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その日からフラウベルは、ヴィアルドの婚約者として恥ずかしくないよう全力で振る舞った。嫌われないように秘密がばれないように慎重に、ごくごく普通の感じの良い婚約者に映るように。
ある時は研究所の所員全員に手作りの菓子を差し入れし、またある日は貴族令嬢の手製とは思えないほど素晴らしい装飾品を贈るといったふうに。
もちろん決してその力を奮ったりすることもなく、日々たゆまず続けていた鍛錬もごく控えめにして。
そしてそれは、あっという間に社交界で話題になった。
あの社交界の最後の美花と謳われるフラウベルがいよいよ結婚するというのは事実らしい。ついにあの三姉妹最後の美花が、あの天才ヴィアルドと結ばれるのだ……と。
そしてヴィアルドには、羨望と嫉妬がないまぜになった眼差しが注がれるようになった。
当然フラウベルとの仲をなんとか邪魔しようと画策する者もいたが、目につくものはこっそりガーランド家が処理しているらしい。それもまた、フラウベルの長年の恋を実らせたいという親心である。
とは言え、ヴィアルドとフラウベルがふたりきりで会ったことは数えるほどしかなかった。というのもヴィアルドは仕事が忙しく、ゆっくりと会話する時間すら取れなかったから。
けれどフラウベルは気にしていなかった。せっせと研究所に通いつめるのだって、ひとえにヴィアルドと同じ空気を吸いたいがため。ただそれだけで幸せだったのだから。
だからその日もフラウベルは、ヴィアルドをじっと見つめていた。声をかけることもなく、ただ陰からそっと。
(あぁ……。やっぱり本物。ヴィアルド様……。横顔もとっても凛々しくて、指先はとても繊細で……。素敵だわ……)
ほぅ……と恍惚とした表情で息をつき、天を仰ぐ。
ヴィアルドはまったくもって肉体派ではない。見た目は非常に整ってはいるのだが、そのほっそりとした容貌と研究ばかりしているために色白な肌が頼りなく感じる女性たちも多いらしい。
けれどいつも筋骨隆々な男ばかり目にしているフラウベルにとっては、ヴィアルドのどこか頼りなくも見える線の細さが魅力的だった。むしろ内に秘めた強さを感じられるようで――。
実際に、それはただの思いこみなどではない。だってヴィアルドの力は、その気になれば国ひとつ滅ぼすことも可能とおそれられるほど強大なのだから。
もっともそんなこと、フラウベルにとっても大きな問題ではなかった。フラウベルが恋したのは、ただただヴィアルドのその優しさゆえ。
(この私がヴィアルド様の婚約者なんて……。今も夢を見ているみたい……。幸せ……)
だから、今はただこうして見つめていられるだけでいい。それにあまり近づいて例の秘密がばれても困る。そんなことになったらせっかくのチャンスが未来が台無しだ。
(きっと幸せな未来を守ってみせますわ……。そのためにはこんな秘密くらい隠し通せるはず……! きっと大丈夫……!!)
そう自分に言い聞かせつつ、うっとりと初恋の相手を熱く見つめるフラウベルなのだった。
けれどそんなふたりをなんとも言えない目で見つめる男がいた。
その顔には書いてあった。このけったいな男のどこがそんなに好きなんだろう、と――。
男がヴィアルドとともに仕事をするようになって、もう二年が過ぎていた。
非常に面倒臭く厄介な男、それがこの男からみたヴィアルドの印象だった。けれど、男はヴィアルドの嘘のない不器用さが人間臭くてそれなりに気に入っていた。
だから今日も男は、やれやれと肩をすくめて生温かい目で見守るのだった。
どこか臆病で手探りなふたりの恋路を。




