第79話:訓練場
王子ラインハルトの提案で、女騎士アイナスと模擬戦を行うことになった。
「さて、ここだ」
ラインハルトに案内されたのは、小さな円形状の室内道場。王宮勤めの騎士が日々、鍛錬を行う場所だという。
地面は固い土で、石壁には色んな武器や防具が立てかけられている。
「武器はそこから好きなものを選べ、フィン」
「武器ですか。意味はないと思いますが、これにします」
立てかけられていた武器の中から、適当な剣を手にする。金属製だが刃の部分は潰されており、相手のことを斬れないようになっていた。
「なるほど、これが訓練用の剣ですか」
「ああ、そうだ。お前にとって武器は意味がないかもしれないが、我慢してくれ、フィン」
「たしかに、そうですね。遊びだと思っておきます」
さきほどラインハルトが言っていたように、これは遊びの一種なのだろう。この武器で戦うのなら特に命の心配もなさそう。
そんな時だった。
「あ、“遊び”だ“と、キサマ⁉ この武器でも当たれば骨は砕け、当たり所が悪ければ命の危険があるのだぞ⁉ 我々騎士の鍛錬を馬鹿にする気か、キサマぁ⁉」
オレの独り言が聞こえていたのだろう。
アイナスは顔を真っ赤にして激昂。訓練剣の切っ先を向けて怒りをあらわにする。
「いや、そんなつもりはありません。ただ、オレが子どものころは、もっと鋭い刃物や、大きな鈍器で遊んでいたもので」
オレは幼い時から師匠と色んなことをしてきた。その中でもこうした武器風なものをつかった遊びもある。
師匠が使う遊び道具は、大木や巨岩を一瞬で斬り裂く大鎌。あと大地や小山を吹き飛ばす大ハンマーなど多岐にわたる。
それに比べたら今手にしている金属の剣は子どもの遊び道具以下に思えてしまったのだ。
「な、なんだと、キサマ⁉ よく、意味の分からないことを口にして⁉ 『大木や巨岩を一瞬で斬り裂く大鎌。あと大地や小山を吹き飛ばす大ハンマー』など、そんなことが世の中にある分けがないだだろう⁉」
「……アイナス、そこまでにしておけ。我々常人の物差しでは、このフィンのことは測れんぞ」
「で、ですが、ラインハルト様……」
「それよりも時間が惜しい。模擬戦を始めるぞ」
「はっ! かしこまりました!」
ラインハルトの言葉でアイナスも従う。雰囲気的に模擬戦が開始となりそうだ。
そんな中、ラインハルトは部下たちに命令を出す。
「お前たち。二人の模擬戦が終わるまで、この訓練場から出ておけ」
「「「はっ!」」」
ラインハルトは護衛の者たちに退去を命じる。
訓練場の扉は閉められて、室内にはオレとアイナス、ラインハルト。あと審判役の騎士の四人だけになる。
「ラインハルト様、どうして彼らの退去を命じたのですか? この者が口先だけの愚か者であることを、部下にも証明したいのですが?」
「そうか、アイナス。だがフィンのことはあまり多くの者に知られない方がいいからな。あと私の大事な副官プライドのこともある」
「?? ラインハルト様の御心は測りかねますが、万が一の可能性も、あの無礼者が勝つことはありません! ご安心くださいませ!」
そう言い放ち、女騎士アイナスは模擬剣でスッと空を斬り裂く。
「仮にも王国騎士十剣の一人である私が、そのような素人に奴に負けることなどあり得ません!」
アイナスは自信満々に剣先を向けてくる。
オレは剣技の世界のことはよく知らないが、《王国騎士十剣》というのは称号の知識はある。
年に一度の王国騎士内の主催の模擬戦で、成績上位十人だけに許された称号だ。
つまり王国内で少なくとも剣技だけなら、彼女が十位以内に入っている猛者であることが証明されていることになる。
「ラインハルトさん、本当にオレがやる必要があるんですか? オレは剣技の鍛錬なんて、一度もしたことはないですよ?」
「ああ、頼む、やってくれ、フィン。これも我が騎士団を……私を助けるためだと思って、遊びの一合だけでもいいから」
最終確認をしてもラインハルトは試合を臨んでいる。真剣な表情だ。
「助けるか……それは仕方がないな」
ラインハルトの意図は読み取れないが、助けて欲しいと懇願されてむげには断れない。
何しろ相手は王位継承もある第三王子。ボロン冒険者ギルドの心証を下げないために、職員として余興に乗るしかない状況だ。
「……お待たせしました、アイナスさん。でははじめましょうか?」
こうして王国でも十本の指にはいる猛者との模擬戦が、幕を上げるのであった。




