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case103号室『歪んだ鎹』

 今更ながらだが、メリーとは私の本名ではない。

 といっても、渾名ですか? と聞かれたら、それともまた違うと答えざるを得ない。

 渾名とは友達や学友につけてもらうものなので、友とつくものが当時居なかった私には、自分で言っていて悲しくなるが該当しないだろう。

 また、名前を縮めたり、捩ったものでもないということを付け加えておく。


 じゃあ何でメリーなのさ。という話になるが、これはあくまでも自ら名乗るものであり、小さな頃に始めたちょっとした呪いである。というのが正しい答えだ。


 私が自身の特異体質を自覚したのは、小学生に上がる前だったと思う。

 他人に見えないものが見える私は、その容姿も相まって、同年代は勿論、時には大人からにすら排斥されていた。

 他者と決定的に違うものは溢れてしまう。人の幼少期とはそんな傾向が特に顕著で残酷だ。

 達観なんてものを出来なかった当時の私は、随分と自分の容姿と、明らかに周りと違う長ったらしい名前を呪ったものだ。


 亜麻色の髪なんて欲しくなかった。

 風が優しく包むことなんてなく、ましてや私の胸を高鳴らせる〝彼〟なんて、当時は近くにいなかったから。


 他の女の子より明らかに白い肌が悲しかった。

 私だけ人間味がないなんて酷い偏見まじりの悪口を言われたりするものだから、いっそのこと本当にお人形さんになれたなら。何てたまに思っていた。


 名前とか、何コレ? と常々思っていた。

 そもそも、お世話になっている家の人達は純和風。メイドインジャパンを地で往く家なのに、何で私だけ洋風の名前にとってつけたような日本姓が入るのか。それに対して、お世話になっているお姉さんは悟りきった顔でこう言った。


「それはね。蒸発したあんたの両親が、ハーフとハーフだったからよ」


 ハーフ&ハーフね。と、笑われた。曲なりにも乙女をピザみたいに言うのは止めて欲しかった。

 つまるところ、私がメリーを名乗るようになったのは、そんな容姿で産んだ挙げ句、二人揃って蒸発してしまった両親へのなけなしの呪いという訳だ。

 捨てられた人形のメリーさん。酷い名前だ。だからそれを名乗る事で呪いになるだろうか。あるいは、都市伝説になぞらえて、どんなに逃げても捕まえられるように。捕まえて……どうしたいかは私には想像もつかないが。

 そんな背景もあってか、私はとりわけ、親。という概念にいささか敏感になるというか、いい意味でも悪い意味でも構えてしまう。今から語るのは……そんな私が触れた、ある夫婦の在り方だ。


 ※


 おかしいことだらけだ。私はこの裏野ハイツに一時的ながら入居したあの日から、そんな空気をひしひしと感じていた。

 まずは、空間。こればかりは霊感持ちたる自分のふわふわとした言葉でしかないが、ここは何処か……歪んでいる。

 とりわけ騒ぎ立てるほどではない。けども、絶妙な。たとえば床の傾斜だとか、共用廊下にある照明の強弱だとか。壁のシミの消し残り。日が当たる場所によって変わる陰影の具合。それら全てが、ゆっくりと、真綿で首を絞めるように、人を狂気に陥れていくようで。私はそれが何とも言えない気持ちにさせられた。


 オカルトが好きで、この調査を引き受けた。

 〝彼〟と生活を共に出来ることが、くすぐったくも嬉かった。

 出来ればこの時間は終わってほしくはないけれど……変な話、一ヶ月の滞在でよかったといえるだろう。

 どうせ住居として一緒に暮らすなら、もっと素敵な所がいい。


 ラップ音と一緒に変な白ずくめの幽霊が訪ねてきたり。

 歪んだ狂愛を有した男がいたり。

 常に何処かしらから誰かの視線を感じる事がないような。

 そんな場所で。まずは朝に……。


「メリー?」


 妄想が早々に潰されて、私は壊した張本人を軽く睨む。

 今日の朝食はフレンチトーストに、シャキシャキしたレタスのグリーンサラダ。カリッと焼いたベーコンと、トマトのピクルスに玉葱スープ。ラズベリーソースがたっぷりかかったヨーグルト。それらを幸せそうに味わいながら首を傾げる〝彼〟に、私は何でもないと首を横に振る。

