第六話:狐火の道行き
夏の陽射しが、電車の窓をギラギラ炙って、車内の空気をムワッと重くする。俺、ヨシノブ、21歳、国立大の3年生、こんなクソ田舎から妖怪を連れて電車で博物館に向かってるなんて、誰が想像すんだよ。隣には、ピンクのフリルワンピに帽子を被った焔華。10歳のガキにしか見えねぇけど、狐耳がハットの穴からピョコンと飛び出して、時々ピクピク動く。アクセサリーっぽく誤魔化したつもりだが、ぶっちゃけ怪しさMAXだ。コイツが、1400年前に伊予国を焼き尽くしたっていう四国の大妖怪、焔華らしい。マジでヤバいって。
「ヨシノブ、のう! この『でんしゃ』とかいう鉄の箱は、なかなか面白いのう! だが、妾の足で飛べば一瞬じゃぞ! ふん、歩くのは疲れるのじゃ!」
焔華のやかましい口調が、車内にキンキン響く。赤い目がギラリと光って、小さい体がシートでバタバタ暴れる。ハットの穴から覗く狐耳がピクッと動いて、近くのオバサンがチラッとこっちを見る。ヤバい、目立つなよ!
「いいか、飛ぶな! 絶対飛ぶなよ、焔華! 浮くのも禁止だ! 電車で大人しくしてろ、子供料金で乗れてんだから!」
俺は、冷や汗ダラダラ流しながら、焔華の腕をガシッと掴む。もし、子どもができたら、こんな感じなのか? いや、こいつは人間じゃねえ。妖怪だ。コイツの肌は、ヒンヤリ冷たくて、まるで霊体って感じだ。なのに、たこ焼き食ったり興奮するとジワッと熱くなるんだよな。つか、結局下着着るのは気持ち悪いとか拒否して、ワンピの下がノーパンとか、マジで心臓に悪い。電車の中でバレたら、俺の人生が終わりかねない。
「ふん! 人間の童が、妾に指図するとは笑止千万じゃ! だが、まぁ、この『でんしゃ』、悪くはないぞ。ほれ、ヨシノブ、たこ焼きは持ってきたか? マヨネーズも忘れるなよ!」
焔華がニヤリと犬歯を見せて、俺のリュックをガサゴソ漁ろうとする。俺は、慌ててリュックを引っ張って、スーパーの袋から冷凍ではない普通のたこ焼きのパックを取り出す。さすがに電車内にレンジはねぇし、昨日買ったおにぎりとサンドイッチで誤魔化すか。
「たこ焼きは後でな。ほら、おにぎりで我慢しろ。マヨネーズも…いや、大量は電車じゃ無理だろ!」
「ちっ、ケチな人間め! まぁ、いいじゃろ。この『おにぎり』も、悪くはないのじゃ!」
焔華がシャケおにぎりをパクッと頬張って、米粒がポロッとワンピに落ちる。赤い目がキラキラ輝いて、なんか……普通に子供っぽい。けど、コイツ、かつて四国を焼き尽くした大妖怪だぞ。1400年前、伊予国の温泉で巫女と一緒に浸かってたなんて、信じられねぇ話だ。
「なぁ、焔華。お前、昔、伊予国で巫女とよく温泉に入ってたって言ってたよな? どんな感じだったんだ? つか、ノブナガが妖怪を絶滅させる時に、なんで直接来なかったんだ?」
俺の質問に、焔華の動きがピタッと止まる。おにぎり咥えたまま、赤い目がジロリと俺を射抜く。電車のガタゴトって音が、なんかやけに遠く聞こえる。空気がビリッと張り詰める。
「ふん……ヨシノブ、お主、の詮索好きには呆れるのじゃ。まぁ、いいじゃろ。旅のついでに妾の思い出を、教えてやるのじゃ。1400年前、伊予国の温泉……あの湯の熱さ、肌をジワッと溶かすような心地よさ、たまらんかったぞよ。巫女のあの女は、妾の耳を撫でながら、ケラケラ笑ってたのじゃ。ふん、良い奴じゃった……本当に、あの時まではな」
焔華の声は、なんか切なげに揺れる。赤い目が、窓の外の景色にチラッと向く。電車の窓に映る田んぼが、陽射しでキラキラ光っていた。俺は、心臓がドクンと跳ねて、冷や汗が背中をツーッと滑るのを感じた。
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**1400年前、伊予国の温泉**
湯煙がモクモク立ち上り、温泉の熱さが肌をジワジワ炙る。山の奥、月明かりが水面にキラキラ揺れて、風がヒュウッと木々を揺らす。私は、焔華の隣に浸かり、彼女の銀髪をそっと撫でる。9つの尾が湯の中でフサフサ揺れて、赤い目がキラリと笑う。
