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十九才という異例の若さで国立魔防研究所の首席研究員を務めるヴィアルド・ヨークは、一言で言って天才だった。
人間の器の限界値ギリギリと言ってもいいくらい膨大な魔力量を持ち、その力の大きさはヴィアルドひとりで一国の未来を左右するほど。
よって家格的には名門中の名門であるガーランド家とつり合いが取れているとは言い難いけれども、個人的な能力値と将来性を鑑みれば良縁と言えた。
それもあって父親は、その婚約の申し出を喜んで受けたのだったが――。
けれど父親としてはついにこの目に入れても痛くないほどかわいがってきた末娘まで嫁に行くのか、と複雑ではあった。
その人形の醸し出すなんとも言えない禍々しい雰囲気に思わずそっと目をそらし、父は娘に微笑みかけた。
「なんといっても相手はお前の想い人なんだ。お前が幸せならば、私たちは祝福するよ。それにあのヴィアルド君とガーランド家の縁組とあれば、国にとっても有益だしね」
そう。ガーランド家が国の剣たる存在ならば、ヴィアルドは魔力にて国を守る盾とも言うべき存在だった。そのふたりが手に手を取り合えば、この国の未来は安泰だ。
だからきっとうまくいくに違いない。
ふたりを知る誰もがそう思っていたし、願ってもいた。
未来ある若者たちの幸せな前途を――。
「ありがとうございます……。お父様、お母様。それからお姉様方も! こんなに幸せなことってないわ……!!」
けれど、フラウベルにはひとつだけ懸念があった。それは――。
「でもこうなったらなんとしてでも、秘密が知られないようにしなくちゃ……。私がガーランド家最強の強さを誇るパワー系の武闘派令嬢だなんてもし知れたら……」
フラウベルの表情が暗く曇った。
ガーランド家の人間は、立場上命を狙われることも多い。そのために皆、幼い頃より徹底的にありとあらゆる武術や戦い方を叩き込まれるのだ。フラウベルも例外ではなかった。
けれどフラウベルは、天賦の才能を持っていた。その結果、みるみるその力を伸ばし気がつけば一門最強と言っていいほどのパワー系令嬢に成長したのだった。
おそらくは天才と謳われた先々代当主の血を色濃く引いたのだろう。その強さはすでに父親や実戦に出ている猛者たちをはるかに凌駕するほど。
けれどフラウベルはその秘密を、ヴィアルドにだけは絶対に知られたくなかった。
だって自分の婚約者が、筋骨隆々の猛者たちを簡単にのしてしまうほど強いだななんて普通に考えれば引かれるに決まっている。
その上ヴィアルドは魔力という意味では尋常ではなく強いものの、物理的な意味においてはむしろその真逆のタイプだったし。
「……こうなったら私、今日から普通の令嬢になりますわ! 武術とは無縁の、おしとやかなごく普通の令嬢に……!!」
フラウベルはぐっと拳を握りしめ、固く決意した。
なんとしてでもこの秘密を隠し通しおしとやかなごく普通の令嬢として婚約期間を乗り切り、そして結婚してからもよほどの有時でない限りはこの強さを封印して生きてみせようと。
「お父様、お母様、お姉様方……! 安心してください!! きっと私この縁を守り切って見せますわ……。あぁ……。愛しのヴィアルド様……。フラウベルはきっと完璧な妻になってみせます……!! 見ていてくださいませ……」
そううっとりとつぶやいて、フラウベルは件のヴィアルド人形をぎゅう、と愛おしそうに抱きしめた。
その瞬間、ポロリ……と片方の目玉のボタンが転げ落ちたのを、家族と使用人たちは何かの不吉な兆しでなければいいのだけれど、と不安をにじませ見つめるのだった――。