第三百五十八話
ここまでの憎しみを強く持っている相手に会ったのは初めてであるため、アタルはやや気圧される。
「あんたが何をもってそんな風になったのか……もしかして、娘のことが原因か?」
探るようなアタルの言葉に、ぴくりと眉をゆがめながら男は立ち上がる。
そして、地面を踏みしめると、そこが大きく陥没し、覇気が風圧のようにあたり一帯を駆け抜けた。
「貴様あああああ! 知った風な口をきくな!」
怒りが頂点に達したのか、男の目ははっきりとアタルを敵とみなしているようだった。
アタルが娘について何かを知っているのかもしれない――そんな可能性よりも、そこを指摘されたことへの怒りのほうが強かった。
「おいおい、俺はただ確認しただけだぞ……お前には娘がいるんだろ? そして、その娘が攫われたんだろ?」
じりっとひりつくような男の怒りを浴びながらも、アタルはなんとか落ち着かせようと言葉を続けていく。
ただ事実を確認しようとしているだけだったが、これがまた彼の怒りの琴線に触れてしまった。
「っ……ふざ、けるなあああああ!」
男は怒りで顔を真っ赤にしてアタルに向かって走りだす。
男の戦闘スタイルは格闘タイプであるらしく、手甲と脛あてを身に着けている。
そして、得意の体術で一気に距離を詰めてアタルに殴りかかる。
「おぉ、速いな。かなりレベルが高い」
「ほざけ!」
キャロで慣れているアタルが軽々と避けながら冷静に動きを分析していることが、自分をあざ笑っているように感じられた男の怒りを逆なでしていく。
そして、何度か連続でこぶしを繰り出したのち、男は力を込めた拳を繰り出す。
力強いその一撃が風を切る音がアタルの耳にも届く。
「ふっ!」
アタルは冷静に魔眼を発動させながら男の攻撃を避ける。
「せい!」
アタルに避けられることはある程度予想していたのか、男は拳を引き戻すと、そこから素早く回し蹴りを繰り出した。
「っ!」
だが、この攻撃もアタルは回避する。
単純な身体能力であれば、圧倒的に男のほうが上である。
しかし、アタルは魔眼を使って男の動きを確認していた。
それによって、ある程度ではあるが男の動きを先読みできている。
「にしても、そろそろ、誰か、来てくれないかなっと!」
アタルの武器はライフルであるため、近接攻撃をメインとする男相手に小回りがきかない。
ゆえに、攻撃に転じられず防戦一方になっていた。
「アタル様、お待たせしましたっ!」
そこへ武器を構えたキャロが男とアタルの間に滑り込んで、攻撃を受け止める。
「頼んだ!」
キャロが来た安心感からふっと一瞬表情をやわらげたアタルはそう言うと、すぐに男から離れて距離をとってライフルを構える。
「任せて下さい、アタル様っ! ――やめて下さいっ!」
真剣な表情のキャロはキッと力を込めて男の目を見て、戦うのをやめてほしいと訴える。
「っ……お、お前はなんなんだ!」
ずっと怒りの感情に染まっていた男は突然目の前に現れたキャロを見て動揺しているようだった。
透き通るような彼女のこの声に聞き覚えがない。
彼女のことも初めて見たと感じている。
だが、自分と同じ眼と髪の色を持つウサギの獣人であるキャロにたいして、どこか懐かしいという思いが彼の胸にふつふつと沸き起こっていた。
「私の名前はキャロですっ!」
自らの名を高らかに口にしながら、父と思しき男を武器を使って押し返す。
「……キャ、キャロ? い、いや、キャロは、違う――そんな……キャロは、我が娘はあの時、死んだ、はずだっ……!!」
あっけなく押し返された男に先ほどまでの力強さはなく、うろたえながら自身の記憶と目の前のキャロの姿を何度も繰り返し照らし合わせて、戸惑っている様子だ。
目の前の愛らしい少女であるウサギの獣人が、娘と同じ名を口にしている。
