替わる筈です」

「お願いします」


事務的な事はこれで全部でしょうか…?

あ、忘れていたことがありますね。


「少年が殴り掛かってきたとき、助けてくれてありがとうございます。かっこよかったですよ『姉さん』」


少し恥ずかしいですが、最後のはリップサービスです。

実際ニスさんは信用も置ける頼れる『お姉さん』だと思うので、これ位は良いかも知れません。

面と向かってそう言うと、ニスさんは感極まったように私を抱きしめます。

少し想定と違いますね…赤面すると思っていたのですが…。


「どういたしまして……ありがとうございますイィリ」


私にだけ聞こえる声で耳元で呟くと、あっさり解放してくれました。

こういった事を受け入れてくれるというのはとても嬉しいですよね。


「帰りましょうか」

「はい、お嬢様」


詰所を出ると、衛兵の一人が護衛する中、エィリもエリスも待っていました。


「待たせてしまってすみません、では戻りましょうか」

「うん!」

「あの…お世話になりました」


エリスが唐突にこちらに頭を下げて来ました。

あぁそういえば説明してませんでしたね。


「エリス、今日こんなことがあった後では帰れないでしょう?今日から少しの間私たちの家に招待しますよ」

「あ!それいい!エリス、私たちの部屋に来てよ!色々教えてあげるわ!」

「…えと…その…良いのでしょうか?」

「お嬢様達の友人でしたら全く問題ありませんよ」

「その…ありがとうございます」


最後に涙まで浮かべてお礼をいうエリス。

これはこれで保護欲をかきたてる子ですよね。

それにしてもこれはテンションが上がりますよ!

異世界!魔法!魔力!そしてここにきてエルフ!

獣人とかドワーフとかにももしかしたら期待が持てるかも知れません!

この国の文献ではそうした特徴は見ませんでしたし、海外の文章を探せばそうした話もあるかも知れません。


「姉さん嬉しそう?」


エィリには気付かれましたがまぁ良いでしょう。

その日寝るときは一つのベッドで川の字で寝ました。

中央はエリスで、私は意識を落とすまでエリスの髪を触っていました。


時折見え隠れするエルフ耳イイ!


――――ライオール・クロマルド(ライル≫――――


「ああ…うーん」


首都アルフィドから近いクロフィド領、その唯一にして最大の学園であるクロフィド学園。

その理事長室で私は一人悩んでいた。


「…あの娘たちをどう扱えばいいと言うんだ」


今年5歳となった娘たちの事だ。

一般的に5~8歳で文字や計算等の一般教養、9~12歳で章術を含んだ能力の底上げ、13~15歳で専門教育を行う。

強制力は無いので、一生学校に行かない人間もいるが、初等教育は国が助成していることもあり、殆どの子供は初等教育は受ける。

引き換えに、集団意識と愛国心を学ばせ、識字率も向上するのだから間接的に国の利益になるのだ。

しかし、娘たちの心の成長はまだしも、知識だけならそのまま専門教育に入れていい。

極論集団生活以外に学ばせるものが殆ど残っていないのだ。

しかし歳が近ければ浮くし、離れていれば生意気と見られるか甘やかされる。


「…しかも昨日はもう章術の終点まで予言しおったし…」


これはイィリが提出してきたレポートだ。

イィリは新しい紋章を作るどころか、その解明を殆ど完了させたらしい。挙句、その紋章を器物として量産する目処まで立ててしまった。

結果が公開されればとんでもない混乱を生むだろう事は容易く想像できる。


「あれは公開するにしろ、秘匿するにしろ劇薬過ぎる」


劇薬は薄めて使うのが定石だ。向こう10年、いや、コルを含めて二世代に渡って使うべきかもしれない。

コルが魔法使いである可能性があることも聞いているし、それが良いかもしれない。

その頃には偏見は年寄りの戯言になっているはずだ。


「それよりもだ…」


何にしてもあの子達を何処に置くかだ。

そんな命題でかれこれ二時間は経つ。


『いっそ教師にしちゃえばいいわ』


とは妻の言。

…やってみるか。

侮り位ならあの二人なら余裕で覆しそうだ。


…コンコン


「クロマルド様、お客様がおいでです」


受付嬢が来客を知らせに来た。

ふと窓の外を見る。日もやや沈みかけている。

視線を落とすと馬小屋に見慣れない馬が繋がっているのが見えた。


「こんな時間に誰かな?」

「騎士の方です。お連れしても?」

「ああ、頼むよ」


彼女はそう言うと、小走りに呼びに行った。

それから来たのは一人の騎士だった。どうにも伝令らしい。


『再来月で殿下が5歳となられます。ひいてはそのお目見えのため、男爵以上の貴族全員、及び直系の5歳以上13歳以下の子供に招致が掛かりました』


入って来た騎士は伝令でそれだけ言うと、踵を返し部屋を出ていった。

なんでも直ぐに他の領地にも走らなければならないのだとか。

私は窓辺に立ち、彼が馬で学院が出ていくのを見送ると、呟く。


「いい機会だ、子供達の反応を見て決めればいい」


貴族とはいえ5歳程度ではまだ子供だ。

8歳を超えてくると違うだろうが、そんな自覚が芽生えるような歳ではない。

その反応を見て初等教育にするかどうかを決めよう。

イィリ:5歳、転生者、魔法使い

エィリ:5歳、イィリの妹、ややイィリ信者

コル:1歳、魔法使い疑惑

エリス:5歳、魔法使いになれるかも?

ニス:19歳、行き遅れフラグ

シィ:12歳、コルの側付、感情移入しやすい


気付けばコル以外の主要人物が全員女の子(-_-;)

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