第三百五十九話
アタルと別れたキャロは、気を失った父親を背負いながら無事に外に連れ出すことに成功する。
彼女が選んだルートは人がほとんど残っていない道だったため、誰とも遭遇することなく外に出れた。
『キャロ様!』
そこには念話で意思疎通していたバルキアスの姿があり、キャロが連れてきた父親を引き受けた。
最初アタルたちはここまで馬車できたが、さすがにあれだけ暴れた人をのせて馬車で移動するのはばれてしまう可能性が高いため、あえてバルキアスと人の目につかないルートでこの場所をあとにすることを選択する。
「――アタル様……あとはお願いします!」
キャロは一度屋敷の方を振り返り、中で奴隷救出に向けて動いているアタルに思いをはせてそう小さく言うと、彼に全てを託して身を隠すようにして静かに宿へと戻って行った。
「――さて、妖精の奴隷はどこにいるんだ?」
会場の奥へと足を進めたアタルは、周囲の気配を探りつつ、キョロキョロとあたりを見ながら悠然と奥に進んでいく。
「寝てろ」
たまに、奴隷商側の人間が襲いかかってくるのを見つけては出会い頭に気絶弾を撃ちこんでいく。
彼らを尋問してもよかったが、それでじっくり顔や特徴を覚えられて応援を呼ばれては面倒であるため、エンカウントと同時に気絶させていた。
「そろそろ奴隷を閉じ込めている部屋があってもいい頃だと……」
オークションの目玉である妖精が出品されるまでに結構な人数の奴隷がいたため、その人たちを待機させておくのにそれなりの大きさの部屋が必要であることが予想できていた。
目につき次第、アタルは扉をいくつか開けてみたが、どこも小さな部屋で、物置や資料室のようだった。
簡単に見つからないのは、おそらく奴隷たちが勝手に逃げ出してしまわないように厳重に奥へと閉じ込めているからだろうとアタルは淡々と先へ進んでいく。
しばらく歩くと、なにやら多くの人の気配がする部屋の前にたどり着き、アタルは息をひそめて魔眼を発動させると、勢いよく扉を蹴破って一歩足を踏み入れる。
「おっと」
その瞬間、敵意を感じたため、一歩後ろに下がった。
先ほどまでアタルの頭があった空間を、太めの木の棒が空を切った。
「……ちっ!」
どうやらそれは中にいた巨体の熊の獣人が振り下ろしたものであり、攻撃を外したことで舌打ち交じりにアタルを睨みつけていた。
アタルのことを勝手に奴隷部屋へと入って来た奴隷商だと思って攻撃を加えてきた様子だ。
奴隷たちをどうにかされないように必死に牙をむき出しにしているように見える。
「おぉ、これはなかなか頼もしいな」
アタルだからこそ初見で避けられたが、並の者なら手出しできないほど鋭い一撃を見たアタルは、これなら奴隷たちになかなか手出しできないだろうと、感心している。
「なにをのんきなことを、ふざ、けるなああああ!」
そんなアタルの反応を見た熊の獣人は、気が立っているせいか馬鹿にされたように感じ、怒りに顔を真っ赤にしていアタルに向かって木の棒を振りかざす。
「ちょっと待った、いや待ってくれって。ほら、危ない、から、さ」
それをするすると回避しながら、外に出て来た男の攻撃をかいくぐってアタルは奴隷部屋へと入っていく。
「うるさあああああい!」
完全に頭に血がのぼっているのか、男は攻撃をやめずにいたため、アタルの避けかた次第では他の奴隷にも攻撃があたってしまうかもしれないという状況になってきていた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
そんな悲鳴も聞こえてくるが、奴隷を代表して戦ってくれている強面の彼に意見できる者もおらず、怯えながら部屋の隅へと追いやられている彼らは止めることはない。
「全く、少し冷静になれって――俺が奴隷商に見えるか?」
「知らん!」
アタルがなにを言っても聞き入れるつもりはないらしく、クマの獣人は食い気味でバッサリと切り捨てる。
「なら仕方ない。これでも、喰らっとけ!」
奴隷たちに危害をくわえるつもりはなかったが、クマの獣人は完全に頭に血がのぼっているため、仕方なしに気絶弾を打ち込む。
「そんな、もの、くらって……――がふ」
比較的体力のある奴隷だったが、それでも扱いは良くなく、本来の体調ではないようで、一発でその場に倒れこんだ。
