第二百二十九話
街がざわめき始める。
警備隊が物々しい様子で街の中を歩いているのを見た住民たちが、何事かと噂していた。
「――悪いな、俺なんかに指示されるのは嫌だろうが、協力を頼む」
街の視線を感じながら目的の場所へと向かう道すがら、アタルは警備隊の中の小隊長に声をかける。
ドウェインはアタルの力を目の当たりにしているが、警備隊の隊員全員が見たわけではないため、人族の若造の言うことに反感を抱いているものもいるだろうとアタルは考えていた。
「いえ、問題ありません。あなたの実力に関してはドウェイン大隊長から聞いています。うちの者の不祥事も解決してもらいましたし、今回の件も我が国に蔓延る膿を出すためのものです。感謝こそすれ不満などありませんよ」
きりっとした端整な顔立ちの犬の獣人の小隊長の言葉に、他の隊員たちも全員が頷いていた。
「そうか、だったらよかったよ。……っと、そこを右に曲がった先の建物だな」
アタルは新しくチェックを入れなおした地図を頼りに、街を突き進む。
地図の通りに右に曲がっていくと、これまでで最も大きい古びた洋館のような建物へと到着した。
「ここ、みたいだな」
「ここ、みたいですね」
誘拐犯というより、お化けが出てきそうなボロボロの洋館を見てアタルと小隊長は訝しげな表情で呟く。
「まあ、ビビっていても仕方ない。ただ、かなりボロボロな建物だから慎重に行くぞ。床を踏み抜いたりしないように気を付けていこう」
これだけボロボロの洋館ならば外からの声も聞こえているかもしれないと、声をひそめながら言うアタルに対して、小隊長含め、警備隊員たちは静かに頷いた。
正面にある大きな扉を開けようとすると、ギーっと大きな音をたてて開いていく。
建付けが悪いため仕方ないが、中にいるはずの誘拐犯が反応しないかどうかアタルは慎重に気配を探る。
足音も、動く気配もないため、アタルは後ろにいる小隊たちにわかるように頷いてから、先頭きって中へと入っていく。
「――おかしいな……音も気配もない……」
誰かがいれば、生活音であったり、人の気配であったりがするものだったが、どれだけアタルが感覚を研ぎ澄ましてもなんの気配もなかった。魔眼で見てもこの付近に人がいる様子はない。
「……どういうことなんでしょうか?」
困ったように小隊長が声をかけるが、アタルは神妙な面持ちで首を横に振るだけだった。
そして、洋館を捜索しながら一番奥の部屋の前までやってくると、その部屋から光が漏れているのが見える。
一度止まって中を探りつつ、アタルは自分が先に入るとハンドサインを送る。
これは事前に決めていた合図で、小隊長、および他の警備隊員も頷いて返す。
反対側に素早く回った小隊長が扉のノブに手をかけて、思い切り開く。
「――手をあげろ!」
アタルが大声で言いながら愛銃を構えて部屋に駆け込んでいくが、その足は徐々にゆっくりになり、やがて止まる。
「これは……」
部屋は元々食堂だったらしく、いくつもの机や椅子と、そして奥に大きな檻があった。
そして、誘拐犯たちの姿もあった。
「倒れてる……?」
アタルが呟いた言葉の通り、全員その場に気絶していた。
それは牢屋の中にいる攫われた者たちも同様だった。
「どういうことでしょうか?」
アタルから何も反応がなく、中からも音がしないことで部屋に入ってきた小隊長が先ほどと同じように、アタルに質問する。中の異様な様子に彼らも戸惑っているようだ。
もちろんアタルにも答えはわからなかったが、何かが起きていると考え、周囲の気配を探っていく。
この家に入った時から、何か違和感を感じていた。
しかし、気のせいだろうと思い込むことにしていたそこに原因があると考え直す。
「どうしました……っ」
「――しっ!」
声をかける小隊長に静かにするよう指示し、アタルは右側を大きく振り向くと銃を構える。
『ひゃあ! ご、ごめんなさい! こ、攻撃しないで下さい!』
すると、その方向から可愛らしい少女の声が聞こえてきた。だが普通の人と声が何やら違い、ぼんやりと響いているように感じられる。
「な、なんの声ですか!?」
「女の子の声?」
「お前も聞こえたのか!?」
