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船長と魔女  作者: 樹 雅
第1章  魔女の望み
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第10話 船長と交渉


 操舵室に戻ったわたし達は、すぐに積荷の積み替え作業を始めた。

そして、今後の事をどうするかと言う話になった時、わたしは一つの提案を出した。それは、わたしが思い付いたFTCにもクロワード財閥にも言い訳がたつ方法だった。


「ただ単に積荷を渡したのであれば、わたしのトレイダーとしての信義が疑われます。それは、今後の事にも影響するでしょう。そこで、海賊に襲われて積荷を奪われた事します」

「それで大丈夫なのかね?」

「ええ、大丈夫です。ただ、船が無傷なのは疑われる事になるだけなので、わたしの船を撃ってください」

「ライフォード!」


 驚くドクタ・カツラギに、わたしは笑って見せる。


「最低でも船体にエネルギー弾が三・四発は当たっていないといけません。それと、至近弾も五・六発。サブエンジンの片方は破壊してください」

「そこまでしないといけないのかね?」


 この船のクローバック船長が、何とも言えない顔で聞いてくる。


「そうです。そこまでしても、疑う者は出てくるでしょう。海賊に襲われて沈まなかった。運が良過ぎるどころか、奇跡ですよ」


 真顔で答えるわたしに、クローバック船長は鉛を飲み込んだような顔になった。

それは船長だけではなかった。操舵室にいる全員が、同じ様な顔になっている。そして、ヴィーまでもが同じような顔をしていた。


「そうは言うが、ライフォード船長。船に愛着は無いのかね」


 クローバック船長は、信じられないように呟いている。航宙船の船長は、みな自分の船を大切に思っている。だから、クローバック船長の言いたいことも判るが、これだけは言って置かないといけない。聞き捨てにする訳には行かない。


「誰が好き好んで船を傷つける?」

「それは、そうだが……」

「必要だからだ。必要であればどんな事でもしてみせる。誰が何と言おうと気にするものか。卑怯者、臆病者、裏切り者、そんな誹りさえ誉め言葉だ。わたしが決めた事、実行する事、それを成す事がわたしの誇りだ」


 わたしの本気が解かったのか、操舵室の空気が変わった。咳払いをしてドクタ・カツラギが尋ねて来る。


「それだけでいいのかね」

「いいえ。もう一つあります。海賊の一芝居を打っていただきたい。出来れば、ドクタは止めて下さい。似合わなさすぎです。とても海賊には見えなかった」

「解かった。キミが、そう言うのならそうなんだろう。だが、一芝居打つにしても相手はどうするんだね」

「FTCへ連絡を入れますので、ヴァルキリアに何人か来てもらいます。その時に乗っ取られたようにします」


 わたしは話しながらも、計画が次第に型になって行くのが判った。しばらくわたし達は計画を検討し、変更してより確実な物にして行った。


その間に積荷の積み替えと、ヴァルキリアの偽装工作、と言っても実際に砲撃を加えなければならなかったのだが……。

 自分の船が傷ついて行くさまは、見ていても気持ちが良いものではない。まして、独立してからの四年、苦楽を共にした船だ。

必要な事とはいえ、心中は穏やかではいられない。そんなわたしの手をそっと握って来る者がいた。見なくても判っていた。ヴィーが優しく手を包んでくれる。

 わたしはヴィーの気遣いに、感謝するようにヴィーの手を握り返していた。それは、ヴァルキリアの偽装工作が済むまで続いた。


 全ての準備が整った後、わたしとヴィー、そしてクローバック船長とオペレーターの女性、操舵士の男性がヴルキリアに移乗した。

三人ともジャケットを着崩して、顔にはメイクをほどこして素顔を隠している。映像に映る事になるから、個人を特定出来ないようにしなければならなかった。


 ヴァルキリアの操舵室に入ると、各自打ち合わせ通りに行動する。わたしは操舵士席、ヴィーは航宙士席。クローバック船長は私の後ろ、オペレーターの女性はヴィーの後ろ、操舵士の男性は入り口に立っている。


