第二百六十一話
アタルとキャロはバルキアス、イフリアと合流してから宿屋を探すことにする。
バルキアスとイフリアがいることがネックになるかと思われたが、この街では多くの種族が流入しているためか、たまたま入った宿ではさほど問題にはならずに宿泊することができることになった。
ただし、宿の女将から確認されたことは二つあった。
一つ目。
「その二人は暴れたりはしませんね?」
これに関しては即答でイエスと頷いた二人。
以前、ほかの客の召喚獣や契約獣たちが客室の備品などを壊したこともあるのか、そこに関しては厳しい表情で問われたが、問題ないとアタルたちが答えたため、女将はニッコリと笑顔になる。
そして、二つ目。
「……その、触ってもいいでしょうか?」
そう質問した女将の頬はほんのり赤く染まっていた。
女将は人族であり、この宿の厨房を仕切る夫も人族である。
そして、街の中心地にあるため、街の片隅に居住を構える獣人族は遠慮しているのか、彼らがこの宿に泊ることはほとんどない。
しかし、女将は獣人などの異種族に多分に興味を持っていた。
そこにやってきたのが、バルキアスとイフリアというテイムされている魔物とキャロという獣人の子。
特に興味があるのがバルキアスとイフリアであるようで、警戒を解いた瞬間から彼女の眼は二人に釘付けだ。
となると、もしかしたら触らせてくれるかもしれない……というほのかな希望が自然と口をついてでたようだった。
「バル、イフリア。この女将さんに少し触らせてもいいか?」
女将のもふもふ欲がひしひしと伝わってきたことでふっと笑ったアタルが彼らに確認の言葉を投げかける。
期待の目を投げかける女将。
それを受けて断るのも悪いと思ったバルキアスとイフリアは女将とアタルの顔を交互に見たのち、頷くことにした。
「っ!!! きゃあああ! ありがとうございますううう!!」
よほど今までうっぷんがたまっていたのか、バルキアスに抱き着くとモフモフとした毛並みを堪能し始めていた。
最初は大きな声と抱き着かれた衝撃に固まっていたバルキアスだったが、愛でたいという女将の気持ちが伝わってきたのか徐々に落ち着きを取り戻し、おとなしくなでまわされていた。
しばらくそうしていると、今度はイフリアに視線を移して鱗の感触を楽しむために撫で始める。
イフリアはこんな風に撫でまわされることがなかったため、むずかゆそうではあったが、静かに女将のされるままになっていた。
このやりとりは時間にして三十分ほど続き、その頃には異変に気付いたシェフである夫が受付にやってくる。
そして女将のとろけるような表情で客の契約獣を撫でまわしているのを見つけると、呆れと同時に申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。
「……その、すいません。宿代はタダで構いませんので、あの、しばらく、自由にさせてやって下さい……。料理に関してもできる限りのサービスはさせて頂きますので」
てっきり夫が彼女を止めると思っていたアタルたちは、シェフの言葉に驚くこととなるが、こちらに都合の良いサービスの提供を約束してもらえたこともあり、了承した。
被害を受けたのは主にバルキアスとイフリアだったが、それでも女将の触り方はどこまでも優しかったため、二人ともさほど不快になっている様子はなかった。
しかし、女将が満足するまで更に三十分ほどかかり、受付をシェフが代行しているほどだった。
「ふ、ふふふ、ふふふ……ありがとうございます! うふふ、これでまた仕事頑張れます! 先ほど夫が言ったように、宿代はタダですし食事も良いものをそろえさせて頂きますので、ご期待下さい! 部屋は二階の突き当りになります。こちらのカギをどうぞ!」
未だ笑顔がやまず、つやつやのお肌で嬉しそうに輝く雰囲気を纏った女将は、うふふと笑ったまま厨房でシェフとどんな料理を出すか相談に向かっていた。
「……バル、イフリアお疲れ様。まあ、なんだ、宿代が浮いてよかったよ」
さすがに一時間は長かったらしく、声をかけられた二人はぐったりと無言のままだった。
その後は部屋に戻ってゆっくり休んでから、街に繰り出して雷対策を考えることとなる。
いくつかの準備を終えてから宿に戻ってくると、ちょうど夕食の時間になる。
慣れない街を散策して疲れていることを伝えたら、食事が部屋まで運ばれてくる特別待遇が行われることとなった。
食事に関してはアタルとキャロはもちろん、バルキアスとイフリアも舌鼓を打つほどに満足する味であり、疲れも吹き飛んでいた。
翌早朝、アタルたちは宿で朝食を食べ、更にはお弁当も作ってくれたため、それを山で食べる予定にしておく。
ちなみに、女将は初めて満足がいくほど撫でまわせたのがよほど嬉しかったのか、アタルたちが依頼に向かって帰ってくるまでの間も部屋をキープしておいてくれるとのことだった――もちろん料金はタダで。
「いやあ、なんか色々助かったな。女将もシェフも色々と便宜を図ってくれたし、バルとイフリア様々ってとこだな」
アタルは上機嫌で隣に座っているバルキアスの頭を優しく撫でた。
今は、御者台にアタルとバルキアスが、馬車の中にキャロとイフリアが乗っている。
『今朝も軽く抱き着かれたから、また長くやられるのかと思って焦った……』
少し不機嫌そうな様子でバルキアスがそうつぶやく。
「昨日のことがやりすぎだと注意されたんだろうな。まあ、部屋もとっておいてくれるから良かった」
アタルはそう言いながら再びバルキアスの頭を撫でた。
女将とはまた違う撫で方に、バルキアスは気持ちよさそうに目を細めてついには目を閉じてされるままになる。
「ふふっ、アタル様に撫でられると気持ちいいみたいですね。でも、わかります。アタル様に撫でられると、安心するというか、気持ちいいというか……」
キャロもアタルに撫でられた時を思い出してふにゃりと顔をとろけさせ、目を細める。
そして、思い立ったキャロは馬車の中を移動して、御者台へと移る。
「お、おい、どうしたんだキャロ?」
「えっと、その、えへへっ」
耳を垂らしつつ、キャロは頬を赤くしてアタルに向かって頭を差し出している。
「……ん? キャロも撫でてほしいのか?」
彼女の視線がバルキアスを撫でている手に向かっていることに気づいたアタルはそういうと、彼女の頭をゆっくりと撫でていく。
ひと撫でごとに、キャロの表情はとろりと緩んでいく。
しばらくの間アタルはキャロの頭を撫で続けることになった。
そして、キャロが満足すると、今度はイフリアが飛んでやってくる。
『ん』
私の頭も撫でろと催促してきたため、表情を和らげたアタルは言われるがままにする。
それが終わると、今度はバルキアスが、更にキャロがと繰り返されたため、山にたどり着くまでの間、アタルは誰かしらの頭を撫で続けることとなった。
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