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無詠唱魔法


 個人訓練室のある建物の玄関口付近に、ジークヴァルトとヘルタ、二人の姿はあった。

 思わず凝視していると相手もこちらの視線に気づいたのか、先にヘルタの方がぎこちなくも笑顔で話し掛けてくる。


「あ、リ、リーゼさまっ! もしかして、リーゼさまも自主訓練でしょうか……っ」

「はい、そうですけど……二人はここで何を?」

「わたしもその、自主練を! シュトレーメルさまとは外に出たところで偶然、お会いして……」


 ですよね、とヘルタがジークヴァルトへ可愛らしく同意を求めると、彼は何の感慨もなさそうに首肯した。ということはジークヴァルトも自主訓練をしに来たということだろうか、とリーゼが視線でもって問いかければ、


「……ちょっと確かめたいことがあってな」


 と、彼は分かるようで分からない回答に留めた。


「それで、わたし、思い切ってシュトレーメルさまの練習を見学させてほしいなとお願いをしていたんです……っ! わたし、シュトレーメルさまの魔法をいつもスゴいって思ってて……っ」


 ヘルタは目をキラキラさせながら説明してくる。確かに実技首席のジークヴァルトの魔法は間近で観察するだけでも勉強になるかもしれない。発動速度や魔力量の流れなど、リーゼの目から見てもジークヴァルトの魔法は実践的で無駄をそぎ落とし洗練された印象だ。


「……ですが、残念なことにお断りされてしまいました」

「え、そうなの?」


 リーゼが思わずジークヴァルトを仰げば、彼は当然だろうといわんばかりの表情で頷く。


「生憎と人に見せる趣味はない」


 にべもないジークヴァルトに対し、ヘルタは一転してしょんぼりと肩を落とす。

 その守ってあげたくなるようないじらしい様子を前にしてもジークヴァルトの態度は一切変化しなかった。これは完全に受け入れる気はないということだろう。


「話が終わったなら、俺は訓練室に行くから」

「あっ、うん! その、訓練頑張ってね」


 建物内へと入っていくジークヴァルトの背中に声を掛けつつ、リーゼは続けざまにヘルタへと向き直る。


「あの、ヘルタ様はこの後も訓練を?」

「……わたしは先ほどまで訓練していたので、そろそろ魔力量が。なので先に失礼いたしますね……」


 悲しそうな笑顔と共にそう言って、ヘルタはぺこりと頭を下げて去っていった。

 別にリーゼが何かしたわけでもないが罪悪感のようなものが自然と湧いてしまう。前回話した時も同じような気持ちにさせられたので、これは彼女の持つ独特の雰囲気がそうさせるのだろう。


 正直、あまり相性がいいとは言えないなとリーゼは嘆息する。

 悪い人ではないだろうが、距離感や接し方が悩ましい。


 ヘルタの後姿を見送ったリーゼは気を取り直して個人訓練室へと入ると、早速自主訓練を開始した。

 まずは四大基礎魔法を軽く確認し、得意な属性から中級魔法の訓練に移る。


「《猛き水よ、我が意思に従い、その姿を変え、無数の鞭となり、我が敵を打ち払え》」


 訓練室に設置された的へ目掛け、水の中級攻撃魔法を詠唱する。水属性に親和性が高いリーゼはなんなく成功させることが出来た。発動もスムーズだし、威力も申し分ない。

 その調子で他の属性の中級攻撃魔法も試してみるが、やはり火属性がとりわけ苦手だと実感する。

 思った通りの威力が出なかったり、的から微妙に逸れたりと制御もおぼつかない。


(……まだ防御魔法の方がなんとかなってるけど)


 攻撃魔法の後に中級防御魔法も四属性すべて試してみたリーゼは、そこで一度大きく息を吐いた。

 魔法の連続行使は魔力を大量に消費する。人よりも魔力量が多いリーゼなのでこの程度の疲労で済んでいるが、通常中級魔法を三度も連続で使えれば人並みの魔力量と言われているのだ。