 髪は黒。長すぎず短すぎぬ、当たり障りがない伸び具合だ。身体は全体的に細身。が、ただヒョロいノッポという訳ではなく、触れてみると程好く筋肉がついているのを、私は知っている。

 顔立ちは中性的ながら、整っている方。彼を見た同級生は、虚ろな美青年なんて喩えを述べたのだが、成る程。中々に的を射ていると思う。飄々とした雰囲気も、それに拍車を掛けているのかもしれない。

 (たき)(さわ)(しん)。私の所属するサークルのメンバーであり、唯一の相棒だ。


「アルバイト、遅れるわよ?」

「ああ、うん、時間的には結構ギリギリなんだけどさ。何か、元気なくない?」

「低血圧なのよ」


 まさか貴方との生活を妄想してましたー。なんて言える筈もなく、私は適当な話で誤魔化す。見透かされているとは思うが、何を隠したかまではわかるまい。私がそう思っていると、案の定彼は「まぁ、話しにくい事ならいいけどさ」と素直に引きさがった。変なとこで鋭いくせに、肝心な所は鈍感だ。今度書店のライトノベルの棚にでも叩き込んでやろう。


「今日は、帰るの三時頃だよ」

「了解。アフターヌーンティーでも用意して待ってるわ」

「おやつはマドレーヌがいいな」

「はいはい。じゃあ紅茶に浸して昔を回想するがいいわ」


 私の返しに辰は楽しげに「プルーストかい?」と微笑みながら、「昔は両親に迷惑かけた記憶ばかりだなぁ」と、すまなそうな声色のわりには何だか楽しげに息を吐いた。

 幼少期の話には少しどころか結構興味があるけど、無情にも時間が来る。

 残さず朝食を平らげた彼は律儀に食器を台所に入れて水につける。後で私が洗うわよと言えば、辰はごめん。と手を合わせた。

 玄関へ向かう後ろ姿についていきながら、何となく悪戯心がわく。


「いってらっしゃい。気を付けてね。ダーリン」


 ガクンと辰が何もないところでつんのめる。こっちを向く顔は平静を装ってはいるけれど、彼が本心を隠したり、動揺している時は口元を指で軽く弄るのを私は知っている。


「……いってくるよ。ハニー。おやつ、楽しみにしてる」


 風のように辰は外へ出る。

 スーツでネクタイだったらよかったのに。そうしたら、もっと近くで、ネクタイを直しながら耳元で囁いてやれた。……まぁ、それをやると今度はカウンターが飛んで来るのだろうけど。

 私が辰の動揺を読み取れたように、辰もまた、私の揺らぎには気づいていただろう。かのニーチェの言葉みたいに。互いにジョークを飛ばし合うのは好きだけど、たまにお互い大当り――クリティカルヒットするのは頂けない。


「……冗談が、冗談でなくなればいいのに」


 熱くなった頬に指を触れながら、そんな独白が漏れる。辰がいないところでしか、こんな事を言えない私も悪いといえば悪いけど。ヘタレなのは彼に限った話ではなかったのだ。


「さて、お皿洗って。洗濯掃除……あとは、買い物かしら」


 その後にマドレーヌを焼くのは確定として、間に読書を挟めればなおよしだ。ちゃっちゃと済ませてしまおう。


 ※


 予定通り買い出しまではスムーズかつ、滞りなく終了した。

 プレーンと、オレンジ風味がいいだろう。気に入ってくれたらいいのだけど……。


「おやおや。メリーちゃん。買い物かい?」


 門を抜け、裏野ハイツに入る道すがら、小さな広場に人影が一つ。箒を持った201号室のマサエさんが、ニヤニヤしながら立っていた。


「どうもこんにちは。お掃除ですか?」

「管理人みたいなもんだからねぇ。ああ、因みに203号室は、今日もお盛んさ」


箒を脇に挟み、下卑た声で手でわっかを作って指を抜き差しする動作をしたマサエさんは、楽しくて楽しくて堪らないという表情だ。こっちはこっちで、何とも言えない微妙な気持ちにされる。