「さて、始めるか。いいか?」


 わたしは振り返って聞いた。少々硬い顔ながらも全員が頷き返してきた。


「ヴァル。FTCに緊急連絡」

「ハイ。船長」


 ヴァルの返答と共に、通信スクリーンが瞬いた。その時には、わたしとヴィーは両手を上げている。その後ろで、クローバック船長とオペレーターの女性は、安全装置の掛かったままのハンドガンを抜いて、わたしとヴィーの頭に突きつけた。


『ライフォード船……』


 通信スクリーンに映ったイリーナの言葉か止まる。一瞬、状況が理解できないように首を傾げかけたが、すぐに真剣みを帯びた顔に変わった。

 それは、そうだろう。

イリーナには、わたしとヴィーがハンドガンを頭に突きつけられている状況と、入り口でマシンガンを構えている男が見えているはずだから、この状況を見て、真剣にならない者はいない。


『説明してください』

「いいかな?」


 わたしが後ろを振り返ると、クローバック船長は鷹揚に頷く。この間、クローバック船長は一言も喋ってはいない。それが、緊迫感を持たせる。


「海賊の襲撃を受けた。今は慣性航行中で接舷されている」

『被害は?』

「ヴィー?」

「サブエンジン一基損失、六区画に大穴、動力ケーブ損傷で出力が五〇%に低下、シールドジェネレーターも損傷、出力六〇%までしか回復できない」

『すぐに連合……』

「待て、イーナ。クロワード財閥のエスリックが釈放されたぞ。しかも、連合軍のラドリア級と一戦交えた。その後で、これだ。いったい今回の依頼はどうなっているんだ」

『ライフォード船長。積荷は?』

「とっくに持っていかれた。女の子ごとな」


 イリーナがモニターの向こうで、固まってしまった。


「イリーナ?」


 わたしが呼びかけると、イリーナは瞬きして少し考え込んだ。そして、わたしの後ろのクローバック船長に言う。


『ライフォード船長とヴィーの安全と交易船ヴァルキリアの解放を要求します。あなたがたには、それに変わる代価をFTCが支払いましょう』


 これには、わたしが驚いてしまった。

FTCがこう言う交渉をすると考えはいたが、すぐさま交渉に入ってくるとは予定外だ。当初の予定では、積荷が持っていかれたと言った時点で、こちらから通信を切る手はずだった。