 改めて自分の素養に感謝しつつ、リーゼは鞄から飲み物を取り出して煽った。食堂の冷えた水が喉に心地よい。


 と、その時。訓練室の扉を叩く音がリーゼの耳に届いた。

 何かと思いながら扉をそっと開ければ、そこに立っていたのはジークヴァルトで。


「ジーク? どうしたの?」

「ちょっといいか?」


 特に否やはないため、リーゼはジークヴァルトを室内へと招き入れた。

 彼は軽く室内を見渡した後で、リーゼへと真っ直ぐ向き直る。


「……お前、無詠唱魔法に興味あるか?」

「え?」


 驚いて目を丸くしたリーゼだったが、すぐに気を取り直して大きく首を縦に振る。


「勿論あるよ! 無詠唱はそれだけ魔法の研鑽を積んだって証だし、利便性も高いし……」


 リーゼが本格的に魔法の訓練を始めたのは学院に入学してからである。

 その前までは母の教えで簡単な基礎魔法と光属性の魔法については教わっていた。当然ながら無詠唱なんて高度なものは習っていない。

 そもそも学院でも無詠唱魔法について習うのは三回生からだと聞く。しかも大抵の生徒は習得できずに終わることが多いらしい。それほど難しい技術なのだ。


「……実を言うとね、少し練習してみたりもしてるんだ。全然上手くいってないけど」


 リーゼは頬を掻きながら苦笑気味に言った。

 二回生に上がってからフェリクスやジークヴァルトが無詠唱を使う場面を何度か見て、リーゼ自身憧れていたのだ。だから密かに練習していた。しかし得意の光属性や水属性ですら一度も成功したことはない。


「……なら、俺が教えると言ったら受ける気あるんだな?」

「っ!! も、もちろん!」


 リーゼが食い気味に返事をすれば、ジークヴァルトがどこか微笑ましそうに表情を崩す。


「そう言うと思った。それならまずは水属性の基礎防御魔法からだな」


 彼はリーゼから少し距離を取ると、右手を前にスッと出した。

 瞬間、水の盾がジークヴァルトの周囲を覆うように展開する。とにかく起動速度が尋常ではない。詠唱がないので当然だが、これなら相手が詠唱を始めてからでも余裕でこちらの防御が間に合うだろう。


「いつ見ても凄いね……これ、私にも本当に出来るかな」


 思わず口をついて出た弱気な発言に、ジークヴァルトが淡々と返す。


「出来るよ」


 それは客観的な事実を伝えるような声音だった。

 リーゼが目を瞬かせると、彼は魔法の展開を解いてからこちらへと歩み寄ってくる。


「無詠唱にとって一番重要なのは魔力制御だ。まずはひたすら詠唱式を練習して魔力の量や流れを完全に理解する。それが出来たら今度は詠唱無しで同じことを再現する」


 理屈としてはその通りだろう。だが、言うほど簡単なものではない。

 詠唱という道標のない状態で魔法を発動させるというのは、目隠しをしたまま真っ直ぐに走ることと似ている。己の五感だけが頼りなのだ。少しでも揺らげば魔法は発動しない。


「ということで、今日から水の防御の基礎魔法を一日に百回」

「百回!?」

「ああ、それを続けてれば嫌でも魔力の流れは把握出来る。大切なのは身体に覚え込ませることだ」


 真剣な表情で告げてくるジークヴァルト。普通に考えれば一日百回の魔法行使など正気の沙汰ではない。だが彼は本気のようだ。つまりこれが最短の道筋ということだろう。


「……合同演習の後で長期休暇に入るだろ。二ヶ月もあれば水属性と風属性の基礎ぐらいなら無詠唱で使えるようになると思う」


 さらりと掲げられた目標が高い。だが、これはある意味では絶好の機会である。

 この年齢で無詠唱魔法が使える人材となれば、国家公認魔法士に大きく近づくのは間違いない。

 そこまで考えてリーゼは不意に気づく。


(もしかして、私の資格取得が有利になるように教えてくれてるのかな……)


 ジークヴァルトはあまり口数が多い方ではない。

 だけどその優しさはもう既に痛いほど知っている。


「どうして……ここまで良くしてくれるの?」


 リーゼの疑問に、ジークヴァルトは即答した。


「友達だから」


 そのあまりにもシンプルな言葉が、胸にストンと落ちていった。


「本当にありがとう、ジーク! 今日から頑張ってみるよ!」


 無意識のうちに破顔したリーゼの晴れやかな声が室内に響く。

 それにジークヴァルトは柔らかく目を細めた。


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