第八話:剣の残魂
数日前の博物館での一件は、俺の今後の心配要素を一つ増やした。もし突然消えたりしたらヤバい。妖怪の仕業ですよ、で通るのはアニメだけだ。焔華が三明剣の一振、大通連の霊気をガラスケース越しにスッポリ抜き取った瞬間、周囲の空気がビリビリ震えた。あれからコイツは、なんかちょっと……いや、明らかにパワーアップした? 変な力を使うようになったし、ピンクのフリルワンピに帽子、狐耳がピョコンと飛び出してピクピク動く姿は相変わらず10歳のガキにしか見えねぇけど、やたら大食いだし、酒飲もうとするし、怒ると時々赤い目がギラッと光るのが、めっちゃヤバい。で、俺は、こんなクソ田舎で1400年前の大妖狐と一緒に、なぜか図書館のボロい机に座って、ボロボロの古文書をガサゴソ漁ってるなんて、人生マジでカオスだ。
「ヨシノブ、のう! この埃臭い本、は退屈じゃ! 三明剣のありか、さっさと見つけんか! 歴史が続いておるのなら、あれほどの剣が放置されるわけがなかろ! 妾の霊力、早く取り戻したいぞよ!」
焔華の高圧的な口調が、図書館の静かな空気をキンキンに切り裂く。赤い目が古文書のページをジロジロ睨んで、狐耳が帽子の上でピクッと動く。司書の姉ちゃんがチラッとこっちを見て、俺は、冷や汗がツーッと背中を滑る。ヤバい、目立つなよ!
「静かにしろ、焔華! ここは図書館だぞ! ほら、あったぞ。これが……三明剣の記録だ。ほんとかどうかは知らねえが、もう一振、小通連ってのが、どっかの神社に渡ったってよ」
俺は、埃まみれの地方史の本をパラパラめくりながら、ネットのタブもガチャガチャ開く。どうやら小通連は、本来は国宝級なのになぜか公開されてねぇ。ある神社の巫女が受け継いで、その家系が、代々守っているらしい。しかも、その巫女の子孫は今も生きてて、どうやら俺と同い年くらいだって。マジかよ……なんか、嫌な予感がするぜ。
「ふん! あの巫女の子孫じゃと? ハハ、あの裏切り者の血か! ヨシノブ、さっさとその神社に行くぞよ! 妾の小通連、必ず取り戻す!」
焔華がソファからガバッと立ち上がって、小さい指で俺をビシッと指す。ワンピの裾がヒラッと揺れて、狐耳がピクピク動く。コイツ、めっちゃウキウキしてるけど、なんか……目ん中にチラッと寂しそうな光が揺れた気がする。まさか殺したりしないよな。1400年前の巫女、裏切り、温泉での思い出……コイツ、あの時のことまだ引きずってんだろ。
「分かったよ、すげえ遠いけど、行くよ! けど、焔華、お前……その巫女の子孫に会ったら、どうすんだ? なんか、ヤバいことになんねぇよな?」
俺の言葉に、焔華がフンと鼻で笑う。赤い目が、まるで炎みたいにギラリと光る。
「ふん! ヨシノブ、お主、ビビりすぎじゃ! 妾は大妖狐、焔華。巫女の血だろうが何だろうが、妾の剣を返すだけじゃ! だが……ふん、どうするかはまぁ、会ってみねば分からん。ほれ、さっさと準備せい!」
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神社の石段、苔むした石がカツカツと靴底に響く。夏の午後特有のじわりと暑く、湿った空気が、木々の緑と土の匂いをムワッと運んでくる。夏の神社の階段を登るのは好きだ。こういう写真を何枚も撮った。この旅も、写真に収めてきている。おそらく二度と来ねえ夏だ。焔華は、ピンクのワンピで石段をトコトコ登るけど、狐耳が帽子の穴からピョコンと飛び出して、暑いのかちょっとしなしなになってるのが動くとかわいい。コイツ、歩くの面倒くさがって「もう我慢ならん。飛ぶぞよ!」とか言い出したけど、俺がガシッと腕を掴んで止めた。浮くのも禁止だぞ、マジで。バレたらヤバい。旅が続けられなくなる。
「長い! ヨシノブ、のう! この石段、めっちゃ疲れるじゃ! 妾、こんなの飛べば一瞬じゃぞ!」
「飛ぶな! 絶対飛ぶなよ! 巫女以前に他人にバレたらヤバいだろ!」
俺は、冷や汗ダラダラ流しながら、焔華の腕をグイッと引っ張る。コイツの肌は、こんなに暑いのにいつも肌はヒンヤリ冷たい。でも興奮した時だけジワッと熱くなる霊体の感じが、ほんと慣れねぇ。ワンピの下が、ノーパンなのも心臓に悪い。つか、この巫女の子孫は、霊感あるって噂だぞ。マジメな話、本業の奴が見たら焔華がガチの妖怪だって、即バレるんじゃねぇか?