「いやぁ。よくやるわ。本当にねぇ。お気の毒。お気の毒」


全然そう思っていないといった顔で、マサエさんは掃除を続ける。私はその横を無言で通り抜けた。


「ところでメリーちゃん。あんたのとこはどうなんだい? そんな感じの声は聞こえんけど……もしかしてアッチの方は淡白なのかい?」


 ……大きな御世話だこの野郎。と、私は内心で毒づきながら、無言で歩く。「若いのにねぇ」なんて嘲りが聞こえてくる。ゲスの勘操りというか何というか……。もう放っておく事にしよう。

 淡白なもんか。もしそうなったら離さない自信があるなんて、口が裂けても言うまいさ。……なったらだけど。


 私はゆっくりと、二階へ続く階段を目指す。

 くぐもった女の声どころか、荒い息づかいまで聞こえてくる。窓でも全開にしているのだろうか。正気を疑うな。私だったら自分のそんな恥ずかしい声なんて、絶対に他の人には聞かせたくないのに。

 それとも、意外とそんな場面になると周りはどうでもよくなるのだろうか? 処女だからわかんない。


 行き掛けに、103号室のドアの前に、小さな三歳くらいの男の子が立っているのに気がついた。

 子どもがいたのか。……成る程。お気の毒ってそういう事か。

 何となく、事態が垣間見えた気がして、私はますます陰鬱な気持ちになりながら、その場を通りすぎる。

 喘ぎはまだ続いていた。


 その日は帰って来た辰とマドレーヌを楽しみながら、他愛のない話をする。

 さりげなくもたれ掛かってみても、彼は無反応……を装っている。……理性の怪物らしい。もっとも、私もここから踏み込めないから未だにこんな感じなのだけれども。


 ※


 次の日は、ちょっと出掛けようと、辰と一緒に家を早めに出た。階段を降りると、再びくぐもった喘ぎが聞こえた。

 あの、朝ですが? 何てのは野暮だろう。子どもの姿はそこにはいなかった。


「子ども……いたのよねぇ、ここ」

「……ああ、僕も視た。多分ここの子……なんだろうね。後藤さんやマサエさん曰く、大人しい子だとか」

「大人しい……ねぇ」


 そうならざるを得なかった。の、間違いではないかと思う。



 ※


 また次の日。ゴミを捨てに行った所で、103号室の奥さんと擦れ違った。上品そうな佇まい。腰まで伸ばした、艶やかな黒髪。そして、血管が透けて見えそうなくらいに白い肌。病的なまでに細い四肢。何となくガラス細工を連想してしまうような、儚さがあった。


「こんちには」


 挨拶するが、返事はない。代わりにうわ言のように繰り返された、念仏を思わせる言葉が、壊れたテープレコーダーのように繰り返されるのみだった。


「ちがう、違うの……トウキじゃない。トウキ……トウキトウキトウキ……!」


 フラフラと奥さんはごみ捨て場から離れ、裏野ハイツに戻っていく。残されたのは、ごみ袋の山。その中には、今まさに彼女が捨てていったものも、無造作に転がっていた。

 生臭い香りがする、何枚も袋を重ねたらしいそれを、私はただ、目を細めながら見ていた。


 

 ※


 奥さんは次の日もごみ捨て場を訪れていた。生臭い袋を持って。

 ふらつく奥さんを旦那さんが迎えに来て……肩を抱きながら愛車に誘う。ドライブデートらしい。二人が車を飛ばし、ハイツを出ていくのを見送りながら、私はいつかに辰の実家に行ったトキを思い出す。ハンドルを切る姿がなかなか見栄えがしてかっこよかったのを覚えている。


