王子、探す
「ラーシュはいるか!」
王宮に勤める者専用の食堂の入口。
近くに立っていた兵士に、ラスナは尋ねた。
「ら、ラスナ殿下!?このようなところで何を…」
休憩時間で、昼食にありつこうと思っていた兵士は驚いた。
普通、王族は部屋で食事を取るものだ。
王宮内であろうと、こんな下働きの者の食堂になど来るはずもない。
それでも、顔を見ただけでラスナだとわかったのは、彼の身代わり人がここにいつも来ているからだった。
ミシュラは普通の使用人とは違い、ミシュラとして選ばれた時からそれぞれに個室を与えられる。
普通の住み込みの使用人が、十数人で一部屋で暮らすことを考えれば破格の待遇だ。
その代わり、命の危険がある場所には王族の身代わりとして赴いたり、いつでも呼びたしに応じなければならなかったりと様々な制約はあるのだが。
そんな背景もあり、ミシュラに選ばれた者は一般の使用人とは大きな差がある。
ミシュラが使用人の食堂で食事をすることは皆無と言っていい。
ただ、一人を除いて。
「お前、ラーシュはどこにいる?この時間はここで食事を取るはずだが」
ラスナは先ほど驚いた兵士に聞いた。
兵士は、食事を乗せた盆を持ちながらも深く頭を下げて言った。
「ラスナ殿下、恐れながら申し上げます。ラスナミシュ様はこちらにおいでになっていません」
「………?公務がない時は、ここで食事をするはずなんだが、まだ来ていないのか?それとも、部屋に食事を運ばせたか?」
「いえ。一度いらっしゃったようですが、すぐに公務があると出て行かれたそうです」
「公務?…今日の公務は朝の面会と午後からの視察だけだったはずだ。今の時間は何もないはず……」
ラスナミシューーーラーシュが朝伝えてきたのもその二つだったはず。
「ラスナミシュ様本人がそうおっしゃっていたので間違いはないと思いますが……申し訳ありません」
兵士は頭を下げたまま、すまなそうに言った。
(この兵士が嘘をついているようには見えないし…)
嘘をつくメリットもない。
「いや、頭を下げなくともよい。他を探してみよう」
そう言うと王子は身を翻す。
と、その時。
入ってきたばかりの食堂の扉が勢いよく開いた。
「殿下!ラスナ殿下はこちらに!?」
入ってきたのは、王宮を守る近衛兵長のガイルズだった。
「あぁ、おられましたか!」
普段ほとんど慌てることのない近衛兵長が、汗をかいている。
ラスナは背中に寒気を感じた。
嫌な、予感がする。
「どうした、ガイルズ……?」
「殿下…とりあえず、お部屋まで……そちらでお話いたします…」
息を整えながら、ガイルズは言った。
確かにここには目が多い。
だがそれを避けようとすること、すなわち大きな声で言えないような内容だということだ。
ラスナは返事も出来ず、促されるまま食堂を出て行った。
「…………」
その背中を先ほどの兵士と、その他多くの使用人の心配げな目が追いかけていた。