神社の境内は、鳥居の赤が陽射しでギラッと光る。正月はすごいらしいが、普段の参拝客はほぼいねぇ。静かな空気の中、巫女装束の女が掃き掃除してる。20歳くらい、俺と同い年くらいか。黒髪がサラサラ揺れて、目がキリッと鋭いけど、なんか……優しそうな雰囲気。焔華は、ピタッと足を止めて、赤い目でジロリとその女を睨む。
「ふん……あれじゃ。妾の目に狂いはない。あの巫女、確かにあの女の血じゃ。ヨシノブ、お主、話をつけるのじゃ。妾の、小通連のありかを聞き出すぞよ」
焔華の声は、なんか震えてる。懐かしさと……寂しさ? コイツ、やっぱり1400年前の巫女のことを思い出したのか? 俺は、ゴクリと唾を飲んで、巫女に近づく。
「えっと……すみません。突然なんですけど、この神社の……小通連っていう剣、知ってますか?」
巫女がハッと顔を上げて、俺と焔華をジロリと見る。目が、まるで心の奥まで見透かすみたい。ヤバい、霊感以前にガチだろ、これ。
「……あなたたち、普通の参拝客じゃないわね。特に……そこの子、人間じゃないのは見ればわかります。おそらく妖怪よね?」
焔華の狐耳がピクッと動いて、赤い目がギラリと光る。俺は、心臓がドクンと跳ねて、冷や汗がダラダラ流れる。バレた! マジでバレた!
「ふん! よく見抜いたな、巫女! 妾は焔華、あの四国大妖狐じゃ! お主、1400年前の裏切り者の子孫じゃろ? 妾の目は誤魔化せんぞ! さあ、小通連を返せ!」
焔華がグイッと前に出て、短い指で巫女をビシッと指す。けど、巫女は、ビクともしねぇ。穏やかな笑みを浮かべて、焔華をじっと見る。
「焔華様……あなたが、あの伝説の大妖狐。ええ、伝わっています、確かに。私の先祖が……あなたを封じた。ごめんなさい。でも、あなたを傷つけたかったわけじゃないって……後悔の記憶が先祖の記録に残っている」
巫女の声は、静かで、なんか切ねぇ。焔華の赤い目は、チラッと揺れて、狐耳がピクッと下がる。コイツ、懐かしさと寂しさが混じった顔してるな。俺も、なんか胸がキリッと締め付けられる。
「ふん……お主は、良い奴じゃな。あの巫女と同じ匂いがする。まぁ、いいじゃろ。それで、小通連、どこじゃ? 妾の霊力が宿る剣、返してもらうぞよ」
巫女が小さく頷いて、俺たちは境内奥の小さな社に案内された。そこには、綺麗に保管された小通連。国宝級の輝き、なのに秘匿されて、誰も知らねぇマジの秘宝。焔華は、剣の前に立つと、赤い目がギラッと光る。
「うむ、綺麗にして貰っておるな。感心じゃ。ヨシノブ、刮目せい。妾は、やはり霊気だけ抜き取るぞよ。巫女に免じて、ガワは残してやる」
焔華が手を振り上げると、ドス黒い煙がスーッと漂い、硫黄の匂いがムワッと鼻を刺す。小通連がグニャリと揺らめき、青白い光がチラチラ漏れ出して、焔華の手にスーッと吸い込まれた。剣の形はそのまま、でも、やっぱり中身がスカスカになった気がする。巫女は、何も言わずに静かに見守ってた。一方で俺は、冷や汗がダラダラで固まる。
「……終わったぞよ。ヨシノブ、巫女よ、礼を言う。ほれ、剣のガワは、残してやったぞ」
