第二百三十二話
大臣は指輪を手渡すと、ニコニコと笑顔の満足そうな顔をして、一人で警備隊の詰所をあとにする。
「だ、大臣、警護のものをつけます!」
ドウェインは大臣を一人で帰すわけにいかないと慌ててそのあとを追って行った。
「――さて、キャロ。この指輪、どう思う?」
部屋に残されたアタルが指輪を左手の人差し指につけて、じっとそれを見つめながらキャロの意見を尋ねる。
「そう、ですね……。身に着けると確かに力が少し強くなったような気がしますっ。筋力的な力、それから魔力も少し上がったような気がしますが――それほど特別なものとは……」
彼女も同じようにつけてみて、実感した感想を言う。だが、大臣が報酬の代わりに渡してきたアイテムであるものの、それにしては……――とキャロも思ってしまっていた。
「だな。大臣が言っていたように、力が少し強化されるアクセサリといった程度のものだ……が、まあ、それだけじゃないんだろうな」
キャロの意見に頷いたアタルは自らの魔眼で指輪をみながら、意味深にぼそりと呟く。
「……アタル様?」
その様子の変化に気づいたキャロが気にかけるように名前を呼ぶ。
「あぁ、いや気にしなくていい。とりあえずは、これを使って少しでも戦闘の助けとしよう。今まで倒すのに半歩足りなかったところが、届くようになるかもしれない。それだけでも、十分戦況を変えることになるだろうさ」
キャロの問いかけに首を振ってこたえつつ、アタルは指輪から視線を逸らした。
些細な差が、大きな結果を産むこともある――彼はそう考えていた。
「なるほどです! 特に私は前線で戦うので、役に立ちそうですねっ!」
アタルが気にしないのならそれ以上の追及をせず、キャロは先ほどもらった指輪を今度は大事そうに眺めていた。
「俺たちが何かを欲しがっていないなら、こういうマジックアイテムはありがたいな」
アタルも戦闘中に自分の居場所を知られないように走り回ることがある。その際の一歩の踏み出しの力の変化なども戦闘に影響する。この指輪がその助けとなってくれることを願った。
「これで、また少しでもアタル様のお役にたてるようになりましたっ」
一生懸命にそう口にするキャロの姿に心温まったアタルは、彼女の頭を優しく撫でる。
「十分役に立ってるよ。……いや、違うな。役に立つとかどうこうじゃなく、大事な俺の仲間だ。背中を安心して任せられるパートナーだよ」
ふと撫でられる心地よさにアタルを見上げていると、急に優しい眼差しでそう彼に言われ、キャロは顔が熱くなるのを感じた。
キャロはアタルに助けてもらったという気持ちが今でも強く、主従関係が解除されてもアタルに仕えているという気持ちでいた。
しかし、仲間として、それ以上にアタルにパートナーとして認められたことはとても嬉しかった。
それ故に、赤くなる頬を隠すようにやや俯き加減になって表情を見られないようにしていた。
しかしアタルはそんなキャロの頭を優しく撫で続ける。バルキアスは二人の空間ができあがっていることに気づいていたが、そんな二人を見るのが好きなため、のんびりと見守っている。
「――ん? まだいたのか? もう、用事は終わったから行っていいぞ」
戻って来たドウェインはアタルたちがいまだにこの部屋にいると思っていなかったため、何をしているんだ? と妙なものを見るような表情になっていた。
「あぁ、悪いな。今回の件では色々と世話になった――ありがとう」
「お、おう……いやこっちこそ街の治安が良くなって助かった」
急に礼を言われたことに戸惑うドウェインだったが、アタルたちの活躍に対して思うところがあり、大隊長の顔つきに戻るとしっかり礼を述べる。
「それじゃあ、俺たちは行かせてもらうよ」
「失礼しますっ」
アタルは軽く手をあげて、キャロは深くお辞儀をして警備隊の詰所をあとにした。バルキアスはキャロの後ろを歩く。
詰所の外に出ると、ジャルとその姉フラミがアタルたちが出てくるのを待っていた。
「……あっ! お姉ちゃん! あの三人だよ!」
ジャルはアタル、キャロ、そして二人のあとに続くバルキアスの三人姿を見ると、ぱあっと表情を明るくして指差してそう言う。
「キャロさんですね。あなたのことは覚えています、私が捕まっていた場所を警備隊の人と一緒に解放してくれました。ありがとうございます」
柔和で優しい雰囲気のフラミはキャロの手を取って深々と感謝の言葉を述べる。
「無事に助け出すことができてよかったです。ジャル、お姉さんと仲良くして下さいねっ」
優しく微笑みながらキャロはジャルとの約束を守ることができ、そして彼女が笑顔になっていることを心から喜んでいた。
「それからあなたがアタルさんですね。あなたにも尽力して頂いたと聞いています。私を助けるために、いくつもの誘拐犯の拠点を潰しに回ってくれたそうで……本当にありがとうございました」
フラミはジャルから三人の話を聞いていたようだ。その中でアタルがパーティのイニシアティブを握っていることを理解しており、彼の判断が無ければ今回の救出劇はなかったとも考えていた。妹の話を真摯に聞いてくれ、事態の収束に動いてくれたアタルに深い感謝の気持ちを抱いているようだ。
「いや、うちのキャロがどうにも助けたがっていたからな。それにジャルも本気であんたのことを心配しているようだったもんで、助けてやろうと思ったんだ。礼は二人に言ってくれ」
「もちろんです。でも、キャロさんが動くことができたのも、バルキアスさんがジャルと共にいてくれたのも、全てあなたの判断です。だから……ありがとうございました」
少し早口になったアタルの言葉は半分本気、半分照れ隠しだった。
それを見抜いていたフラミは、クスっと微笑みつつ、改めて深々と頭を下げてアタルに礼を言った。
「――やれやれ、ジャルの姉さんはなかなか頭がいいみたいだな。素直に礼の言葉は受け取るよ」
フラミの雰囲気にアタルは観念したように手をあげると、フラミとジャルにそう言った。
「ふっふーん、私のお姉ちゃんだからね! お姉ちゃんはすーっごいんだよ!」
胸を張って言うジャルの頭に、優しく微笑んだフラミがそっと手を置いた。姉妹は目を合わせると幸せいっぱいに微笑み合う。
「そうだ、あれから少し警備隊の大隊長とも話をしたんだが、この国の誘拐率の高さはおかしいから警備体制とかを見直してくれるという話だ。この先はあんたのような被害はこれから減っていくと思う」
アタルは少し真面目な表情になって、フラミたちにそう告げる。
警備隊、そして国が今までと同じ対応であれば、再びフラミが、場合によっては姉妹揃って誘拐されることもある。
その対応について動いていることを告げることで、少しでも二人の心への負担が軽くなればとアタルは考えていた。
「色々とありがとうございます。みなさんには何度お礼を言っても足りないくらいです。本当にありがとうございました」
ここまでフラミが何度も頭を下げるので、アタルたちは感謝の気持ちをたくさん受取り過ぎて、少し苦笑していた。
姉が頭を下げているのを見てジャルも一緒に頭を下げるが、そんな彼女の表情は心からの笑顔であり、それを見られただけで色々行動して本当によかったとアタルたちは思った。
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