第81話:落としどころ
王国でも十本の指にはいる猛者、女騎士アイナスとの模擬戦をしていた。
「く、くそっ! こうなった私の全身全霊で、貴様の化けの皮をはいでやるぞぉ!」
初撃をオレに回避されたと、勘違いしているアイナスは興奮状態。もはや周囲の言葉を聞く耳を持たない状況だった。
「はぁああ……!」
腰だめに剣を構えながら、全身の魔力と闘気を高めていく。おそらくは今まで以上に強力な攻撃を放とうとしているのだろう。
さて、これは困った。
ここまで本気な相手に、どうやって落としどころを見つければいいのだろうか?
(落としどころ……か。さて、どうしたものか? ん……そういえば)
主催である王子ラインハルトに視線を向け、ふと思い出す。彼が開始前に口にした言葉だ。
たしか『頼む、やってくれ、フィン。これも我が騎士団を……私を助けるためだと思って、遊びの一合だけでもいいから』と言っていた。
(『遊びの一合だけでも』……なるほど、そういうことか)
剣術において“一合”とは、互いに剣を一度打ち合わせること。
今回の立ち合いにおいて、オレはまだ一度もアイナスと剣を打ち合わせていない。
今回の提案者であるラインハルトは、おそらくオレに一度でもいいから剣を振るって欲しいのだろう。
(どうして素人であるオレの剣など見たいのだ? いや、深く考えるのはよそう。早く終わらせて、オーナーを迎えにいかないとな)
時間的に王女とマリーの会話も終わりの時間に近い。従業員であるオレは急いで雑務を終わらせて、合流するのに越したことはないのだ。
「ふう……いくぞ、無礼者め。この奥義で貴様を打ち倒すぅう!」
ちょうど相手も準備が終わっていた。アイナスは高揚した顔で、オレのことを睨んでくる。
「お、奥義……まさか、あの技を放つつもりなのですか、アイナス殿⁉ お止めください⁉ 下手したらこの鍛錬場の結界がふき飛んで……いえ、貴殿の身体が壊れてしまいますぞ⁉」
審判役を任されていた騎士が何かを察して叫ぶ。おそらく奥義は身体に負担をかける技なのだろう。
「止めるな、ドドカス! この無礼者を打ち倒し、殿下に目を覚ましてもらうためには、この私の身体など知ったことか!」
審判役の騎士はドドカスという名前なのだろう。審判役を任されるくらいなので優れた男なのだろう。
だがそんな仲間の制止の声も、興奮した女騎士には届かない。アイナスは剣を動かし攻撃態勢に入る。
「いくぞぉお、無礼者めぇええ!」
直後、アイナスは動き出す。
高めた魔力と闘気を爆発。加速した身体能力で、一瞬で間合いを詰めてくる。
「マルレーン王国剣術……奥義が一つ《烈火閃光斬》ぁあああ!」
放たれた斬撃はその名の通り。
爆発させた魔力と闘気が剣先で燃え上がり、激しい閃光を放っていた。
正直な個人的な感想だが……パッと見たところあまり脅威には感じない斬撃だ。
(だが、これは身体に負担が大きいな)
おそらくアイナス自信は完璧に習得していない技なのだろう。このまま最後まで発動されたら、彼女自身の身体に大きなフィードバックがかかるように見える。
両腕は二度と使い物にならないほどに、ずたずたになってしまうだろう。
(我々事務員にとって身体が資本であるように、彼女たち騎士にとっても両腕は資本。仕方がない。止めてやるとするか)
先ほどと同じように迫りくる攻撃は、見た目だけでそれほど速くはない。この分なら素人であるオレでも簡単に見切れそうだ。
(とりあえず最後まで発動させないように、相手の剣を打ち落としてみるか。方法は……そうだな、昔の子どものころの遊びの要領でいくか)
オレは子どものころに師匠とよく遊んだ《枝当てゲーム》がある。
遊び方は簡単で『師匠が投げた木の枝に、オレが投げた木の枝が当たったら勝ち』というシンプルな遊びだ。
ちなみに大人げない師匠は、子どもだったオレが相手でも容赦はしてこなった。
負けないように“まるで音の速度でも超えたかのような速度”で木の枝を投擲していた。
当時、最初の頃は手こずったオレだが、五歳くらいの時には対応可能に。
師匠の全力で投げた木の枝を、百発百中で撃ち落とせるようになっていた。
「今回は遊びの要領で……相手の剣だけを打ち落とすように狙って……はっ!」
アイナスの剣に向かって、自分の剣を投擲する。ポイントは投げる剣を回転させることによって、巻き込むように相手の剣を刈りとることだ。
――――ビュン、ビュン、ビュン
――――ザッ、シャーン!
投げた剣は空気を斬り裂きながら、見事に命中。
久しぶりにやった投げ方だったが、まだ腕の方は錆びてはいなかったようだ。
「ん? 相手の剣が?」
だが予期せぬことも起きた。
投擲剣が命中した瞬間、アイナスの手にしていた剣は激しい音を発生。
砂よりも細かい粒子となり消失してしまったのだ。
「ふむ、これは失格だな」
《枝当てゲーム》では相手の枝を折ってしまったら失敗となる。粉砕してしまうなど投擲側の失敗もはなはだしいのだ。
ここ数年はやっていなかったゲームなので、やはり久しぶりで腕が鈍っていたのだろう。反省だ。
「ん?」
そんなことを考えていた時だった。訓練場の異様な雰囲気に気がつく。
これはどういうことだ?