「……」


 私はふと思うことがあり、103号室の前に立ち、おもむろに扉をノックする。

 出ていったのは、確かに二人。

 だが……。私の呼び掛けに反応するものは、まるでなかった。

 

 その日の夜、私は相棒に話を持ち掛けた。

 私が語る推理を彼は黙って聞いたまま。やがて、静かに頭を振るった。


「冷たいかもしれないけど、他人の僕らに出来る事はないよ」


 そんなのはわかっている。仮にこれに私達が干渉したら、あの夫婦はどうなるか……そんなの想像がつかなかった。だからそう……したいのは、確認だ。

 彼は渋々ながら了承した。


 ※


 次の日。私達は待ち伏せしていた。奥さんは、そこにゆっくりと歩いてきた。生臭い袋を引きずって。梅の木の影に隠れて様子を伺っていた私達は、彼女がそれを捨てて去っていったのを見計らい、素早くその袋に近づいた。


「……開けるよ」

「……うん」


 確認する辰に、私もまた了承する。

 きつく巻かれた結び目を解く。そこには……。


『ま……ま……?』


 か細い声で呻き声を上げる、頭が潰れ、血と脳漿にまみれた三歳くらいの子どもが一人。ぎゅうぎゅうに袋へ押し込まれたまま、私達の方へギョロリと目を向けた。


「……っ!」


 痛ましさか。はたまた別の要因か。辰がそこから目をそらすのを感じる。私はというと、その場に座り込んだまま、子どもと黙って見つめ合っていて……。


「ああ、またかい。あそこの夫婦」


 不意に背後から、呆れたような声がする。マサエさんだった。

 袋を一別し、苦々しげに舌打ちをしながら、「もうずっとこんな感じさ」と、呟いた。


「おかしくなっちまったのさ。あの夫婦は。お気の毒にもお子さんを事故で失ってからね。猿みたいにお盛んで。んでもって何故か毎日、〝空っぽのゴミ袋〟を捨てに来るときた。迷惑な話さ」


 ……嫌な予感や想像は、どうやらよく当たるらしい。「適当に処分しておくれ」と言って去っていったマサエさんを見送って、私と辰は男の子に視線を戻す。〝男の子の幽霊〟は、笑っていた。


「……それで、いいの?」


 私が問うと男の子は頷いて、続いて辰の方にゆっくりと目を向ける。僕に関わらないで。そんな空気が醸し出されていた。

 本能的に察したのだろう。辰を、その手を少しだけ怯えたように見つめていた。

 私も釣られて辰の片手を見る。血管が浮いて。ほどよく骨張っている。けど、指は細い。そんな凄く色っぽい手は、オカルトの類いに干渉出来る手。

 私がオカルト現象を探知しやすいのに対して、彼はそれらにより深く関わることが出来る。幽霊に触れたりするのは勿論、本人はあまりやりたがらないが、弱い霊なら成仏だってさせられる。霊感のない他者に一時的に霊が見えるようにしたりする。なんて離れ業すらやってのけてしまう。

 本人曰く、助けられた事も、これのせいで酷い目に遭うこともある、信頼をおくにはいささか胡散臭い力だそうだ。


「でも、君は、その……」

『イヤダ。……お願い。……お願い』


 僕を、消さないで。


 その言葉に、辰は無言で引きさがった。

 言いたいことは分かる。この世に残る霊は、長く留まれば留まる程、周囲に何らかの影響を及ぼすだろう。この子も例外ではない。けれども……霊とは何らかの想いや念があり、この世に留まっている。それを秩序やら曖昧なもののために無言で消さる権利など、私達にありはしない。私達は正義の味方ではないのである。


「……君が留まっても、多分解決はしないよ?」

『でも、パパとママはいっしょ……いっしょだから……』


 これでいいの。

 少年はそう呟いた。


 ※


 20XX年、5月14日。

 ○×交差点にて、乗用車と信号無視で直進してきた中型トラックとの間による接触事故が起こる。

 これにより、乗用車の後部座席にいた小山(こやま)燈貴(トウキ)君三歳は死亡。トラックを運転していた山田(やまだ)(さとる)(48)、乗用車に乗っていた小山(こやま)(まもる)(32)小山(こやま)(さき)(32)は重傷を負う。

