第57話:酒場部門
マリーに酒場の増設を提案した翌日になる。
今日もオレは朝一で職場に出勤。他の職員が出勤してくる前に、掃除と整頓の仕事を済ませておく。
「フィンさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
掃除を終えたところで、銀髪の少年少女が出勤。マリーとレオンの姉弟だ。
「おや、オーナー? 今朝はいつもより、少し早いですね」
「えっへっへ……今朝は久しぶりに早起きできたんですよ、この私も!」
マリーは朝があまり得意ではない。いつもは眠そうな顔だが、今朝はやけに元気そうだ。
いったどうしたのだろうか?
「実は昨日の酒場のことを考えていたら、私も興奮して早起きしてしちゃったんです! なんかワクワクしますよね⁉ これ見てください、フィンさん!」
どうやらマリーが早起きできたのは、新しい事業展開に興奮していたからだった。
彼女は自分で描いた酒場のイメージ画を見せてくる。年頃の女の子らしい可愛いデザインだ。
「あと、考えたんですけど、酒場を増設するには敷地を増やさないといけないですよね? 隣の物件はずっと空き家から、後で大家さんに聞きに行ってみようかと? どうですか、フィンさん?」
更に物件のことまで考えていてくれていた。経営者として最初のころに比べても、かなりアクティブに成長した姿勢だ。
「色々とありがとうございます。ですがオーナー、その二点は、オレの方で“済ませて”おきました」
「えっ? 済ませでおいた……ですか? ん? どういう意味ですか?」
「まずは、そちらを見てください」
「えっ、そちら……って、前は壁があったところを? へっ――――な、なにこれ⁉」
ギルドの左奥に視線を移して、マリーの表情が変わる。目を丸くして信じられないものででも見たかのようだ。
「えっ⁉ えっ⁉ え――――」
マリーの全身と思考が固まってしまう。
これはまずい。ちゃんと細かく説明をしないといけない。
「報告が遅れましたが、そちらがボロン冒険者ギルドの“酒場コーナー”になります」
「“酒場コーナー”⁉ き、昨日まで壁しかなかった場所が……酒場が出現している⁉ こ、これはどういうことですか、フィンさん⁉」
「今回は覆面調査員が来訪に備えて、昨夜のうちに全て設計施工しておきました」
マリーに説明をしていく。
新たに増設した酒場コーナーは、以前のギルドの二倍ほどの広さ。四人掛けの四角のテーブルを十卓ほど設置して、一人用のカウンターも十席ほどある。
総席数は五十名ちょっとであり、テーブルをくっつけることで宴会にも対応可能だ。
「標準的な酒場の厨房や備品、飲食席も完備してあります」
酒場カウンターの向こう側には、オープン型の厨房がある。
火力が強いプロ仕様の魔道具コンロとオーブン、冷蔵魔道具や作業テーブルも多めに設置。本格的な料理や小皿料理にも対応が可能だ。
「す、すごい……そんなに専門的な設備が……これなら素敵な料理ができそうですね……い、いえいえ、設備が凄い話じゃないですよ、フィンさん⁉ どうしてたった一晩で、こんな本格的な酒場が完成しているんですか⁉ い、いや、フィンさんのことだから一晩で施工が出来たことは百歩譲ったとして、というかギルドのこっち側は道路なはずなに、どうして建物の空間があったんですか⁉」
ああ、なるほど。マリーが驚いているのは、そっちのことか。
これもオレの失念。ちゃんと説明をしないと。
「説明が遅れました。実は酒場の場所をどこにするか考えていて、気がつきました。間取り的と動線的に新たに物件を借りるよりも、こちら側に増設するのが効果的だと。そこで“生活魔法レベルの空間魔法”でギルド内の空間を増設。酒場のスペースとしました」
オレが師匠から教わった“生活魔法レベルの空間魔法”は応用性高い。狭い物件でも少しくらいなら拡張が可能なのだ。
「く、空間魔法で区間を増設……ですか。私も冒険者の魔法には詳しい方ですが生まれて初めて聞きました、そんな桁違いな生活魔法は……」
「そうでしたか。もしかしたら地域性の違いかもしれませんね。あとメリットとしては内部の空間を増設しただけなので、家賃の追加は一切発生しません。どうですか、オーナー? もしもデザインや間取りが気に食わなければ、今日中に更に改築しておきますが?」
「い、いえ、けっこうです。これ以上の改築は私の心の臓に悪いので、このままでお願います。ふう……それにしても間取りを変えるどころか、空間を倍上に増やしちゃうとか、フィンさんの過去の生活魔法の基準って、いったい……⁉ い、いや、ここは気にしないでおこう。何しろ家賃も節約できたんだし!」
ブツブツ言いながらも、マリーはいつものように納得していた。虚ろな顔で酒場コーナーを確認。全てをふっきった顔になり、新しい環境に馴染んでいる。
相変わらずこうした対応力の高さは、見事な経営者資質だ。
「ん? そういえばフィンさん。こんなに本格的な酒場はどんな人に任せたらいいんですか?」
店内設備を確認しながら、マリーが疑問に思うものも無理はない。
何しろ今のところボロン冒険者ギルド職員には、酒場を切り盛りするプロはいない。新しい職員を雇う必要があるのだ。
「そうですね、オーナー。最低でも料理担当者が一人。調理補助兼用な給仕人も三人が必要です」
「四人もか……でも、売り上げのことを考えたら、スタッフの質は大事よね。それじゃ、これから求人でも出しますか?」
「いえ、それには及びません。オレの知り合いが一人、ちょうど暇をしていたので昨夜のうちに声をかけておきました? 問題がなければ、その人選でよろしいですか?」
「はい、それは助かります。ん? “フィンさんの知り合い”……? どこかで聞いたような怖さが? まいっか。それじゃ、酒場部門の人選もフィンさん一任します!」
「分かりました。それではさっそく今から連れてきます」
経営者マリーの了承は得られた。こうして新しく増設した酒場部門の担当者を、オレは連れてくることにしたのだ。