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合同演習【2】


 合同演習の課題のひとつである森の散策。

 それは森の中に設けられた各チェックポイントを巡りながら本日の野営地点へと移動。その過程で班ごとに設定された特別課題をクリアするというものである。


「D班の特別課題は、森に生息する魔獣五体の捕獲と指定の植物採取だね」


 森の中を歩きながらフェリクスが班員達へと告げる。ちなみに先頭は三回生の男子二名が務めており、一人がチェックポイントが記された森の地図を、もう一人が方位磁針をそれぞれ手にしていた。この役割分担を決めたのもフェリクスである。


「ま、魔獣、ですか……っ!? この森って、学院の管理で安全なはずでは……?」


 ヘルタが怯えた声を出し隣に居た二回生男子の上着の裾を掴む。男子の方はまんざらでもない様子で、ヘルタへ優しく答えた。


「勿論、学院が管理しているから危険な魔獣はいないよ。基本的には大人しい小型の魔獣で、滅多なことでは人を襲わない種類らしいから」


 魔獣というのは魔力生成器官を体内に有する動物のことを指す。

 小型種は魔力を持つとはいえそれほど脅威ではなく、多少魔力による防御や威嚇などを行なってくる程度である。しかし中型種以降になると、基礎魔法レベルの攻撃や魔力による肉体強化を得意とする種も出てくるために一般人では討伐が難しい。

 ちなみに魔法士の仕事として魔獣の討伐はかなりメジャーなものであり、この合同演習にその要素が組み込まれているのは必然と言えた。


「それにこの班は二回生と三回生の実技首席がいるんだ。万が一にも危険はないよ」


 男子生徒の説明にヘルタが「そっかぁ、そうですよねっ!」と安堵し微笑む。しかしそこに水を差したのは他でもない三回生首席の男だった。


「先に言っておくけど、僕とシュトレーメルは魔獣捕獲の課題への手出し禁止になってるから」

「えっ!? そ、そんなぁ!」

「すまないが、僕や彼が手を出すとあまりにも簡単すぎるからね。学院側からのハンデということで」


 フェリクスの言葉にしょんぼりと肩を落とすヘルタを隣の男子が慌てて慰める。そこへさらにフェリクスが魔獣絡みで補足事項を続ける。


「それと学院が管理している範囲を超えると中型魔獣も普通に生息しているから、間違っても管理外には出ないこと」

「ふぇっ!? そ、それってどこからが管理外なのでしょうか……っ」

「ここから南東に進むと崖があるんだが、その下に流れる川を挟んで反対側が管理外区域だね。まぁ今回の演習では崖を下りることはないから」

「なるほどぉ、分かりましたっ」


 そんなフェリクス達のやりとりを最後尾から見守っていたリーゼは、隣を歩くジークヴァルトに小声で話し掛けた。


「ジークも出番なしだって。残念?」

「いや、別に。魔獣討伐とかガキの頃に散々やらされたし」

「子供の頃から? それって貴族の間だと普通のことなの?」

「……まぁ、シュトレーメルの領地は魔獣が生息する山岳地帯と隣接してたからな。必要に迫られたってのが実情だ」


 その話を聞いて、リーゼはジークヴァルトの魔法の技術が同年代から突出している理由の一端を感じ取る。子供の頃から魔獣相手に実戦を繰り広げた結果、彼の魔法は磨かれていったのだろう。


「もしかしなくても、無詠唱魔法が使える理由も?」

「魔獣は詠唱なんか待ってくれねぇからな」


 自嘲気味にそう零すジークヴァルトにリーゼがなんと言葉を掛けるべきか迷っていると、


「……そこの二人、森での行動中は私語を慎むように」


 前方からフェリクスの声が飛んでくる。尤もな指摘に「すみません」とすぐさま謝ったリーゼへ、彼は笑っていない目のまま口端を上げた。


「そんなに余裕なら最初の獲物はリール嬢に捕獲して貰おうか? ほら、ちょうどあの木の陰に黒曜兎が居るしね」


 その言葉が示す先を見れば、確かに黒い毛並みの比較的大きな兎が確認できる。黒曜兎は額に黒曜石のような小さな石を持つのが特徴の魔獣だ。愛らしい見た目だが魔力を速度に変換する性質があり、とてもすばしっこく捕獲が難しい種と言われている。


(よりにもよって黒曜兎とか……絶対に嫌がらせだ!)


 この森にはもっと捕まえやすい小型魔獣がたくさん存在している。それを事前の予習で確認済みのリーゼからすれば、フェリクスの指定は意地悪としか思えない。

 兎との距離は約三十メートルほど。こちらの気配を察知すれば瞬く間に逃げてしまうことだろう。


「……とりあえずやってみます」


 班員達にはその場に留まってもらい、リーゼはふぅと息を吐き出すと右手を前に出した。

 そしてじりじりと歩いて兎との距離を詰めていく。幸い、兎は草を食むのに夢中のようでこちらにはまだ気づいていないようだ。


(せっかくだし……試してみようかな)


 ここのところ毎日百回以上繰り返し使用している魔法。

 すっかり身体に馴染んだ魔力の流れを詠唱無しに再現する。

 しかしその直前、足元でパキリと音が鳴った。小枝を踏んだのだと理解すると同時に、目の前では黒曜兎が耳をピクリと動かし顔を上げる。そして目が合った。

 逃げられると直感した刹那――リーゼは静かに魔法を発動させる。


「――キュピィッッ!?!?」


 直後に響いた音は魔法詠唱の声ではなく、黒曜兎の悲鳴だった。

 兎の周りにはドーム状の水の膜が展開している。水の防御の基礎魔法――それをリーゼが無詠唱で展開させた結果だった。

 何度も体当たりをする兎だが速さに特化した身体は軽く、その程度の衝撃ではリーゼの防御は破れない。そのまま魔法を維持しつつ、ホッと胸を撫で下ろしたリーゼはゆっくりと背後を振り返った。


 もちろん視線の先は意地悪を仕掛けてきた美貌の先輩へと敢えて向けている。

 驚き瞠目するその表情に多少の留飲を下げつつ、リーゼはニヤリと微笑んでみせた。


「なんとか捕獲出来ました!」


 多少距離があったため、リーゼが無詠唱魔法を使ったことは班員達には分からなかったようだ。

 それでも捕獲が難しい黒曜兎を危なげなく水魔法で閉じ込めた手腕に称賛の声が上がる。

 そんな中、ジークヴァルトだけはこちらが行なったことを正しく理解してくれていたようで、


「……演習が終わった後は、水の基礎攻撃魔法だな」


 とリーゼにだけ聞こえるように囁いた。

 意外とスパルタだなと思いつつ、裏を返せば水の基礎防御魔法はお墨付きを貰えたということに気づいたので、リーゼは「うん、頑張る」と笑って返したのだった。


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