 調べに対して山田悟容疑者は、スマートフォンを操作しながら運転していた事を認めており……。


 タブレットの新聞サイトのバックナンバーの閲覧を途中で中断し、私は静かにため息をつく。

 きっかけは、交通事故。それにより、最愛の我が子を失った夫婦の苦悩はどれ程のものだったのか、想像はつかない。その反動であんな行動を及ぼしているのは、やはり理解は出来ない。あの夫婦は視えているのか。視えていないのか。一応ある可能性を符合した、最悪の予測は立てたけれども……。


 その日の夜の事である。

 私は実に久しぶりに、ヴィジョンを視た。

 この視界は何だろう。私が視ているのは、ベットで絡み合う夫婦の姿。そして……。その行為が激しくなれば激しくなる程に、輪郭がはっきりし、形を成していく……あの男の子の姿だった。

 間延びした雄叫びめいた悲鳴があがり、二人の男女はシーツの海に沈み込む。息を荒らげながら、奥さんは旦那さんを受け止めて……。不意にその視線が、小さな子どもを捉えた。


「トウキ……トウキ! ああ、そうよ。死ぬわけない。死ぬわけがないんだわ!」


 涙を流しながら、奥さんは裸のままで子どもにすがり付く。

 子どもの腕が、徐々に取れていくのにも気づかずに。その身が血だらけなのに気づかずに。そして……。


「貴方、見て。トウキが戻ってきた。戻ってきたよぉ……」


 涙ながらに笑う奥さんと子どもをを旦那さんもまた、涙ながらに抱き締める。


「ああ、今度こそ大丈夫だ。きっと……きっと……」


 場面が切り替わる。奥さんは、ヒステリックに、子どもに物を投げつけていた。


「何で何も言わないの? 何でママのご飯を食べないの!? 何で誰もトウキが見えないの!? 偽物! 偽物! 偽物めぇ……!」


 気が狂ったように金切り声を上げる奥さんを、旦那さんは静かに見ていた。そして……。


「大丈夫。次がある。次こそは本物が来てくれるよ」


 だからほら、君は何処にもいなくならないで……。

 二人の視線が、子どもに注がれる。固い椅子と、フライパンがそれぞれの手には握られて。そして……。


 ※


 そこで私は目が醒めた。全身は汗でぐっしょりと濡れ、呼吸を整えるのに暫くかかりそうだった。


「大丈夫?」


 すぐそばから、相棒の声がする。背中合わせでベッドに入ったのに、私はいつのまにか、辰にすがり付いていたらしい。


「考えていた、最悪の可能性だったわ」


 事故で狂った夫婦が、毎日擬似的な子どもの死と再生を繰り返しているだなんて、誰が想像できるだろうか。いや、それならまだよかった。

 あのヴィジョンで感じたのは、夫婦の思念。


 奥さんが抱いていたのは、ただ子どもが戻ること。

 旦那さんが望んでいたのは……子どもに続き妻まで失いたくない。

 互いの気持ちは似ているようでビックリするほどすれ違っていて。けど、その歪みに気づかぬまま、二人は今日も夫婦でいるのだろう。

 そうしてあの子どもの幽霊は、どんな形であれ、父と母が共にある事を望んだのだ。何度自分が否定され、叩き出されようとも。彼は幾度も形上は愛し合う、夫婦のもとへと戻っていく。

 子は(かすがい)なんて言葉がある。子に対する愛情によって、夫婦の間が緊密になり、夫婦の縁がつなぎとめられるという意味だ。けど……。


「あれを、愛と言うべきなの……?」


 視たくもないものを視た私の震えた声に、応えるものはいない。ただ代わりに無言で私を強く抱き締めてくれた相棒の温もりが、今はただありがたかった。


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