それが、イリーナの行動が思っても見なかったので、思わず呼びかけてしまった。わたしのミスだったが、ここはクローバック船長のアドリブに期待するしかない。


「ほう。つまりは、この二人と船の身代金を出す。そう言う事か?」


 低く腹に響くような声で、クローバック船長は答えた。実に堂に入った口調だった。わたしとしては、もう成り行きを見守るしかない。


『ええ、そうです。ただし、ライフォード船長とヴィーの安全が確認されなければ、支払いません』


 喉の奥でクローバック船長が笑う。


「それを信用しろとは、笑わせてくれる。どうやって、こいつらの安全を確認するつもりだ。このまま逃して、おまえが支払うのを待っているのか?」

『何と言われようとも。では、聞きますが、あなた方が代価を受け取って、ライフォー船長達を解放するのを、待っていろとでも? どうやって船長達の安全を確認するの?』

「なるほど、つまりは互いに信用するしかないわけだ」

『その通りです』


 真顔でイリーナは頷いている。

普通に考えれば、海賊を信用する者はいない。それ以前に、こう言う状況になる事は無い。


「さて、困った。おれはおまえを信用するしかないときた。はたして、おまえは信用できるのか?」

『わたしを信用しなくても結構です。わたしに出来る事は、FTCの威信に掛けて約束する事だけです。ライフォード船長達と船を解放すれば、相応の代価を支払いましょう』

「代価か、いくらだ?」

『一〇億。支払う用意があります』


 即答でイリーナは答える。

その金額は新品の中型船一隻を買ってもお釣りが来るほどであり、破格と言えば破格の額だった。


「一つ聞くが。おまえ達は海賊相手に、そんな交渉をしているのか?」


 クローバック船長は、興味を持ったように聞いていた。イリーナもそれが判ったのか、ことさら静かな声で答える。


『話が判る者だけです。それ以外は、話しても無駄でしょう』

「おれは話の判る相手か?」

『そうでなくては、ライフォード船長達を生かしている訳が無いでしょう。もし、船長達の命を奪うのであれば……』

「ほう。どうする?」


 その時のイリーナは、とても冷酷な、見る者を凍り付かせる迫力を持っていた。


『どこに隠れようとも、探し出して命を以ってあがなって貰う。二度とトレイダーに関わりたくなくなるように』


 通信モニター越しでも、その迫力は十分に他者の肝を冷やすものだった。

意外な一面を見せてもらったわたしは、あらためてFTCと言う組織の怖さを思い知らされた。


「いいだろう。代価を払うのなら、人と船を解放しよう」


 クローバック船長の声に、心なしか感嘆が込められているように思えた。彼もまた、わたしと同じ様に感じたのかもしれない。


『お判りいただけて、嬉しいですわ。では、どこに代価を?』

「そうだな……一つ、孤児院にでも振り込んでもらおうか」

『は?』


 イリーナがキョトンとした顔になった。

わたしは頭が痛くなる思いだった。ここまで上手く行っていたのに、クローバック船長はぶち壊すつもりか。そう思ってしまった。


『どこに送ると言いました?』


 疑わしそうなイリーナの声である。対してクローバック船長は笑っていた。


「先行投資ってやつだ。おまえ達を信用しきれないからな。この交渉か? おまえ達の威信とやらを見せてもらおう」


 そして、クローバック船長は笑いを引っ込めて、恐ろしいほどに冷酷な声で言う。


「次は、なるべくトレイダーは、生け捕りにした方が儲かる。そう思わせてもらおうか」

『次はトレイダーを狙うと?』

「それはおまえ達次第だ」


 とんでもない事に、イリーナとクローバック船長の交渉は続いていた。まだ終わりそうに無い交渉に、わたしは寒気を覚える。

先がまったく読めない展開に、どうする事も出来なかった。出来る事は、最後までバレませんようにと祈る事しかなかった。その中で判った事がある。クローバック船長は、この交渉を楽しんでいる。そうとしか思えなかった。


「時間は十分に出来たか?」

『何の事です?』

「連合軍に通報する時間は十分にあったか。と聞いている」


 瞬間、イリーナの顔に怒気が浮かんだ。


『バカにするな! 何のために交渉したと思っている!』


 怒声が響いた。震える指で画面を突きつけてくる。


『命を何だと思っている! 船長達は、おまえ達よりも大事な人だ! 連合なんか関わらせない!』


 これには、わたしを初め全員が驚いてしまった。


海賊とは交渉しない。

交渉する振りで時間を作り、連合軍が急襲する。ほとんどの場合がそうだった。まれに、海賊との交渉で人命が助かる場合もあるが、それは相手の海賊が聞く気を持つ場合だけだった。

