男装聖女の初任務 3
イェラーキはやはり速かった。
しかしこの間ほどではない。後について来ている仲間がいるからだろう。
お蔭でお尻の痛みも今のところ平気そうだった。
「イリアスの奴、さっきなんて言ったんだ?」
気持ちに少し余裕が出来て、背後にいるラディスに小さく訊いてみる。
ラディスがこちらに視線を向けた。
「さっき、食堂で話してただろ。イリアスと」
「……ああ」
「お前、最初ダメだって言ってたのに急にOKするし、あいつ一体何を言ったんだと思ってさ」
「お前を守りたいと」
「それは聞こえてた。その後」
ラディスは少しの間を置いて、前方を見つめながら答えた。
「……お前に恩を返したいと。命にかえても」
「は?」
「お前の盾になりたいそうだ」
「はあ!?」
それを聞いて驚くと同時にまた怒りを覚えた。
「盾って、何言ってんだあいつ!」
思わず後方を振り向いていた。友人の姿は見えなかったが、そのまま続ける。
「どんだけオレのこと馬鹿にしてんだよ」
あとで話す機会が出来たら絶対文句言ってやると思っていると。
「あいつ、もしかしたら……」
「え?」
ラディスのそんな呟きが聞こえて目線を上げる。しかし。
「……いや、なんでもない」
そう言ってラディスは前方を見据えたまま口を噤んだ。
「?」
「……日が暮れる前に街に入りたい。少し速度を上げるぞ」
「えっ」
言うなりイェラーキがぐんとスピードを上げて、私は慌てて前を向いて姿勢を正した。
「今夜はここに宿を取る」
目的の街に着いたのは空が綺麗な夕焼け色に染まる頃だった。
(やっぱり、お尻痛い……)
この間ほどではなかったが、長時間乗っていたせいでイェラーキから降りてもまだ尻がビリビリと痺れていた。
でもお陰でこうして日が暮れる前に街に着き野宿は免れたのだから文句は言えない。
他の先輩騎士たちも少し疲れているように見えた。イェラーキのスピードについて来るのはやはり大変だったのかもしれない。
とくに新米騎士であるイリアスは馬の手綱を引きながらぐったりと肩を落としていて少し心配になった。
ラディスが足を止めたのは大通りにある2階建ての建物の前だ。ここが今日の宿のようだ。
一階は食堂になっているらしく、外まで人々の楽しそうな話し声と良い香りがしてくる。
私は2階を見上げながら前働いていた食堂兼宿『ヴィオーラ亭』を思い出していた。
(ヴィオーラ亭の方が部屋数は多そうだな)
それにヴィオーラ亭の方が窓や入口に花を飾ったりしてお洒落だった。
比べてこちらは年季の入った質素なつくりの宿だった。
先に中に入っていった先輩騎士が間もなく戻ってきて、宿の裏に馬小屋があるとラディスに伝えた。
イェラーキたち乗ってきた馬を各々その小屋に繋いでいる最中、イリアスと目が合った。
「大丈夫か? なんかしんどそうだけど」
近寄ってそう声を掛けると、イリアスは苦笑した。
「やっぱり速ぇな、団長の馬は。ついて行くのでやっとだわ」
それを聞いて、つい意地悪を言いたくなってしまった。
「やっぱお前にこの旅はキツイんじゃねーの?」
「え?」
先ほどの怒りを思い出し、私はくるりと背を向けて続ける。
「オレはお前に守ってもらわなくても全然平気だし」
「俺が守りたいんだ」
「え?」
思いがけず真剣な声音が返ってきて私は振り向く。
イリアスは力なく笑っていた。
「お前が平気でも、守らせてくれよ」
「はぁ? なんだよそれ」
イリアスに詰め寄ろうとして。
「トーラ、行くぞ」
「えっ、あ、はい」
ラディスに声を掛けられ、私は仕方なくイリアスから視線を外しラディスの後ろについた。
(なんだよ、イリアスの奴……っ)
――命にかえても。お前の盾になりたいそうだ。
先ほどラディスから聞いた言葉を思い出して、またムカムカとしてきた。
(私は、命にかえてまでお前に守ってもらいたくなんてないっつーの!)
騒がしい食堂の中に入ると、先輩騎士のひとりがラディスに駆け寄ってきた。
「2人部屋3部屋取れました」
「ご苦労」
ラディスは彼にそう言ってこちらを振り向いた。
「お前は俺と同室でいいな」
「えっ」
ラディスから言われて思わず声が上ずってしまった。
――ラディスと、同室?
「嫌か?」
「い、いえ! わかりました!」
慌ててそう返事をすると、ラディスは先輩騎士から鍵を受け取りさっさと2階への階段を上っていく。
それを見送りながら、私は頭が真っ白になっていくのを感じていた。
……ちょっと、待ってくれ。
ラディスと同室って。
それって。
それって……。
(ラディスと、今夜同じ部屋で寝るってこと!?)