もし、あの子が成長していればもしかしたらこんな風になっていたかもしれない。
なにより最初見た時からその目が自身そっくりであることが戸惑いの原因だということもわかっていた。
しかし、信じたくないのか、信じられないのか、うろたえた様子の男は戦意を喪失し、違う、違うと呟きながらよろよろと後ずさっている。
「キャロ、逃がすな!」
男は混乱の渦中にある。
このまま放っておけば、この場から立ち去るのはわかりきっている。
だからこそ、アタルはすぐにキャロに指示をだした。
「了解ですっ!」
今は父との再会を素直に喜べる状況にないと理解しているキャロは、武器をしまうと逃がさないといわんばかりに力強く足を踏み込み、一気に男の懐に入り込む。
「――くっ!」
動揺しきっている男の間合いに入るのは簡単で、一瞬で懐に飛び込んできたキャロにぐっと男は顔をゆがめて身構える。
自分よりも小さな、年若い、娘の名を名乗る少女がこれほど動けるとは思っていなかった。
そして、もしかしたら大事な我が娘かと思うと、困惑している気持ちをおさえきれない。
ゆえに、彼はキャロに攻撃の隙を与えてしまう。
「やあああっ!」
なるべく傷つけずに制圧したいキャロも武器を使わずに体術のみで男に攻撃をする。
彼もただでやられる気はないようで、先ほどまでアタルに向けていたほどの力ではないが、抵抗を見せた。
キャロにとって父に手をあげるのは心が痛むが、あきらかに通常の状態ではないのがひと目でわかる。
奴隷商に対しての強い憎しみ、急に現れたアタルに対する怒り、とどめに娘と同じ名のキャロに対する困惑。
これらが彼から冷静な判断力を奪っている。
だからこそ、とにかく落ち着けるように彼の動きを止めて落ち着いて話す必要があるとなんとか引き留められればと機会をうかがうように動いていた。
「――貴様、なにをしたのかわかっているのか!」
そんな状況をさらに混乱させるかのように、怒鳴り散らしながら姿を現したのは奴隷商だった。
「私がこのオークションにどれだけの金を割いたのかわかっているのか! 貴様は腕がたつから、ここの警備も任せたというのに! 落ちぶれていたお前を拾ってやった私に歯向かうというのか!」
怒りに震える奴隷商は恨めしさを込めて男を睨みつけ、全力で苛立ちをぶつけていく。
「……うるさい!」
もちろんそれにひるむことなく、男は奴隷商をにらみ返す。
自分にまさか抵抗してくるとは思っていなかった奴隷商は小さく悲鳴を上げて身をすくませる。
「っ……俺はお前たち奴隷商を許さない!」
この恨みは彼にとって相当根が深いようで、おいそれとはこの感情を消すことはできず、今にも怒りに歯をむき出しにして奴隷商に襲いかかろうとしている。
「ま、それはあとにしてもらうか」
「……なっ!?」
アタルの声が男の耳に届いたのとほぼ同時に、気絶弾が獣人の男に着弾していた。
「な、に、を……」
力を持っていることはあらかじめわかっていたため、抵抗されないよう念入りに気絶弾を五発食らった獣人の男は、突然の出来事に訳が分からないまま、途切れるように呟きながらそのまま意識を失った。
「はっ! デカイ口を叩いていたが、通りがかりの男にやられると、は……」
そして獣人の男をバカにするように鼻で笑っていた奴隷商もすぐさま追加で撃たれた気絶弾で、同じように気絶させられていた。
「はあ、うるさすぎだろ。キャロ、そいつを抱えて行ってくれ。俺は妖精たちを探してから逃げる」
「わかりましたっ! ご武運を!」
いまだ混乱にある会場の中、アタルとキャロはそれぞれの目的のためにわかれ、駆け抜けていく……。
お読みいただきありがとうございました。
評価・ブクマありがとうございます。
書籍11巻、7月19日発売です!
よろしくお願いします!




