第65話:落としどころ
オレの育ての親である師匠ララエルが、突然職場にやってきた。
過保護すぎる彼女は、オレの強制帰還が目的だったのだ。
師匠との話が平行線を辿っていた時、マリーが提案を口にする。
「実際にフィンさんが立派に生活をしているのを見たら、ララエルさんも安心するのでは……と思って」
「なるほど、そういうことか。たしかに魔界にも『千聞は一見に如かず』とことわざがあるから……ふむ、分かった! フィンの王都での生活を観察することにするぞ、妾は!」
師匠は生まれ故郷の格言を口にして、何か納得していた。どうやら強引に連れて帰るのは中止。マリーの提案を受け入れてくれたのだ。
「オーナー、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。あっはっは……なんとか妥協案が見つかってよかったです。というか、このままだとウチのギルドは戦場になっちゃいそうな予感がしたので、死を覚悟して提案してよかったです……はぁ……」
マリーは何やら謙遜しているが、今回の仲裁はかなり見事な行動力だ。やはり彼女は経営者としての器が大きいのかもしれない。
「ふむ、王都滞在か。ここは人が多すぎて面倒じゃが、これは逆にチャンスかもしれんのう。フィンに人族の恐ろしさを直接教えてやれるからのう!」
一方でララエルは何やら興奮している。前に聞いた話では、これほど大きな都市に住むのは初めてのはず。まるで子どものように興奮している。
だが興奮している師匠には悪いが、大きな問題が一つあるのだ。
「ところで師匠。王都に滞在するのはいいけど、どこに寝泊まりするつもりなんだ?」
問題は彼女の王都での滞在先について。まさか路上で寝泊まりする訳にはいかないからだ。
「ん? そんなのは決まっておる。フィンの王都での屋敷の一部屋を、妾に貸すのじゃ!」
「何を言っているんですか。オレが住んでいるのは一部屋しかない、一人用の賃貸だ」
「な、なんじゃと⁉ ひ、一部屋しかないとか、まるで家畜小屋の狭さではないか⁉ どうして、どんなところに⁉」
「王都での一人暮らしでは平均的な広さだからな。それより師匠は蓄えがあったはずだから、長期滞在の宿屋を借りるのはどうだ?」
オレの生まれ育った家……つまり師匠の持ち家は辺境にあるが、かなりの大規模な屋敷だ。
更に屋敷の地下室には価値は分からないが、かなり多くの魔道具や芸術品もある。おそらくは師匠は金銭には不自由していないはずなのだ。
「ふん! 自慢ではないが人族の通貨など一枚も蓄えておらんぞ! あと家にある物は全て大事なコレクション! 一品たりとも売るつもりはないぞ!」
腰に腕を当てて師匠は答えてきた。
かなりのドヤ顔だが要約すると『王都で使える金銭は一ペリカも所有していないし、換金するつもりない』ということ。つまり宿屋などに長期滞在など不可能なのだ。
「師匠の懐事情は分かった。でもそんな自慢げに言われても。それならどうするつもりだ? ペリカがなければ王都では一日たりとも暮らしていけないぞ? 泊まるとこはもちろん、食材も買い物をする必要があるんだぞ?」
「な、なんじゃと⁉ くっ……これだから人族の街は嫌いじゃんじゃ! 奴らは昔から何かと『金を払え! ペリカを出せ!』と口うるさいのじゃ!」
王都での生活していく現実を言われ、ララエルは泣きそうな顔で怒っていた。何やらペリカに関しては昔に嫌な思い出でもあるのだろう。
ふう……さて困ったことになったな。
師匠が王都に滞在できないとなると、また強制送還のことを口にしかねない。また議論がふりだしに戻ってしまうのだ。
「あの……口を挟んですみません。ララエルさん、よかったら我が家の余っている部屋に使いませんか?」
そんな時、受け継業務を終えたレオンが、助け舟を出してくる。なんと自分たちの家の部屋を滞在用に、師匠に提供してくれるという。
「なんじゃと、それは有りがたい提案なのじゃ、レオンとやら!」
「いいでしょ、お姉ちゃん?」
「うっ……フィンさんの育ての親で明らかに人外が幼女さんを、我が家に⁉ で、でも、そうしないとギルドは壮大な親子喧嘩で吹き飛んでしまいそうだし、フィンさんも強制送還されてしまうかもしれないし……わ、わかった! ララエルさん、是非とも我が家に滞在してください!」
何やらブツブツ言いながらも、マリーも了承してくれた。
彼女たちの祖父の容態は、現在はかなり安定してきたという。部屋数も多く、ララエルが同居しても問題ないのだと。
「うむ、これは感謝せねばのう。レオン……いや、レオン殿とマリー殿よ。この度はこんな妾のために住居を貸してくれて感謝するのじゃ」
師匠は頭を深く下げて感謝を口にする。
オレに対しては過保護で子どものようにかんしゃくを起こすが、彼女は基本的に人情味に厚い性格。レオンとマリーに対しても敬意を払っていた。
「あとタダで泊めてもらう訳にはいかん。魔界の格言あるように『一宿一飯の恩は対価をもって返せ』じゃからのう。だがわらわは人族の貨幣は持っておらぬし。どうしたものか……?」
師匠はまた生まれ故郷マカイの格言を口にしながら、頭を悩ませている。どうやら長期的に泊めてもらう対価を考えているようだ。
「おっ、名案が浮かんだぞ! 先ほどの話では、この職場の経営者はマリー殿なのじゃろう?」
「は、はい、一応はそうですが」
「やはりそうか! それなら対価としてわらわは労働をするのじゃ! 王都滞在期間中はこの店で働くのじゃ!」
「えっ――――ラ、ララエルさん、いったいを何を言いだす……」
「はっはっは……! 大船に乗ったつもりで全てわらわに任せるのじゃ! これで王都滞在の場所の対価が払えて、しかも愛息子の仕事中の観察も可能。一石二鳥なのじゃ!」
こうなってしまった強引な師匠を止めることは、オレでも不可能だ。
こうして育ての親である師匠が、ボロン冒険者ギルドで働くことになったのであった。




