男装聖女と親友 3
「――な、なんでだよ!」
思わず大きな声が出てしまった。
だって、まさかイリアスからその話が出るなんて思わなかった。
「なんでって……」
イリアスが寝転んだまま、こちらに視線を向ける。
「騎士になると一人部屋に移れんだよ」
「そんなの知ってる! そうじゃなくて……」
ギュッと膝の上で拳を握っていると、イリアスは笑った。
「実はずっと迷ってたんだ。お前だって一人部屋の方が気楽でいいだろ? ほら、俺いびき煩ぇし」
「そんなの今更だろ!」
だって、私の方から言うはずだったのに。
……いや、本当は言いたくなんてなかった。
なのに。
「親友だって、言ったのに」
つい数日前、女だとわかってもこれまで通り親友だと言ってくれて涙が出るほど嬉しかったのに。
「よっ」とイリアスは起き上がった。
そして俯く私を覗き込むようにして言った。
「部屋が別になったって親友は親友だろ?」
「そうだけど……お前は、急に一人部屋になって寂しくないのかよ」
「そりゃあ、まぁ……」
「オレは寂しい」
睨み上げながら言うとイリアスの瞳が大きくなった。
「トーラ……」
「だって、ここに来てからずっと一緒で……お前だってさっき言ってくれたろ。一番近くにいたのにって!」
「……言ったけど」
「オレは、お前のこと、もう家族みたいに思ってるのに!」
思わず、そんな普段なら恥ずかしくて絶対に口にできない台詞が出ていた。
でも、本心だ。
この世界に来て最初に仲良くなったイリアス。
向こうの世界でも「家族」のいなかった私にとって、イリアスはもうそこにいて当たり前の、友達を越えた家族のような存在で。
なのにイリアスはそこでふっと視線を落とした。
「家族、か……」
「お前は違うのかよ!」
「うーん……まぁ、俺もお前のことは弟みたいに思ってたけど……」
「なら!」
「でもさ」
困ったような、でもどこかスッキリしたような笑顔で友人は言った。
「やっぱこれ以上は無理かなあ」
一瞬、頭が真っ白になる。
何か言おうと口を開けて、でもその顔を見てもう何を言ってもイリアスの心は決まっているのだとわかってしまって。
「もういい! 寝る!」
私はイリアスに背を向け寝転がった。
「トーラ、俺は……」
イリアスもそんな私に何か言おうとしたけれど、それ以上は続けなかった。
そしてそのまま横になったのが気配でわかった。
(なんだよ! イリアスの馬鹿野郎……っ!)
無理という言葉が胸に深く突き刺さって、いつまでもズキズキと痛かった。
ノックの音で浅い眠りにいた私はハッと目を開けた。
全然眠れないと思ったけれど、やはり身体は疲れていたのかいつの間にか眠っていたらしい。
窓の向こうがうっすらと白んでいて夜明けが近いのだとわかった。
「はい」
見れば、いつも寝起きの悪いイリアスがドアを開けていて。
「ラディス!」
廊下に立つラディスの姿を見て、私は跳ね起きすぐに駆け寄った。
「どうなったんだ……っ!」
訊きながらイリアスの隣に並んで、ぎくりとする。
ラディスが騎士の鎧を身に纏っていたからだ。
厳しい顔つきで、ラディスが答える。
「俺もバラノスへ向かうことになった」
私は息を呑む。
「これからすぐに出る」
ラディスも、バラノス侵攻に……?
「――お、オレは」
思わずそう訊ねていた。答えはわかっているのに。
「お前は城で待機」
案の定、ラディスはそう短く答えた。
――わかっている。
今の私では確実に足手まといになるだろう。
わかってはいるけれど、騎士団長の顔で冷たく即答されて唇を噛む。
(……でも、私にも出来ることがある)
ぐっと拳を握り、その顔を睨むように見上げる。
「でもオレがいれば、負傷した奴を治すことが」
「イリアス」
「えっ、は、はい!」
私の言葉を遮るように、ラディスはイリアスの名を呼んだ。
「お前はここに残り藤花を守れ。絶対に城から出すな」
「!? な、なんだよそれ!」
意味が分からず声を上げる。が。
「はっ、了解しました!」
「!?」
イリアスがしっかり騎士として返事をして更に驚く。
「それを伝えに来た」
そのまま去ろうとしたラディスを、私は慌てて引き止める。
「ラディス!」
ラディスは足を止め、背を向けたまま抑えた声で言った。
「お前を戦の道具にはしない」
「!」
それは、以前にも聞いた言葉だ。
と、彼はこちらを振り向き、いくらか穏やかな顔で続けた。
「大丈夫だ。必ず全員無事で戻る」
「……っ」
私は何も返せなかった。
鎧の音を響かせながら行ってしまうラディスを、ただずっと見送っていた。




