第46話:ラストバトル
悪徳経営者リッパーによって窮地に陥る。
だが何故かオレのつたない反撃によって、襲撃者たちは全滅。
逆に窮地に陥った悪徳経営者リッパーは、赤黒い召喚石を取り出すのだった。
「ガッハッハ……! これで貴様も終わりだ、フィン!」
召喚石をオレに向けて、リッパーは勝ち誇っている。おそらく切り札として用意したものなのだろう。
「それは普通の召喚石じゃないな。その形状からして、まさか《魔族召喚石》か?」
召喚石の中には《魔族召喚石》という特殊な物がある。
名前の通りに魔族を召喚可能。魔族は強靭な肉体と、強大な魔力を有した危険な存在だ。
「ああ、ご名答だ、フィン! いくらお前が不可思議な術を使ってこようが、魔族相手では手も足もでないぞ!」
オレは魔法を使ってはいない。だがリッパーが言っていることは正しい。魔王の加護を有する魔族は、魔法に対する抵抗力が高いのだ。
「落ち着け、リッパー。たしかに今、その《魔族召喚石》を使えば、お前は一時的に優位に立てる。だが、魔族を召喚するのは自殺行為だぞ? それにお前はなぜ、そんな危険な物を持っているんだ? 法律違反だぞ」
《魔族召喚石》によって召喚された魔族は、強大な力で相手を消滅させる。
だが魔族の力は強大で、使役できるのは一時的なもの。すぐに召喚者に襲いかかり、その後は周囲に被害をだすのだ。
そのため各国の法律によって、所有と売買が禁じられている。王都では所有しているだけで、重大な罰に処されるのだ。
「うるさい、黙れ! キサマのような奴に心配される筋合いはない! ワシはどんな手段を使ってでも、キサマに復讐をしてやるのだ! そのために全財産をはたいて、こいつを“ヤツ”から買ったのじゃ!」
リッパーはすでに冷静さを失っていた。自分の命すら投げ捨ててまで、オレに対して強い復讐心を抱いている。
もはや説得は難しい状況だ。
(魔族の召喚か……これはマズイな)
危険な魔族は召喚された場合、この近隣に被害が及ぶ。おそらく下町一帯は火に海になるだろう。
マリーとレオンにも被害が及ぶ可能性が高いのだ。
(なんとか召喚の発動を止めないとな。イチかバチか飛び込むしかないな……)
大事な職場仲間は何とかして助けたい。
幸いにもリッパーまでの距離は遠くない。相手が召喚を発動させる前に、角材で召喚石を叩き落とせば阻止できるはずだ。
「死ね、フィン! これでワシの勝ちだ! ワシこそが王都一の冒険者ギルドのオーナーなのじゃ! 『エクス・デクス・デーモン』!」
その時であった。リッパーが動き出す。
何かの呪文を唱える。おそらく召喚石を発動させるキーワードなのだろう。
「させるか!」
オレも即座に動く。手にしたままの角材で突撃していく。
狙うはリッパーの手元。魔族が出現する前に、召喚石を叩き落とせば無力化できるはずだ。
ブッ、フォ――――ン!
その時、召喚石から“何か”が出現する。
五メートラ以上はある人型の漆黒の巨人。手には鋭い槍を持っていた。
「おぉおお! これが魔族の中でも特に強力な《上級魔族》か⁉ なんという禍々しく恐ろしい風貌じゃ⁉ だが、この威圧感は本物! さぁ、あの無礼な男をその三又の槍で突き殺すのじゃ!」
リッパーは漆黒の巨人に向かって、何かを命令していた。なんでも召喚したモノを魔族だと言っている。
(“あんなモノ”が魔族だと?)
魔物辞典によると魔族の外見は人智を超えた禍々しさがあるという。一般人は目にしただけで腰を抜かし、全身が恐怖で震えてしまうのだ。
(どうやらリッパーは偽物でも掴まされたようだな)
だが出現した漆黒の巨人は、そんな恐怖の瘴気を発していない。一般人であるオレが目にしても、それほど恐怖は感じられない。
むしろ酒を切らして機嫌が悪くなって、鬼のような角が生えてきたオレの師匠の方が、何倍も怖い威圧感がある。
つまりリッパーが召喚した巨人は魔族などではない。雰囲気的に巨体なだけの低ランクの魔物か何かだろう。
『グッフヌヌ! 愚かな人族よ。よかろう、キサマの願いを、この《上級魔族》アヌビウス様が叶えてやろう。だが、その後は、キサマとこの街の住人ごと皆殺しだがなぁ!』
巨体なだけの低ランクの魔物は、自分のことを《上級魔族》アヌビウスと偽り、高笑いを上げていた。
三又の槍先をオレの方に向けてくる。
「よく分からないが、邪魔をするな!」
低ランク魔物なら勝機はまだある。相手に構わずオレは突撃していく。
狙うはリッパーが手にしている召喚石。手から叩き落とせば、この低ランクの魔物も姿を消すはずだ。
「いくぞ……はっ!」
また見よう見まね気合の声と共に、角材を振り下ろす。
ブッ――――フォン!
直後、また角材の先端から“光のようなもの”が放たれる。
『なっ⁉ この光の斬撃はいったい何だ⁉ こ、この《上級魔族》であるオレ様が防御できない、だと⁉ まさか聖剣クラスの斬撃⁉ い、いやそれ以上の斬撃をコイツは⁉ ウッ、ギャ――――!』
光の斬撃は低ランクの魔物に衝突。そのまま巨体を真っ二つに斬り裂く。
これは予想外のできごと。
パッ、キ――――ン!
だが少し間を置き、リッパーの手にしていた召喚石も真っ二つに割れる。これは狙い通り。おそらく本体と召喚石が連動していたのだろう。
「なっ、なっ、なっ、なんだと⁉ 《上級魔族》が一撃で真っ二つに⁉ フィ、フィン……キサマ……いったい何者なのだ⁉」
切り札を失いリッパーは呆然としていた。まるで化け物でも見るように、オレを凝視してくる。
「ん、オレか? オレはただの冒険者ギルドの事務職員だ。お前も言っていたようにな」
「なっ⁉ キサマのようなただの事務職員がいてたまるか! くそっ……こうなった、王都の査問委員会にキサマのことを訴えてやるぞ! 罪状は何でもいい!」
査問委員会は悪質な経営者を告発する場所。まさかリッパーの口から出てくるとは思ってもみなかった。この男はもはや混乱しているのだろう。
だが査問委員会に訴えられるのは、こちらも少々面倒。ボロン冒険者ギルドに迷惑がかかる可能性があるのだ。
「さて、どうしたものか……ん?」
そんな時だった。
大通りの方から、別の武装集団がやってくるのであった。