姿の見えない少女の声が聞こえたことで、警備隊員たちは驚愕し、大きな声を出しながら周囲を見渡していく。
「……少し静かにしててくれ!」
アタルが一喝すると、そのざわめきは一瞬で収まる。気絶している者たちはいまだ起きる様子はない。
「――驚かせて悪かったな。全員が気絶しているみたいだが、これはお前がやったことなのか?」
『ご、ごめんなさい! そ、そうです! 私が声をかけたら急に大声を出して暴れ出したので、仕方なく全員気絶してもらったんです……』
なだめるように優しく声をかけたアタルの眼には、怯えたように目を潤ませた愛らしい少女の姿が映っていた。
彼女はいかにもお嬢様といった服装で、十歳そこそこに見える。
ツインテールのうすぼんやりとしたその姿はキャロよりいくぶん幼く映る。
ふわりとしたフリルがふんだんに使われ、リボンが縁取るワンピースは怯えた様子の少女の可愛らしさを引き立てていた。
ようやく話を聞いてもらえた喜びからか、少女は一生懸命に状況をアタルに伝えた。
「いや、それは問題ない。気絶にとどめてくれたことにはむしろ感謝する。……それで、君は一体何者なんだ?」
アタルは魔眼で見ているため、多少透けているものの、彼女の姿がちゃんと見えていた。
しかし、他の面々にはその姿が見えないため、アタルが何もない空中に向かって声をかけているように見える。
アタルの問いかけに対して声だけは聞こえるため、そこに何かがいるのであろうことだけは理解していた。
そして彼の邪魔にならないように状況を静かに見守っていた。
『わ、私はここに住むタリアっていうの。ずっとここに住んでるの。でも、そこの人たちが急にここに住み始めて、声をかけたんだけど出て行ってくれなくて……それでもがんばって声をかけ続けたの! そうしたら、この人たちががむしゃらに暴れ出して家を壊そうとするから仕方なく……っ』
一生懸命に話す少女の言葉を、アタルは真剣な表情で頷きながら聞く。
ちらりと横目に見た壁に刃物の傷があることから、恐らく彼女の話は本当なのだろうと信じた。
「なるほど、一応説明をしておくが、こっち側に倒れている男たちはみんな誘拐犯だ。そして、その牢屋の中にいるのは攫われた人たちだ」
分かりやすく端的に少女に説明をすると、きょとんとして周りを見た彼女はなるほどと頷いていた。
「それで、俺たちはこの男たちを捕まえて警備隊のもとへ連行する。それから檻の中の人たちを解放したいんだが……かまわないか?」
この部屋の主であろう彼女の許可をとろうとする優しいアタルの言葉に、少女の表情はぱあっと明るくなる。
『はいっ! よかったのです、この人たちずっと置いておくの怖かったので……そうだ! 玄関まで運びますね! よいしょっと』
華が咲くように嬉しそうに笑った少女が両手を前に突き出すと、倒れている男たちがふわりと浮かびあがり、直立の格好にさせ、ゆっくりと玄関へと移動させていく。
気絶したままの大の男たちが急に歩き出したことに、小隊の者たちは一瞬驚きに固まってしまう。
「俺たちは捕まった人たちを解放するぞ」
呆然としていた警備隊員を目覚めさせるように声をかけ、アタルは床に雑然と落ちていた鍵を拾って牢屋を開ける。
中に捕らえられている者たちもまた気絶したままであるため、警備隊員たちが背負って運ぶこととなった。
玄関へ向かうと、そこでは少女が待っていた。アタルの顔を見ると嬉しそうに近寄ってくる。
『あっ、戻りましたね。うちにあった縄で犯人さんたちは縛っておきましたのです!』
「あぁ、ありがとう」
一生懸命仕事をした風に額を拭う仕草をするタリアの手際の良さに、つい笑みがこぼれたアタルが礼を言う。
『あの、みんな起こしても大丈夫ですか?』
「あぁ、頼む」
しっかりと頷いたアタルの返事を聞くと、少女はにっこりと笑い、気絶している者たちへ向けて両手をかざす。
ふわりと光を放った手から、柔らかな小さな光の玉がいくつも生まれて、それが気絶している全員に降り注いでいく。
それは、とても幻想的な光景だった。
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