「巫女よ、のう! この湯は、最高じゃ! お主、ほんとに良い奴じゃな! 妾、他の国を我が物にした時にも、こんな湯に毎日浸かっていたぞよ!」
焔華の声は、子供みたいに無邪気だ。彼女は妖怪、四国を焼き尽くした大妖狐。なのに、この温泉では、ただの友達みたいに笑う。私は、彼女の狐耳を撫でながら、胸がズキッと痛む。ノブナガ様の命令、妹の泣き声、家族の怯えた顔…頭ん中でグルグル回る。
「焔華、ずっとこうやって……一緒にいられたらいいのにね」
私の言葉に、焔華がケラケラ笑う。赤い目が、まるで星みたいにキラキラ光る。けど、私の手は、震えていた。三明剣、焔華の膨大な霊力の欠片。あれを奪えば、彼女は確実に弱る。封印すれば、2000年もすれば消える。簡単な……仕事。
「ふん! 巫女、お主、いつになく感傷的じゃな! 妾は大妖狐、永遠に生きるぞよ! お主も、ずっと妾と温泉に浸かるか? お主の子や、その子孫まで、一緒じゃ! ハハ、悪くないじゃろ!」
焔華の笑顔は、胸をズキズキ抉った。そして私は、あの夜に、笑顔を絞り出しながら、剣の柄に手を伸ばした。ごめん、焔華……ごめん……。
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**現代、電車内**
「……ってのが、妾とあの巫女の温泉の思い出じゃ。ほんとかどうかは知らんがの。ふん、愚かな女め。妾を裏切ったくせに、温泉で笑い合ったことは、忘れられんのじゃよ」
焔華の声は、なんか震えてる。赤い目が、チラッと濡れたみたいに光る。俺は、ゴクリと唾を飲んで、シートにドサッと背を預ける。温泉、巫女、裏切り……なんか、めっちゃ切ねぇ話だ。焔華も、1400年経っても、あの巫女のこと忘れられねぇんだな。
「焔華…ノブナガが直接来なかったのは、なんか戦で手が離せなかったって話だろ? 調べたら、その頃、ノブナガは大規模な合戦で忙しかったみたいだ。もし直接来てたなら……お前、勝ってたんじゃね?」
俺の言葉に、焔華がニヤリと犬歯を見せる。狐耳が帽子の上でピクッと動いて、赤い目がギラリと光る。
「ふん! 当たり前じゃろ! 第六天魔王? ハハ、人間なんぞ、妾の炎の前では、所詮ただの肉塊よ! 何万の軍だろうが、妾なら焼き尽くしてやったわ! だが、ノブナガめ、妾を陰陽師と巫女に押し付けおった。のちに部下に裏切られて死んだようじゃが、ふん、あやつらしい卑怯な男に相応しい末路じゃ!」
焔華の声に、怒りと誇りが混じる。電車のガタゴト音に、彼女の言葉がビリビリ響く。俺、心臓がドクドクうるさくて、冷や汗がダラダラ流れる。ノブナガ、妖怪絶滅、巫女の裏切り…三明剣の謎、どんどんデカくなってる。
「ヨシノブ、妾はな、お主が祠の封印を解いたあの山の、頂上から眺める人の街並みが、一番好きだったのじゃ。ほれ、ぼーっとするな! この『おにぎり』、もう一個よこすのじゃ! 妾の腹がグウグウ鳴っとるぞよ!」
焔華がグイッと俺の腕を引っ張る。すげぇ力。マジで強えな、コイツ。俺は、リュックからサンドイッチを取り出して、焔華に放る。彼女は、ニヤリと笑って、サンドイッチをパクッと頬張った。マヨネーズの匂いがムワッと漂って、俺の腹もグウッと鳴る。
「なぁ、焔華。博物館で三明剣、見つけたら……ほんとに取り戻す気か? 国宝だぞ? ヤバいことになんねぇ?」
焔華がサンドイッチをパクパク食いながら、赤い目でジロリと俺を見る。狐耳がピクッと動いて、ニヤリと犬歯が光る。
「ふん! ヨシノブ、お主、ビビりすぎじゃ! 壊さんと言うておるじゃろ! 妾が三明剣を取り戻せば、真の力を取り戻せる。ハハ、その時、この国を、また炎で呑み込むか……まぁ、お主には関係ないじゃろ! ほれ、博物館、着いたぞ!」
電車がガタンと止まり、駅のアナウンスがチーンと響く。焔華がパッと立ち上がって、ワンピの裾をバサッと揺らした。俺は、心臓がバクバクうるさくて、リュックをガシッと掴んだ。博物館、三明剣、焔華の執念……この夏休み、ただの観光じゃ済まねぇ。なんか、すげぇヤバい運命に突っ込んでく気がした。