焔華の声は、なんか柔らかい。巫女が小さく微笑む。
「ありがとう、焔華様。あなたは……先祖のことを許してくれているのでしょうか? 今夜は、泊まっていってください。話したいことがあるわ」
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夜になった。風呂まで借りちまって、なんか悪い気がした。神社って金あるんだな。家の部分はすげえ豪邸だった。高級そうな畳の匂いがフワッと漂い、障子の隙間から月光がチラチラ漏れる。俺は、客間の隅で寝袋にくるまって、さっさと寝た。焔華は、ピンクのワンピで畳にゴロンと寝っ転がって、狐耳がピクピク動いてた。巫女は、静かに茶を淹れながら、ポツポツ話す。
「焔華様、ご先祖の記録には……あなたを封じた夜、泣きながら剣を握ったって。家族を人質にされて、逆らえなかったって。あなたと温泉で酒を交わし、笑い合った日々が、忘れられなかったって……」
巫女の声は、震えていた。焔華も、赤い目がチラッと濡れていた。狐耳がピクッと下がって、小さい手がワンピの裾をギュッと握る。
「ふん……あの巫女が、最期に泣いてたのは知っておる。妾の耳を撫でたあの手が、震えてたのもな。だが……まぁ、もういいじゃろ。1400年も経った今ならば、妾も……お前たちが上手くやっておるのであれば、少しは許せるかもしれん」
焔華の声は、なんか切なげだった。俺は、夜中に目が覚めてこっそり聞いちまった。胸がキリキリ締め付けられた。1400年前の裏切り、温泉での笑顔、三明剣の旅……コイツ、やっぱりめっちゃ深い傷抱えてんだな。
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朝靄が境内にモヤモヤ漂い、鳥のさえずりがチチッと響く。俺と焔華は、巫女に見送られて神社を後にする。焔華は、キツネのぬいぐるみをギュッと抱いて、トコトコ歩く。狐耳が帽子の上でピクピク動いて、なんか……いつもより静かだ。
「ヨシノブ、のう。昨夜の巫女、悪くなかったぞよ。あの巫女もお前と同じ、『だいがくせい』とやららしいぞ。聞いたかの。それにしてもあの女の匂い、1400年前と同じじゃった。喰わずにおいたのは、ふん……少し、懐かしかったのじゃ」
焔華の声は、寂しげに響く。俺は、ゴクリと唾を飲んで、リュックをガシッと背負う。
「なぁ、焔華。残りの一振、三明剣の最後は……どこにあるんだ? 当然、まだ探すんだろ?」
焔華がニヤリと犬歯を見せる。赤い目が、まるで炎みたいにギラリと光る。
「ふん! 当たり前じゃ! ヨシノブ、お主、妾の霊使じゃろ? 最後の剣、必ず見つけるぞよ。そしたら、妾の真の力をして……ハハ、精々楽しみにしておれよ!」
焔華の笑い声が朝靄に響き、俺の心臓がドクドクうるさい。小通連の霊気を得て、焔華は最初の頃とは別人になった。明らかにヤバい。確かに今のコイツなら、その気なら街を焼き払えそうだ。1400年を隔てた巫女との再会、ノブナガの影……この夏休み、まだまだただの冒険じゃ済まねぇ気がする。ひとまずは、巫女を喰ったりしなくて、よかったぜ。