第百三十六話
アタルたちの受付を担当している職員はここのギルドの中でも古株で、冗談が嫌いであり、更に言うとエルフ以外の種族が嫌いであると噂されていた。
「討伐対象となるキマイラですが、報告された情報では通常のキマイラよりも強いそうです。具体的な情報があればお伝えできるのですが、なんとか報告をしてきた冒険者も普通のキマイラではないことだけ伝えると息絶えてしまいましたので……」
出発前から暗い情報を淡々とした口調で伝えていることに、他の職員たちはハラハラしている様子だったが、アタルたちはその情報を聞き漏らすまいとしっかり聞いている。
「なるほど、通常のキマイラとは違うのか……まあ、元々のキマイラの特徴をあまり知らないが」
そして、あっけらかんと告げたアタルの言葉にも他の職員たちは目を見開いて驚いていた。
これから討伐するキマイラ。それの情報を全く知らないと言うアタル。
それ聞いてはあの受付職員が怒るのではないかと他の職員は再びハラハラとした様子でやりとりを見守る。最初の内は職員だけだったが、今では冒険者たちまでもがアタルと彼のやりとりに注目していた。
「なかなか面白い方ですね。……よろしい、それならばキマイラの説明からしましょう」
「あぁ、頼む……ところであんた、名前はなんて言うんだ? 俺の名前はカードにあるからわかってると思うが、差支えなければ教えてもらえるか?」
アタルの言葉を聞いた受付職員は一瞬固まると、なにかを誤魔化すように眼鏡を押し上げる。
「言っていませんでしたね、私の名前はクライブです。以後お見知りおきを」
「一応俺も名乗っておこう、冒険者のアタルだ、よろしくな。それから、こっちは仲間のキャロとバルキアスだ」
アタルの紹介を受けてキャロもぺこりと頭を下げる。
「キャロといいます。よろしくお願いしますっ」
『ガウッ』
続いてバルキアスも元気よく吠えて返事をする。
「なかなか頼もしいお仲間のようですね。よろしくお願いします。では、説明に戻ります。キマイラですが……」
相変わらずの無表情のまま挨拶をかえすと、クライブは通常のキマイラの説明を始めていく。
その様子を見ていたアタルたちを除く一同はそのやりとりを呆然として見ていた。いつも厳しい表情をしており、冗談一つ言わないクライブがアタルの無知を責めることなく説明をしていく。
これはこのギルドが始まって以来の驚くべき出来事だった。
「む? ちょっと失礼」
何かに気付いたようにクライブは説明を一度中断すると、眉を寄せて不愉快そうに周囲へ視線を送る。
「みなさん、何をしているのですか? 仕事をしなさい」
決して大きな声ではない。しかし、クライブの声はギルド中に聞こえ、仕事をする手を止めていることを強く糾弾するものだった。
「は、はい!」
誰ともなく返事をすると、揃って皆が受付や書類整理などに慌てて戻って行く。更には冒険者たちまで姿勢を正して慌ただしく動くこととなる。
「失礼しました。それでは続きをお話しします……」
再び眼鏡を押し上げて話し始めたクライブの話では、通常のキマイラは獅子と山羊と毒蛇の頭を持っており、それぞれが炎、氷、毒のブレスを吐くとのことだった。
どれも強力なブレスであり、それだけでも討伐できる冒険者は限られているという。
「ですが、今回あなた方が討伐に向かわれるキマイラ、いえ特徴からするとキマイラと呼べるのかも不明ですね。その討伐対象は、北の森の奥に潜んでいます。獅子の頭、グリフォンの頭、そして竜の頭を持っているとのことです……」
三つの頭を持つ化け物、その点だけをみれば確かにキマイラといえた。だがあげられた特徴が明らかにおかしかった。
「もうそれ、キマイラじゃなく別の化け物だろ……」
呆れた表情を浮かべたアタルはそれを聞いてしまっては、キマイラということはできないと息を吐く。
「そのとおりです。ですが、ギルドしては暫定的に名前を付けなければいけないので、キマイラとしているのです」
その言葉に頷いたクライブもおかしいとは思いながら、やむを得ずキマイラという呼称を使っていた。
「まあ、わかった。それなら冒険者たちが依頼をこなせなかったのもわからなくはないな。……さて、というわけだがキャロ、バル、大丈夫か?」
先ほども確認は下が、念のためアタルは二人にも確認をとる。
「もちろんですっ」
『ガウッ!』
二人の返事は気持ちがいいくらいに明確なものだった。
「というわけだ、手続きを頼む」
話を聞いた上で、それでも受けると答えたアタルたちにクライブの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「承知しました。……老婆心ながら、回復薬や毒消し薬は買って行かれたほうが良いかと思います」
二人から冒険者ギルドカードを受け取り、手続きを進めながらクライブはぼそりと助言を口にする。
「わかった、それで危険度が多少でも下がるなら安い買い物だ」
手続きを見守るアタルは素直にその助言を聞くことにした。
「それがよろしいかと。更に差し出がましいことを言うと、ギルド出て右手の道を真っすぐ進むと薬品を取り扱っている店があるので、そちらは品ぞろえも良いと思います」
クライブはアタルたちがこの街に来て日が浅いことをわかっていたため、道案内を口にしていた。
「何から何までありがとうな。それじゃ、完了報告を楽しみに待っていてくれ」
アタルの言葉にクライブは表情を崩すことなく頷き、その背中を見送った。
「さて、人のことを観察している暇のある職員は既に仕事を終えていますよね?」
すっと目を細めて振り返ったクライブは薄く笑みを浮かべて職員たちに視線を送った……。このあと、ギルド内で教育的指導が行われたのは想像に難くなかった。
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