FTCも交渉が可能ならば、交渉するだろうとは思っていたが、それがこうもあっさりと怒鳴り付けられるとは思ってもいなかった。


「判った。おまえ達をとりあえず信用して船を解放する」


 クローバック船長は、これ以上の交渉はボロを出す危険があると判断したらしく、交渉を打ち切りに掛かった。イリーナも、少しホッとしたように安堵の息を漏らしていた。


『あなた方を信用します。とりあえずは』

「それでいい。そうだな、六時間経ったら連絡を入れろ。船が解放された事を確かめられるだろう」

『判りました。でも、その前に一つだけいいですか?』

「また、何かあるのか?」

『あなた方ではなくて、ライフォード船長にです』


 わたしは首を傾げてしまった。何の用があるのだろう? この時点ではイリーナに、これが芝居である事に、気づかれてはいないと思っている。不思議に思いつつも聞いていた。


「何だ、イリーナ」

『グランデル星系まで、どのくらい掛かりますか?』

「ヴィー?」

「一日半」

「だ、そうだ」

『解かりました。無理をせずに必ず来てください。では、六時間後に連絡をします』


 イリーナは気遣うような視線を、わたしに向けて通信モニターから消えた。途端に、わたし達の口から溜め息が出ていた。


「……何と言うか、FTCは凄いところだな、ライフォード船長」

「わたしも初めて知りましたよ、クローバック船長」


 わたしとクローバック船長は、何とも言えない顔でお互いを見てしまっていた。


「しかし、クローバック船長があんな交渉術を持っていたとは、本当に助かりました」

「トレイダーのライフォード船長が、それを言うのかね。船長職務には、交渉術もあったはずだが?」


 返す言葉が無い。確かにあるからだ。


「アドリブで、あそこまで出来るとは信じられなかったからですよ」

「何、わたしも海賊相手に交渉しているつもりだったからな」


 クローバック船長は少し楽しそうだった。


「でも、クローバック船長。どうして孤児院なんですか? わたしは、そこでバレると思っていました」


 クローバック船長が、今度は苦笑を浮かべた。


「わたしが受け取る訳にも行かないだろう。かと言って代価なしは話の流れの都合上、どうしてもまずい。苦肉の策だな。わたしも冷や汗ものだった」

「では、これで終わりましたね。クローバック船長、ありがとうございました」

「それは、こちらもだ。ライフォード船長」


 わたしとクローバック船長は握手をする。


「また、キミとはどこかで逢えそうだな」

「同じ宇宙にいますから」

「同じ宇宙か……では、我々は引き上げる」


 クローバック船長は二人の部下を連れて、本来の自分の船に戻って行った。

後はわたしとヴィーだけになった。


「船長、上手く行ったのかな?」


 まだ信じられないようなヴィーは首を傾げていた。わたしはヴィーの頭に手を置いて、二度ほど叩いていた。子供をあやすような真似だが、ヴィーはおとなしくされるままにしていた。


「大丈夫だ。上手く行ったよ。わたしは違約金を払わないといけないが、それは何とかなるだろう。レイン達を追う者はいないさ」

「本当に?」

「ああ、本当だ。レイン達の事は、ドクタ・カツラギが良いようにしてくれる。その点は、心配はしていないからね」


 わたしがそうだったから、レイン達もそうなるだろう。ドクタ・カツラギは、自分のためにならない事でも一生懸命になる情の厚い人だ。


 わたし達はドクタ達と別れて、通常航行でグランデル星系へのジャンプポイントを目指す事になった。

ジャンプのためのチャージが通常の三倍掛かってしまい――動力ケーブルの損傷が思わない事になった――時間がすぎるままに過ごしていた。


「船長。ヴァルキリア、ボロボロだね」


 しみじみ言うヴィーに、わたしは首を振っていた。


「言わないでくれ。必要だったとは言え、つらいから」

「そうだよね。グランデルで修理をするの?」

「応急的にしか出来ないだろうね。アスディース星系まで行かないと、本格的な修理は無理だろうな」

「そんな所まで行くの? 近くではだめなの?」

「理由があってね。あまり他の星系で修理はしたくないんだ」

「理由って?」

「前に、ヴァルキリアを造ったのは、工廠のおやじさんと言ったのを覚えているだろう。趣味で造った物だから、規格外の部品が多いんだよ。だから、他の星系では、本格的な修理は無理なんだよ」

「じゃあ、行くしかないよね。でも、どうして船長が、そんな物を手に出来たの?」

「アスディースに着いたら話すよ。今は聞かないでくれ」


 わたしが独立をするきっかけとなった場所。そして、ヴァルキリアを手に入れた場所。

四年前に一度訪れただけで、その後は一度も寄ってはいない。

アスディース近辺の仕事は、意図的に受けなかったのだが、いい機会かもしれない。しかし、いや、確実に工廠のおやじさんには嫌味を言われそうだ。


『おまえのたまには、四年も掛かるのか? ええ』


 眼に見えてしまった。間違いなく、そう言われそうだ。四年も寄り付かないで何をしていた。あっちこっちから言われそうで怖い。自業自得かもしれない……。

 



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