体の大きな彼が倒れるとドスンと大きな音が鳴り、中にいた奴隷たちはあっという間に決着をつけたアタルをじっと見つめていた。
「……一応言っておくが、俺がこいつを攻撃したのは何を言っても聞いてくれないからだ。それと気絶させただけだから安心してほしい」
自身に視線が集中していることに気が付いたアタルは武器をしまいながら両手を上げて攻撃はしないとアピールする。
「だ、大丈夫です……! 彼が一方的に攻撃をしていたのはわかっています、それにあなたは奴隷商ではないようなので……」
いの一番にそう答えたのは、アタルたちが最初にオークションで見たボサボサの赤い髪をした小国の姫だった。
彼女は攫われてここに連れて来られて奴隷となったが、アタルは他の奴隷商たちの様に見下すような目ではないことに気づいていた。
今の彼女は会場で見た時のような死んだ目はしておらず、アタルのことをしっかりと視界にとらえている。
「あぁ、俺は今回のオークション参加者、のふりをしていたもんだ。妖精に頼まれて、友達の妖精の奴隷を助けて欲しいって言われてな。でもって、外は大騒ぎになったからついでに他のやつらも解放しようかと……」
そこまで言ったところで、アタルは彼女らが全員腕に鉄の枷をはめられているのに気づいた。
「なあ、こうやって手を前に出して座ってくれるか?」
「えっと、こう、ですか?」
なにか考えがある様子のアタルの言葉に、戸惑いながらも彼女は素直に従って、腕を前に出したまますっとしゃがむ。
「そうそう、これを……こう!」
アタルは彼女の鎖の中央あたりにライフルの銃口をつきつけて、そのまま弾丸を発射する。
すると、ドンっという大きな音と共に鎖が断ち切られたが、彼女や床には傷一つついていなかった。
「……えっ!?」
彼女は目の前で起きたことが理解できず、驚きの表情でいっぱいになっていた。
この枷には魔法がかけられていて、そんじょそこらの武器では壊すことができない。
それをあっさりと壊したアタルに全員が息をのんで驚いている。
「さあ、みんな同じように並んでくれ。カギがないから外すことはできないが、鎖が切れるだけでも楽だろ?」
そうアタルが声をかけると、小国の姫の顔をうかがって彼女が頷いたことを確認した奴隷たちはひとり、またひとりとアタルの前に行き、鎖を断ち切ってもらった。
全て終わったところで、アタルは先ほど気絶させた男の鎖も破壊して起こしていく。
一度気絶したことで冷静さを取り戻した熊の獣人は、鎖を解除してもらえたことや周りにいた奴隷たちが無事であることを確認すると、先ほど話を聞かずに攻撃を仕掛けたことを謝罪してくれた。
「さて、これでみんな動きやすくなったな。俺はこれから妖精を探す。どうやらここにはいないみたいだから、あんたたちは勝手に逃げてくれ。外はあらかた片付けてきたから心配ないはずだ」
全員が動けるようになったことを確認したアタルは簡単に説明すると、そのまま部屋から出て行こうとする。
「そ、そんな、どうすれば……」
突き放すようなアタルの言葉に、奴隷の一人が心細そうな声を出す。
もう自分たちは奴隷としてどこかに売り飛ばされる運命しかないとあきらめていたところに、急にこの部屋に来たアタルのことを救世主と思っていたが、最後まで面倒を見てくれるわけではないと知って困惑と悲壮感から、肩を落として落胆している。
「……この方にはこの方の目的があるんです! ここまでしてもらったことを感謝して、私たちは自分でなんとかしましょう! もう、私たちは奴隷ではないのですから!!」
励ますように声をかけたのは最初に助けた小国の姫だった。
今の彼女はオークションで見た時とは打って変わり、気品と強い意志が戻っていた。
「名も知らぬ方、助けていただき感謝しています。どうか、あなたの目的が達成できますように……」
そして彼女は優雅にお辞儀をして礼を言うと、アタルに数秒の祈りを捧げる。
「ありがとう。いつかまた会えたらその時もう一回感謝してくれ――じゃあな」
ふっと優しく笑いかけたアタルはそれだけ言うと、妖精の救出に向けて部屋を後にした。
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