第二百六十二話
そして、山に到着した一行。
「――手が疲れた」
だがほかのメンバーがほくほくつやつや顔であるのに対し、アタルだけは少しぐったりとしている。
あの後アタルはキャロ、バルキアス、イフリアをローテーションで撫で続けながら馬車を操縦していたため、到着した時点で疲労の色を見せていた。
「も、申し訳ありませんっ!」
『ごめんなさい……』
『すまなかった……』
彼の手の気持ちよさに夢中になっていた三人はアタルの様子を見て、反省しているようだった。
「まあ、たまにはいいさ。――それよりも、ここからは気を引き締めていくぞ。おそらくはあそこに雷獣とやらがいるはずだ」
視線は山頂に向いている。
情報で聞いていたとおり、山頂ではゴロゴロと雷が鳴り響き、存在感を示していた。
「はいっ、アタル様!」
『うん!』
『承知した』
返事をした時には、三人とも表情が引き締まっていた。
山頂に向かうまでの道のりでも、何度か魔物と遭遇したがアタルたちは圧倒的な力でねじ伏せていく。
アタルの弾丸、キャロの剣技、バルキアスの爪や牙の鋭さ、イフリアの巨大化しての圧倒的な力。
それらを前にしては、よほどの魔物でなければまともに打ち合うことすらできなかった。
「さて、ここからが本番だ」
特に問題なくザイン山を登り、山頂まであと少しといったところで、アタルが足を止める。
雷は一層強くなり、いつ彼らの身に落ちるかわからないと思わせるほど周囲には雷雲が立ち込めていた。
「これを、みんなに身に着けてもらう」
アタルは二人分のマント、そしてバルキアス用にこしらえてもらったベスト、更にはサイズが変わっても大丈夫なように調整されたイフリアの腕輪をそれぞれに渡した。
それらは雷対策の施されたアイテムで、雷が降りかかってくるのを防ぐ効果が付与されていた。
「大丈夫だな。それじゃあ、行くぞ」
みんなが身に着けたのを確認すると、アタルは山頂に足を踏み入れていく。
途中でキャロとバルキアスがアタルを追い越す形で先行する。
「……いるか?」
小さな声でつぶやくアタルにキャロが静かに頷いた。
山頂は雷がゴロゴロと鳴り響き、時折落ちる大きな音がしている。
それは常にどこかしらに雷が落ちていることを表していた。
そして、その中央あたりに一体の魔物が存在している。
「あれが雷獣……」
降りしきる雷の中に静かにたたずむその魔物。
馬を大きくしたような身体で皮膚の色は青みがかった白。角が二本生えており、まるで雷を模したようなギザギザの形をしている。
魔物自身も小さな稲光を放っており、輝きを身にまとったその姿は神聖ささえ感じられた。
「アタル様、あれをお願いします」
雷獣に思わず見とれていたアタルにキャロが声をかける。
雷対策として、新しい装備を用意したがそれだけで雷を防ぎきれるとは思っておらず、アタルはもう一つの手を用意していた。
「あぁ、準備完了だ。いつでもいいぞ」
彼女の声に我に返ったアタルは右手に金属の棒を持っている。
「それじゃあ、バル君……行きましょう!」
武器を構えたキャロはそういうとバルキアスと共に走りだし、雷獣へと向かっていく。
ほぼ同タイミングでアタルが金属の棒を山頂の地面に投げると、それらはある程度のところまで飛んでいき、ぐさりと突き刺さる。
一本ではなく、それも複数本打ち込んでいた。
「これで避雷針代わりになるはずだ」
それを終えたアタルはライフルを準備して、スコープを覗きこむ。イフリアは静かに待機していた。
素早い連携のとれた動きでキャロとバルキアスが雷獣に迫っていく。
雷の動きがおかしいことに気づいていた雷獣は、それと同時にキャロとバルキアスの存在にもすぐに気づいており、二人のことを睨みつけている。
「バル君!」
『りょーかい!』
名前を呼んだ、その一言だけで二人は意思疎通しており、真っすぐ向かっていた軌道を左右に揺らして挙動に変化をつける。
「――イフリア」
『承知』
そして、距離をとっているアタルがぼそりとイフリアの名前を呼ぶと、こちらも指示が伝わりイフリアがすっと動き出す。
イフリアは小さい子竜の姿のまま飛んでいく。
しかし、キャロたちと同じ方向から攻撃してしまってはその動きを全て読まれてしまうため、遠回りに滑空し、雷獣の死角から攻めようとする。
「来る!」
雷獣に対峙しているキャロはわずかな変化から雷を察知して、反射的に横に飛ぶ。
この雷は空から落ちてくるものではなく、雷獣が攻撃として放っているものであるため、魔力が流れており、それを感じ取って避けている。
それはバルキアスも同様であり、見事に雷を避けて距離を詰めていく。
『ふっ、はっ――よっと!』
軽快なステップで雷を避けるバルキアス。
何度攻撃を放っても二人に雷が当たらないため、雷獣にはわずかながら動揺がみられる。
更に左後方からイフリアが飛んでくるのを感じ取っていた。
雷獣は視線をキャロとバルキアスに向けたまま、後方にも雷を落とす。
空中で自由自在に動くことができるイフリアはそれを素早く回避していく。
『遅いぞ!』
雷の速度を遅いというイフリア。それも当然で、キャロたち同様に魔力の流れを読むことができていた。
「うちの仲間はみんな頼もしいな。さて、俺も動くか」
少しずつ距離を詰めながらキャロたちが雷獣に迫っている。連携のとれた動きにアタルの口元が薄く上がった。
そこで、アタルも弾丸を発射していく。
彼が狙っているのは、雷獣、ではなく空から落ちてくる雷だった。
「避雷針だけじゃ全ては回避できないだろうからな、っと」
魔眼によって、空の雷の軌道を確認し、おそらく雷が落ちるであろう場所に弾丸を放ってそこに雷が落ちるようにする。
神業のごときこの攻撃は、先の依頼で竜種を多く倒したことでできるようになったものだった。
竜が持つ経験値は多く、アタルを成長させていた。
「すごいです!」
それを見ていたキャロが思わず感嘆の言葉を口にする。
しかし、その驚く気持ちを一瞬でおさめ、目の前の敵である雷獣へと剣を振り下ろす。
次々と降り注ぐ雷を潜り抜け、キャロの剣、バルキアスの牙、イフリアの爪、それらが同時に襲い掛かろうとした。
雷獣はもう自分の命はこれで終わりだと覚悟している表情になっている。
しかし、次の瞬間キャロとバルキアスとイフリアは吹き飛ばされ、アタルは驚いて立ち上がっていた。
そこには、先ほど戦っていた雷獣をはるかに上回る――それこそ竜種かと思えるほどの大きなサイズの雷獣がそこにはいた。
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